第7話「肉の日とスタンピードの予兆」
毎月29日。
この世界「アースガルド」において、その日は「厄災の日」と呼ばれている。
地脈から魔力が噴き出し、魔物たちが興奮状態になり、凶暴化するからだ。
街の人々は門を固く閉ざし、冒険者たちも特別な依頼がない限りは外出を控える。
だが、俺にとっては違う。
魔力で活性化した魔物の肉は、普段の数倍の旨味と、食べた者に活力を与える効果を持つ「至高の食材」へと変化するのだ。
これを俺は勝手に「熟成魔力肉」と呼んでいる。
早朝。
俺は店の前に、本日、仕入れのため臨時休業。夜、スペシャル肉祭り開催予定、という札をかけた。
「行くぞ、ルル」
「おう! 腹の準備はできている!」
俺は背中に巨大な解体包丁「ブッチャーナイフ」を背負い、ルルと共に森の奥深くへと分け入った。
空気の味が違う。
ピリピリとした魔素が肌を刺す。森全体が脈打っているようだ。
通常なら避けるべき状況だが、俺にはこの相棒がいる。
「来るぞ、右だ」
ルルが短く警告した瞬間、茂みから黒い影が飛び出した。
ブラックウルフだ。しかも目が赤く光っている。強化個体だ。
普通の人間なら恐怖で動けなくなるだろう。
だが、ルルが一吠えすると、風の刃が走り、ウルフの首が音もなく落ちた。
「ナイスだ。だが、毛皮を傷つけるなと言っただろ」
「細かいことは気にするな。次が来るぞ」
俺たちは森を進んだ。
目指すは、森の主が生息すると言われる水源地帯。
そこには、伝説級の食材「キングブル」がいるはずだ。
キングブルは、体長5メートルを超える巨大な牛の魔物だ。
その肉は、赤身の味が濃厚でありながら、細かいサシが入っていて、口の中でとろけると聞く。
王宮でさえ、年に一度出るか出ないかの幻の肉だ。
水源に近づくと、地面が揺れるのを感じた。
ズシーン、ズシーン。
重機のような足音。
「いたか」
木々の隙間から、その姿が見えた。
黒光りする巨体。2本のねじれた角。
筋肉の塊のような身体から、湯気のような魔力を立ち昇らせている。
通常の個体より2回りはデカい。
29日の魔力暴走の影響をモロに受けているネームドクラスだ。
「ほう……美味そうな匂いだ」
ルルが舌なめずりをする。
相手にとって不足はない。
「ルル、足止めを頼む。首は俺が落とす」
「任せろ。久々に本気を出すか」
ルルの体が光に包まれ、その姿が膨れ上がった。
小型犬サイズから、本来のフェンリルの姿へ。
家1軒ほどもある巨大な銀狼が現れた。
キングブルがこちらに気づき、激しい咆哮を上げる。
ブモオオオオオッ!!
大気を震わす雄叫び。だが、俺は冷静にナイフの柄を握りしめた。
恐怖はない。
あるのは、どう料理してやろうか、というワクワク感だけだ。
サーロインはステーキに。ヒレはカツレツに。スネ肉は赤ワイン煮込みに。バラはカルビ焼きに。
食材への敬意と、食欲。
それが俺の力の源だ。
「いただきます」
俺は地面を蹴った。
ルルが横から飛びかかり、キングブルの注意を引く。
その隙に、俺は懐へと潜り込む。
一閃。
解体スキル『瞬断』。
俺のナイフは、硬い皮の隙間、筋肉の繊維の切れ目、骨の継ぎ目を正確に通り抜け、巨牛の生命線を断ち切った。
巨体がゆっくりと地に沈む。
それと同時に、森の奥からさらに無数の気配が近づいてくるのを感じた。
地響き。
1頭や2頭ではない。百、いや千か。
「ガンツ、まずいぞ」
ルルが元のサイズに戻りながら、耳を伏せた。
「魔物の群れだ。スタンピードが起きかけている。方向は……街の方だ」
「なんだと?」
俺は仕留めたばかりのキングブルをマジックバッグに収納し、街の方角を見た。
29日の影響が強すぎる。
このままでは、街が魔物の群れに飲み込まれる。
俺の店も、楽しみに待っているセリアや常連たちも。
「……させるかよ」
俺はナタを握り直した。
「ルル、急ぐぞ。店を開ける前に、少し掃除が必要だ」
「まったく、人使いの荒い料理人だ」
俺たちは全速力で森を駆け抜けた。
今夜の「肉の日スペシャル」は、街を守るための防衛戦になりそうだ。
だが、俺には勝算があった。
魔物どもを片っ端から解体して、街中の人間に振る舞ってやればいい。
史上最大のバーベキュー大会の始まりだ。




