第十二話 イベント:先の見える日常
「う~む」
時は会議後、一先ず貴族院を始めとした関係各所に情報共有を行うことで、確実に迫りつつある運命から目を逸らすことにしたボクと愉快な枢密院メンバーは朝も早いということで解散していた。
そしてボクが何をしてるか、それは朝ご飯を作っているのだ。起きたの午前5時だからね。会議が終わったのは午前7時、二度寝をするにしても目が冴えて寝れない。だから朝シャワーを浴びてご飯にすることにした。
ピーピーピー、と電子レンジみたいな音を出しながらフードプロセッサーが料理が出来たことを教えてくれる。
フードプロセッサーには二種類の使い方がある。それはフードカートリッジの種類によるものだ。『汎用型フードカートリッジ』は使用することで調理する際にフードプロセッサーで作る料理を選ぶことができる。また、それに伴う細かな味、匂い、食感などもある程度操作できる。
逆に『限定型フードカートリッジ』は最初から作れる料理が決まっている。セットしたら完成までなんの操作もいらないのだ。『汎用型フードカートリッジ』のように細かな調整はできないが、食べたいものが決まっている時にはこっちをオススメする。
その特定の料理のために用意されている『限定型フードカートリッジ』は『汎用型フードカートリッジ』で作ったどうにも粘土っぽいというか上辺だけ取り繕った感が否めない料理と違って、味、匂い、食感からして限界までホンモノに近付けられているからだ。
因みにフードプロセッサーは3Dプリンターの食べ物版みたいな感じ。コーヒーメーカーとそっくりの形をしていて、上にフードカートリッジをカチッっと嵌めて、前面のモニターを操作してやれば下に予めセットされたお皿の上にビーンって料理の下の部分から出力が始まる。ピーピーピーと鳴ったらお皿を取り出して出来上がりって寸法だ。
今日、ボクが作った(まだ冷凍食品の方が作ったと胸を張れる)のは目玉焼きとベーコン、パンの一般的な朝食テンプレート。『汎用型フードカートリッジ』で作ってるから再現度は低いけどキッチンの棚に朝に食べれるような『限定型フードカートリッジ』はなかったからね。
あとはIHヒーターで沸かしたお湯が入ってるケトルで輸入品の天然コーヒーにお湯を注いで飲み物も完成。……焙煎とか蒸らしとかすると思った?残念、インスタントコーヒーです。それすらそこそこのお値段で売られてる。それだけアズマ王国の貿易能力が低いのか、それとも他国が疲弊しきっているのか。たぶん両方だな。……というかインスタントコーヒーもこれからは手に入らないのか。
……気を取り直して、朝ご飯を机の上に並べよう。ぽんぽんっと置いて、あとはボクが椅子に座って
「いただきます」
コーヒーを啜って、うん美味しい。ベーコンを食って、うん美味しい。目玉焼きをパンと合わせて食べる、うん美味しい。
机の傍にある立体投影機を起動する。テレビみたいなやつだね。口が小さいからモソモソと食べながら、ニュースを見る。今のところ時空災害に関する新しいニュースはない。強いて言うなら貿易船がやって来なくなったことで化粧品や書籍といった一度買えば暫く、或いは二度と買わなくてもいい物以外は値段が上がり始めたことだろう。
『国際情勢の緊迫化に伴う他国による差し押さえか』とか言ってるけど、そのうち直ぐに噓だとバレると思う。どれだけの期間、誤魔化しが通用するのかは分からないけど、その期間が長ければ長いほど事態が発覚した時の反応も、より過激なものになるんじゃないかな?まあ、面白いから指摘しないけど。
他のニュースは……ふむふむ……『マスドライバー再建に対する予算案の提出、今期は通過なるか』『光鎧府での武装警務隊の活躍、光鎧国司から勲章を受章』『【理典府】の生物学研究所にサイバー攻撃、犯行声明は確認されず』……。
……おっ、緊急ニュースだ。『光鎧国司、汚職事件に関与か。国家保衛庁と武装警務隊が逮捕に協力』。これは……光鎧府で話した粛清の件についてかな?まあ逮捕したところで裁く人間は居ないんだけどね。昨日の今日なのに仕事が早いことで。今日もいろいろと記事のネタには困らなさそうで何より。よし、あと一口でおしまい。
「ごちそうさまでした」
うん、相変わらず粘土食ってるみたいな味だった。ボクらの感覚ではこれを美味しいと言う。まあ、棚の奥に眠ってた一年前のやつだし風味が抜けてても食感が終わってても仕方がないか。コーヒーはいいんだけどね。やっぱ天然しか勝たん。生鮮食品バンザイ!!
