表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
証言者は、あなたです  作者: やはぎ・エリンギ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/32

「学校の沈黙」

6日目 午前7時30分〜午後5時 

校長の永田裕二が出勤したのは、いつもより一時間早い午前七時半だった。

昨夜、問い合わせフォームの件数を確認してから眠れなかった。朝五時に起き、もう一度確認した。件数は四百を超えていた。内容はほぼ同じだった。「なぜあの教師をまだ雇用しているのか」「子供を預けられない」「即刻解雇せよ」。

職員室に入ると、教頭の浜田がすでに来ていた。

「校長、昨夜からメールが」と浜田が言いかけた。「知ってる」と永田は答えた。椅子に座り、パソコンを開いた。メールの受信箱に、見知らぬアドレスからの件名のない、あるいは罵倒の言葉だけが件名に並ぶメールが百件以上届いていた。

七時五十分、教育委員会から電話が入った。

「状況を把握していますか」という声は、穏やかだったが硬かった。永田は「対応を検討中です」と答えた。「できるだけ早く方針を」と言われ、電話が切れた。

八時過ぎ、教師たちが出勤してきた。

柏木が職員室に入ってきた時、空気が変わった。誰も言葉を発しなかった。しかし視線が動いた。柏木は「おはようございます」と言った。数人が小さく返した。田中は目を逸らした。

永田は柏木を校長室に呼んだ。

「今日は自習にしてもらえますか」と永田は言った。

「授業に出るなということですか」と柏木が聞いた。

「生徒への影響を考えて、当面の間」

柏木は何も言わなかった。しばらく間があってから、「分かりました」と言って出て行った。その背中を、永田は見送った。正しい判断なのか、分からなかった。しかし何もしないことも判断だった。どちらの判断も、誰かを傷つける可能性があった。

午前十時、保護者の一人が学校に乗り込んできた。

「うちの子のクラスの担任は柏木先生じゃないですよね」と受付で確認した女性は、それだけでは満足せず、「念のため確認させてください」と校長室まで来た。永田は対応した。女性は「子供を守ってください」と言い残して帰った。その後ろ姿に、永田は「おっしゃる通りです」と言った。

昼過ぎ、取材の電話が来た。ネットメディアだった。「柏木教師の現在の勤務状況についてコメントをいただけますか」という問い合わせだった。「お答えできません」と答えた。

夕方、職員会議を開いた。

永田は「現時点では柏木先生の処分を決定する根拠が法的に存在しない」と説明した。五年前の件は、当時調査が行われ、指導記録は残っているが懲戒処分には至っていない。今回の動画との関連も、柏木本人が犯人と確定したわけではない。

「では何もしないということですか」と若い教師が言った。

「できることをする」と永田は答えた。

「何ができるんですか」

永田は答えられなかった。

会議室に沈黙が落ちた。窓の外では部活の生徒たちが声を上げていた。グラウンドを走る足音が、会議室まで届いた。普通の放課後の音だった。

その音と、会議室の沈黙が、ひどく噛み合わなかった。

午後五時、永田は校長室に戻り、椅子に深く座った。

机の上に、問い合わせフォームの件数を印刷した紙があった。昼時点で五百件を超えていた。すべて読んだ。すべてに目を通した。しかし何ひとつ、明確な答えを持てないまま、一日が終わった。

電話が鳴った。また教育委員会だった。

永田は受話器を取る前に、一度だけ目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