第5話「秘伝のタレと男の定食」
店をオープンするにあたって、メニューを考える必要があった。
王宮料理のような、見た目重視のこじゃれた料理はここでは通用しない。
労働者や冒険者が求めているのは、安くて、早くて、ガツンと腹にたまる飯だ。
「となると、やはり定食だな」
俺はカウンターに肘をつき、試作メニューを考案していた。
ルルは足元で、試食用に残した骨をガリガリとかじっている。
メインは肉。これは譲れない。
この辺りで手に入りやすいのは、オーク肉と、巨大鶏の肉だ。
どちらも硬いのが難点だが、俺の解体技術で筋繊維の向きを見極めてカットし、下処理をすれば、驚くほど柔らかくなる。
問題は味付けだ。
塩焼きも美味いが、毎日では飽きる。
米――この世界でもライスは主食だ――を何杯でもかっこみたくなるような、中毒性のある味が必要だ。
俺は荷物の中から、王都から持ってきた小瓶を取り出した。
中に入っているのは、黒褐色のドロリとした液体。
それは、俺が独自に開発した『特製スタミナソース』だった。
醤油をベースにした調味料に、すりおろしたニンニク、タマネギ、リンゴ、そして数種類の香草とスパイスを煮詰めてある。
さらに、隠し味に蜂蜜を入れることで、焦げた時の香ばしさと照りを出す。
「よし、試してみるか」
俺はオークの肩ロース肉を薄切りにした。
普通なら硬くて煮込みにしか使わない部位だが、包丁の背で軽く叩き、繊維を断ち切る。
熱したフライパンに脂を引き、肉を投入する。
強火で一気に炒める。肉の色が変わったところで、ざく切りのキャベツを投入。
しんなりする前に、秘伝のタレを回しかける。
ジャァアアアッ!!
蒸気と共に、強烈なニンニクと醤油の焦げる香りが店内に爆発した。
「! なんだこの匂いは!」
ルルが跳び上がった。鼻をひくつかせ、興奮している。
この匂いだけで、白飯が食えそうだ。
俺は皿に山盛りの千切りキャベツを敷き、その上に炒めた肉をどさっと盛り付けた。
仕上げにマヨネーズを少し添える。
「オーク肉のスタミナ鉄板焼き定食、完成だ」
湯気を上げる肉を一口食べる。
……完璧だ。
タレの濃い味を、オークの力強い脂身が受け止めている。噛むほどに旨みがあふれる。
シャキシャキのキャベツが食感のアクセントになり、くどさを消してくれる。
そしてマヨネーズを絡めると、暴力的なまでのカロリーの味が脳を揺らす。
これだ。これを食えば、どんな疲れも吹き飛ぶ。
「我にも寄越せ!」
ルルが前足をカウンターにかけてせがむ。
皿に取り分けてやると、一瞬でのんだ。
「……悪魔的だ。この黒い汁は、毒か? 止まらなくなる」
「ただのタレだ。気に入ったか」
「毎日食わせろ」
ルルのお墨付きはもらった。
次は酒だ。肉にはエール(麦酒)が合う。
近くの酒屋で樽ごと仕入れてきた。冷えたエールと、この肉。想像するだけで喉が鳴る。
準備は整った。
看板は、余っていた木材に炭で書き殴った。
「大衆食堂 ガンツ」
肉料理あります。
何のひねりもない名前だが、俺らしい。
「よし、開店するか」
俺は店の扉を大きく開け放った。
換気扇から流れ出るスタミナソースの匂いが、通りへと流れていく。
この匂いという最強の宣伝マンが、どんな客を連れてくるか。
俺は白いコックコートの袖をまくり、腕組みをして入り口を見据えた。
心臓が少しだけ、高鳴っている。
自分の店を持つという夢が、今ここから始まる。
「――くんくん。なんか、すっごくいい匂いがしないか?」
通りから、男の声が聞こえた。
さっそく、最初の客が食いついたようだ。




