8 人の名前を覚えるのは苦手
ふと気が付いたのですが、1話がかなり長くなっているようで済みません。
単純にエピソードタイトルを考えるのが苦手なので長くなったようです。
気軽に読んで欲しいので短い方が良いのかも知れませんが、当分は同じような長さになると思います。
ごめんなさい。
王宮の1室
「赤竜を討伐したそうだな。」
宰相が口を開いた。
「ストンのギルマスから連絡が入りました。Bランク冒険者が単独で討伐したそうです。」
「Bランクが単独でなど有り得ん。何かの間違いでは無いのか?」
「ストンのギルマスは信用できる人物ですが、討伐したのがなんと9歳になったばかりの冒険者。あまりの事に驚きギルド本部の総力を挙げて関係者の聞き取りを致しました。」
冒険者ギルドの本部長が説明し、横にいる薬師ギルドの本部長に視線を送った。
薬師ギルド本部長が口を開く。
「赤竜を討伐したキラという冒険者は、7歳で初級薬師試験に合格して薬師ギルドに登録、半年後には中級薬師試験にも合格して辺境伯領への中級ポーション緊急供給に貢献しております。さらにこの時点でも素材さえそろえば上級ポーションを作れると言っておりました。薬師ギルド始まって以来の天才かと思われます。」
続いて冒険者ギルド本部長が補足する。
「キラは8歳で冒険者ギルドに登録し、薬草採取を専門に冒険者活動をしながら薬師ギルドと冒険者ギルドに高品質のポーションを多数納入しております。さらに冒険者ギルドの治癒所で冒険者の治療を担当、治癒の腕前は高位神官並みとの評価を受けております。」
「薬師としても治癒師としても1流と言うのだな。」
「はい。さらに半年後にはワイバーンを討伐してBランクに昇格、昇格直後の護衛依頼で27人の盗賊を殲滅しております。同行していたCランクパーティーの報告では実際に戦ったのはキラただ一人、しかも僅か数分の戦いだったそうです。」
「・・・信じがたいな。生まれについては調べたか?」
「本名はヒルナキラ=ソランダ。ソランダ伯爵家の長男でしたが母親の死亡を機に7歳で王都屋敷からストンに移り住み、以後ソランダ姓は名乗らず8歳で正式に貴族籍を外れております。」
「ソランダ伯爵家ということは大賢者様の血筋という事か。」
「はい。」
「今回の討伐であるが、どのようにして赤竜を倒したのだ?」
「本人の弁によりますと、飛行魔法で飛ん・・」
「待て、キラとやらは飛行魔法を使えるのか?」
「冒険者の秘匿という事になっておりますが、冒険者ギルドですら確認出来ていない数々の新魔法を使えるようです。」
「なんと、・・。すまぬ、続けてくれ。」
「飛行魔法で飛んでいる時に大きな鳥さんに襲われ、バリアで反撃したら落ちて行ったので勿体無いから追いかけて地上に落ちる前に拾ったとの事です。」
「「「・・・・。」」」
部屋の空気が固まった。
いち早く固まった空気を振り払ったのは宰相だった。
「赤竜を地上に落ちる前に拾ったとはどういうことだ?」
「ストンのギルマスによれば、恐らくは空間魔法で亜空間に収納したのではないかと。」
「「「アイテムボックス。」」」
余も皆と同時に声を上げた。
アイテムボックスは古代文書や各地の伝承には残っているが、今は術式が失われ誰一人使える物はいないとされている神級魔法。
「ストンのギルマスによれば、キラは治癒魔法、空間魔法、結界魔法、飛行魔法、アイテムボックスだけでなく数種類の未知なる魔法をも使える前代未聞の逸材との事です。」
