首なし西瓜(五)
この小説は、もともと中国語で執筆したものをAI翻訳を通じて日本語に変換しています。そのため、不自然な表現や誤った言葉遣いなどがあるかもしれませんが、どうかご容赦ください。
古びた內務櫃の中から、あるはずの旧軍服が跡形もなく消え去った。 郁佑たちは言葉を失い、その場に立ち尽くした。阿江と斉瑋は全身に鳥肌が立つのを感じ、震えが止まらなかった。あの血生臭い迷彩服を、一体誰が持ち去ったのか。 こんな英雄気取りの真似はもう御免だ。二人は連長に外出禁止を食らおうが、班長に怒鳴り散らされようが、今すぐこの旧倉庫から逃げ出したかった。
(……誰が持っていった? もし可能性があるとすれば、一人しかいない。あのバカだ……)
行方不明のバカ宝(バカボウ:徐寶)。 だが、いくらあいつが向こう見ずな性格だとしても、旧倉庫に捨てられた気味の悪い軍服を自分から着るはずがない。もし徐寶を見つけた時、彼がその服を着ていなかったとしたら……。深夜の旧倉庫に、自分たち以外の「誰か」が潜んでいることになる。阿江は想像するだけで生きた心地がせず、一歩進むごとに膝が笑った。
最後尾を行く斉瑋は、必死に冷静さを保とうとしていた。これは全部、あのバカ宝の度を越した悪ふざけなんだと自分に言い聞かせる。 (見つけたら、絶対にあの天兵(テンペイ:天然ボケな兵士)をボコボコにしてやる……!)
「お、おい……な、なあ、斉瑋……」
阿江の声が震え、言葉がもつれている。彼は後ろを振り返る勇気もなく、手探りで斉瑋の手首を掴み、背後に仲間がいることを確認してようやく安堵した。 斉瑋は、普段なら腰抜けだと笑い飛ばすところだが、今は自分も恐怖で限界だった。
「……何だよ、ちゃんと喋れ」
「も、もし……あの軍服を持ってったのが、徐寶じゃなかったら……」
「クソッ、黙れよ! あいつに決まってるだろ。この倉庫にはあいつしかいないんだ」
「で、でも……もし……」
「あいつなんだよ! それ以上言ったらマジで怒るぞ! お前……」
阿江を怒鳴りつけようとした斉瑋の視界を、一筋の黒い影が横切った。 慌てて周囲を照らすが、そこにはただ暗闇が広がっているだけだ。 (……見間違いか?) 斉瑋の額に冷や汗が流れる。裏門の曇りガラス越しに見た、あの不気味な人影が脳裏をよぎった。ライトを握る手が小刻みに震え出す。錯覚だと思い込ませなければ、精神が崩壊しそうだった。
「……ねえ……ねえ……見て……」
斉瑋の耳元で、何かが囁いた。 (こいつ、いい加減に黙ってられないのか?) 手首を掴む力が強くなり、斉瑋の苛立ちが爆発した。
「おい、黙れって言っただろ! 阿江、何を見ろってんだよ!」
「え? お、俺……何も言ってねえし、お前に触ってもねえぞ!」
前を行く阿江が振り返る。その顔は困惑に満ちていた。
「嘘つくな! 触ってないって、じゃあ今俺の腕を引いてるのは……誰……だ……?」
阿江は両手を上げ、自分が何も掴んでいないことを証明した。 だが、斉瑋の手首は今も誰かに掴まれ、ガクガクと震えながら彼をどこかへ引いている。 (誰が僕を掴んでいるんだ?) 斉瑋には、背後を確認する勇気などなかった。そして彼は、ある致命的な事実に気づく。自分の前を歩いている阿江が、どうやって自分の耳元で囁けるというのか?
