49 女性というのは俺の話を聞かない種族
そう言えば戦略学の教授はこの20年国軍が国を守った事など1度も無いと言っていた。
20年という事は、国軍に所属する軍人の殆どは実戦経験が無い?
「国軍が魔獣討伐に出ないのはやばいんじゃない?」
実戦経験を積むという意味でも魔獣討伐に出動すればいいのにと思った。
遅くとも2年以内には王都を出る俺からすれば他人事かも知れないけど、ちょっと心配になる。
「状況は凄く悪いわね。警備隊は手一杯だし、国軍は出動しないから、今よりも魔獣が増える事はあっても、減る見込みは無いわね。街道が危なくなってからは王都に来る商隊が減って王都全体が不景気になってるし、王都を出る住民が増え始めているの。これ以上魔獣が増えたら王都に来る商人がいなくなるわ、本当に最悪よ。」
「そう言えば閉まっている店が増えたらしいね。」
寮の食堂で近くのテーブルにいた学生達が、“行きつけの店が閉店した”と話してたのを思い出した。
「大通りでも閉店した店が増えたわね。エルフの洗濯屋も店を閉める所が出始めたわ。得意先の貴族や大商人が王都を出たんだって。」
貴族はともかく、時流に敏感な大商人が王都を出るというのは相当危ないという事だろう。
「そうなんだ。いざとなったらすぐに王都を出られるようにしておいた方が良さそうだね。」
イータも王都を出る準備をしておいた方が良いよという軽い警告のつもりで言った。
父さんは追放されたし、キラ家の王都屋敷もいつ取り上げになってもおかしくは無い。
お祖父さん達はルナ姉が西部貴族連合の盟主だから王都屋敷は大丈夫とは言っているけど心配だ。
イータには言えないけど、キラ家は既に王都から引き上げる用意が出来ている。
中途退学は貴族の恥だとか、卒業席次が大切という教授が多いけど、俺もテン姉達も自分のしたい勉強をしているだけ。
卒業資格を取る為に勉強している訳ではないから中途退学でも全く問題は無い。
ナイ姉達が気にするのは卒業席次じゃなくて、俺より成績が上かどうかだけ。
俺より上で有れば機嫌が良い。
姉としての”フルイド“され守れればいいらしく、俺に負けてカエルが飛び込む水の音を聞くのが嫌なだけ。
父さんも母さん達も卒業についてはどうでも良いと思っている。
途中で勉強出来なくなるのは残念だけど、学院だけが勉強の場では無いと思っている。
俺も少しは賢くなったのだ。
「そうね、ハリーが王都を出るなら、その時は私も王都を出るわ。」
あれ、イータは俺と一緒に王都を出るの?
って、そんな訳無いか。
家族会議がルナ姉の領都キラで開かれた。
王都の方が少数派になったので、今回から家族会議はキラで開かれる事になった。
王都にいるのは交代で情報収集にあたっている母さん1人と王族なので王都在住が義務付けられているアシュリーお祖父さんと俺達姉弟4人の6人。
転移魔法の練度が上がったので10人位なら一度に長距離転移が出来る。
6人なら超簡単。
西部地域にいるのはお祖父さん達3人に姉8人の11人。
父さんは“引退したから家族会議にも出ない”と言っている。
今の“田舎でのんびり生活”が気に入っているらしい。
元々家族会議では母さんの膝枕でのんびりしているだけだったので、お祖父さん達からも異論は出なかった。
もっとも、ギルド本部は父さんの引退を保留したままなので今でも大陸唯一のSSランク冒険者である事には変わりない。
「王都周辺で商隊が魔獣に襲われる事が増えて、商人達が王都を避けるようになっている。冒険者は殆どが王都を去り、住民も少しずつだが王都を離れている。国租が大幅に減った王家は王都の国軍を半分に、王都警備隊は4割に削減した。噂では国境を守る国軍も削減されているようだ。」
アシュリーお祖父さんが王都の現状を説明した。
「西部地域では冒険者が増えたので景気が良くなっている。また、灌漑用水路の整備とキラ家が作ってくれた農業指導書のお陰で徐々にではあるが穀物の生産も伸びている。」
辺境伯が西部地域の現状を説明した。
「南部地域も同様だ。ハリーの作ってくれた地図が思った以上に役立っている。」
ドラン侯爵が褒めてくれた。
誉められると素直に嬉しくなる。
