40 夜逃げだ、夜逃げだ♫
「ギルド本部長が“国王がAランク以上の冒険者に命令する事は、大陸冒険者ギルドの規約で明確に禁止されています”と擁護したのでその場は収まったが、あの国王だからこのままで済むとは思えない。」
辺境伯は心配そう。
父さんは新国王に恨まれているから俺もちょっと心配。
ちょっとなのは父さんが本気を出すとめっちゃ強いから。
人間と戦っているのは見た事が無いので知らんけど。
多分王国軍が全軍で襲い掛かっても敵わない、だったら良いな。
いざとなったら”逃げるがカチューシャ“を使うから大丈夫、な筈。
転移を使った逃げ足は大陸1だから母さん達を連れて逃げてくれる、と思っておこう。
「だが王城も1枚岩では無い。正式に戴冠式を行ったので表面上は新国王に従っているが、東部貴族の中にも新国王に不満を持っている者が数多くいる。特にストーブ侯爵派の貴族の多くは新国王に反感を持っている。」
アシュリーお祖父さんは王家の血筋なので貴族の情報には詳しい。
「いや、東部貴族は新興貴族を嫌っている。短期間で西部貴族連合の盟主までのし上がったキラ家が相手だと団結するかも知れぬぞ。」
ドランお祖父さんは慎重だ。
「そうなれば西部貴族連合が新しい王家を立てて、東部貴族ごと王家をぶっ潰せば良い。」
領地が王都から遠い辺境伯は過激だ。
「それも良いな。国の事より自分の贅沢を優先するようなバカは邪魔なだけだ。」
辺境伯と領地が近いせいかステルンお祖父さんも過激派。
普段は穏やかで怒った所を見せた事が無かった父さんが公式の席で怒ったので、お祖父さん達は王家との軍事衝突迄考えているようだ。
「確かに今後の展開によってはそのような事が起る可能性もある。万が一を想定した充分な備えが必要だとは思うが、今はまだ我々も戦の準備が出来ていない。性急な動きは控えるべきであろう。」
王族出身のアシュリーお祖父さんは王家との戦いを避けたいらしい。
「それでなくとも周辺国は虎視眈々狸でミュール侵攻の機会を伺っている。今は隙を見せぬように立ち回るべきだ。」
ドランお祖父さんも慎重派。
「確かに内乱になれば周辺国はすぐさま攻め込んで来るな。」
「既に兵を・・・。」
興味が無かったのでぼーっと聞いていたら、いつの間にか寝てた。
長い話し合いの結果、とりあえず様子を見るものの、万が一に備えて家族全員が王都を出る準備をしておく事になったらしい。
俺も王都を出る準備を・・・。
何をしたらいいんだ?
するべきことが何も思い浮かばない。
ふと古代文書で読んだ引っ越しの歌を思い出す。
「ヨイショヨイショ、コリャコリャ♫ 夜逃げだ、夜逃げだ♫」
「何それ?」
テン姉に聞かれた。
「古文書で見たお引越しの歌? 音階が判らないから適当に歌ってみた。」
「音階が判ってもハリーが唄えば違う歌になるわ。」
ナイ姉に誉められた。
「そもそも夜逃げじゃなくて昼逃げよ。」
「逃げるんじゃなくて、戦略的撤退。」
ナイ姉は逃げるのが嫌い。
「撤退じゃなくて転進よ。」
レブン姉はもっと逃げるのが嫌い。
方向を180度変えて後ろを向かうのを転進というらしい。
うん、勉強になった。
「バカな事を言って無いで、自分の荷物を纏めて置きなさい。」
ルナ姉に怒られた。
「「「は~い。」」」
やっぱり俺は何もすることが無い。
荷物は全部アイテムボックスに入ってる。
いざという時は王都からキラへ転進する事が決まった。
とは言え元々余計な物は無いのがキラ家。
王都を出る用意と言っても、使用人達に今後の身の振り方を聞いて、姉さん達の領館を希望した者達を領地に送り出しただけ。
元々多くの家臣や使用人を姉さん達の領地に送り出していたので侯爵家としては異例なほど少なかった王都屋敷の使用人がますます少なくなったらしい、知らんけど。
王都屋敷に残っているのは役付きの使用人と王都に家族が居る使用人達だけになった。
俺は寮生活だし、屋敷に帰った時には姉さん達が世話をしてくれるから問題無い。
家族会議が開かれた。
