54 イータはめっちゃ優しい奥様
2週間後、“光弾”100発が出来たので“レーザービーム”を教えてくれた。
「術式が複雑だから最初はハリーの魔力を使って撃つぞ。最初は1mの短いビームからだ。」
光弾同様に父さんが俺の体に手を触れて俺の魔法を動かす。
「魔力循環の速度が上がっているのが判るな?」
「うん。」
俺の体内を流れている魔力の循環速度がめっちゃ上がっている。
普通の魔法ではこれ程までに循環速度を上げる必要は無い。
「レーザービームの胆は魔力の集束度。循環速度が高く無いと密度の高い魔力を継続して出す事が出来ない。発動させるから感覚を研ぎ澄ませろ、距離は1mだ。」
「うん。」
体の中の魔力の動きに神経を集中する。
体の中の魔力が一気に指先から噴き出した。
1m程の光の剣が顕れる。
3秒で消えた。
父さんが魔力操作を切ったので俺の力だけでは循環速度を維持出来なかった。
「魔力の循環速度が落ちるとビームを維持できない。もう一度やるぞ。」
「うん。」
5回目で何とか10秒維持出来るようになった。
「これからはビームの距離を延ばす練習だ。目標は2㎞。2㎞のレーザービームを1秒維持出来れば魔獣の群れを一薙ぎで殲滅出来る。」
「頑張る。」
「問題は訓練場所だ。訓練場の結界なら大丈夫だが狭いから横に振る事が出来ない。森でやると火事になるから練習は岩山だけだ。適当な岩山に転移ポイントを作ってそこで練習しろ。」
「うん。」
平日の午前は授業や図書館でのお勉強、午後は国境付近の岩山に転移して“気弾”や“光弾”、“レーザービーム”の練習。
夜は寮の部屋で卒業論文の作成をするのが俺の日常になった。
週末の二日間はずっとイータと一緒。
エルフの森で魔獣討伐、時々盗賊討伐。
俺が探知魔法で魔獣を見つけてイータが弓や石弾で討伐する。
イータが討伐した魔獣は俺が血抜きをしてアイテムボックスに納める。
2人の共同作業。
時々お姫様抱っこで飛び上がって狩場を移動する。
イータは血抜き魔法も飛行魔法も使えるけど、魔獣討伐は2人の共同作業なので俺にもちゃんと仕事を与えてくれる。
イータはめっちゃ優しい奥様なのだ。
夜はもっと優しい。
昨夜も新しい振り付けで”赤ちゃんが欲しいダンス“を楽しんだ。
ぐふふ、思い出すだけでニヤけてしまう。
夕方になるとイータをお姫様抱っこして、飛行魔法でエルフの街に帰る。
転移で帰れるけど、お姫様抱っこが気に入っているようでいつも帰りは飛行魔法。
街の門前に着陸するので門番の兄ちゃんにいつも笑われる。
ちょっと恥ずかしいけどイータが喜んでいるので問題は無い。
俺にとって最高の御褒美はイータの笑顔。
王都がいよいよ怪しくなった。
街には失業者があふれ、店も半分近くが閉まっている。
治安も悪化して、学院に居ても強盗や殺人の噂をしばしば耳にするようになった。
王都を引き上げる貴族達の馬車の後ろに従って一緒に王都を出て行く王都民が増えているらしい。
王都には冒険者がいないので護衛依頼を出す事も出来ない。
安全に王都を出るには私兵を連れている貴族の後ろを付いて行くしか無くなっていた。
貴族は馬車の速度を落として、王都民と共にゆっくり進むのが貴族としての義務になっているとお祖父さん達が言っていた。
もっともそれは西部貴族だけで、東部貴族は通常通りの速度で走っている。
おかげで西部地域へ移住する王都民が増えたと辺境伯が笑っていた。
そんな状況でも王立学院は平常通り。
高位貴族の子弟が幅を利かせ、教授達は見て見ぬ振りをする。
ただ食材のレベルが落ちたのか食堂の料理が不味くなった。
そんな時、食堂の味など吹っ飛ぶような大事件が起こった。
いつものようにエルフの街に転移したら、いつもは転移部屋の扉を開けた瞬間にイータが飛び込んで来るのに、今日は扉の外に立ったまま。
イータの後ろにはお義父さんとお義母さんも並んでいる。
王宮でのお仕事が忙しいので、最近はあまり転移部屋まで来ることが無かったので驚いた。
「えっと、どうしたの?」
「エヘッ♡」
イータが嬉しそうに笑った。
イータの笑顔を見ると、俺の心が何となく落ち着く。
「ねえ、何かあったの?」
「知りたい?」
「はい。」
「ひ・み・つ。」
「ええっ!」
「ハリーは特別だから教えてあげても良いかな?」
「教えて、教えて。」
「え~っと、・・赤ちゃんを授かりました。」
思わずイータの下腹部に目を遣る。
「や~だ~、まだ授かったばかりだから見ても判らないわよ。」
「は、はい。」
「ハリーが”赤ちゃんが欲しいダンス“を頑張ってくれたお陰よ。」
