「ロープを買う日」
7日目 午前10時〜午後1時
加奈子が「少し買い物に行ってくる」と言って出て行った。
彩は部屋にいた。柏木はひとりになった。
今日で七日目だった。
動画が投稿されてから、ちょうど七日。「七日後に人を殺す」という言葉の、その七日目の朝に、自分はソファに座って空のコーヒーカップを握っている。その事実が、不思議と遠い話のように感じられた。
疲労ではなかった。正確には疲労も含んでいたが、それだけではなかった。この一週間で積み上がってきたものの総重量が、今朝になって全部のしかかってきた感覚があった。
無言電話。出前の嫌がらせ。深夜の撮影。学校の冷たい視線。保護者のクレーム。娘の孤立。妻の揺れ。そして十年前と五年前の記憶。
それらがひとつの塊になって、胸の中に沈んでいた。
昨夜、加奈子の「うん」という言葉を受け取った。信じてもらえた、と思った。しかしその温もりが、今朝の光の中では別の重さに変わっていた。信じてもらえたからこそ、この状況を終わらせなければという気持ちが、形を変えて戻ってきた。
午前十時過ぎ、柏木は外に出た。
帽子を深くかぶり、マスクをした。顔を見られたくなかった。駅の方向とは逆に歩いた。住宅街を抜け、幹線道路に出た。大型のホームセンターが見えた。
入った。
広い店内に、平日の午前中の客がまばらにいた。若い主婦、老人、作業着の男。柏木は何を買うでもなく、通路を歩いた。工具のコーナー、塗料のコーナー、園芸のコーナー。
ロープのコーナーの前で、足が止まった。
様々な太さと長さのロープが並んでいた。梱包用、登山用、農業用。用途別に分類されていた。柏木は一本を手に取った。太さは十二ミリ。長さは十メートル。
重さがあった。
手の中でその重さを感じながら、柏木は何も考えていなかった。考えないようにしていたのか、本当に何も浮かばなかったのか、区別がつかなかった。
「何かお探しですか?」
声がした。
店員だった。二十代の若い男で、笑顔だった。仕事上の笑顔だったが、悪意のない、ただ明るい笑顔だった。
柏木はロープを持ったまま、その笑顔を見た。
遠い世界のものに見えた。あの笑顔がある場所と、今自分が立っている場所は、同じ空間にあるはずなのに、何十センチかの距離が無限に感じられた。
「いえ」と柏木は言った。「大丈夫です」
店員は「何かあればお声がけください」と言って離れた。
柏木はロープを棚に戻した。
戻してから、また手に取った。
しばらくそのまま立っていた。
結局、ロープを持ったまま、柏木はレジへ向かった。千二百円だった。袋に入れてもらい、店を出た。
帰り道、柏木は袋を提げたまま歩いた。
空が青かった。雲が白かった。七日目の昼前の空だった。
その普通さが、今の自分にはひどく場違いだった。
家に着いた時、加奈子はまだ戻っていなかった。
柏木は袋をクローゼットの奥に入れた。加奈子に見せるつもりはなかった。彩に見せるつもりも、なかった。
台所でコーヒーを入れた。カップを両手で包んだ。温かかった。
窓の外で、近所の子供が自転車で走り過ぎた。笑い声が聞こえた。
柏木はその声を、遠くで聞いていた。




