第十三話 イベント:敵対的観測
北の海、というものは例え天気が良くとも荒れがちである。理由や風や大気、海洋の状態、海流など色々とあるが一つ分かることがある。
───この海を渡るならちゃんとした船を用意すべきだ。死にたくないならこの教訓に従うべきだ。なら、死にたいのなら?或いは死んでもいいと考えているなら?そんな馬鹿げた狂人も環境や時代、場所によってはダース単位で存在することがある。いや、これを見れば誰かはこうツッコむかも知れない。
「いや、誰だよダース単位って言ったやつ。どう数えてもグロスやグレートグロスはいるだろ」、と。
場所はアズマ王国が『本土』と称する場所から北東10海里(約20キロメートル)。荒れた大海原───別に天気が良くても普段からこんな感じだ───を埋め尽くす茶色の物体が見える。
流木だろうか?いや、違う。流木にしては些か大きすぎる。あれは船だ。上には帆が広がり、船型は細長く、そして前後両端が対照的な形をしている。左右にはオールと円盾が交互に並べられ───それを漕ぐ何人もの人間が乗っている。
屈強な肉体を外気に惜しみなく晒し、頭には角の生えたヘルムを被る。肩から掛かったものは毛皮だろうか。何にせよ荒々しい連中だ。腰にぶら下がった斧のことも相まって非常に近付きたくない。何処からどう見ても蛮族だ。子供に読み聞かせる時に使う───少なくともアズマ王国では───絵本に出てくる蛮族にそっくりだ。
そんな近付きたくない蛮族は決して一人ではない。その船───俗にいうヴァイキング船───に乗っている人間は2ダース(約24人)。
そのヴァイキング船も一隻ではない。一隻、二隻、三隻……。こちらも少なくとも5ダース(約60隻)。
24人 ✕ 60隻 = 1440人
確かにグロス(約144人)を超えてグレートグロス(約1728人)に届くかも知れない。今のは概算なので実際には更に多いのだ。
彼らは戦い、奪い、殺される。粗野で野蛮で強靭な存在。戦いを己の居場所と定め、勝者の権利として全てを奪い、恐怖の象徴として殺される。粗野な性格は細かなことを気にさせず、野蛮な生き方は本能に忠実であり、強靭な肉体はあらゆる試練───オツムの出来を問われるものは除く───を真正面から打ち破る。
そんな己の死にすら無頓着な彼らは【グリムヴァル】。『西方文明圏』に於いて、特に『ウェスタリア』諸国の沿岸部に突如出現し、殺戮と破壊と略奪を繰り返す神出鬼没の海の民。『ノースタリア』語で「恐ろしき力」を意味する彼らこそが今、アズマ王国の本土に船首を向ける者たちの正体だ。
「今日は天気がいい」
そう呟くのは蛮族の一人、名をヨムスという。
『ノースタリア』に数多いる【グリムヴァル】の一つ。そして、『ノースタリア』最西端に居住地を構える部族の長である。
カニ漁に出る船並みに激しく揺れるヴァイキング船は素人目から見ても大丈夫ではなさそうだが、ヨムスとその部下たちは全く気にした様子を見せない。その程度は何時ものことだと言わんばかりの態度だ。
ヨムスも呟いた時のまま、船首に立っている。どれだけ揺れようとも体幹がブレる気配は全くない。───どうなってんだそれ。
「ぞくちょー、これ何処に向かってんですかい?」
「西だ。そこに戦いの場があるらしい」
「にしぃ?あぁ、そんなこと前に占い師の婆さんが言ってましたね。ほんとにあるんですかい?」
「さあな。だけど占いで出たならそれに従うまでだ。戦の神は見ておられるぞ」
そう、彼らがこんな何もない海域にいるのは理由がある。『西の果て、そこに戦い場あり。勝者には繁栄を、敗者には滅亡を。さぁ角を被りし者よ、溢れんばかりの金銀財宝、如何なるものにも負けない武具、眩いばかりの美女。試練を達成した暁には永劫の栄華を手にするだろう』。
随分前に戦利品として遠く異国の地に連れてこられた経歴を持つ占い師の婆さん。故郷に帰れないことを理解しながら、それでも最後に奴らに不幸あれと願い占った。彼女は魔術を使える。現状で観測可能な事象から部分的かつ、簡易的な未来予測を行う魔術を使用した彼女は、残り僅かな命と引き換えにこの未来を指し示した。
今まで何度も占いを行い、確かな信頼を築いてきた彼女の死に際の言葉は、それに従ってきた彼らに疑われることなく受け入れられることとなる。
余談だが、彼女の死体は『ノースタリア』で生活する部族にとって最も敬意ある存在に行われる宗教的な儀式を持って埋葬されることになる。彼女が内心でどれだけ恨んでいても、なんだかんだ彼らとって彼女は敬意を払うに値する存在であったということだ。
「ぞくちょー!!あっちの方に陸が見えます!!あんなとこに陸地があるなんて!?」
「よし、やっぱり占いは正しかったか。……野郎どもー!!あと人踏ん張りだ!!酒も女も武具も金も!!あともう少しで俺らのもんだーー!!」
「「「「うおおおおぉぉお〜〜〜〜!!!!」」」」
そして彼らはアズマ王国を目にする。機械文明の申し子『アズマ王国』、それに対するは略奪を生業とする海の民【グリムヴァル】。どちらが勝つのかは神のみぞを知るが、一つ分かることがある。
『勝者には繁栄を、敗者には滅亡』。崖っぷち文明vsヴァイキング集団の存亡を賭けた戦いが始まろうとしていた。
因みに【グリムヴァル】船団のことをアズマ王国は全く把握していない。衛星も島国であるアズマ王国の持つ、広大な海域をカバーし切るだけの哨戒機も、艦艇もないのだ。特に艦艇について言うならば、アズマ王国の海軍に警備艇は1隻も存在しない。あるのはたった5隻の[敷島級駆逐艦]だけである。
忘れているようだからもう一度言っておこう。アズマ王国海軍は一度ハルマゲドンによって消滅している。地上の設備も、艦艇も、将校も、下士官も、資料も、地下に避難させるのが間に合ったごく僅かな人材とデータを除いた何もかもがだ。それをたった十年でここまで再建したのだから、アズマ人、あるいはハイヒューマンの優秀さが改めて理解できるだろう。
とはいえ、それとこれとは別。短期間の海軍の再建という偉業を達成したとしても、彼らに一切隠す気のない堂々とした領海への侵入に全く気付かなかった軍部───特に海軍───はこの事件の発覚した後、辞表を書くことになるだろう。
ピアノ線絞殺、銃殺、タイアネックレス、火炙りetc……。(生きることを)辞 (める)表(明書)、そこに人生最期のサインを署名するのはそう先のことではない。
【グリムヴァル】のアズマ王国上陸まで───あと半日。
今回の話は字数少なめです。三人称での描写って難しいですね。
アズマ王国が転移した世界の概略(『文明圏』や『ノースタリア』などの地域区分)は名称も含めてちゃんと用意できたので、これからの物語はその設定を元に書いていくことになりそうです。




