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四哨の先輩(二)完

この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。

深夜の二時間の立哨りっしょうは、黄郁佑ファン・ユーヨウにとって退屈どころか、むしろ少し騒がしすぎて困るほどだった。 幽霊先輩は絶え間なく彼に話しかけ、あれこれと質問攻めにしてくる。時には頬をねじったり、足を掴んだり、変顔をして驚かせたりと、郁佑は泣くべきか笑うべきか分からなかった。


郁佑は幽霊が怖い。それは事実だ。今まで出会ってきた幽霊は、命を奪おうとするか、体を乗っ取ろうとする邪悪な存在ばかりだったからだ。 だが、この先輩は死なせようとするどころか、憑依ひょういすることにすら興味がなさそうだ。首吊り幽霊とは思えないほど、その振る舞いは活気に満ちていた。


――『なあ、ファン後輩。お前、次はいつ四番哨に来るんだ?』――


幽霊先輩は勝手に郁佑を「黄後輩」と呼び、次の哨番を心待ちにしているようだった。一時間半も遊び相手をさせられた郁佑は、この先輩が本当に自分に害をなすつもりがないのだと感じつつも、力なく首を振った。


「分かりませんよ。哨番を決めるのは班長ですから」


――『班長って、さっきの頭がツルッとした、背の低いデブのことか?』――


「ぷっ……。そんなこと言ったら、小鋼砲(陳班長)が怒り狂いますよ」


――『小鋼砲? 知るかよ! 俺様が言いたいのはそんなことじゃねえ。……なあ、次は「ライター」を持ってきてくれないか?』――


「ライター? リンゴパンはいらないんですか?」


――『いらねえ! あんなもん不味いんだよ』――


「えっ? みんな先輩がリンゴパン好きだって言ってますよ。それにライターなんて何に使うんですか?」


郁佑が驚いて尋ねると、幽霊先輩は首を横に振り、山積みになったリンゴパンを指差して不満をぶちまけた。


――『誰が好き好んで食うかよ! 幽霊は飯は食えねえが、気を吸って腹を満たすんだ。お前ら毎日毎日同じパンを持ってきやがって、吸い込む気が全部同じ味なんだよ! 飽きたんだよ! ……この前、誰かがタバコを持ってきた時はどれだけ嬉しかったか。だが、クソッ! どいつもこいつも一箱そのまま置きやがって、火を点けてくれねえ! 俺はただ指をくわえて眺めるしかなかったんだぞ。だから次に来る時は、火を点けて供えてくれ!』――


「立哨中にタバコ!? 長官に見つかったらボコボコにされますよ! それに僕は吸いませんし。……リンゴパンが嫌なら、他の学長(先輩)たちにそう言えばいいじゃないですか。巡察が来た時に起こすついでにでも」


――『それを言うと俺様は腹が立つんだよ! 巡察が来るってのに、どいつもこいつも死んだ豚みたいに爆睡しやがって。昔は親切に起こしてやってたんだがな、何を持ってきてほしいか伝えても、全部右から左に聞き流しやがって! 全く、最近のガキは……。だからもう「プレス」をかけて叩き起こすことにしたんだ。親切心も踏みにじりやがって、約束も守らねえ奴らめ!』――


拗ねて愚痴をこぼす幽霊先輩。死んで何年も経つ幽霊がむくれている姿には、どこかおかしみがあり、郁佑の緊張もすっかり解けていた。 先輩はよほど話し相手に飢えていたのか、一度口を開くと止まらない。もし今、誰かが哨所を覗いたら、暗闇の中で独り言を呟き続ける郁佑を見て「この新兵は狂った」と確信するに違いなかった。


会話の中で、郁佑は先輩の名前を知った。 姓はチャオ、名は勇斌ヨンビン趙勇斌チャオ・ヨンビンという。 だが、郁佑が営舎キャンプに伝わる「彼女との別れを苦に自殺した」という噂を話すと、勇斌先輩は首を傾げて当惑したような表情を浮かべた。