「未知なる魔法?」
「冒険者の秘匿という事で詳細は不明ですが、27人の盗賊を一瞬で殲滅した時の状況から未だ知られていない数種類の魔法を組み合わせて使ったと推察されました。」
「大規模魔法では無いのか?」
「味方に紛れていた賊を味方は誰一人傷付けずに倒しておりますし、同時に300m以上離れた賊をも倒しております。状況から目に見えぬ百発以上の新魔法を数秒の間に放ったようです。」
「数秒の間に百発以上か、・・・」
「ストンのギルマスによれば、想像すら出来ない程の力を持っているにも拘らずキラ本人には領地や地位への野心は全く無く、ただ穏やかにのんびり過ごすのが望みとの事です。世話になっている宿屋の主の話でも、伯爵家を除籍された事を恨むどころか貴族とは付き合いたくないので嬉しかったと話していたそうです。」
「除籍されて嬉しかったか。・・・ともかくまずは赤竜の確認だな。すぐに王都に呼べ、冒険者ギルドと薬師ギルドは鑑定と解体の手配だ。」
「「承知致しました。」」
日常が戻って来た。
森に入って薬草と素材の採取。
以前と違うのは剣で魔獣を倒している所。
ギルドの武器売り場で買った小剣がだいたい3日で折れるのが今の悩み。
小剣を使う者が少ないのでストンには上等な小剣が無かった。
沢山買ってアイテムボックスに入れたので戦いには問題無いがちょっと勿体ない。
いつも通りポ-ションと薬草を薬師ギルドに納品して、余った分と魔獣素材を冒険者ギルドに納品する。
怪我人がいたら銀貨1枚で治療する。
目立たぬようにこっそりとだけど毎日訓練に励んでいる。
今はこの世界で生き延びる為の力をつける事が優先事項。
その次は大切な人を守れる力をつける事。
目の前で大切な人を失うような事は2度と繰り返したくない。
お母さんに会えないのはさびしいけれど、今日も元気にやっています、ってちょっとACジャパンの“すずめ“っぽい気分になる。
ストンの人達はみんな親切で優しいから大丈夫。
この調子で頑張ればきっと穏やかで平和な人生が送れる筈、と思っていられたのは僅か2ヶ月だった。
「王都に行くぞ。」
ギルマスに宣告されて馬車に放り込まれた。
尻が痛い。
空を飛んだら1日で着くのに馬車だと普通は10日程掛かる。
王都からストンに来た時は途中の街に寄らなかったので7日だった。
馬車の中はギルマスと2人。御者席に冒険者のおっちゃん。
毎日野営で食事は干し肉と黒パンに水。
嫌がらせ?
ギルマスは妙に緊張していて、しょっちゅう頭を抱えて何かを考えている。
全く会話が無いので新魔法をあれこれ考えたり、探知魔法や俯瞰の訓練をして過ごした。
5日目の昼、王都に着いた。
超特急で馬車を走らせたらしい。
2年ぶりだが懐かしさは全く無い。
大門の前には王都に入る審査待ちの馬車が沢山並んでいる。
俺の乗った馬車は大門横の空いている入り口に向かった。
「ストン冒険者ギルドのギルドマスター、ヒルネスだ。」
ギルマスが馬車の窓から身を乗り出し、ギルドカードを翳し乍ら叫んだ。
ヒルネスさん?
そう言えばギルマスの名前を聞いた事が無かった。
まあ聞いてもすぐに忘れるから問題は無い。
自慢じゃ無いが前世から人の名前を覚えるのは苦手。
地名や魔法陣はきちんと覚えられるのに人の名前は覚えた端から忘れる。
今では名前を覚える事自体を諦めてる?
