「学校の沈黙」
6日目 午前7時30分〜午後5時
校長の永田裕二が出勤したのは、いつもより一時間早い午前七時半だった。
昨夜、問い合わせフォームの件数を確認してから眠れなかった。朝五時に起き、もう一度確認した。件数は四百を超えていた。内容はほぼ同じだった。「なぜあの教師をまだ雇用しているのか」「子供を預けられない」「即刻解雇せよ」。
職員室に入ると、教頭の浜田がすでに来ていた。
「校長、昨夜からメールが」と浜田が言いかけた。「知ってる」と永田は答えた。椅子に座り、パソコンを開いた。メールの受信箱に、見知らぬアドレスからの件名のない、あるいは罵倒の言葉だけが件名に並ぶメールが百件以上届いていた。
七時五十分、教育委員会から電話が入った。
「状況を把握していますか」という声は、穏やかだったが硬かった。永田は「対応を検討中です」と答えた。「できるだけ早く方針を」と言われ、電話が切れた。
八時過ぎ、教師たちが出勤してきた。
柏木が職員室に入ってきた時、空気が変わった。誰も言葉を発しなかった。しかし視線が動いた。柏木は「おはようございます」と言った。数人が小さく返した。田中は目を逸らした。
永田は柏木を校長室に呼んだ。
「今日は自習にしてもらえますか」と永田は言った。
「授業に出るなということですか」と柏木が聞いた。
「生徒への影響を考えて、当面の間」
柏木は何も言わなかった。しばらく間があってから、「分かりました」と言って出て行った。その背中を、永田は見送った。正しい判断なのか、分からなかった。しかし何もしないことも判断だった。どちらの判断も、誰かを傷つける可能性があった。
午前十時、保護者の一人が学校に乗り込んできた。
「うちの子のクラスの担任は柏木先生じゃないですよね」と受付で確認した女性は、それだけでは満足せず、「念のため確認させてください」と校長室まで来た。永田は対応した。女性は「子供を守ってください」と言い残して帰った。その後ろ姿に、永田は「おっしゃる通りです」と言った。
昼過ぎ、取材の電話が来た。ネットメディアだった。「柏木教師の現在の勤務状況についてコメントをいただけますか」という問い合わせだった。「お答えできません」と答えた。
夕方、職員会議を開いた。
永田は「現時点では柏木先生の処分を決定する根拠が法的に存在しない」と説明した。五年前の件は、当時調査が行われ、指導記録は残っているが懲戒処分には至っていない。今回の動画との関連も、柏木本人が犯人と確定したわけではない。
「では何もしないということですか」と若い教師が言った。
「できることをする」と永田は答えた。
「何ができるんですか」
永田は答えられなかった。
会議室に沈黙が落ちた。窓の外では部活の生徒たちが声を上げていた。グラウンドを走る足音が、会議室まで届いた。普通の放課後の音だった。
その音と、会議室の沈黙が、ひどく噛み合わなかった。
午後五時、永田は校長室に戻り、椅子に深く座った。
机の上に、問い合わせフォームの件数を印刷した紙があった。昼時点で五百件を超えていた。すべて読んだ。すべてに目を通した。しかし何ひとつ、明確な答えを持てないまま、一日が終わった。
電話が鳴った。また教育委員会だった。
永田は受話器を取る前に、一度だけ目を閉じた。




