44 小さな薬屋よ
父さんの行き先は小国群にあるエルフ自治国。
エルフ王都の近くにある森に囲まれた小さな田舎町と決まった。
新しい住居の建設には、街の住民はもとより国王やエルフの長老達も全面的に協力してくれているらしい。
昔、父さんがエルフ自治国の指名依頼を受けた時に王族や住民と親しくなったからだと母さんが言っていた。
父さんがエルフ自治国に住むという事は俺の仕事が増えるという事。
母さん達は王都やルナ姉の領都キラでも色々な仕事をしているけど、父さんの事が大好きな母さん達が長い間父さんに会わない事を我慢できる筈が無い。
“ヘイ、タクシー“が増えそうだ。
母さん達の話し合いで、父さんの傍に2人、王都屋敷とルナ姉の領都キラに1人ずつが付くと決まり、1ヶ月毎にローテーションする事になった。
母さん達が父さんの為にエルフ自治国に建てたのは2階建ての家。
木材加工が得意なエルフ族が協力してくれたので僅か2週間で完成したらしい。
王都屋敷から同行する30人程の使用人達が父さんや母さん達の世話をしてくれる。
幼い頃からの父さんの夢が、“小さな薬屋を営みながらの田舎でのんびり生活”なので、母さん達が父さんの為にめっちゃ頑張った。
薬屋を営むには薬草と薬師工房が必要。
屋敷の敷地内には1㎞四方の“小さな薬草園”とポーション作りや薬の調合をする工房が設置されている。
薬草園は母さんのアイデアを基に、俺が王都屋敷の薬草園の1部を結界魔法で土壌ごと切り取り、アイテムボックスで運んで新しい家の近くに移植した。
薬師工房はエルフ国の薬師ギルドが職人を総動員して作ってくれた2~30人が同時に作業出来る大きな建物。
父さんに同行する使用人も薬師の資格を持って居る使用人達を優先的に選んだらしい。
移植した薬草園の水撒きに何度か行ったけど、全種類の薬草がしっかり根付いて青々とした立派な薬草が元気に育っている。
工房では10人ほどの薬師の資格を持つ使用人達が機材の試用をしていた。
“小さな薬屋を営みながらの田舎でのんびり生活”が父さんの夢だったとは聞いたけど、これって小さな薬屋なの?
学院で色々と学んだお陰で少しだけ賢くなった俺には、常駐する上級薬師が3人に中級・初級薬師が20人位居る父さんの薬師工房が、どうしても“小さな薬屋”とは思えない。
母さん達に聞いてみたら、4人の母さんが皆“小さな薬屋よ”と言い切ったので“小さな薬屋”なのだろう。
少しは賢くなったつもりだったけど、まだまだ勉強が足りないらしい。
母さん達は1ヶ月毎のローテーションで入れ替わる。
勿論運ぶのは俺。
状況に応じて手の足りない所に応援に行く事もあるけど、必ず1人は父さんに付いている。
父さんは田舎に行っても父さんなので、膝枕を取り上げる事は有り得ないらしい。
父さんが追放されたので、父さん名義で行っていた王都でのポーション販売が出来なくなった。
折角の薬草園が勿体ないと、母さん達の提案で王都屋敷にある広大な薬草園を土壌ごと魔王の領都キラに移す事となった。
父さんが住む新しい家の近くに作った薬草園への移植が上手くいったので、キラにも移そうということになった。
長年魔力水を撒き続けてきた王都屋敷にある薬草園の土は凄く貴重なものらしい。
元々が高位貴族の屋敷2つ分なのでめっちゃ広い。
姉さん達が新しく領地を貰う度に王都屋敷から家臣達を送り出したので、屋敷には家臣が殆ど残っていない。
家臣がいないので練兵場も庭園も必要無くなって薬草園に転用していた。
今では20棟程ある建物以外は全てが薬草園になってとんでもない広さに広がっている。
一見すると、薬草園というよりもただの畑に見える程広い。
国軍だけでなくお祖父さん達や姉さん達の領地全てのポーション需要を担っていたのだから広いのも当然。
