3 キラ家のメイドは王国騎士よりも強い
緩やかにうねる緑の大地を切り裂くように、砂利を突き固めた白い街道が地平線へと続いている。
俺は馬車の窓から、のんびりと外を眺めていた。
いつもは転移で移動するから馬車での長旅は初めて。
王都周辺の景色を眺めるのも始めてなので、只の畑地ですら葉の形から何の作物かを推測したりで結構楽しい。
俺達姉弟4人の乗る馬車の周りには、6人の騎士と20人の兵士が護衛に就いている。
子爵家当主が長距離を移動する場合、通常は騎士5~6人と兵士30人程が護衛に就くらしい。
この行列には子爵家当主が4人いるので、本来であれば騎士20人・兵士100人程が護衛に就くのが普通だとレイナ母さんが言っていた。
とはいえ、キラ1族は自他共に認める新興中の新興貴族なので家臣の数がめっちゃ少ない。
その少ない家臣も殆どが領地経営や治安維持で領地に張り付いている。
元々少なかった王都屋敷の使用人達も、その多くが父さんと共にエルフ国に引っ越したので、王都屋敷に残っていた家臣や使用人は本当に最低限だった。
行列の先頭に立つ、立派な馬に騎乗した二人の騎士は王都屋敷の門番。
その後ろで、先頭同様の立派な馬に騎乗して、護衛達の指揮を執っている二人の大男は王都屋敷の料理長と庭師長。
とは言え、決して間に合わせの人材では無い。
2人が背負っている大きな武器は大型魔獣解体用の骨切り包丁と大斧。
料理長と庭師長は勿論、行列先頭の門番2人と後方を守る門番2人もキラ家古参の騎士爵。
最下級とはいえ、立派な貴族。
父さんに鍛えられた歴戦の騎士だから、そんじょそこらの貴族家騎士団など6人だけで蹴散らせる実力派。
うん、料理長も庭師長も門番もめっちゃつおい。
先頭4人の乗っている馬が立派なのは俺達姉弟4人の愛馬だから。
広大な領地を治める為、早く走れる立派な馬は殆どが領地に送られた。
狭い王都なら普通の馬で充分なので、残っていたのはごく普通の馬ばかり。
王都屋敷に残っていた見栄えの良い馬は俺達姉弟の愛馬だけ。
と言う訳で、行列の先頭には父さんの愛馬エドの子でめっちゃ馬体が大きい俺達の愛馬を立てる事になった。
毎日贅沢な餌を食べているし、欠かさずブラッシングしているので毛艶も抜群、王族の御用馬にも負けない程見栄えが良い。
今日も嬉しそうに首を上げ、尻尾を振りながらポコポコと歩いている。
俺達?
代官職の男爵ならともかく、領地持ちの子爵家当主が騎馬で移動するのは有り得ないと騎馬での移動を却下された。
領地持ち貴族は多くの護衛に守られながら馬車で移動するのが当たり前らしい。
母さんに言われるまでは、俺だけでなく、姉さん達も知らなかったけど。
学院で色々と学んだつもりだったが、まだまだ知らない事は多いようだ。
先頭の馬車にはお引越しの最高指揮官であるレイナ母さんと執事長・侍女長・メイド長。
2番目の馬車に俺達姉弟が乗っている。
俺達の馬車の後ろには使用人達の馬車が4台。
使用人達の馬車が少ないのは、戦える使用人は騎乗して護衛の任に就いているから。
使用人用の馬車に乗っているのは、戦力にならない男の事務官と使用人の子供達。
女性の使用人は殆どが騎乗して警護に就いている。
護衛兵士の半数以上が女性使用人なので、兵士もめっちゃ強い。
使用人も含めてキラ家の女性が強い事は、王都の事情通なら皆が知っている当たり前の常識。
6年前、陛下の護衛でキラ家の王都屋敷に来ていた近衛騎士団員達が、メイド達の戦闘訓練に飛び入り参加してボコボコにされたという話は有名。
