第6話「最初の客と、衝撃の一口」
店に入ってきたのは、3人組の冒険者だった。
革鎧を着た剣士、ローブを羽織った魔術師、そして軽装備の斥候だ。
どれも疲れ切った顔をしている。おそらく、クエストの帰りなのだろう。
「へえ、こんなとこに店なんてあったか?」
先頭の剣士が、疑わしそうに店内を見回す。
真新しい木の床と、少し殺風景な内装。そしてカウンターの中に立つ、仏頂面の大男。
一瞬、帰ろうかという空気が流れる。
だが、店内に充満する香ばしい匂いが彼らの足を縫い止めた。
「いらっしゃい。好きな席に座ってくれ」
俺は努めて愛想よく言ったつもりだが、低い声のせいで威圧してしまったかもしれない。
3人はおずおずとテーブル席についた。
「えっと……メニューは?」
「これだ」
俺は壁に貼った木札を指差した。
『本日の定食:オーク肉のスタミナ焼き 銅貨50枚(大盛り無料)』
『エール:銅貨10枚』
品数は少ない。今日はこれ1本で勝負だ。
「やっす! 普通、肉料理なら銅貨80枚はするぞ」
「しかも大盛り無料だって。おい、俺これにするわ」
「私も。お腹ペコペコなの」
3人は顔を見合わせ、注文を決めた。
俺は無言で頷き、調理場へ戻る。
肉を焼く。
鉄板がジューッという心地よい音を立てる。
タレを投入すると、ジャーッという音と共に白い煙が立ち昇り、暴力的な香りが客席を襲撃する。
「うわ……なんだこの匂い。やばい、ヨダレ出てきた」
客たちがゴクリと喉を鳴らすのが聞こえる。
この瞬間が、料理人として一番楽しい。
どん、どん、どん。
3人の前に、山盛りの定食を置く。
湯気を上げる肉の山。ツヤツヤに炊き上がった白飯。豆のスープ。
「いただきます!」
剣士がフォークで肉を突き刺し、豪快に口へ運ぶ。
咀嚼。
その動きが、ぴたりと止まった。
「…………」
「おい、どうした? 硬いのか?」
仲間が心配そうに聞く。
剣士は目を見開き、震える手でもう一口、さらに白飯をかっこんだ。
「……んぐっ、んんっ! あ、ありえねぇ……!!」
叫んだ。
「柔らかい! なんだこれ、オーク肉だよな!? なんでこんなに柔らかいんだよ! それにこの味、濃いタレが肉に染み込んでて……噛めば噛むほど肉汁が出てくる! 米だ、米が止まらねぇ!!」
剣士は獣のようにガツガツと食べ始めた。
つられて他の2人も食べ始める。
「ほんとだ! キャベツと一緒に食べるともっと美味しい!」
「このタレだけで酒が飲めるぞ! 親父さん、エール追加だ!」
店内は一気に活気づいた。
食器とカトラリーがぶつかる音、咀嚼音、飲み込む音。
美味い、たまらん、というつぶやき。
俺はカウンターの陰で、こっそりとガッツポーズをした。
勝った。
彼らが完食して帰る頃には、さらに2組の客が入ってきた。
匂いにつられたのか、それとも今の客が大声で宣伝しながら歩いていったのか。
「いらっしゃい」
俺は鉄板を磨き、新たな肉を乗せる。
忙しくなりそうだ。
隅っこで寝ていたルルが、薄目を開けて、働け働け、と尻尾を振った。
その日の夜。
閉店時間を過ぎても、俺の興奮は冷めなかった。
売り上げは上々。用意したオーク肉はすべて売り切れた。
「悪くないスタートだ」
金貨を数えながら、俺は酒を一口煽った。
だが、これはまだ序章に過ぎない。
俺が目指すのは、ただの定食屋ではない。
この辺境には、まだ誰も知らない極上の食材が眠っている。
そして何より、明日は29日だ。
この世界では不吉とされる日だが、俺にとっては待ちに待った祭りの日だ。
「ガンツ、明日はいよいよアレを狩りに行くのか?」
ルルが真剣な眼差しで聞いてくる。
「ああ。29日は魔獣が活性化し、肉質が最高に引き締まる日だ。狙うは大物。『キングブル』だ」
「じゅるり……。あの大角牛か。霜降りの王様だな」
俺たちはニヤリと笑い合った。
肉の日。
それは、俺たち肉食コンビにとっての聖なる日。
辺境最強の肉屋伝説は、明日から本格的に幕を開ける。




