41 虎と狸は皮カムリ
お星様、ブクマありがとうございます。
お陰で暑さが吹き飛びました、だったらいいな。
テンションは上がりましたが、やっぱり暑いです。
読者の皆様も熱中症に注意して健やかにお過ごし下さい。
冬が来て、年越しの長期休みになった。
「はぁ。また魔獣討伐命令よ。」
家宰から受け取った書状を読んだシャリー母さんがため息を吐く。
新国王から何度も魔獣討伐命令が来たが父さんは全て断っているらしい。
「だいたいこの命令書は何なのよ。“黒い森最深部の魔獣を可能な限り討伐し、素材を王家に献上せよ”って国王はバカなの?」
討伐命令を出す場合は討伐料や素材の所有権を明記した依頼書をギルドに出し、ギルドが冒険者に依頼するのが大陸冒険者ギルドの規則と1年生の授業で習った。
依頼主が王家の場合でも同じらしいが、命令書には討伐料の記載も無く“献上せよ”の一言だけ、討伐した素材は全て国王に献上しろという事らしい。
“ギルドを跳び越えた討伐命令は有り得ない”というのが父さんとギルド本部の見解。
”良くやった“の一言でタダ働きさせられたら冒険者は生活が成り立たない。
「いつも通りギルド本部に渡して頂戴。」
規則破りの依頼はギルド本部に報告するのが冒険者の義務。
「畏まりました。」
家宰のシバスチャンが命令書をうやうやしく受け取って部屋を出て行った。
“平時には国王であっても冒険者に直接命令する権限は無い”、というのが独立組織である大陸冒険者ギルドの規則。
戦争時だけは強制的に冒険者を徴用出来るが、それもBランク以下の冒険者だけ。
Aランク以上の冒険者には王家と言えども命令出来ない、というのが大陸冒険者ギルドの大原則。
1軍に匹敵する程の戦力を持つ高ランク冒険者が、他国に遠征中無理やり戦争に参加させられるのを防ぐ為。
この規則が無ければ高ランク冒険者は安心して他国の依頼を引き受ける事は出来ない。
極端に言えば、もしこの規則が無ければ、父さんが国境を越えた瞬間にその国の王が“ミュール王城を破壊せよ”という王命を出す可能性もあるのだ。
俺が冒険者として色々な国を回りたいと言った時、外国に行くなら絶対にAランクになっておきなさいと母さん達に言われた。
その理由がこれ。
Bランクだと”キラ領を攻撃せよ“という王命が出た場合、従わなければ俺が反逆罪に問われる。
“国民が王家に従うのは当然の事。平民以下の流民の分際で王家の命に従わないのは不遜である”というのが王家の言い分。
何度もギルド本部長が抗議したにも拘らず、王家がギルドの意見を無視して何度も討伐命令を出したので、王家と父さんだけでなく王家と冒険者ギルド本部の関係も悪化していると姉さんが言っていた。
俺は面白い本を読んでいたので、適当に頷いていただけ。
年越しの社交シーズンが終わると、高ランク冒険者達は領地に戻る貴族や西部地域に向かう商隊の護衛依頼を引き受けて次々と王都を去った。
辺境伯が王都と周辺のギルドに様々な依頼を出し、依頼書に西部地区の冒険者優遇策を書き加える形で冒険者に西部地域の魅力を広めて移住を呼び掛けているかららしい。
冒険者ギルドとしては冒険者が減るのは困るが、依頼は有り難いので言われるままに掲示していると姉さんが言っていた。
さらに、西部地区に向かう商隊の護衛依頼には辺境伯の提案で西部貴族連合が割増金を付けた。
護衛依頼で西部地域に来て貰って、実際に西部地区で採用した冒険者優遇策を見て貰おうというのが辺境伯の狙いらしい。
東部地域は冒険者差別が酷いので東部に向かう護衛依頼はもともと人気が無い。
そこに西部地域に向かう護衛任務に割増金が付けられたので、冒険者達が続々と西部地域に向かい、王都付近の冒険者は益々少なくなった。
希少素材を納入していた高ランク冒険者が王都を去っただけでなく、周辺の街なら王都よりも1割高く素材を買い取って貰えるので低ランク冒険者も王都を去って行った。