近衛騎士団が貴族子弟で構成された、見栄え重視のお飾り騎士団だからでもあるが、キラ家のメイドは王国騎士よりも強いと言うのは王都に知れ渡っている。
王都屋敷では、警備兵だけでなくメイドや庭師・馬丁なども戦闘訓練に参加する。
父さんが何度も暗殺者に襲われたから、使用人達にも戦闘力を求められたのだ。
屋敷を拝領した当初から使用人は週休2日、1日8時間勤務。
ミュール王国では最も勤務時間の短い職場としても有名。
暇を持て余した使用人達は冒険者ギルドに登録して魔獣狩りに出掛けたり、空いた時間には敷地内を走り回ったり模擬戦を繰り返していた。
そんなこんなで使用人達が戦闘訓練をするのは王都屋敷の伝統になっている。
メイドも下働きの女性も太腿にはナイフを忍ばせ、クナイや長針を隠し持っていつでも暗殺者と戦う準備が出来ている。
困るのはみんな気配を消すのが上手い事。
はっと気が付いたらメイドが後ろに立っていたなんてことは日常茶飯事。
まあメイド達とは生れた時からの長い付き合いなので、その辺は俺も心得ている。
うん、触るな危険。
自慢じゃ無いが、俺はメイド達に逆らった事など1度も無い。
どうだ!
それはさて置き、キラ家の馬車の後ろには商人や工房の馬車が30台程、その後ろには数え切れない程の王都民達が徒歩で続いている。
王都から避難するにも、最近は街道にも魔獣が出没しているし盗賊も増えている。
地方に移住する王都民達は、貴族家の馬車列の後ろに付いて魔獣や盗賊から守って貰わないと安全に王都を脱出する事が出来ない程に治安が悪化していた。
大勢の王都民達を引き連れたキラ家の馬車は、徒歩の王都民達に合わせてゆっくりと進んでいった。
「ハリー、そろそろ偵察を始めなさい。」
王都を出て1時間も経たないのに、もうお仕事を申し渡された。
姉さん達は俺遣いが荒い。
出発前に移動中に不要な荷物を収納したり、留守の間に王都屋敷を荒らされないよう屋敷を取り巻く結界を構築したりで朝から結構働かされたのにもう次のお仕事。
文句を言うとお説教の嵐になるので黙っている。
学院の5年間で色々と新しい知識を学んだし、教授や学生達と何度も議論した。
その上、イータという素敵な女性と結婚して色々と教わったので俺は心身共に成長した。
“奥様とお天道様には逆らってはいけない。男は所詮奥様の掌で転がされている猿に過ぎない“、これは父さんがいつも口にしている言葉。
この言葉自体は知っていたが、今迄は言葉の本質までは理解出来ていなかった。
5年間王立学院で生活し、イータという素晴らしい奥様と結婚した結果、今は父さんの言葉が“真言“であると確信している。
姉さん達への返事は“はい”か“よろこんで”の二者択一。
「はい。」
“俯瞰”を飛ばして周囲の偵察を始めた。
王都街壁の外には魔獣除けの柵を施した畑地が広がっていた。
ところが、外壁から離れるに従って壊れた柵が多くなって来る。
王都から10㎞程離れると雑草の生えた草原の中に柵の残骸がチラホラ見えるという状態で畑地は殆ど無くなった。
新王が実権を握って3年、冒険者ギルドが閉鎖されてからは僅か2年だが、王都近郊の魔獣増加は噂以上に深刻なようだ。
時々はぐれ魔獣が姿を見せるが、大行列に恐れをなして逃げるか、目ざといメイド兵士に見つかってこま切れに切り刻まれる。
キラ家のメイド達は暗殺者を見付ける訓練を欠かさないので探知能力も高い。
魔獣を切り刻む必要は無いが、メイド兵士のナイフ捌きを見て馬車の商工主や後方の王都民達が喜んでいるから黙っている。
俺はメイド達に意見するような勇者ではない。
もうすぐ17歳、ドラゴンに棍棒で立ち向かうような愚か者では無くなった。
 




