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第4話「廃墟の掃除と宝の山」

 案内された物件は、街外れの少し高台にあった。

 背後には深い森が迫り、目の前には緩やかな坂道が街の中心へと続いている。


 石とレンガで造られた2階建ての建物だ。

 壁にはツタが絡まり、窓ガラスは割れ、看板だったであろう板切れが悲しげに揺れている。


「……ここですか?」


 セリアが申し訳なさそうに言った。


「はい。5年前まで『剛腕のボリス』というお肉屋さんがいたんですが、魔物に襲われて亡くなってしまって……それ以来、誰も寄り付かなくて」


 いわくつき、というやつか。

 だが、俺は建物の外観ではなく、その造りに目を奪われていた。


 煙突が太い。あれなら強い火力で肉を燻しても排煙は完璧だ。

 裏手には解体用の広い作業スペースがある。排水溝もしっかり掘られている。

 井戸もすぐ近くだ。


 ここは、肉を扱うために最適化された場所だ。


「中を見てもいいか?」


「どうぞ。埃がすごいですが」


 鍵を開け、中に入る。

 咳き込むほどの埃と、カビ臭さが充満している。蜘蛛の巣が顔にかかる。


 しかし、俺の目は輝いた。

 1階は広い土間になっていて、大きなかまどと、石造りの焼き場がある。

 カウンターに使えそうな頑丈な木の台。

 奥には巨大な業務用冷蔵庫……といっても、氷の魔石を使って冷やすタイプのものだが、それが鎮座していた。


 古い道具も残されている。

 肉を吊るすフック、骨を断つための巨大なノコギリ、研げばまだ使える包丁類。


 ボリスという男は、かなりの職人だったらしい。道具の手入れが行き届いている。主を失って5年経っても、その魂は死んでいない。


「……いいな」


 俺はつぶやいた。

 リフォームすれば、最高の店になる。


「汚いな。ここで飯を食うのか?」


 ルルが鼻にしわを寄せて文句を言う。


「これから綺麗にするんだよ。手伝え」


「我は聖獣だぞ? 掃除など……」


「終わったら、特上の肉を焼いてやる」


「……ちっ。仕方ない、風魔法で埃を吹き飛ばしてやる」


 ルルはあっさり買収された。

 俺はセリアに向き直った。


「ここにする。契約書を作ってくれ」


「え、本当にいいんですか? お化けが出るって噂も……」


「幽霊より、腹を空かせた客の方が怖いよ。即決だ」


 こうして、俺はこの廃屋同然の物件を手に入れた。

 家賃は驚くほど安かった。


 その日の午後から、俺とルルの大掃除が始まった。

 ルルが魔法で風を起こし、家中の埃を一気に外へ吹き飛ばす。

 俺は井戸から水を汲み、床や壁をひたすら磨く。


 錆びついた鉄板を研磨剤で磨き上げると、鈍い光を取り戻した。

 かまどの灰を掻き出し、煙突の詰まりを直す。


 汗だくになりながら作業を続けること数時間。

 夕暮れ時には、廃屋は見違えるようにさっぱりとしていた。

 長年染み付いていたカビ臭さは消え、磨き上げられた木の床が夕日を反射している。


「ふう……。なんとかなったな」


 俺は腰を叩きながら、ピカピカになった調理場を見渡した。

 自分の城を持った実感が、じわじわと湧いてくる。


「腹が減ったぞ、ガンツ」


 ルルが足元でへばっている。

 そういえば、昼から何も食べていない。


「ああ、約束だったな。肉を調達してくる」


 俺は裏口から、すぐ背後に迫る森へと足を踏み入れた。

 この物件のいいところは、裏山がそのまま天然の狩り場になっていることだ。


 森に入って10分もしないうちに、獲物を見つけた。

「ワイルドボア」。

 巨大な牙を持つ、牛ほどもある猪だ。


 突進してくるボアの鼻先を、俺はナタの一撃で正確に打ち砕いた。

 調理人にとって、獲物は敵ではない。食材だ。

 いかに苦痛を与えず、血を汚さず、素早く仕留めるか。それだけを考える。


 倒れたボアの足首を掴み、引きずって帰る。

 店の裏にある解体場へ直行だ。


 吊るし切りにする。

 内臓を傷つけないよう、腹を一文字に割く。湯気が立ち昇る。

 王宮で培った技術が、ここで活きる。

 皮を剥ぎ、ロース、バラ、モモと部位ごとに切り分ける。


 新鮮なレバーは、その場で薄く切り、塩とごま油で和える。


「まずは前菜だ」


 皿に盛って出すと、ルルが目を輝かせて飛びついた。


「んんっ! 臭みがない! 濃厚だ!」


 そしてメインディッシュ。

 猪肉は臭みが強いと思われがちだが、適切な血抜きと素早い処理を行えば、これほど旨みの濃い肉はない。


 厚切りにしたバラ肉を、磨き上げたばかりの鉄板に乗せる。

 ジュワアアアッ!


 今日一番のいい音が響いた。

 脂身から溶け出したラードが、肉自身を揚げ焼きにしていく。


 王宮では出せなかった、野生の味。

 これを待っていたんだ。


 まだ看板もない店の中に、肉の焼ける香ばしい匂いが充満していく。

 それは、開店の狼煙のようだった。

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