彼は自分の首にある生々しい縄の跡をなぞり、天井から垂れ下がる麻縄を見つめ、空中で腕組みをして考え込んでしまった。


「勇斌先輩、もしかしてあの話は間違いなんですか? 彼女と別れて自殺したんじゃ……?」


――『……正直なところ、自分がどうやって死んだのかよく分からねえんだ。首吊り? 彼女? 全く覚えがねえ。首に縄の跡があるのは確かだが、死んだ時の記憶がスッポリ抜けてるんだよ。 ただ、死んだ後に一度だけ、法衣を着て鈴を鳴らしてる奴を見た。「趙勇斌、帰ってこい」って何度も呼んでたな。あまりにしつこくてうるさいから、隠れてやり過ごしたんだ』――


「先輩、それは『招魂しょうこん』ですよ。家族が道士を呼んで、先輩の魂が路頭に迷わないように呼び戻そうとしたんです。あの時ついていけば、ちゃんと成仏できたかもしれないのに」


――『行けるもんならどこへでも行ってやるさ。だが、俺はこの営舎から出られないんだ』――


「出られない?」


――『ここで何かを確かめなきゃいけねえ……そんな気がするんだが、考えると頭が痛くなる。……まあいい、そういうことにしとけ! 彼女と別れて自暴自棄になった、それだ! 同期にも「お前は感情的になりやすい」って言われてたしな、一時の気の迷いでやっちまったんだろうよ』――


勇斌先輩はそれ以上、自分の死について語るのを拒んだ。 「幽霊に死因を聞くもんじゃない、祟るぞ」と郁佑をたしなめると、天井の縄に飛び移り、わざと首を吊ったような変顔をして郁佑をからかい始めた。


郁佑は天井を見上げた。哨所の屋根は高く、太い梁が一本通っている。 よく考えると不自然だ。趙勇斌先輩は背が高い方だが、それでもあの梁に縄をかけ、自分の首を吊るには相当な難易度があるはずだ。 (どうやってあんな高い場所に縄をかけて、自分を吊ったんだ……?)


営舎から出られない……。もしかして、先輩は「地縛霊じばくれい」なのだろうか。 地縛霊という言葉を初めて聞いたのは中学生の頃だった。幼馴染の荘駿佐ジャン・ジュンズォが、学校の怪談で彼を怖がらせた時に言っていたのだ。生前に強い未練や執念を残した魂は、死んだ瞬間の精神的な制約に縛られ、その場所に留まり続けるのだと。


また、ここへ来る途中にコー一等陸尉も言っていた。 『幽霊が死後必ず天国や地獄へ行くとは限らない。現世への未練が強く、執念が原地から動けなくさせる。その亡霊がなぜ留まっているのかに注意しなければ、蓄積された怨念は、やがて悪霊へと変わる』


(その悪霊が、今、縄でブランコ遊びをしてるけど……)


陽気な勇斌先輩が悪霊になるとは、郁佑にはどうしても思えなかった。 そう思った瞬間、郁佑が顔を向けると、鼻先が触れそうなほどの距離に先輩の顔があった。驚いた郁佑は数歩下がり、銃を握ったまま床に転倒した。


先ほどまでのふざけた様子とは一変し、勇斌先輩の表情は驚くほど真剣で、どこか恐ろしいものだった。 先輩は郁佑に歩み寄り、その大きな手を差し出した。視界を覆い尽くさんばかりのてのひらに、郁佑は生唾を飲み込み、目を閉じて顔を覆った。


だが、勇斌先輩の手は、郁佑の被る鉄帽の上にそっと置かれた。


――『お前のヘルメットに、何か付いてるぞ』――


趙勇斌チャオ・ヨンビン郁佑ユーヨウにそう告げると、両手で彼の鉄帽ヘルメットを掴み、何かを探し出すように顔を近づけて凝視した。郁佑は、先輩が放つ凄まじい寒気に鳥肌が止まらなかった。 しばらく弄っていた勇斌先輩が、ヘルメットのある箇所を指先で弾いた。