面倒な仕事は大容量のアイテムボックスを持つ俺に回って来るのは必然。
父さんは基本的にめんどくさがりの怠け者。
新しい引っ越し先の準備も母さん達任せ。
と言っても、母さん達がめっちゃ張り切り過ぎて、父さんが何かを言う隙も無かったとも言える。
それはさて置き、俺は王都屋敷にある薬草園を土壌ごと100m四方の区画に結界で切り取って、次々とアイテムボックスに放り込む。
切り取った区画数は数百に及んだ。
全部の薬草園を切り取ると、キラに転移。
魔王が用意した薬草園用の土地に移植して、用意していた魔力水をたっぷりと撒く。
俺は水属性なので魔力水作りも、樽に入れた魔力水を霧状にして撒くのも得意。
ついでに3人の姉さん達の領地にも、それぞれ500m四方の小さな薬草園を作った。
姉さん達が自分の領都でもポーションを作れるようにしたいと言ったから。
王都で営んでいたキラ家の事業もルナ姉の領都キラを中心に行う事となり、ポーションを扱っていた商会、下着を扱っていた商会、魔導具を作っていた商会が下請けの工房と一緒に魔王の領都キラに移った。
目立つのは拙いというアシュリーお祖父さんのアドバイスで、設備や製造機械・装置・書類・在庫などは俺のアイテムボックスで運び、商会員や工員、その家族達だけが馬車で移動した。
西部地域は元々ポーション不足だったので、軍部に納めていた分を西部地域連合の領主達に販売すると伝えると、めっちゃ喜ばれたらしい。
王都屋敷の薬草園が丸ごと無くなったので、王都屋敷は広大な運動場の様になっている。
使用人が少なくなったので、土埃が立たない様に芝の種を蒔いておく。
人手が足りなくて警備に手が回らないから、本館の建物だけを家族とシバスチャン以下十数人の使用人で使う事にして、本館と表門迄の通路を除いた他の建物や敷地は結界の魔道具で封鎖した。
本館には母さんの1人が常駐して貴族夫人とのお茶会などで王都の情報収集にあたる。
王都屋敷は薬師工房から情報収集拠点へと変わった。
ルナ姉の領都キラにも母さんの1人が常駐して、西部貴族連合所属に所属する貴族の対応にあたる事になった。
ポーションをキラ家に頼っていた軍部が慌てて薬師ギルドのポーションを買い占めた為に王都のポーション価格が高騰したらしい、知らんけど。
学院の教授が授業で零していたのでそうなのだろう。
以前から国王と揉めていたギルド本部が王都からの撤収を決定した。
ギルド本部は南の大国であるドウデル王国に移るらしい。
ギルド本部の移転に伴い、ギルド税引き上げで採算の悪化していた王都の全冒険者ギルドが閉鎖され、王都での依頼や買い取りが無くなった冒険者達は王都外へと去ったらしい。
後で聞いたところでは、ギルドが閉鎖された時王都に残っていたのはEランク以下の冒険者が殆どで、Dランク以上の冒険者達は素材の買い取り補助金停止とギルド税引き上げを聞いてすぐに王都を出たそうだ。
父さんのお引越しが終わったので、”ヘイ、タクシー“の仕事は週末だけになり、俺の日常が戻って来た。
朝は馬場に行って愛馬との運動兼触れ合い。
昼間は授業や研究。
放課後や夜は基礎体力作りに魔法の練習と読書。
図書館から参考文献や魔法書を借り、夜に寮の部屋で読んでいる。
色々な新しい知識に出会えるのは楽しい。
入学当時に比べるとめっちゃ賢くなったと自負している。
着替えも上手に出来るようになった。
邪魔な貴族子弟もバリア服で柔らかく押しのける事が出来るようになった。
木を爆散させず、避けながら林の中を走る事も出来るようになったし、木の枝を伝って地上に降りる事無く林の中を移動できるようにもなった。
お金の種類も覚えた。
いつか一人でもお買い物が出来るようになる、と思う。