「それは西部地域でも同じだ。特におまけで付けてくれた灌漑用水路の整備順位と水路変更図には皆が感心しておった。」
昨年、研究科目の農業理論で俺が研究したのは“灌漑用水路の効率的な運用法”。
それを西部地域の地図と見比べながら作ったのが灌漑用水路の整備順位と水路変更図。
役に立ったのなら嬉しい。
「ありがとうございます。」
「正確な所は判らぬが、王国の税収は前王時代の半分以下と推測される。今後の改善も望み薄なので結界の老朽化と魔獣の増加を見据えていずれは遷都と言う事も考えられる。西部貴族連合の諸侯にはキラ侯爵を通じて王都屋敷の撤収も考えておくよう指示を出した。ナイ達も卒業を待つことなく王都撤収となるかも知れないので心づもりしておきなさい。」
「「「はい。」」」
王都はかなりやばい状況らしい。
いつも通りイータと昼食を食べていた。
「父さんと母さんが王都に来ているの。」
「イータのお父さんとお母さん? 何で?」
「卒業までに結婚相手を決めた方がいいんだって。」
「そうなんだ。」
5年生のイータは卒業まで1年を切っている。
女性は結婚年齢が低いから大変だ。
「私の結婚相手として相応しいかを見定めるんだって。」
「結婚相手が決まったんだ。」
「うん。だからハリーも来て頂戴。」
訳が判らない。
何でイートの結婚話に俺が呼ばれるんだ?
「良く判ら・・」
「兎に角、授業の終わり頃に迎えの馬車が来るから正門で待っているのよ、いいわね。」
「はい。」
どうして女性って俺の話を聞かないんだ?
母さん達や姉さん達も俺の話を聞かないから、女性というのは俺の話を聞かない種族なのだろう。
授業が終わって正門に行くと馬車が待っていた、ってうちの馬車?
御者も顔見知りの使用人。
俺を見てニヤニヤ笑っている。
イータが教室の方から走って来た。
「この馬車よ。お父さん達はキラ侯爵邸にいるんだって。早く乗って。」
無理やり馬車に押し込められた。
「うちのお父さんはSSランク冒険者のキラ閣下と仲が良いの。今回は特別に閣下の魔法で王都まで送って貰ったんだって。」
「はあ。」
「キラ閣下よ、あの有名なキラ閣下。魔法使いの憧れのキラ閣下に会えると思ったら嬉しくて昨夜は眠れなかったわ。」
「はあ。」
何がどうなっているのかは判らないけど、家に帰る手間が省けたからまあいいか。
屋敷に帰ると執事のシバスチャンが表に立っていた。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ。」
「イータ、入って。」
「えっ、ハリーどういう事。」
「ここ、俺の家。」
「侯爵家にお世話になっているの?」
「・・まあそんな感じ?」
「ただいま。」
イータと一緒にリビングに行くと父さん達がくつろいでいた。
父さんはいつも通り母さんの膝枕。
今日はリューラ母さんが膝枕当番。
「おお君がハリー君か、娘をよろしく頼む。」
ソファーから立ち上がったイケメンの兄ちゃんが俺の手を握ってブンブン振る。
イータのお父さんらしい。
「イータもやるわね。母さんも驚いたわ。ともかくおめでとう。」
「ハリー、良いお嫁さんが見つかって良かったわね。」
「ハリーは奥手だから、お嫁さんを見つけられないんじゃないかと心配したのよ。」
「ほんとに。」
「おめでとう。」
母さん達が笑顔で俺に声を掛けて来た。
何がどうなった。
状況がさっぱり判らない。
「結婚式はイータが卒業してからね。」
「ハリーがゆっくり出来る夏の長期休みが良いわね。」
「キラの領館で良いかしら。」
「そうね、西部貴族連合の方々をお招きするにはキラが良いわね。」
「いや、是非ともエルフの街でお願いしたい。エルフは長命な分子供が産まれ難くて結婚式が少ない。エルフの長老達に結婚式を見せてやりたい。」
イータのお父さんから異論が出た。
「じゃあエルフの街ね。」
「どうせキラの領館では他の子達の披露宴をするからそこでお披露目は出来るわね。」
「決まりね。」
母さん達はあっさりとエルフの街を受け入れる。
うちの家族は儀式へのこだわりが無い。
父さんはリューラ母さんに膝枕されたままニコニコしながら俺達を見ている。
“見た目などどうでもいい”が父さんの口癖だけど、始めて来たお客さんの前で膝枕のままはちょっとどうかと思った。




