「ネットの手のひら返し」
8日目 午前10時〜午後3時
最初の報道は午前十時過ぎだった。
ネットメディアの速報だった。「柏木真司氏、自宅で死亡確認 ネット上での誹謗中傷との関連を調査」という見出しが、SNSのタイムラインに流れ始めた。
タグの投稿が止まった。
正確には止まったのではなく、流れが変わった。「#柏木真司を許すな」という怒りの言葉が並んでいたタイムラインに、別の言葉が混ざり始めた。
「え、死んだの?」
「マジで?」
「やりすぎた」
その三文字が、午前十時台のSNSに何百回も書かれた。「やりすぎた」。主語がなかった。誰がやりすぎたのか、書いた本人たちは明示しなかった。
午前十一時、手のひら返しが本格化した。
昨日まで「#柏木真司を許すな」を拡散していたインフルエンサーが投稿した。「今回の件、行き過ぎた部分があったことは否定できません。改めて情報の取り扱いについて考えさせられました」。一万件を超えるリポストがついた。昨日の投稿へのリポスト数とほぼ同じだった。
別のアカウントが書いた。「死ぬとは思わなかった。本当に反省しています」
「思わなかった」という言葉が繰り返された。
死ぬとは思わなかった。そこまでするとは思わなかった。まさかこうなるとは思わなかった。
「思わなかった」は免罪符ではない。しかしその言葉を書いた人間たちは、それで何かが清算されると思っているようだった。思わなかったのだから仕方がない。思わなかったのだから責任はない。その論理が、タイムラインに静かに広がっていた。
午後零時、別の流れが生まれた。
「本当の責任者は動画投稿者だ」という声が上がり始めた。
「あの動画がなければこうならなかった」「投稿者を特定して法的責任を取らせるべき」「俺たちは騙された被害者だ」。
責任の矛先が、動画投稿者へと向かった。柏木を追い詰めた行為への反省は、数時間で「自分たちも被害者」という物語に書き換えられた。
「私」はその流れをリアルタイムで見ていた。
画面を前に、長い時間動かなかった。
柏木真司が死んだ。
その事実を、「私」は何度も頭の中で繰り返した。計画の中に柏木は存在しなかった。ネット民が勝手に特定し、勝手に追い詰め、勝手に殺した。「私」はそれを止めなかった。止める機会が何度もあった。止めなかった。
画面の中では、責任転嫁が続いていた。
「投稿者が全部悪い」「俺たちは情報を共有しただけ」「特定班が悪い」「まとめサイトが悪い」「メディアが悪い」。
誰もが誰かのせいにしていた。
午後二時、スレッドに一件の書き込みがあった。
「柏木さんの娘さん、今どこにいるんだろう」
返信がいくつかついた。「それは関係ない」「今更何」「そっとしておけ」。
そのスレッドはすぐに流れた。
午後三時、タグのトレンドは圏外に落ちた。
別のトレンドが上位に入っていた。芸能人のスキャンダルだった。
「#柏木真司を許すな」の投稿総数は七万八千件で止まった。
その数字は、誰も更新しなかった。




