「最後の晩餐」
7日目 午後6時〜午後9時
夕食は柏木が作った。
冷蔵庫にある材料を使った。豚肉と玉ねぎの炒め物、豆腐の味噌汁、白米。特別なものは何もなかった。いつもの夕食だった。意図してそうしたわけではなかった。ただ、いつも通りにしたかった。
彩が台所に顔を出した。
「パパ、今日は何?」
「豚肉の炒め物」
「やった」と彩が言った。豚肉が好きだった。柏木はその言葉を聞いて、フライパンを握る手に少し力を込めた。
加奈子が配膳を手伝った。三人で食卓を囲んだ。
「いただきます」と彩が言った。
柏木は箸を持ったまま、娘の顔を見た。
七歳の顔だった。丸い頬、くるくるした目、ご飯を口に入れた時に少し上を向く癖。生まれた日から見てきた顔だった。泣き顔も、笑い顔も、眠り顔も、全部知っている顔だった。
「おいしい」と彩が言った。
「よかった」と柏木は答えた。声が、思ったより普通に出た。
加奈子が味噌汁を飲んだ。「今日、彩と昼間に百人一首やったんだけど」と言った。「彩が三枚も取ったんだよ」
「すごいじゃないか」と柏木は言った。
「でもお母さんが強すぎて全然勝てなかった」と彩が言い、加奈子が「そんなことないよ」と笑った。
笑い声が食卓に広がった。
柏木はその笑い声の中にいた。同じ食卓に座り、同じ空気を吸い、同じ光の下にいた。しかしどこか、薄いガラス一枚を隔てた向こう側から見ているような感覚があった。
温かかった。確かに温かかった。
だからこそ、終わりにしなければならないと思った。
この温かさを、これ以上壊したくなかった。自分がいる限り、電話は鳴る。嫌がらせは続く。娘は学校で「人殺しの子」と呼ばれる。妻は夫を信じたいと思いながら揺れ続ける。それが終わるのは、自分が消えた時だけだと、柏木は思っていた。
間違っているかもしれなかった。
しかしその考えを、今夜の柏木は疑えなかった。
食後、彩が「パパ、肩車して」と言った。
柏木は立ち上がり、彩を肩車した。七歳の体が肩の上に乗った。「高い高い」と彩が言い、天井に手を伸ばした。
「届いた?」と柏木が聞いた。
「届かない」と彩が笑った。
柏木は居間をゆっくり歩いた。肩の上で彩が揺れた。その重さを、両手でしっかり支えた。
加奈子が食器を片付けながら、こちらを見て微笑んだ。
柏木はその笑顔を見た。
微笑み返した。
それが、精一杯だった。
午後九時、彩が眠った。
加奈子が「私も早く寝る。疲れた」と言った。「うん、おやすみ」と柏木は言った。加奈子が寝室に入った。ドアが閉まった。
居間にひとりになった。
柏木はしばらくソファに座っていた。家の中が静かになっていくのを、聞いていた。加奈子の気配が消え、彩の寝息が壁越しに伝わってくる気がした。
時計が午後九時半を指した。
柏木は立ち上がり、クローゼットに向かった。




