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第1話「追放された料理人と、最後の晩餐」

【登場人物紹介】


◆ガンツ・アイアンサイド(38歳)

王宮で働いていた肉専門の宮廷料理人兼解体師。見た目は強面で無口な大男だが、根は優しく料理に対して誰よりも誠実。「最高の肉は、最高の解体と焼き加減から生まれる」が信条。繊細なフレンチを求める新王に「野蛮だ」と解雇され、辺境へ流れ着く。


◆ルル(推定1000歳以上)

伝説の聖獣フェンリル。普段は白いモフモフの大型犬サイズに変化している。長年封印されていたため極度の空腹状態でガンツと出会う。ガンツの焼いた肉の虜になり、彼を「あるじ」として慕う。食い意地が張っている。


◆セリア(24歳)

辺境の街「ベルグ」のギルド受付嬢。明るく働き者だが、田舎街ゆえに娯楽や美味しいものに飢えている。ガンツの最初の理解者であり、常連客第1号。

 じゅう、と分厚い鉄板の上で、赤身の塊が産声を上げた。


 白く美しい脂の筋――サシが網の目のように走る極上のリブロースだ。熱された鉄に触れた瞬間、肉の表面は瞬く間に褐色へと色を変え、香ばしい煙を立ち昇らせる。


 ぱちぱち、と脂がはぜる音は、まるで拍手のようだ。


 俺、ガンツ・アイアンサイドは、愛用の鉄板を見つめながら、静かに息を吐いた。


 これが、この王宮の調理場で焼く、最後の肉になる。


 窓の外は冷たい雨が降っていた。王都の空は、今の俺の心と同じように灰色で、重たい。


「ガンツ、荷物はまとまったか」


 調理場の入り口に、かつての同僚が気まずそうに立っていた。白いコックコートを着た彼は、俺と目を合わせようとしない。


「ああ。これで終わりだ」


 俺は短く答え、手元の肉に意識を戻した。


 誰に食べさせるわけでもない。これは俺自身への、けじめの一皿だ。


 先代の王は、俺の焼くステーキを愛してくれた。飾り気などいらない。ただ最高の素材を、最高の火加減で焼き、塩と胡椒だけで食らう。それが至高だと笑ってくれた。


 だが、新しい王は違った。


「野蛮だ」


 昨日、謁見の間で吐き捨てられた言葉が、まだ耳の奥に残っている。


「皿からはみ出るような肉など、品がない。これからは見た目も美しい、繊細な蒸し料理や野菜を中心とした宮廷料理に変える。お前のような、ただ肉を焼くだけの男は不要だ」


 退職金代わりのわずかな金貨と、使い古したナイフ。それだけを持って、俺はここを追い出される。


 38歳。料理一筋20年。

 職も、住む場所も、すべて失った。


 普通なら絶望して、酒に溺れるのかもしれない。だが、不思議と俺の腹は減っていた。悲しくても、腹は減る。それが人間という生き物だ。


 俺はトングを使わず、金串を肉の中心に突き刺した。

 指先に伝わる温度と弾力。それだけで、中の焼き加減が手に取るようにわかる。


 今だ。


 鉄板から肉を引き上げ、まな板の上で数分休ませる。すぐに切っては駄目だ。肉汁が落ち着くまで待つこの数分が、味の明暗を分ける。


 じっと肉を見つめる俺の背中は、きっと寂しそうに見えているのだろうか。


「……うまいか?」


 同僚が恐る恐る聞いてくる。


「まだだ。焦るな」


 俺は静かに首を振った。


 余熱が肉の芯まで優しく熱を伝える。赤身の色が、生々しい赤から、美しい薔薇色へと変わっていく瞬間を想像する。


 時が来た。


 俺はナイフを入れた。

 抵抗なく、すうっと刃が吸い込まれる。

 断面からは、透明な肉汁があふれ出し、キラキラと厨房の明かりを反射した。


 一切れを口に運ぶ。


 カリッと焼けた表面の香ばしさ。その直後に訪れる、爆発的な肉の旨み。

 噛みしめるたびに、濃厚な脂の甘みが舌の上で溶け出し、赤身のほどよい酸味が全体を引き締める。


 美味い。

 やっぱり、肉は裏切らない。


 王に見捨てられようと、時代遅れと言われようと、俺はこの味が好きだ。

 この暴力的なまでの満足感こそが、生きる力そのものだと俺は信じている。


「……行くよ」


 最後の一切れを胃袋に収め、俺は大きな背嚢を背負った。

 愛用の包丁セットと、解体用のナタ。それから、ひそかに開発していた数種類のスパイスが入った小瓶。


 これさえあれば、どこでだって生きていける。


「元気でな、ガンツ」


 同僚の声には、少しの同情と、安堵が混ざっていた。自分はクビにならなくてよかった、という安堵だ。責めるつもりはない。


 俺は勝手口から外へ出た。

 冷たい雨が、熱を持った頬を濡らす。


 王都を出よう。

 繊細な味付けばかり求めるこの街は、俺には窮屈すぎた。


 もっと、本能のままに肉を食らい、笑い合える場所へ。

 北へ向えば、魔物が多い代わりに、手つかずの自然が残る辺境があるという。


 そこなら、俺の腕を必要としてくれる場所があるかもしれない。


 俺はフードを深くかぶり直し、重い足取りで歩き出した。


 これが、俺の第二の人生の始まりだった。

 まさかその道中で、とんでもない相棒と出会うことになるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。

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