「注文していないピザ」
6日目 午後6時〜深夜1時
最初のピザが届いたのは、夕食の最中だった。
午後六時四十分。インターホンが鳴り、加奈子が画面を確認すると、ピザのデリバリーの男が立っていた。「ご注文のピザをお持ちしました」と言った。
「注文していません」と加奈子は答えた。
「こちら、柏木様のご住所でご注文が入っておりまして」
「していません」
男は困惑した様子で電話をかけ始めた。加奈子はインターホンを切った。五分後、男は立ち去った。
柏木と加奈子は顔を見合わせた。どちらも何も言わなかった。彩が「ピザ食べたい」と言った。誰も笑わなかった。
三十分後、今度は寿司の出前だった。
また断った。
午後八時、中華料理の出前が来た。
午後九時、またピザだった。別の店からだった。
午後九時半、弁当の宅配が来た。
柏木は玄関先で配達員に頭を下げ続けた。「申し訳ありません、注文していないんです」と何度も繰り返した。配達員たちは困惑しながら帰っていった。誰も柏木を責めなかった。ただ、手間をかけさせていることへの申し訳なさが、柏木の胸に積み重なった。
嫌がらせをしている側は、この場にいない。
配達員という無関係の人間を巻き込んで、画面の向こうで笑っている誰かがいる。その構造が、柏木には耐えがたかった。悪意が自分に向かってくるのではなく、無関係な人間を経由して届いてくる。
午後十時、加奈子が言った。「彩を寝かせてくる」
柏木は居間に残り、ソファに座った。
スマートフォンを開いた。タグの投稿数を確認した。六万件を超えていた。
スレッドを見た。出前を送りつける嫌がらせを「やってみた」と書き込んでいる者がいた。「何件送った?」「俺は三件」「ウーバーも使えるよ」
スタンプの笑顔が並んでいた。
という会話が続いていた。楽しんでいた。ゲームとして楽しんでいた。
深夜零時過ぎ、加奈子が居間に戻ってきた。
「彩、なかなか寝なかった。怖いって言って」と言い、柏木の隣に座った。
しばらく沈黙が続いた。
「ねえ」と加奈子が言った。「会社、辞めようか」
柏木は加奈子の顔を見た。
「学校のこと。このまま続けても、周りに迷惑かけるだけだし」
「それは俺が決めることじゃないか」
「でも、彩のことを考えたら」
「彩のことを考えるなら、俺が逃げる姿を見せたくない」
加奈子は何も言わなかった。柏木も続けなかった。どちらも正しかった。どちらも間違っていなかった。だからこそ、言葉が続かなかった。
深夜一時、最後の出前が届いた。
ピザだった。今夜五枚目だった。
柏木は玄関を開け、配達員に「本当に申し訳ありません」と言った。配達員は二十代前半に見えた。深夜に働く若い男が、困った顔で「いえ、こちらこそ」と言った。
ドアを閉めた後、柏木は玄関に立ったまま動けなかった。
謝り続けた一日だった。
学校で、保護者に。配達員に。加奈子に。
誰に謝れば、この夜が終わるのか。柏木には分からなかった。