「……見て……見てよ……」
また声がした。斉瑋が正面の阿江を見つめると、阿江の唇は微塵も動いていない。 そして阿江の顔がみるみる白くなり、何かに怯えるように口をパクパクとさせた。阿江には、斉瑋の背後にいる「それ」が見えているのだ。
「……見てよ……見て……見て……見て……見て!!」
掴む力が暴力的なまでに強くなる。斉瑋の腕が無理やり後ろへ引き寄せられた。逃げようとしても、足が地面に縫い付けられたように動かない。
「――お前の先祖でも見てろってんだ!」
阿江が怒鳴り声を上げ、斉瑋を前方に突き飛ばした。その勢いで手首の拘束が外れ、斉瑋は自由を取り戻した足で必死に駆け出した。阿江も狂ったように走る。
だが、斉瑋が前方を照らした瞬間、心臓が凍りついた。 目の前には、ただ暗い通路が続いているだけだった。 自分たちの数歩先を歩いていたはずの小珺班長と郁佑の姿が、忽然と消えていた。
「黒い影だって?」
斉瑋はさっき目の前を横切った影を思い出した。あの影のせいで、二つのグループは分断されてしまったのか。斉瑋は何が自分を呼んでいたのかを確かめようと、思わず後ろを振り返ろうとした。その瞬間、阿江が怒鳴りつけた。
「後ろを向くんじゃねえ!」
だが、遅すぎた。斉瑋の懐中電灯の光はすでに背後を照らしていた。そこにいたものを見た瞬間、斉瑋は腰が抜け、その場に膝から崩れ落ちた。 もしそれがただの白い服の女幽霊なら、まだ耐えられたかもしれない。だが、斉瑋の手首を掴んでいたのは、自ら歩き回る**「死体の肉塊」**だった。その肉塊から発せられた不気味な声が、斉瑋の耳に直接響く。
「……僕、頭がないんだよぉ……」
「だから見るなって言ったんだ!」 阿江が叫び、斉瑋の目を手で覆い隠した。
そいつには頭がなかった。ボロボロの草色の軍服を纏い、腐敗した肉体を引きずりながら、ふらふらとこちらへ歩いてくる。切断された首の断面からはどす黒い液体が絶え間なく流れ落ち、剥き出しになった腸や胆嚢が外にこぼれ落ちている。それは幽霊というより、ゾンビ映画に出てくる腐乱死体そのものだった。 斉瑋は恐怖のあまり嘔吐し、自分の手首を見た。そこには黒い手形が残り、得体の知れない粘着質な液体がべったりと付着していた。その生理的な嫌悪感に、彼は再び胃液をぶちまけた。
「斉瑋! クソッ、吐いてる場合か! 逃げるぞ! あいつが来る!」 阿江が斉瑋を引きずるが、斉瑋にはもう立ち上がる力すら残っていない。無頭の怪物がじりじりと距離を詰めてくる。阿江は極限のパニックの中、火事場の馬鹿力を発揮した。斉瑋から懐中電灯をひったくって口に咥えると、斉瑋を無理やり肩に担ぎ上げ、無我夢中で通路を駆け抜けた。
その頃、郁佑は内務櫃の迷路を抜け、前方に一つだけ開いた扉を見つけていた。おそらくそれが、阿江たちが言っていた中庭へ続く小門だろう。 二連隊の兵士たちの間で「幽霊が見える」と噂になっている郁佑は、これまで一度もこの不気味な旧倉庫に近づいたことがなかった。もしここで何かが起きれば、一番損をするのは自分だと分かっていたからだ。
「ねえ、黄郁佑。ちょっと聞いていい?」
後ろを歩いていた苗筱珺班長が、不意に郁佑の耳元で囁いた。郁佑は飛び上がらんばかりに驚いたが、隣に並んだ彼女の横顔――長い睫毛、小さな唇、そして紅潮した頬のえくぼ――に目を奪われた。彼女からは運動用香水の微かな香りと、汗が混じり合った独特の匂いが漂ってくる。この数秒間だけ、彼は自分が幽霊屋敷にいることさえ忘れ、少しだけ得をした気分になっていた。
「……あなた、この倉庫の中で『それら』が見えているの?」
耳元で囁く苗班長に、郁佑は小さく頷いた。「……さっき入った時から見えてます。でも、いつものように気づかない振りをしているだけです」
「……どんな風に見えるの?」
「ええと……説明しづらいですけど、女の幽霊だったり、手足のない兵隊だったり。顔だけが透けているやつもいます。いろいろです。でも……なんだか変なんです」
道中、郁佑は嫌というほど幽霊を見てきたが、ここの連中は外にいた連中とは明らかに違っていた。外の幽霊たちは郁佑のことなど目もくれなかったが、倉庫の中にいる連中は、全員が激しい怨念を込めた眼差しで郁佑を凝視しているのだ。その視線が、たまらなく不快だった。