「イータが色々な振り付けを考えてくれたからだよ。」
「ハリーがキャミソールセットを作ってくれたお陰よ。姉さん達もキャミソールセットのお陰で赤ちゃんを授かったって言ってたわ。」
「イータの着こなしが素敵・・」
「コホン!」
無粋な咳払いで話を止められた。
「まずはおめでとう。子供の少ないエルフ族にとってはこれ程早くに子宝を授かった事、嬉しい限りだ。立ったままではイータの体に障りが出てもいかん。席を移すぞ。」
「はい。」
お義父さんの後をついて応接間に移った。
「先程話していた、”赤ちゃんが欲しいダンス“とは何だ?」
お義父さんは”赤ちゃんが欲しいダンス“を知らないらしい。
「レイナ母さんが教えてくれた、神様に赤ちゃんが欲しいことを伝える踊りです。夫婦がベッドの上で触れ合いながら踊ると、神様が子宝を授けてくれるらしいです。神様に気付いて貰うには色々な振り付けをする方が良いとイータに言われて、2人で頑張りました。」
俺も結婚して初めて知ったので、母さんやイータに教えて貰った通りの説明をした。
「そのような踊りがあるのか。」
「はい。イータが色々な振り付けを考えてくれるので、毎回違った踊り方をしたから神様がご褒美に赤ちゃんを授けて下さったのだと思います。」
「そうなのか?」
お義父さんがイータを見る。
何故かイータが赤くなって目を逸らした。
「まあまあ、寝室での振る舞いを詮索するのは宜しく御座いませんわよ。」
お義母さんが口を挟んだ。
「お、おう。」
「イータ、赤ちゃんを授かって直ぐは体調が変わり易いから、“ダンス”はお休みしなさい。」
「はい。」
「ハリー、安定期に入ったら軽い“ダンス”なら大丈夫ですからね。でも、ベッドを壊すような激しい“ダンス”や体を無理に曲げるような“振り付け”はダメよ。」
お義母さんに睨まれてしまった。
バレない様に魔法成形で直したのに、ベッドを何度も壊した事を知っているらしい。
「はい。」
「何事もキラ様の指示に従うのよ。ルナ閣下やドナ様もキラ様の御指示通りにして無事に出産を終えたのですからね。」
「そうなの?」
ルナ姉達に赤ちゃんが生まれていた事すら知らなかった。
「キラ様は母親だけでなく胎児の魔力も見えるから、イータがどれくらい魔力放出をすれば良いかも教えて下さるわ。」
「はい。今の所は魔力水作りで、もう暫くしたらハリーが造ってくれる訓練場で魔法を撃つ事になっています。」
「えっ、俺が訓練場を作るの?」
聞いていなかったので驚いた。
「結界構築の練習ついでにハリーが造るってキラ様が言ってました。」
「あ、はい。」
イータの役に立つなら、訓練場でもお城でも何でも造る。
光弾も撃てるような立派な訓練場を作ろうと心に決めた。
全然知らなかったけど、俺が学院でお勉強している間に、ルナ姉・リヌ姉・リラ姉が3人共女の子を産んだと母さんが教えてくれた。
しかも、3人共2人目を身籠っているとの事。
ドナ姉は1人目の出産間近、ブロン姉とクーロ姉が妊娠中期。
何度も“ヘイ、タクシー!”で運んだのに全然気づかなかった。
身長は結構見ているのに、女性の服や体型を気にした事が無かったせいだろう。
姉さん達は学院でもダンスの成績が良かったから、”赤ちゃんが欲しいダンス“を上手に踊って神様の御褒美を頂けたのだと思う。
めんどくさがりの父さんだけど、孫の事となると別らしく、しょっちゅう”転移“で診察に行っているとイータが教えてくれた。
何といっても俺達姉弟12人は全員が魔力過多症だった。
治療法が判っているので、初期のうちに気付けば問題無いが、発見が遅れると命に係わる。
俺達姉弟程では無いらしいが、ルナ姉達の赤ちゃんもかなり魔力が多いので父さんが定期的に診察に行っているらしいが、やはり魔力過多症の兆候があるらしい。
その為にルナ姉の領都キラには王都で勧誘した魔力過多症治療院の神官達を中心とする治療設備が既に出来上がっているそうだ。
学年末試験が近づいた頃、キラ家の王都撤退が正式に決まった。
俺達4人が学年末試験を終えた翌日早朝に出発する段取り、共に王都を出たい者は王都大門外の広場で集合する事となった。
俺達末っ子4姉弟の楽しい学生生活が終わった。
これにて第2部は完結です。
ここまで読んで下さった読者の皆様に感謝感謝です。
とりあえずは一旦完結にさせて頂き、ゆっくりと第3部を考えたいと思います。
投稿再開は10月1日を予定しています。
第3部はミュール王国の混乱と周辺国の侵攻、黒い森の氾濫の中で頑張る姉さん達を応援するハリーの物語になる予定です。
再開した折に、また読んで頂けたら嬉しいです。
頼運
 