田舎でのんびり暮らすのだから~のおっちゃん、お姉さんで問題は無い。
「連絡を戴いております。このままギルド本部に向かって下さい。」
大門の衛兵が丁寧に対応している。
田舎町のギルマス相手にしては対応が良すぎる気がした。
馬車は大門を通り抜け、中央大通りを北に向かう。
2年前、ストンに向かう時に通った道を逆方向に走っている筈。
屋敷の外に出たのはストンに向かった時が初めてだったので王都の街を見るのは2度目?よく考えれば、前回はずっと荷台の中だったので街は見ていなかった。
生まれた街なの知らない街、ちょっと微妙な気持ちになる。
貴族街に入る門の直前にギルド本部があった。
大陸冒険者ギルドの本部だけあって4階建ての大きな建物。
本部前の広い庭で馬車を降り、中央の大きな入り口ではなく右手にある少し小さな入り口に向かった。
「向こうは普通のギルド業務を行っている所。ここは貴族やギルド幹部専用の入り口だ。」
ギルマスが説明してくれた。
「ストンのヒルネスだ。」
ギルマスが入り口を入って直ぐの警備員室のような所に声を掛けた。
「伺っております。王宮には既に連絡しておりますので暫くお待ち下さい。」
警備員室?から出て来た係員に案内されて近くの部屋に入る。
真ん中に低いテーブルと豪華なソファーがある40畳くらいの広い部屋。
壁が遠すぎてめっちゃ居心地が悪い。
壁から離れると落ち着かないのは前世で身に着いたG症候群?
判らん。
直ぐに職員らしいお姉さんがお茶とクッキーを運んできてくれた。
「食事は済ませましたでしょうか。」
「ああ、馬車の中で食べたから良い。」
俺にも聞いてくれよ。
食事と聞いてこの部屋なら何か美味しそうなものが出て来そうだと一瞬期待したのに、ギルマスが一刀両断で断ってしまった、残念。
まあ干し肉に硬い黒パンと水だけだったけど食べた事には違いない。
サクサクしたクッキーを齧りながら薫り高いお茶を楽しんだ。
普段は破天荒なギルマスが緊張しているようで背筋を伸ばし、ソファーに浅く腰掛けている。面接試験を受ける受験生のようで面白い。
「ギルマスのクッキー、食べていい?」
食べ物を残すのは勿体ないので聞いてみた。
「おう。」
ギルマスのクッキーを手元に引き寄せてポリポリと齧る。
待つ事2時間、漸く呼ばれて本部建物の裏へと案内された。
本部の裏にはめっちゃ広い庭があり、大きな体育館のような建物があった。
中に入るとサッカーが出来る位の広さがある。
「ここが解体場だ。」
「凄く広い。」
柱が1本も無い巨大空間、建築技術が進んだ前世ならともかく中世並みの文化レベルでこの建物が作れるのは魔法の有る世界ならでは?
解体場には大勢の人がいるが、全員が壁に張り付いている。
「おお、待ちかねたぞ。」
高そうな服を着たおっさんが偉そうに声を掛けて来た。
さっきの部屋でだいぶ待たされたのに”待ちかねたぞ“って何だんだって思った。
後ろにはもっと高そうな服を着たおっさんが仁王立ちしている。
「ただ今到着致しました。」
どうやらギルマスが王都に来るのを待ちかねたという意味らしい。
ギルマスが丁寧に挨拶しているので偉い人なのだろう。
「早速だが見せて貰おう。」
「承知しました。」
ギルマスが俺を振り向く。
「鳥さんを出せ。」
ギルマスに言われ、解体場の中央に鳥さんを出した。
「「「「おおおおお!」」」」
壁際にいたおっさん達が叫び声を上げながら鳥さんに駆け寄ってあちこちを調べている。
暫くして、調べていたおっさんの一人が偉そうなおっさんの所に来た。
「間違いなく赤竜です。首の骨が折れているだけで傷は全く有りません。」
「「「おおっ!」」」
偉そうなおっさん達が盛り上がっているけど、俺はする事も無くて暇。
「もう帰っていい?」
ギルマスに言ったら溜息を吐かれた。
ギルマスが偉そうにしているおっさんを見る。
「赤竜であることを確認した。キラ殿は連絡があるまで王都に留まってくれ。王都内の行動は自由である、のんびりと王都見物でもするが良い。」
立派な服を着たおっさんが偉そうに言った。
「はい。」
偉そうに言われても“お返事はい”、俺はもう9歳だ。
ギルマスに連れて行かれたのはギルド本部の3階にある豪華な部屋。
「ここがキラの部屋だ。」
「めっちゃ高そう、安い部屋は無い?」
お金は有るけど、武器を買う資金。
無駄遣いはダメ。
「宿泊費も食費も無料だ。食事もお替り有りの食べ放題、外出も自由だから明日からは王都見物でもしていろ。夜になる前に帰って来るんだぞ。このカードを見せればこの部屋まで案内してくれるからな。」
ギルドの印が描かれた金色のカードをくれた。
「はい。」
返事はしたものの、無料で食べ放題、本当にいいのかと首を傾げた。
部屋に運ばれてきた夕食は見た事も無い程豪華な食事。
肉も柔らかくて美味しいし、パンもフワフワ。
お替り無料なのでパンを2つもお替りした。
無料と言われるとお替りしないと損したように思うのは前世で身に付いた貧乏根性?