「郁佑、あなた幽霊が相当怖いのね? 過去に何かトラウマでもあるの?」
(……今そんなこと聞きますか?) 郁佑は苛立った。幼馴染の荘駿佐のことを思い出したからだ。あいつもいつも郁佑を怖がらせた後で、感想を聞きたがる悪趣味な奴だった。 そんなことを考えながら、積年の恨みをあいつの尻に叩き込んでやりたいと妄想した瞬間――。
天井から何かが落ちてきて、郁佑の目の前にぶら下がった。 血まみれの老女だった。眼球のない空洞の眼窩が、至近距離で郁佑を直視している。口からはガチガチと耳障りな歯ぎしりの音が漏れていた。
郁佑が悲鳴を上げようとした瞬間、誰かの手が彼の口を強く塞いだ。
「落ち着きなさい! ……あなた、何を見たの!?」
郁佑の口を塞いでいたのは苗筱珺だった。彼女は郁佑の視線に気づき、静かに前方の女幽霊を見据えた。数分間、二人はそのおぞましい存在と対峙し続けたが、苗班長は一歩も引かなかった。 女幽霊の顔がさらに郁佑の鼻先まで近づく。剥がれ落ちる皮膚、剥き出しの筋肉……。郁佑はあまりの恐ろしさに暴れ出そうとしたが、苗班長が耳元で低く唸った。
「黄郁佑! 暴れたら今週の外出(點放)は抜きよ!」
「點放」――その言葉は郁佑にとって電気ショックにも等しかった。軍人にとって休暇は第二の生命だ。青土山の不便な立地での点放(数時間の外出許可)が取り消されれば、それは禁閉処分も同然。郁佑は恐怖で震えながらも、必死でその場に凍りついた。
その時、苗班長が郁佑の口から手を離し、幽霊の顔めがけて手を伸ばした。驚くべきことに、その手は幽霊の頭をすり抜けた。女幽霊の姿は、壊れたビデオ映像のように激しく明滅し始めた。
「……えっ? これ……」
「よく見て、郁佑。……そこに、本当に『幽霊』がいる?」
郁佑は躊躇いながらも、勇気を振り絞ってその顔に拳を叩き込んだ。ひき肉を突き抜けるような不快な感触が走ったのは一瞬で、次の瞬間、女幽霊は霧が晴れるように完全に消失した。
「……ここには幽霊なんていないわ。あの気味の悪いロッカーを除けば、ここには霊と呼べるような実体は存在しない」
苗班長は髪をかき上げながら言い放った。郁佑は困惑した。では、今までの手足のない兵隊や、怨念を飛ばしてきた連中は一体何だったのか。
「……幻覚よ。あの邪霊が見せている幻覚。……以前話したわね、『人頭西瓜』なんて事件は存在しない。けれど、怪談として語り継がれるうちに、それは実体を持つようになった。日本には**『付喪神』**という言葉があるけれど、無機物が長年放置され、怨念や想念を蓄積して妖怪化する現象に近いわね」
彼女は続けた。 「この倉庫の邪霊は、人々の『思考』を糧に存在しているの。……あなたがこれほど鮮明に幽霊を見たということは、そいつがあなたの**『一番の恐怖』**を正確に把握しているという証拠よ。……厄介な相手ね」
「……じゃあ、僕が幽霊を怖がっているから、あいつはわざと僕の嫌いなものを見せたってことですか!? そんなの、ありえないですよ!」
「ありえるわ。それがそいつの生存戦略なの。恐怖こそがそいつの餌になる。……あなたが『通霊の眼(陰陽眼)』を持っていたから、そいつは幻覚を維持できずに消えたけれど、もしあなたまで目を眩まされたら、私たちは二度とここから出られないわよ」
郁佑は唾を呑み込んだ。なぜ自分ばかりこんな災難に遭うのかと絶望した。 二人が再び歩き出そうとした瞬間、同時に異変に気づき、声を上げた。
「阿江先輩!?」 「斉瑋はどこ!?」
慌てて懐中電灯を背後へ走らせるが、そこにはただ歪んだロッカーが並ぶ細い通路が続いているだけだった。つい先ほどまで後ろにいたはずの二人の姿が、忽然と消え去っていた。
「……あのバカ二人、離れるなと言ったのに!」
苗班長の声に焦燥が混じる。二人は来た道を引き返し、必死に名前を呼びながら走り出した。一本道の倉庫内、消えるはずなどない。 走り続ける郁佑の耳元で、再びあの悍ましい「音」が響き始めた。
カチャ……カチャ……カチャ……。
