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第3話「辺境の街ベルグ」

 ルルという押しかけ相棒を連れて、さらに北へ5日。

 ようやく森を抜け、視界が開けた。


 目の前に広がるのは、荒涼とした大地と、その先にそびえる険しい山々。

 そして、その山裾にしがみつくようにして作られた、石造りの街。


 辺境の街、ベルグだ。


「ようやく着いたか」


 俺は大きく伸びをした。

 隣を歩くルルは、すっかり元気を取り戻し、真っ白な毛並みを風になびかせている。

 その大きさは大型犬そのものだが、街の人間にフェンリルだとバレないよう、「ただの大きな犬」として振る舞う約束をしている。


「ここが、お前の新しい縄張りか?」


「ああ。ここで店を開くつもりだ」


「肉の匂いがするな。悪くない」


 ルルが鼻をひくつかせた通り、街からは微かに獣の匂いと、スパイスの香りが漂ってくる。


 門番に身分証を見せ、中に入る。

 王都のような洗練された美しさはない。道は舗装されておらず、建物も実用一点張りだ。

 だが、行き交う人々の活気はすさまじい。


 巨大な剣を背負った冒険者。

 解体されたばかりの魔物の皮を運ぶ荷車。

 露店で声を張り上げる商人たち。


 ここは魔物という資源で成り立つ街だ。常に危険と隣り合わせだからこそ、人々は今この瞬間を精いっぱい生きている。


「おい、そこのデカい兄ちゃん! いい体してるな!」


 突然、声をかけられた。

 見ると、露店のおばちゃんが串焼きを片手に手招きしている。


「腹減ってるだろ? これ食ってきな! 街に来たばかりの顔をしてるからさ」


 差し出されたのは、何の肉かわからないが、甘辛いタレの匂いがする串焼きだ。


「金ならあるぞ」


「いいってことよ! 初めましての挨拶だ。その代わり、気に入ったらまた買いに来てくれよな!」


 おばちゃんは豪快に笑い、俺の手に串を握らせた。

 ついでに、足元のルルにも1本投げてよこす。


「……なかなか気の利く人間だ」


 ルルは器用に串から肉を外し、瞬食した。

 俺も一口かじる。

 少し筋っぽいが、タレの味が濃くて酒が欲しくなる味だ。王宮の上品な味とは対極にある、労働者のための味。


「……美味いな」


「だろ? ここは食うことが一番の娯楽だからね!」


 おばちゃんの笑顔につられて、俺も自然と口元が緩んだ。

 王都では、料理の感想といえば「火が通りすぎている」だの「ソースの艶が足りない」だの、批判ばかりだった。


 ここでは、「美味い」か「不味い」か、そして「腹がいっぱいになるか」。

 それだけが重要なのだ。


 なんて居心地がいいんだろう。


「まずは宿と、店舗物件を探さないとな」


 俺は串を食べ終え、街の中心にある冒険者ギルドへと向かった。

 不動産の案内もギルドが兼ねているらしい。


 ギルドの重い木扉を開けると、喧噪と酒の匂い、そして汗臭さが押し寄せてきた。

 昼間だというのに、荒くれ者たちがジョッキを傾けている。


 俺が中に入ると、一瞬だけ視線が集まったが、すぐに興味を失ったようにそれぞれ元の話に戻った。

 大柄な男など、ここでは珍しくもない。


 俺はカウンターへ向かった。

 そこには、忙しそうに書類をさばく、栗色の髪をした受付嬢がいた。


「すまん。少し聞きたいんだが」


 俺が声をかけると、彼女は顔を上げ、ぱっと花が咲くような笑顔を見せた。


「いらっしゃいませ! 冒険者登録ですか? それとも依頼の相談ですか?」


「いや、空き店舗を探している。食堂をやりたくてな」


「食堂、ですか?」


 受付嬢――胸元のプレートには「セリア」とある――は、きょとんとして俺を見た。

 そして、少し困ったように眉尻を下げた。


「あの……お客様、この街で飲食店をやるのは、あまりお勧めしませんよ」


「なぜだ?」


「この街、美味しいお店が極端に少ないんです。というのも、食材になる魔物の肉が硬くて臭いものが多くて……。まともに調理できる料理人さんは、みんな王都に行っちゃうんですよね。残っているのは、先ほどの露店のような『焼いただけ』のお店ばかりで」


 なるほど。

 素材の処理が難しいために、食文化が発達していないのか。


 それはつまり、俺にとってはチャンスということだ。


「構わない。俺は解体も調理も専門だ。どんな肉でも美味くする自信がある」


 俺が言い切ると、セリアは目を丸くした。


「解体も、ですか? ……わかりました。それなら、1軒だけ心当たりがあります。立地は悪いんですが、元々はお肉屋さんが使っていた建物で、設備はしっかりしている物件が」


「そこを見せてくれ」


 セリアはカウンターの下から鍵束を取り出し、弾むような声で言った。


「ご案内します! あ、私、美味しいご飯には目がないんです。もし本当にお店を開くなら、一番のお客さんにしてくださいね!」


 その屈託のない笑顔に、俺はこの街でやっていける予感を感じていた。

 足元のルルも、早くその物件とやらへ行こう、腹が減った、と俺のズボンの裾を引っ張っている。


 まずは拠点作りだ。

 俺の新しい城を、築く時が来た。

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