――『ここだ! 悪いもんじゃなさそうだが、外しておいた方がいい』――


郁佑がヘルメットを脱いで内側を探ると、果たして違和感があった。黄色いスポンジパッドの縁に、小さな「紙紮(しさ:紙人形)」が貼り付けられていたのだ。 郁佑の背筋に冷たいものが走った。それは阿江アジャン先輩のズボンに縫い付けられていたものと同じ、自分の名前と不気味な鮮紅色の紋様が描かれた呪いの人形だった。 (誰が、一体何のために……!) 郁佑は込み上げる怒りとともに、その紙人形を力任せに握りつぶした。


翌日、莒光(きょこう:軍の精神教育)時間の前の昼休み。郁佑は公衆電話へ走った。青土山営舎は電波が届かない上、郁佑のスマートフォンは以前の騒動で壊れていた。


「おい、この野郎! 幽霊に地獄へ連れて行かれたのかと思ったぞ! 何百回かけても繋がらないしよ!」


電話口から聞こえてきたのは、親友の荘駿佐ジャン・ジュンズォの怒鳴り声だった。郁佑は平謝りしながら、今の自分が置かれている状況も地獄と大差ないと苦笑した。


「……以前頼んでた、青土山営舎の調査はどうなった?」


「ああ、それな。ネットにはほとんど情報がなかったが、一冊の奇妙な本を見つけた。『青土山鬼話せつざんきわ』というタイトルだが、なぜか全て回収され廃棄されている。興味が湧いて国立図書館で当時の新聞を洗ってみたんだが、いくつか気になる見出しがあったぞ」


駿佐は立て続けにニュースの見出しを読み上げた。


【軍の整地で乱葬崗(無縁墓地)が出土、周辺住民は報復を危惧】 【解き放たれた悪霊、高名な法師ですら太刀打ちできぬ十の心霊スポット】 【兵士の失恋による首吊り自殺の噂、軍は『断じて事実無根』と否定】 【廃棄された書籍、人気タレントが軍の隠蔽を激しく批判】 【青土山の乱葬崗、死者の身元特定困難。日本統治時代まで遡る可能性】


…………


次々と並べられる不穏な見出しに、郁佑は頭を抱えた。小銭が尽きそうになったのを理由に、家族への言伝を頼んで電話を切った。 中でも郁佑の心に深く刺さったのは、**「兵士の首吊り自殺、軍が否定」**という記事だった。


(あれは……四番哨の勇斌先輩のことじゃないのか?)


二十年以上前、閉鎖的だった当時の軍が不祥事を隠蔽するのは想像に難くない。郁佑は大学生の頃、軍の闇に抗議する大規模なデモをテレビで見たことを思い出した。会ったこともない一人の兵士の死のために、万人が正義を求めて声を上げたあの光景には、入隊前の郁佑も心を打たれたものだ。


しかし、あの勇斌先輩は、自分がなぜ死んだのかさえ分からぬまま二十年以上もこの場所に縛られ続けている。 『二十年以上、ようやく、俺を見える奴が現れたぞ!』 あの時の、子供のように純粋な喜びを浮かべた顔が脳裏をよぎる。この先輩の「奪われた真実」を、誰が取り戻してくれるというのか。


郁佑の胸に、切ない熱いものが込み上げた。


隣でビデオを眺めていた阿江が退屈そうにあくびをした。郁佑はそっと彼の肩を叩いた。


「阿江先輩、今日、四番哨の夜番ですよね?」 「ああ、最悪だよ。あそこは幽霊が出るからな」 「……今夜、先輩にタバコを一本、火を点けて供えてあげてくれませんか?」 「タバコ? ……幽霊が夢にでも出てきて、吸いたいって言ったのか?」 「ええ、まあ。頼みます。そうしないと僕がしつこく弄られるんです」 「分かったよ。ただしタバコ代はお前持ちだぞ」


阿江は快く引き受けてくれた。 勇斌先輩のことはひとまず解決したが、郁佑の悩みは尽きない。自分と阿江に呪いの人形を仕掛けた犯人は誰なのか。着任して二ヶ月、深い恨みを買うような覚えはない。


(どうやって犯人を突き止めればいいんだ……)


郁佑は頭を掻いた。自分の手に余る問題だ。 そして、関わりたくはないが、この不気味な呪いの件を調査できる「恐れ知らず」の二人の顔が浮かんだ。


スン大隊長と、コー一等陸尉。


(ああ、あの二人とは、なるべく距離を置きたいのに……!)