久しぶりに美味しい食事をした。
お風呂も広いしベッドもフカフカ。
ベッドに入ったとたんに眠ってしまった。
朝食の時に給仕のお姉さんにお出かけしたいと言ったら案内の人を連れて来てくれた。
「カリナと申します。女性や子供の護衛が専門のBランク冒険者です。王都生まれなので王都の事なら何でも聞いて下さい。」
「キラ、9歳です。宜しくお願いします。」
「キラ様はどのような所に行きたいのですか?」
「済みません、敬語は難しい、普通にお願い。様は無しのキラ。」
「そう、私もその方が楽だから冒険者言葉で話すわね。」
「はい。」
「キラも冒険者でしょ、ランクは?」
「Bランク。」
「ええっ、キラは9歳よね。」
「はい、このあいだ9歳になった。」
胸を張って言い切った。
誕生日が過ぎたからもう9歳、どうや。
「いやいや、1年でBランクって有り得ないから。」
首から下げているギルドカードを服の外に出して見せる。
「本当なんだ・・」
カリナさんが固まった。
「カリナさん?」
「あ、ごめん。ちょっとびっくりしたから。それで今日はどこに行きたいの?」
「街は初めて、王都らしい所を見たい。」
王都で生まれたが、伯爵邸を出たのはストンに向かった時だけ。
王都の街を歩いた事は無い。
「王城は見た?」
「まだ。」
伯爵家の屋敷からは塀際にあった目隠しの林と隣の屋敷が邪魔で王城は見えなかった。
「この部屋なら窓から見えるわよ。」
カリナさんが部屋のカーテンを開けると遠くに大きな城が見えた。
部屋が3階なのでかなり遠くまで見渡せる。某テーマパークにあるお城に似ているけど遥かに大きい事は相当な距離があるここからでも判る。
「凄い。」
「この大陸で一番大きなお城だからね。お城の手前が貴族街。ギルド本部は貴族街と平民街の境にあるの。」
「貴族は嫌い、平民街に行きたい。あっ、武器とか魔道具とか見たい。」
折れにくい小剣が有ったらいいなと思った。
「ここが一番品揃えの良い武器と防具の店よ。」
3階建ての大きな建物に案内された。
「ちょっと見せて貰うわね。」
入り口に立っていた警備員にカリナさんが声を掛ける。
「ご苦労様です。」
顔見知りらしく、警備員も挨拶を返していた。
中に入るとずらりと武器が並んでいる。
左の壁には大斧や槍、ハルバートなどの大きなものや長い物が掛けて有り、右の壁には各種の弓、中央に5列ある商品棚には剣だけでなく見た事の無い武器が沢山並んでいる。
「凄い。」
「品揃えでは王都1ね。」
“品揃えでは”という事は品質についてはさほどでも無いという事なのだろう。
ともあれ見た事の無い武器を見るのは楽しい。
「これは何」
「どうやって使うの?」
質問を連発してカリナさんに説明して貰う。
カリナさんでも知らない武器は店員さんに使い方を教えて貰った。
幾つかの武器は持たせて貰った。
手に持つと材質や付与が可能かがなんとなく判る。
同じ魔鉄の武器でも純度が低くて付与の出来ないものが多い。
小剣をみると、魔鉄の小剣で金貨300枚から600枚。
店員さんのいるカウンターの後ろには金貨2000枚と6000枚の小剣が飾ってある。
「随分値段が違うね。」
「あれは魔法を付与した魔法剣よ。持ってみる?」
「うん。」
カリナさんが頼んだら店員さんが剣掛けから降ろしてくれた。