「国王が王都の全ギルドに対し、国租をこれまでの1割から2割に増やすという王命を出した。“王国財政が危機に陥っているのだから王家のお陰で儲かっているギルドが協力するのは当然”というのが国王の言い分だ。更に王都の住民税・土地所有税・入都税の引き上げ、黒い森産素材の買い取り補助の廃止、国軍の更なる削減も発表した。王家の散財と東部貴族の国租減免による財政難を王都民への増税で補うつもりらしい。」
いつも通り進行役のアシュリーお祖父さんが発言する。
「ギルドは儲けすぎだと言うのか?」
ドランお祖父さんが首を傾げる。
「王宮の見解はそうだ。」
「だがどこの領地も、いやどの国でもギルドの税は1割だぞ。王都だけ2割にすれば混乱するだけだろ。」
「恐らく大混乱になるのは間違いないが、平民の税を上げる事には東部貴族達がもろ手を上げて賛成している。東部貴族の中には王都に習って領地のギルド税を2割に上げようとする動きもある。」
「自分達の国租減免が国庫逼迫の原因なのに、まだ儲けようというのか。」
「もともと平民が儲けるのはけしからんと思っている連中だからな。」
「ギルドがおとなしく従うと思うか?」
「王命であれば従わざるを得ないだろう。」
「ギルドは何と言っておる?」
辺境伯が口を挟む。
「辺境伯領には“死の森”があるからギルドとの関係は気になるだろうな。」
ドランお祖父さんが口を挟んだので辺境伯がドランお祖父さんを見た。
ドランお祖父さんが辺境伯に頷いて話を続けた。
「王命が効力を持つのは王都だけ、とはいえ影響はかなり大きいと思われる。下手をすれば王国全土が大混乱となる。」
「やはり、そうか。」
辺境伯の視線が宙を舞う。
アシュリーお祖父さんが口を開いた。
「特に冒険者ギルドが王命に猛反発している。冒険者ギルドは独立採算なので、税が上がった分素材の販売価格を上げざるを得ない。だが販売価格を上げれば、商業ギルドや薬師ギルドは今まで通りの価格で買える近郊の街で素材を仕入れるから王都の冒険者ギルドは素材が売れなくなる。素材を売るには今まで通りの販売価格にせざるを得ないが、そうなると税率が上がった分、素材の買い取り価格を下げざるを得ない。今迄上乗せされていた買取り補助金も停止されたのでギルドはおよそ2割買い取り価格を下げる事になる。」
「2割か、・・冒険者にとっては痛いどころの騒ぎではないな。」
領地に冒険者が多い辺境伯が天井を見上げる。
何かあるのかと俺も天井を見るが、特に変わった所は無い。
何かを集中して考える時にする辺境伯の癖らしい。
「冒険者はどこの街でも出入り自由だ。今迄は黒い森で討伐した素材を王都で売れば補助金のお陰で1割高く売れたから高位冒険者が大勢王都に住んだ。今は王都で素材を売ればこれ迄よリ2割、隣の街で売るよりも1割安くなる。さらに、高位冒険者は殆どが王都にパーティーの拠点となる家を持っているから土地所有税が上がるのも痛い。となれば、これからは高ランク冒険者達を始めとして王都を出る冒険者が増えることになるな。」
辺境伯が状況を整理するかのように淡々と発言した。
何かを考えているらしい。
「辺境伯の見立て通り、既に王都の冒険者が減り始めている。冒険者ギルドは王都のギルドで素材を売る冒険者が激減したことを再度訴えたが、“平民以下の流民でしかない冒険者が王都に入れるだけで有難いと思え“という国王の言葉で訴えを却下された。」
「バカとしか言いようが無いな。」
アシュリーお祖父さんの言葉に辺境伯が毒づく。
俺にはさっぱり判らない。
難しい話は苦手だ。
「冒険者ギルド本部が反発して、王家及び各殿の依頼は今後一切扱わないと反国王の立場を鮮明にした。」
「まあそうなるな。」
そういえば、今迄常にギルドの依頼版に張られていた王国の魔法研究機関である魔術師の塔や王宮錬金術師からの素材採取依頼が一切無くなったと週末に冒険者をしている学生達が食堂で話していた。
教授の中には素材の注文を出したが、王立学院だからギルドに受け付けて貰えなかったと零す教授もいた。