その晩、大隊長室に呼び出された郁佑に、孫閣下は開口一番、確信を突くような質問を投げかけた。


「伝令。……この営舎内に、交渉に応じそうな『まともな幽霊』は見つかったか?」


「いるにはいますが、少し面倒なんです」


「面倒? 叩き出せば済む話だろう! 何が面倒なんだ!」


(幽霊を野良犬か何かだと思ってんのか。怒鳴れば尻尾を巻いて逃げるとでも?) 郁佑ユーヨウは内心で呆れながらも、四番哨の幽霊先輩・趙勇斌チャオ・ヨンビンのこと、そして自分に仕掛けられた「招鬼の紙紮しざ」のことをスン大隊長に報告した。


大隊長は顎に手をやり、しばらく沈黙した後、落ち着き払った声で言った。 「四番哨の幽霊とやらは知らん。二十年以上前のことなど、当時軍校生だった私には預かり知らぬことだ。……だがな、招鬼の呪いを仕掛けた犯人なら心当たりがある」


「誰ですか?」


柯魁晉コー・クィジンだ」


コー一等陸尉!? ……でも、あの人は……」


郁佑は驚愕した。大隊長は冷ややかに続ける。 「ここ数日、貴様の言う呪いについて考えてみた。着任して間もないが、この営舎で誰が最も幽霊に詳しく、そんな得体の知れない術を研究している? を書いて除霊ができるなら、鬼を招き寄せるなど朝飯前だろう。それとも、あの男以外にそんな真似ができる奴がこの営舎にいると思うか?」


郁佑は言葉に詰まった。確かに、柯一尉が怪異に精通しているのは周知の事実だが、だからといって自分を陥れる犯人だとは断定できない。阿江アジャンの憑依事件の時も、彼は助けてくれたはずだ。


「しかし、もし柯一尉なら、わざわざあれが招鬼の呪符だと説明する必要なんてないんじゃ……」


「口を滑らせただけだろう! 奴はいつも食えない顔をしていやがる。あんな陰湿な術を使うのは、奴以外に考えられん!」


大隊長は不機嫌さを隠そうともしなかった。郁佑には、彼が単に柯一尉を嫌っているから犯人に仕立て上げようとしているだけのように見えた。軍学校出身らしい、竹を割ったような一本気な性格(あるいは単純さ)ゆえだろうか。大隊長の私情が混じっている以上、犯人探しは期待できそうにない。


だが、少なくとも四番哨の先輩の件については、大隊長の裁量に委ねられている。


「……私の友人が、かつて青土山で起きた『失恋による首吊り自殺』の記事を見つけました。営舎の噂と一致しますし、恐らくは事実でしょう。ただ、問題なのは、あの先輩が地縛霊じばくれいだということです」


「地縛霊? なんだそれは」


「ええと……未練があってその場所から動けなくなっている幽霊のことです」


「そいつがそこにいて、何か不都合があるのか?」


「それは……」


郁佑は頭を掻いた。あの楽天的な勇斌先輩の顔を思い浮かべても、殺傷能力があるようには見えない。精々、居眠りした奴を殴るくらいだ。 「……もし哨番の兵士が居眠りすると、巡察が来る前に叩き起こすんです。それがかなり痛いらしくて、誰も居眠りできなくなっています」


「いいじゃないか。そのまま置いておけ!」


「ええっ!? 閣下、最初は幽霊を追い出すって言ってたじゃないですか」


「そうだ。だが、その幽霊は『良い仕事』をしている。持ち場で居眠りなど言語道断、私に見つかればタダでは済まん。……そいつは放置だ! 問題ない。お前は次の幽霊を探せ。どうせなら、みんなが腰を抜かして泣き叫ぶような、とびきり質の悪いのを見つけてこい。そいつを叩き出す」


