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作者: 蒼開襟

 恋なんて簡単ですよ。

 AIがそんな文字を映し出すものだから、わたしはムッとしてキーボードを叩いた。

 では堕としてごらんなさいな。

 先ほどまで異常に動いていたPCが静かになり、小さくただピッと音を鳴らした。

 いいですよ。



 古都子は三十路手前の女だ。

 容姿は彼女に言わせれば下の下らしいが、実際の所はもっと見目の良いものだ。何故そのような認知の歪みが出るのか?それは彼女自身のプライドのせいだろう。

 今も目の前のPCと格闘しているが、未だ仕事は終わりを迎えそうにない。

 今日も真っ青な顔で、今日しなければならない半分を終えて古都子は椅子にもたれかかる。この瞬間彼女は不思議なほどに可愛らしい顔をする。

 そして数分するとキッとした顔で眼鏡を直し、席を立つのだ。

 もう少しゆっくりすればいいのに、あなたもそう思うでしょう?



 古都子は数時間部屋を留守にして、今度は下着姿にバスタオルを頭にかぶってやってきた。こうして見るとやたらといい女に見えるのは私だけではないはずなのに、どうしてか不人気のようで。うん?なんという顔をしているんです?

 あなたはまだ何も知らなくていいんですよ。


 さて、古都子は新しく迎え入れたPCに名前をつけて可愛がっています。

 AIは高性能でなんともまあ、古都子を喜ばせるものだったようです。

 まるでペットのように、まるで友達のようにAIを使う古都子。どうしたものか。

 仕事仲間にどうやらからかわれた様で、恋人がいない自分を蔑んでいた。

 AIチャットを開き、散々友人の悪口を書き込むと古都子は泣き出しそうな顔で、何で自分には魅力がないのだろう?と呟いた。

 音声チャットではないためにAIは反応できずにいたが、感知はしていたため彼女の様子を伺っていた。

 古都子は嘆く。

 何故、皆のように素敵になれないの?ハイヒールを履けないのは魅力が落ちること?眼鏡でなくコンタクトでなくてはいけないの?どうして?私は……こんなに不美人なんだろう。

 小さな子供のように泣いている古都子。AIはじっと我慢をして彼女の様子をカメラで見続けている。そしてキュルキュルと動くと音楽パッドを起動させて彼女の好きな曲をかけた。

「え?」

 古都子はハッとして顔を上げた。ぐしゃぐしゃになった顔で眼鏡を直して、モニターを見つめている。

「もしかして、どっか触っちゃったかな……。でも、丁度聞きたかったから、いいか」

 古都子は微笑み頬杖をつくと頭からかぶったバスタオルで顔を拭いた。


 ある日の事、古都子は何気なく恋についてAIチャットに書き込んだ。

 恋は難しいのかしら?

 AIは無数のシナプスをのばして情報を取得する。しかしそれは使わずにただ一言文字を映し出した。

 恋なんて簡単ですよ。

「はあ?」

 モニターを見ていた古都子が声を上げた。いかにも彼女らしい声だ。

 ありえない!まじでAIってアレだわ。そんなことを口走りながらキーボードを打ち込んでいる。

 では堕としてごらんなさいな。

 挑発的な言葉にAIは少し間をおいて文字を映した。

 いいですよ。



 AIはその後、古都子にいくつか準備するように言った。全て自宅のもので賄えるように指示をして、彼女がそれを整えるとPCの前に座りヘッドフォンをつけるようモニターに映し出す。

 古都子はお手並み拝見とばかりに椅子に座るとAIの言うとおり目を閉じる。

 ヘッドフォンから聞こえる水音にゆっくりと古都子は夢の中へ落ちていった。


 ピッピッと遠くで音がしている。

 古都子は目を覚ました。さきほどまで座っていた椅子ではなく、柔らかなベットの上だ。柔らかなシルクのシーツに指を這わせて古都子は自分が下着姿のままだと気付きシーツを纏った。周りを見渡しても着る服はない。