剣を握って軽く魔力を通す。
2000枚のが“武器強化微“。
付与魔法に“微“がある事を初めて知った。
しかもこの材質では二つ目の付与は出来ないっぽい。
6000枚の剣は“火魔法小“。
「付与があると凄く高くなる?」
「付与魔法を使える職人が少ないの。それに、付与に失敗すると素材がダメになるそうよ。名人と言われる職人でも成功するのは5本に1本位だから値段が10倍、20倍になるって聞いたわ。」
確かに魔力の込め方を間違えるとか素材が割れてしまうが、素材が魔鉄なら溶かして作り直す事が出来るから決してダメになる訳では無い。
何となく納得がいかなかった。
魔法袋の作成で幾つかの付与魔法は経験済み。お祖母さんの資料にあった武器や防具用付与魔法の術式を覚えているので練習しようと思った。
ちょっと興味を引かれたのは指に嵌めるメリケンサックのような武器。
魔獣を殴りつけるのに良さそうだったが、拳に結界を張れば威力上がる事を思い出して買わなかった。クナイっぽい投げナイフも崖を登るのに便利かと思ったが、飛行魔法があるのでわざわざ崖を登る必要は無いと気が付いた。
思っていたよりも欲しい物が無い。
2階は防具売り場らしいが、俺の体は成長期でサイズが変わるしカリナさんが疲れて来たようなので店を出た。
近くの食堂で昼食。
「さっきの店はどうだった?」
「色んな武器が面白かった。」
「性能的にはどう?」
「素材の純度が低い、3日で折れる。」
「付与の付いた剣は?」
「付与魔法下手、値段高い。純度低い、折れる。」
「キラは付与魔法に詳しいの?」
魔法袋作成で何度も使ったのは秘密。
「ちょっとだけ。」
「剣を作っているお店に行ってみる?」
「行く。」
昼食を終えて食堂を出ると、上級住宅街を抜けた所にある職人街に案内された。
「ここは高ランク冒険者が良く来る店よ。自分専用の武器を作って貰えるの」
案内されたのはあまり大きくない武器屋。
壁には幾つかの武器が掛かっている。
「こんにちわ~!」
カリナさんが大声を出すと奥から髭モジャのおっちゃんが出て来た。
来た~! 異世界定番のドワーフ。
背は低いがめっちゃ肩幅が広い。
「お久しぶりです。」
「カリナか、相変わらず元気そうだな。今日は護衛任務か?」
「護衛というより案内ね。この子は9歳だけど、私と同じBランクよ。」
「9歳でBランクだと、さすがに冗談が過ぎるぞ。」
「キラ、ギルドカードを見せてあげて。」
「うん。」
ギルドカードをおっちゃんに見せた。
「うぉっふぉ、本当にBランクだ。9歳でBランクは聞いた事無いから史上最速かもしれんぞ。」
「でしょう、私もビックリしたんだから。」
「で、今日は何の用だ? こいつの剣を作るのか?」
「とりあえずは紹介と見学。150年ぶりのSランク候補だからね。」
「9歳でBランクならSランクまで昇り詰めるかもしれねえな。坊主はどんな武器を使うんだ?」
「小剣、二日で折れる。」
「そうか、ちょっと待て。」
おっちゃんが店の奥に入り、暫くして戻って来た。
「今ある小剣はこれとこれだ。裏庭で振って感想を聞かせてくれ。」
裏庭に行って小剣を振ってみる。
「純度高い、武器強化弱過ぎ? ・・・魔法陣が不完全?」