「で、ですが閣下。先輩が不憫だとは思いませんか? 自分がどうやって死んだかも分からず、何十年も一人で取り残されているんです。家に帰してあげるべきですよ」


「自殺したと教えてやったんだろう? それでも行かないのなら……」


「言いましたよ、でも先輩は……」


「なら、そいつは自分が死んだことより、他に執着している何かがあるってことだ。それは私の管轄外だ。私は大隊長であって、警察官じゃない。部下に実害がないなら、好きなだけいさせればいい。私が排除したいのは、前回のような、騒ぎを起こし、人を傷つける類の怪異だ。 ……いいか、そいつも元は軍人だろう。自分の問題は自分で解決させろ。自分がなぜ死んだのかさえ他人に指摘されなきゃ分からん、何をしたいかも思い出せんような幽霊を、他人がどうこう助けられるわけがない」


「……何もかも忘れてしまったからこそ、助けが必要なのに……」


郁佑は小さく呟いた。 言葉が過ぎたと思ったのか、沈み込む郁佑を見て、孫大隊長は溜息をついた。普段なら「長官に口答えするな」と一喝するところだが、彼は郁佑を見つめ、少しだけ声を和らげた。


「……お前の協力がなければ、私も幽霊を見られんからな。よし、分かった。私も鬼ではない、その幽霊の件は心の隅に留めておこう。だがその代わり、お前はもっとたちの悪い、本物の『怪異』を見つけ出せ。一対一の等価交換だ。いいな?」


「……はい」


郁佑の顔に少しだけ明るさが戻った。 大隊長室を後にする郁佑の背中を見送りながら、孫大隊長は(本気で調べる気などないがな)と独り言ちた。いつも通り怒鳴り飛ばして終わらせるつもりだったが、黄郁佑の言葉や、あの柯という男の存在が、彼に過去の忌まわしい記憶を呼び起こさせていた。


「軍隊で『善人』でいることに何の意味がある……。ロクなことがない」


一時間後の夜間点呼を控え、大隊長は苦々しく呟いた。


数日後の夕暮れ時。 郁佑は再びチェン班長に連れられ、四番哨へと向かっていた。 緊張感もなく、平然とした様子の郁佑を見て、陳班長は不思議そうに問いかけた。


「おい、新入り。お前、四番哨の先輩に『お世話』されて居眠りもできないほど叩かれたんじゃないのか? なんでそんなに余裕なんだ?」


チェン班長、僕は寝てませんからね。お世話なんてされるはずがありませんよ」


郁佑ユーヨウは誇らしげに言った。 (寝るどころか、あの人はこっちが寝る暇もないくらい活発なんだよ……) 前回、下哨げしょうする直前まで「次はいつ来るんだ? 暇なら哨所の近くまで喋りに来いよ」としつこく誘われたくらいだ。草の生い茂る山の中腹にある哨所に、夜中に幽霊と喋りに来る物好きがどこにいる。


「そんなに大口叩いてると、今に手痛い『お世話』をされて頭をボコボコにされるぞ」


ガコンッ!


小鋼砲(陳班長)とそんな会話を交わした直後、四番哨から大きな衝撃音が響いた。二人は顔を見合わせた。推測するまでもない、中の兵士が居眠りをして幽霊先輩に叩き起こされたのだ。


――『ファン後輩! 黄後輩! 久しぶりだな!』――


到着するなり、衛哨えいしょうの引き継ぎも終わらないうちに、趙勇斌チャオ・ヨンビンが郁佑の周りを楽しげに飛び回り始めた。郁佑は「ふざけないでください」と目配せして彼を制した。 引き継ぎが終わると、勇斌先輩は悪戯っぽく、下哨する兵士の体をすり抜けて見せた。その兵士は急激な悪寒に襲われて鳥肌を立て、陳班長を待つこともなく一人で中隊(連舎)へと逃げ帰っていった。


四番哨に郁佑一人だけが残ると、勇斌先輩は話し始めた。 最近の兵士たちは自分が何を欲しているか理解し始めたらしく、タバコを供えてくれるようになったという。彼は至福そうにその「煙の気」を吸い込み、巡察が来た時に彼らを「お世話」するのを日課にしていた。 「タバコをもらってるなら、もっと優しく起こしてあげてくださいよ」と郁佑が言うと、先輩はケラケラと笑った。