何かで床をひっかくような、微かな音が響く。郁佑は前を走る小珺班長に伝えようとしたが、彼女の速度が速すぎて、息を切らす郁佑には声が出せなかった。 突如、苗筱珺が足を止めた。郁佑は急ブレーキをかけ、危うく自分より小柄な彼女に衝突しそうになった。
「班長、どうして……」 言いかけて、郁佑は絶句した。
旧倉庫は漆黒に包まれているとはいえ、全く道が見えないわけではない。ましてや内務櫃のような巨大な物体なら、形くらいは判別できるはずだ。しかし、彼女が照らす懐中電灯の先には、光を吸い込むような**「死の闇」**が広がり、進むべき通路さえ消失していた。
「……班長、どうすれば?」
「…………」
苗筱珺は答えなかった。いや、答えられなかったのだ。 青土山で四年の月日を過ごし、軍に入る前からあらゆる怪異を目にしてきた彼女にとっても、これほど厄介な状況は初めてだった。
前方の闇は明らかに「瘴気」によるものだ。この悪霊は、何としても自分たちを阿江や斉瑋に会わせまいとしている。だが、自分のような術者と、郁佑の陰陽眼が揃っていながら、一体いつの間に隙を突かれたというのか。彼女は苛立ちから足を踏み鳴らし、その端正な顔を歪めた。
迷った末、彼女は「切り札」を出す決意を固めた。 軍服の中に隠していたネックレスを引き出す。それは三角形の、独特な民俗学的図騰が刻まれた神妙な石だった。苗筱珺は石を握りしめ、常人には理解できない言葉で呪文を唱え始めた。 すると、どうだろうか。光を拒んでいた闇がゆっくりと晴れ、再びロッカーと通路が姿を現したのだ。郁佑は隣で驚嘆の声を上げた。
これでいける。そう確信して一歩踏み出した瞬間、冷ややかな声が彼女の耳に突き刺さった。
「――僕の失くした頭、見つけてくれたかな? ヘッ、ヘッヘッヘ……!」
悪意と嘲笑に満ちた声に、彼女の体は凍りついた。直後、突き刺すような激しい耳鳴りが彼女を襲う。視界は再び闇に飲み込まれた。 苗筱珺は耳を押さえ、怒りに燃える瞳で周囲を睨みつけた。想像以上の力だが、彼女のプライドが敗北を許さなかった。
(……遊んでやるわよ。喧嘩を売る相手を間違えたことを後悔させてやるわ!)
彼女は先祖代々伝わる聖石を再び握りしめ、耳鳴りも妨害も無視して呪文を唱え続けた。 ついに懐中電灯の光が闇を貫いた。 少し先に、阿江と斉瑋の姿が見える。二人はまるで何かに憑かれたように、同じ場所で足踏みを繰り返し、一歩も前に進めていなかった。典型的な**「鬼打牆(きだしょう:霊に道を遮られる現象)」**だ。幸い、まだ命までは狙われていない。
「行くわよ!」
後ろの郁佑に声をかけ、数歩踏み出したところで、彼女は強烈な違和感に襲われた。 慌てて背後を振り返る。
「……黄郁佑?」
そこには、誰もいなかった。 先ほどのような瘴気の闇はない。道もロッカーもはっきりと見えている。だが、懐中電灯でどれほど周囲を捜索しても、郁佑の姿だけが忽然と消えていた。 彼女は焦燥から罵声を上げ、まずは倒れている阿江と斉瑋の元へ駆け寄った。
「ちょっと、起きなさい!」
二人を揺さぶるが反応はない。バッグから除霊の道具を取り出そうとして、外で落としてしまったことを思い出した。万策尽きた彼女は、強引にライトを目に当て、頬に平手打ちを見舞うという力技に出た。
「おいおい、筱珺さん。そんな力で叩いたら、起きる前に死んじまうよ。君たちの祖霊は、ビンタで除霊しろなんて教えてるのかい? おー怖い」
その聞き覚えのある皮肉な声。 顔を上げずとも、青土山でこれほど人を逆なでする言い方をする男は、一人しかいない。
「――柯魁晉!」
驚いて顔を上げると、そこには彼だけでなく、意外な人物が立っていた。
「か、閣下(大隊長)……!?」
柯魁晉がここに現れたこと自体、苗筱珺は驚かなかった。あの男は元々、軍内の怪異に首を突っ込むのが趣味のような男だ。だが、なぜ孫大隊長までもがここにいるのか。
以前、二連隊の寝所で起きた霊異事件の際、大隊長が現場にいたという噂は聞いていた。だが、苗筱珺はそれを「たまたま巡察中に通りかかっただけだ」と考えていた。しかし、今こうして柯一尉が大隊長を旧倉庫へ連れてきた意図は何なのか。柯一尉の「高みの見物」と言わんばかりのニヤけ面を見る限り、自分をハメようとしているのは明白だった。