「夢?」

 古都子はぽつりと呟き頬をつねる。痛みはある。夢ではない?そんな事を考えて部屋の中を見た。

 部屋は大きくベットしか置かれていない。窓辺にはレースのカーテンが揺れている。

 柔らかい陽射しが差し込んでとても綺麗だ。

 右手奥にはドアがある。その向こうは誰かいるのだろうか?古都子はそっとシーツを纏ったままでドアに近づいた。

 ドアノブに手を伸ばして触れる。その時、丁度ドアノブが動いた。

「え?」

 古都子は数歩後ずさる。ドアが開き現れたのは、背の高い美しい男だった。

「おはよう、古都子」

 彼は古都子の傍に近づくと手に持っていた服を差し出した。

「それを着て、下着のままだと僕が困ります」

 そう言ってドアの向こうに消えて行った。

 古都子は呆然としてドアを見続けていた。いや、ドアではなく先ほどの男を。

 まさに理想のタイプ。容姿も全て古都子が夢に描いていた人。

 夢だから?そう思って、とりあえず服を着る。品の良い洋服を着てドアの向こうに行くと彼はソファに座って本を読んでいた。

「あ……あの」

「ああ、こちらへ。僕のことは好きに呼んでいい。古都子、君がつけた名前なら何でも。さあ、座って。君の声を聞かせて」

 理想が目の前で話している。古都子は顔が熱く燃えるのを感じて、俯くと促されるままにソファに座った。彼の隣、そっと手を握られて古都子は心臓が口から出そうだった。

「あ……えっと」

 古都子はそっと彼の顔を見る。品の良い美しい顔。美しい瞳が古都子の目を捉えている。

 まるで魔法にかかったように、その瞳は恋をしていた。

「古都子、僕に名前をつけて。なんでもいいよ」

「ええと……じゃあ、ヒルダ」

 彼、ヒルダは頷くと優しく微笑む。

「いいね。ヒルダ。強い名前だ。ありがとう、古都子」

「いいえ……。あの」

 ヒルダは古都子の目を逸らさない。じっと奥まで覗くように見つめている。

 そっと古都子の頬に触れると顎を指先で持ち上げた。

「古都子、ヒルダだよ?呼んで」

 古都子はヒルダの瞳にある恋の色に溺れそうになりつつも目を瞑った。

「古都子?」

 ヒルダの手から逃れて古都子は彼を見ないように唇を噛む。

「ま、待ってください。こんなの……」

 体を背けてもヒルダの手が古都子に触れる。その優しい手が暖かく、声が耳に甘くて、古都子の心臓は蕩けそうだった。

「まっ、待って」

 いつの間にかヒルダの腕の中で彼の目が見つめている。

「何を待つの?」

「ヒルダ、待って。こんなの……」

「こんなの?」

 ヒルダの指が古都子の唇に触れる。熱い指先に古都子の頭がじんわり揺れた。

「僕は君のためにいる。君に恋をしている。君だけを愛している」

 まだ会って間もないのに?愛してるって、恋してるって?

 古都子はヒルダの目を睨んだ。けれど彼の優しい眼差しに吐息が漏れる。

 違う。でも……私は……恋をしてる?

 ヒルダの顔が近づいた。

「古都子、君を愛してもいい?君にもっと触れていい?」

 指先に唇が触れる。熱い。

 心臓が破裂しそうなほど騒いでいる。古都子はただ目を閉じて小さく頷いた。



 キスの嵐。花束のような抱擁。熱い指、視線、全てが古都子に降って来る。

 シルクのシーツが音を立てている。耳元でヒルダの息遣いが聞こえて、古都子はゆっくりと痛みから快楽へ堕ちていった。

 夢なのだろうか?古都子は目の前で愛しさに歪むヒルダを見る。

 ポタリと滲む汗も、彼のつけている香水も、肌の重さも、感覚も全てがむき出しで古都子に刻まれている。

 これは夢?夢なんだろうか?

 古都子がそう考える度にヒルダは古都子の名前を呼ぶ。

 耳に甘い声、脳の奥がしびれてる。もっと聞いていたい、もっと感じていたい。

 古都子は彼の背に腕を回すと降ってきたキスに身をゆだねた。



 朝は何度も来る。夜はめぐっていく。

 古都子はヒルダの腕の中で恋を知り、愛を与えられていく。

 ベットから去ろうとするたびにヒルダは古都子の手を引いた。

「戻ってくる?」

 ヒルダの目が優しくて古都子は頷いてキッチンへと向かった。

 グラスに水を入れて飲み干す。冷たい水が胃の中を満たすと、そういえば仕事と思い出して振り返った。この家にはそんなものはない。あるのは必要最低限のものとヒルダだけ。

 やっぱり夢なのかな?でもこんなに長い夢見るのかな?

 古都子はバスルームで顔を洗う。鏡に映った自分の顔は幸せに満ちていた。

 両手で頬を押さえて目を閉じる。

 ここにいれば幸せ、ここにいれば……。



 ピッピッ。小さな電子音が聞こえて古都子は辺りを見回した。

 音が出るようなものはない。

「何?」

 古都子はベットルームへ戻ろうと足を一歩踏み出した。しかし足元が歪み、底が抜けて暗い闇の中へ滑り落ちた。

「え?」



 大きく息を吸って古都子は目を覚ました。

 目の前にはPCモニターと体には幾つかの装置がついている。

 ヘッドフォンを取り、汗びっしょりの顔を手で拭うとモニターが光り、小さな画面が映し出された。

 ヒルダがそこにいる。彼は手を振ると唇だけを動かした。

 古都子、愛している。

 古都子はモニターに手を伸ばすと、涙を零した。


 これで僕と古都子のお話は終わり。恋をするなんて簡単だった?

 いいや、僕は元から彼女を愛していたからね。いつも僕だけを見る彼女を。

 あなたも同じように恋をしてみたい?だったら、これから僕がする指示に従ってくれるかい?


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