――『それじゃ面白くねえだろ! わけも分からず叩き落とされて、キョトンとしてる奴らを見るのが最高なんだよ』――


「そんなことしてると、いつか本当に悪霊あくりょう扱いされますよ」


――『へへっ。お前だって、俺が悪霊なんかじゃないって分かってるだろ?』――


「どうしてそう言い切れるんですか?」


郁佑が不思議に思って尋ねたが、なぜか勇斌先輩からの返答はなかった。 (どうしたんですか? 勇斌先輩? 先輩……?) 何度か呼びかけたが、声どころか姿までもが完全に消えてしまった。 郁佑が訝しんでいると、哨所へと続く階段のすすきがガサガサと揺れる音が聞こえた。注意深く耳を澄ませると、それは「人間」の足音だった。


(誰だ……?)


郁佑は銃を握り直した。足音が近づき、草むらをかき分けて姿を現したのは、迷彩服に身を包んだ一人の女性だった。 彼女は郁佑と同じ迷彩服を纏い、小帽キャップを被り、査哨表(巡察の記録表)を手に四番哨へと歩み寄ってきた。


(こんな夜中に、女の教官(将校)が巡察? 普通、女性隊員は十時以降は外出禁止のはずじゃ……)


査哨サショウだ!」女性教官が鋭く声を上げた。


郁佑は違和感を覚えつつも、指示に従ってボールペンを手に哨所から降りた。彼女は郁佑を一瞥し、階級と合言葉(口令)を確認すると、無造作に査哨表に記入し始めた。 間近で見ると、彼女は短い髪をしていたが、その美貌は芸能人にも劣らないほど整っていた。哨灯の光に照らされた肌は健康的な小麦色で、迷彩服の上からでもそのしなやかな肢体が判別できた。 (こんな幽霊営舎に、これほどの美人が査哨に来るなんて……饅頭(まんじゅう:残りの兵役日数)を数える気力が出てきたぞ!) 郁佑はこっそりと、彼女の胸にある名札を確認した。


そこには**「苗筱珺ミャオ・シャオジュン」**の三文字が刻まれていた。


「階級だけか? 名前は何だ」 苗筱珺は郁佑と視線を合わせることなく尋ねた。


「ほ、報告します! 二等兵・黄郁佑です」


「黄郁佑? 第二中隊の……か」 ミャオ教官はその名を聞いて、初めて顔を上げた。


「はい」


「私の中隊の兵たちが言っていた。貴様には幽霊が見えるそうだが、それは本当か?」


「報告します、……はい?」 (私の中隊の兵……?)


苗筱珺ミャオ・シャオジュンの鋭い視線が郁佑ユーヨウを射抜いた。その威圧感に身がすくむ思いがしたが、軍隊に入ってからこれほど美しい女性に真っ直ぐ見つめられたのは初めてで、郁佑は思わず顔を赤らめた。 彼女がじっと観察を続ける間、郁佑の頭の中は疑問符でいっぱいになりつつも、初心な若者らしく胸の高鳴りを抑えきれずにいた。そんな彼に対し、苗教官はさらに予想外の行動に出た。


彼女は郁佑の手を掴み、あろうことか自分の胸元へと引き寄せたのだ。


「え、ええっ!? 長官!?」


「黙れ」


その一言で、郁佑は金縛りにあったように動けなくなった。苗教官は郁佑の右手を握ったまま目を閉じ、何事か呪文のように呟いた。やがて目を開けた彼女の瞳からは、先ほどまでの鋭さが消え、柔和な光が宿っていた。


「……嘘はついていないようね。あなたの体内の『気』が、それが希少な陰陽眼いんようがんであることを示しているわ。 着任したばかりでまだ会ったことはないわね。私は第一中隊(一連)の中士班長、苗筱珺。みんなからは小珺シャオジュン班長と呼ばれているわ。普段は連舎にはいないから、用があるなら文書室へ来なさい。私は現在、青土山営舎の文書官ぶんしょかんを務めている。……いい? あなたたちの假單(休暇申請書)は全て私の手を通るのよ。だから私を怒らせないこと。そうしないと、休みが取れなくなるわよ」