「そこまで判るのか、ちっこいのにすげえな。大剣に比べて小さいからきちんとした魔法陣を刻めねえんだ。」
「拡大鏡使わないの?」
小さな魔法陣を刻むには可動式の拡大鏡が使い易い。
「拡大鏡って何だ?」
「手元、大きく見える。」
「宝石の鑑定師が使うやつか?」
鑑定士の使うルーペは焦点が近すぎて付与作業には使い難い。
「同じような効果。付与作業しやすい様に棒に付けた。」
要するにアーム式のルーペ。細かい作業に便利なので作ってみた。
「そんな物があるのか?」
「作った。」
「持っているのか。」
「うん。」
「見せてくれ。」
「・・明日持って来る。」
アイテムボックスに入っているが、ここで出すのは拙いので明日にした。
「明日何時だ?」
おっちゃんがぐいぐい迫って来る。
「えっと、朝?」
カリナさんを見ると頷いたので大丈夫そうだ。」
「良し、待っている。俺の技も見せてやるから絶対に来い、絶対だぞ。」
おっちゃんが俺の顔にくっつくくらい顔を近づけて迫って来た。
おっちゃんの背が俺と同じ位なので顔がめっちゃ近い。
「お、おう。」
背を反らし、後退りしながら承知した。
翌日は朝食を摂ると直ぐにおっちゃんの武器屋に行った。
「待っていたぞ、それが拡大鏡か?」
「うん。」
俺が持って来た拡大用を手に持って色々な角度から眺めている。
拡大鏡は作業台に固定し、くの字に伸びたアームを自在に動かして見たい所に当てる方式。
前世のデスクライトを参考に作ってみた。アームの先に付けられたレンズは結界魔法と成形魔法で作った特製レンズ。直径15㎝、倍率5倍。
レンズの外枠には手元を照らす灯りの魔道具が組み込んである。
普通の魔法陣を刻むなら問題無いが、複雑な魔法陣を狭い場所に刻むには文字を出来る限り小さくしなければならない。
魔法袋を作る時に細かな作業をし易い様に作ったのがこの拡大鏡。
「これ程大きなガラス玉は初めて見た。」
視界を確保し易い様にレンズを大きくしたのだが、おっちゃんが見た事無いとすればちょっと大きすぎたのかもしれない。
まあ作っちゃったものは仕方が無い。
早速作業台に固定し、灯りの魔道具を作動させてお試しタイム。
おっちゃんが金庫から魔法陣の図面を取り出して作業台に広げる。
「おっちゃん、この魔法陣を刻んだ時、魔力余ってた?」
「ああ、3分の1位残っていたな。」
「だったら、この文字をこう変えて、この文字をこうして、この2つを削って、この3文字をここに加えると武器強化小になると思う、たぶんだけど。」
「な、何だって! 坊主は付与魔法も出来るのか?」
「師匠の本で読んだ。もっと強力なのもあるけど、魔力がめっちゃ必要らしい。やったこと無いから知らんけど。」
「よし、どうせなら一緒に試してみよう。」
おっちゃんが俺の意見通りに魔法陣の文字を変え、作業台にナイフを固定してナイフの柄に描かれた二重の円の上にレンズが来るようにした。
左手で右の手首を持って作業開始。
左手で支えると右手の指先が安定して細かな作業がしやすい。
武器作りのプロが俺と同じやり方だったので少し安心した。
右手の指先から細い魔力が流れて柄に描かれた円の間に文字を刻んでいく。
「おお、いい。これはいいぞ。」
慎重に作業をしているらしく、小さな魔法陣の中にゆっくりと文字が刻まれて行く。