「陛下、この案件についてですが……」
「はい」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
「うん」
朝ご飯が終わったら政務の時間。省庁各組織に大体の独自決定権を与えているからボクのところまで来る案件は結構少ない。この国を回してる公務員たちは常にデスクに張り付いているけど、ボクは午前中だけだ。
やることも、最終承認のサインと自分達の権限を超えると判断された案件への対処ぐらい。対処と言っても「これをしないならあとは自由にしていいよ」「ここまでなら出してもいいよ」「ここと協議して決めて」とかざっくりした命令を出して中身を詰めるのは基本的に他人任せ。
興味があれば別だよ。興味がある案件は担当者を呼び出したり、話し合いに参加したり、国王特権でねじ込んだり、お金が必要ならボクのポケットマネーから出したりもする。
今興味があるの?今はねぇ、今日のニュースにも出てたマスドライバーだね。
灰天歴860年になると、世界の技術水準は更に向上し本格的な宇宙開発が進むようになる。ロケットを毎日のように打ち上げ、多少と言うには多すぎる犠牲を出しながらも上に見える大海原を目指さんとした各国は、やがて軌道上に宇宙ステーションを建設し、外惑星の調査や月面の探索にも着手した。
一方で人類が這いつくばって(ハーピーは空を飛んでる)日々を生きている地上では、依然として『冷戦』が続いていた。互いの陣営の威信をかけて行われた宇宙進出は、新たな知見の獲得によって急速な技術革新をもたらすことになる。
通信・軍事・攻撃衛星の開発とそれに伴う経済力や軍事力の底上げ。惑星軌道上だけでもこれほどの恩恵をもたらすのだ。では、少し離れたところにある月面ではどうだろう?鉄、チタン、電子技術の発展によって需要が増える一方のレアアース。そして次世代のエネルギー供給源、核融合炉の燃料といわれるヘリウム3。
初期の膨大な赤字を凌ぎきった航空宇宙産業、宇宙開発産業は投資に見合うだけの成果を確実にもたらすものに成長した。投資によって開発が進み、その成果で更に投資が進む。こうして、莫大な資金を手にした超大国や大国は灰天歴864年には一時的な月面滞在が可能なまでになった。本格的な宇宙進出が始まって4年でこれである。
しかし、いくら文明が進歩しても人類とは愚かなもので。
灰天歴866年、『主権国家条約機構』、通称『東側』の盟主『ソブリン連邦』が自国の月面基地に宇宙空間でも活動可能な武装部隊を展開。月面探査車を改造した装甲車まで装備したこの部隊は誰の主権も名目上は存在しない月面にて『西側』の月面基地に対し、攻撃を行う。『冷戦』が宇宙にまで持ち込まれた瞬間だった。
その後は予想通りの流れだ。この事件に対し、『自由世界条約機構』、通称『西側』の盟主『アメリア合衆国』も対抗するようにして宇宙空間での軍事作戦部門を創設。資金だけは無駄にあった両国の宇宙開発機関は同盟国を巻き込んで急速な宇宙戦力の整備を進めていく。宇宙戦艦も対地爆撃衛星もこの時期から造られ始めたものだ。
そうした時代の中で『アズマ王国』が行ったのが自国でのマスドライバーの建造だった。宇宙開発初期から『東側』の技術立国として多大な貢献を行った『アズマ王国』の「自国主導のマスドライバー建造計画」と言うわがままを無視するわけにもいかなかった『ソブリン連邦』は、同盟国と共に『アズマ王国』の国内に共同で計画を進めることになる。
こうして完成したマスドライバーは従来のロケット打ち上げ方式と比べて圧倒的なコストパフォーマンスを発揮し、『アズマ王国』と『東側』の威信、そして宇宙空間における『西側』陣営への優勢を確立することに成功する。
残念ながら、このマスドライバーは最終的にハルマゲドンの最中に核ミサイルの直撃を受け、ドロドロに溶けて変形した巨大オブジェへと変貌する。
このマスドライバーを再建しようというのがだいぶ前から叫ばれている。毎回予算の都合で門前払いされているけどね。折角、宇宙空間にデブリの一つもない惑星に転移したなら『アズマ王国』による宇宙覇権を目指してもいいかも?
久し振りに猛烈にやる気が湧いてくるボクなのであった。
お先真っ暗な中でも、主人公くんちゃんが珍しく興味津々で介入する気満々の出来事もあるよと言う話です。
果たして、他国の全面支援を受けて何とか建造したマスドライバーをアズマ王国は自力で(しかも核戦争で弱体化&別の惑星に放り込まれた状態で)再建できるのでしょうか?