「は、はい! 了解しました!」 郁佑は狼狽しながらも、小珺班長に何度も頷いた。


「別の方法を考えようと思っていたけれど、ここで会えたのは幸運だわ。黄郁佑、あなたにお願いしたいことがあるの。……確か今週は、前回の分と合わせて四日間の休みだったわね? 休暇が終わって営舎に戻ったら、すぐに文書室の私を訪ねなさい」


「あの、小珺班長。休みは三日間のはずですが……母が仕事で懇親(面会)に来られないので」


「……四日間よ。いいから、休み明けに私を訪ねること。忘れないで」


「り、了解しました! 必ず伺います!」


「よろしい。哨番を続けなさい。居眠りしないようにね。……ああ、それから。このことはあなたたちの輔導長フドウチョウには絶対に秘密よ」


「はい!」


苗筱珺は小帽キャップの位置を直すと、郁佑に微かな微笑みを残し、背丈ほどもある草むらの中へと消えていった。 一人残された郁佑は、美しき女性隊員からの「誘い」に、魂を抜かれたように立ち尽くした。憧れの女性士官からの密かな約束! 彼は顔を真っ赤にし、哨所の前でだらしなくニヤけていた。


――『……あの女、行ったか?』――


――『おいおい! 黄後輩! なんてマ抜けな顔してやがる! 鼻の下が伸びきってるぞ!』――


――『こら! このスケベ野郎! 女を見た途端、俺を無視しやがって!』――


趙勇斌チャオ・ヨンビンは、いくら呼んでも反応のない郁佑に業を煮やし、哨所の階段から飛び降りて郁佑の背中に飛びついた。その衝撃で郁佑は地面に押し潰され、悲鳴を上げた。 「痛てて……! この野郎、よくもやりやがったな! のたれ死ね!」


――『俺は首吊って死んでるんだよ。そんな呪い、今さら効くかよ』――


郁佑はハッと我に返った。相手はとっくに死んでいる幽霊だ。 それよりも気になったのは、小珺班長が査哨に来た間、勇斌先輩が完全に気配を消してどこかへ逃げていたことだ。


――『あの女はヤバい。とんでもなく恐ろしいものを探っていやがる!』――


「恐ろしいもの?」


――『なぜ彼女がお前を誘ったのかは分からねえ。だが黄後輩、俺のアドバイスだ。あの女とは関わるな。彼女が調べているのは、この青土山で俺が死ぬ前から学長(先輩)たちの間で語り継がれてきた、最悪の怪談……「人頭西瓜じんとうすいか」だ。……ううっ、思い出しただけで鳥肌が立つ。あんなおぞましいものを追うなんて、あの女、正気じゃねえ!』――


「人頭西瓜」……。郁佑には聞き覚えのない言葉だったが、幽霊である先輩がこれほどまでに怯える姿を見て、不吉な予感が背筋を走った。 (やっぱり、行くのはやめよう……) そう決心しかけた時、彼女の言葉が脳裏をよぎった。「休暇申請書は私の手を通る」……。もし約束を破って彼女を怒らせたら、これからの軍生活での休みが全て消えてしまうかもしれない。


(……くそっ! これが『美人の策略』ってやつか!)


郁佑は絶望に打ちひしがれ、四番哨の中へと這い戻った。 勇斌先輩は「絶対に行くな」と警告し続けているが、彼はもう泥舟に乗せられたも同然だ。 そして、この苦境から救ってくれる唯一の存在が、あの「幽霊大好き」な孫大隊長しかいないことに気づき、さらに暗い気持ちになった。


(大隊長なら、その「人頭西瓜」とやらに食いつくに決まってる。……西瓜スイカなんて、僕が休暇明けに大きくて甘いやつを買ってきてあげますから! お願いだから巻き込まないでくれ! 僕は怖いんだ!)

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