おっちゃんが作業に集中しているので店の武器を色々と手に取ってみた。
付与されているのは武器強化弱、火魔法弱、火魔法小。
どの武器も一つしか付与していない。
持った感じではこの素材なら剣でもう1つ、大剣や大斧ならもう2つ付与できる筈。
おっちゃんの作業はまだまだ時間が掛かりそうなのでカリナさんが案内してくれた近所の食堂で昼食を摂った。
店に戻ってもおっちゃんの作業は続いている。
魔法陣を刻む作業は途中で休憩すると上手く発動しない事が多いので終わるまで待つしかない。
暇なので作業所にあった紙に魔法陣を描いた。
魔法袋にも使った魔法陣だが、おっちゃんの魔力量でも出来る程度にした簡易版。
魔法陣を刻む魔力の質によって発動しない事もあるのでお試し程度。
新しい魔法陣を描き終えたが、まだおっちゃんの作業が続いている。
カリナさんが台所で勝手にお茶を淹れてくれた。
二人でお茶を飲んでいたらおっちゃんの声が聞こえた。
「やった~!」
おっちゃんの作業が終わったらしいので作業所に戻る。
およそ8時間、あの魔法陣にしては時間が掛かり過ぎ?
「凄えぞ、武器強化小になった。」
出来上がったナイフを持たせて貰う。
「確かに武器強化小ですね。」
「魔法陣をちょこっと変えただけでこれ程良い物が出来るとは驚いた。坊主は凄腕の魔術師だからBランクに成れたんだな。」
「俺は剣士で、薬師。魔術師じゃない。」
「剣士で薬師?」
「うん、一応中級薬師。」
カリナさんも知らなかったようで驚いていた。
「・・・まあ、何をやっても凄いという事だな。」
「暇だったから新しい魔法陣を描いた。おっちゃんにも出来るように簡単にしたから上手く発動するかは判らないけど試してみて。一応これの上位版はきちんと発動した。」
「何の魔法だ?」
「自動洗浄。浄化魔法の変形。魔力を流せば刀身の血糊とかを落とせる。」
「待て待て、魔法陣を買う金は無いぞ。この拡大鏡だけで精一杯だ。この拡大鏡は良い。俺も欲しい。幾らだ、代金は幾ら掛かる?」
幾らと言われてもレンズの価値が判らない。
「・・えっと、自作だしこれで良ければ只であげるよ。魔法陣もお試しだから只で良い。冒険者達に良い武器を作ってくれたらそれでいい。」
素材は川で拾った水晶、まだ一杯あるからいくつでも作れる。
今あるのは試作品だから次はもっと良い物が出来る筈。
注文を受けて造るのは面倒だし、すぐにストンに帰るので作る暇が無い。
試作品でお金を貰う訳には行かない。
「魔法陣はお試しとしても、子供から只で貴重な道具を貰えるか。ここにある物で欲しい物を言え、何でも良いぞ。」
武器屋を見渡すが、特に欲しい物は無い。
「えっと、・・・おっちゃんが使っている魔鉄素材20㎏?」
おっちゃんの工房で使っている魔鉄は純度が高くて品質が良い。
「馬鹿な事を言うな!」
怒られた、高すぎたらしい。
「10㎏?」
「違う。こんな貴重な道具がそんなはした金で手に入る筈がねえ。今あるのは50㎏、それでも全然足りないだろうが我慢してくれ。もしも武器を作って欲しくなったらいつでも来い。只で作ってやる。」
「うん、ありがとう。」
魔鉄50㎏を貰って武器屋を出たらもう夕方だった。
最近ACジャパンの広告を見る事が多くなって頭の中にこびりついてしまいました。
ごめんなさい。