この為、王都冒険者ギルドに納められる素材量が激減したらしい。
黒い森の素材を求める商人達も王都より1割安く素材を手に入れられる周辺の街に流れ、黒い森産素材が最大の商品であった王都商業ギルドの売り上げも激減した。
王都を訪れる商人や冒険者が減ったので、王都にある宿屋や食堂も売り上げが落ち込み、閉店に追い込まれた店も出始める。
最大のお得意さんであった冒険者が減ったので武器を作る鍛冶工房も注文が減り、鍛冶ギルドの売り上げも激減した。
必然的に各ギルドが国に納める国租は納付率引き上げで増えるどころか引き上げ前の3分の1以下に減少した。
新国王に対する王都住民の不満が高まっている、と姉さんが言っていた。
“1ヶ月以内に上位種のドラゴンを討伐して王家に献上せよ”
国王が父さんにドラゴン討伐を命じた。
国宝級の希少素材であるドラゴン素材を目玉とするオークションを王都で開けば大勢の商人が王都に戻って来るだろうという思惑。
2ヶ月後に王都でオークションを開催し、ドラゴンの鱗や牙を出品するという噂が王都に広まっているらしい。
噂を流しているのは王家。
何とか商人達を王都に引き留めようとしているらしい。
オークションの売り上げで国庫を潤そうというのも目的だと母さんが教えてくれた。
「父さんが引き受ける筈無いのに、そんな噂を流していいの?」
「国王の命令は絶対だと思っているバカだからね。」
「魔獣の討伐命令も断ったんでしょ?」
「ドラゴンなら断らないと思っているらしいわね。」
「なんで?」
「王命でドラゴンと戦うのは戦士にとっての最高の名誉だから断る筈が無い、と思っているらしいわ、バカだから。」
国王は本物のバカらしい。
古代語に”虎と狸は皮カムリ“と言う言い回しがあったのを思い出す。
立派な素材が採れると思ったら、小さくて細い粗末な素材しか取れなくて損をする事。
王家は父さんが立派な素材を献上すると思い込んでいるようだ。
父さんへの依頼金の提示も無いし素材の所有権についても一切説明の無い討伐命令。
しかもドラゴンがどこにいるかさえ明らかにされず、何でも良いから上位種のドラゴンを討伐して王家に納めよという出鱈目な命令。
キラ家から命令書を見せられたギルド本部長は呆れ返り、ギルド通信を使って大陸中の冒険者ギルドにミュール国王の命令書の詳細を伝達した。
大陸全土にミュール王家への反発が広がった。
当然のことだが、父さんは王家の依頼を断った。
父さんの不服従に業を煮やした国王が父さんに謁見場への出頭を命じた。
1週間後に謁見場に出頭せよというもの。
執務室では無く謁見場なのは、平民を見下している東部貴族達の前で父さんを吊るし上げて王の権威を見せつけるつもりだ、と母さんが言っていた。
「ねえ、謁見場の声って聞ける?」
いつもの居間で家族みんなとのんびりしていたら、魔王に聞かれた。
母さん達も面白そうに俺を見ている。
父さんはいつも通り母さんの膝枕。
「はい。同時拡声も出来るよ。」
父さんに教わったばかりの魔法だけど、学院の寮で練習したから出来る筈。
「ちょっとやってみて。」
王宮の結界に小さな穴を開け、“遠聴”の魔法を王宮の謁見場に伸ばす。
王宮の結界については熟知しているし、暇な時には色々と弄って遊んだので慣れている。
謁見場の音を拾って“拡声”で屋敷の広間に音声を流す。
何も聞こえない。
「あれ?」
「どうしたの? 旨く行かない?」
「ちょっと待ってね。」
“俯瞰”
地図作りで練度を上げた“俯瞰”を結界に開けた穴を通して謁見場に飛ばす。
「謁見場には誰も居なかった。執務室でもいい?」
「良いわよ。」
執務室に“俯瞰”を飛ばす。
国王の執務室だけあって専用の結界魔道具で3重に遮蔽されているが、その魔導具を作ったのも父さん。
術式を教えて貰っているし、同じ魔道具を幾つも作ったことがあるから簡単に侵入出来た。
執務室では国王と宰相が話をしていた。