孫大隊長は足元に転がっている二人を見下ろした。前回も幽霊に絡まれていた阿江の顔を見て、内心で「またこいつか」と溜息をつく。そして顔を上げ、苗筱珺を鋭い眼光で射抜いた。
「苗筱珺、消灯時間だというのに、なぜ二人の兵士がこんな場所にいる?」
「報告します。彼らは本部中隊から倉庫の掃除を命じられていました。帰隊が遅いため確認に来たところ、二人がここで倒れているのを発見した次第です。何が起きたのかは分かりません」
「分からない、だと? 施錠された倉庫の中で兵士が倒れ、そこに貴様一人が立っていて、何も知らないというのか? 苗筱珺、真実を話せ。嘘は許さん。私は事の経緯を知りたいだけだ」
「……報告します。私が言ったことはすべて……」
「いいんだよ、筱珺さん」柯一尉が割って入った。「閣下にはすべて話してある。人頭西瓜の由来も、君が探している禁書《青土山鬼話》の草稿のことも。……それから、君が『巫女』であることもね」
隠し事がすべて暴かれたと悟り、苗筱珺は数秒間沈黙した。彼女は軍帽を脱ぎ、髪をかき上げると、観念したように語気を和らげた。
「閣下……。この柯一尉のデタラメを信じるのですか? この男がどれほど怪しい術策を弄する人間か、ご存知のはずです。確かに、私は故郷の部族で巫女を務めており、多少の法術は心得ています。ですが、この柯という男が何者か知っていますか?」
彼女は柯一尉を指差した。「こいつの実家は『陰廟(いんびょう:無縁仏などを祀る廟)』を経営しているんです。霊を呼び寄せ、使役することに関しては、こいつの方がよほどプロですよ」
柯一尉は降参するように両手を挙げた。「人聞きが悪いな。僕は『仲介人』か『翻訳家』と呼んでほしいな、筱珺ちゃん」
「黙れ! 貴様という男は……」
「静かにしろ!」
大隊長の一喝が、二人の言い争いを引き裂いた。大隊長は柯一尉を睨みつけたが、柯一尉は動じずに笑って答えた。 「さあ、この二人を起こしましょうか。詳細な説明は、苗班長がしてくれるはずですよ」
「いや、柯魁晉。貴様はこう言ったはずだ。『苗筱珺が黄郁佑を連れて人頭西瓜を探しに行った』と。……ならば、なぜそこに郁佑がいない? 私の伝令はどこだ」
苗筱珺の心臓が跳ね上がった。大隊長の詰問の矛先が自分に向いた。適当な嘘で誤魔化そうとしたが、大隊長の眼光と視線がぶつかった瞬間、言葉が喉に張り付いた。 その瞳には、幽霊さえも震え上がるほどの、圧倒的な「正気」が宿っていた。
「……黄郁佑は……消えました」
彼女は視線を逸らした。激昂されるかと思ったが、意外にも大隊長は静かだった。それが逆に、苗筱珺と柯一尉には不気味に感じられた。
「……いつ消えた?」
「この二人を見つけた直後です。私のすぐ後ろを歩いていたはずなのに、振り返った時には姿がありませんでした」
「柯魁晉。これが貴様の言っていた……何だったか、『鬼打牆』というやつか?」
「状況から見て、間違いないでしょうね」
「ならば、郁佑はまだこの倉庫の中にいるのだな?」
「おそらくは」
「よろしい。ならば、あの幽霊を捕まえて、軍紀教育を叩き込んでやる正当な理由ができた。倉庫を不法占拠し、大隊長の伝令を誘拐し、さらに私の睡眠を妨げるとは……」
孫大隊長は手首を回し、屈伸を始めた。その顔には、極限まで怒りが達した時に見せる「恐ろしい笑み」が浮かんでいた。数メートル離れている苗筱珺ですら、金縛りに遭ったかのような圧迫感を感じ、思わず数歩後ずさった。 (……なるほど。だから柯一尉は、この人をここに連れてきたのね)
「お前たちはその二人を入り口まで運べ。苗筱珺、貴様への追及は後だ。今は私の伝令を連れ去った不届き者に、この営舎の主が誰であるかを分からせてやらねばならん!」
そう言い残すと、孫大隊長はたった一人で、闇が渦巻く倉庫の奥へと足を踏み入れた。 苗筱珺は呆然とその背中を見送った。彼女の知る霊的知識を遥かに超えた光景。人か、鬼か。この戦いの勝者がどちらになるか、今の彼女には想像もつかなかった。




