29 俺はニンジンでも残さず食べる賢い12歳だ
“空気中の目に見えない小さな水の粒が目に見える程大きくなったのが霧だ”、と父さんが言っていた。
空気中の水をその場で目に見える程の大きさに出来れば霧が作れる筈。
霧の粒を大きく出来れば雨を降らせることも出来る筈。
“水抜き”の練習をしながらも、色々と新しい魔法について思いつくから毎晩遅くまで水魔法の研究をするようになった。
学院に入ってまだ半年も経っていないけど、知らなかった事を沢山学べているし、新しい魔法も思いついたので楽しくて充実した学院生活。
友達はいないけど、週末は姉さん達と一緒に冒険者活動が出来るし、優しい先輩達もいるので学院生活を楽しめている。
時々ちょっかいを掛けて来る学生もいるけど、姉さん達に教わった通り止まらず歩き続けているので問題は無い、と思っていた。
「おい、平民。」
食堂で昼食を摂っていたら学生達に絡まれた。
「貴様のせいで王子殿下が前期試験でも首席を取れなかったではないか。年越しの社交シーズンも家庭教師の先生方が付ききりでのお勉強で、王宮から1歩も外に出して貰えなかったのだぞ。どうしてくれる。」
どうしてくれるのだと言われても、それって俺のせい?
「・・・・。」
どう答えたら良いのか全然思いつかない。
「貴様さえいなければ殿下が首席だったんだぞ。」
いやいや、姉さん達もいるんだけど。
俺の中間試験結果は総合4席で貴族科2席。
俺がいなくても王子は首席じゃ無いから、俺のせいじゃ無い。
「黙っていないで何とか言ったらどうだ。」
「えっと、・・何とか?」
“何とか”言えと言われたので、仕方なく”何とか”と言ってみた。
貴族にはなるべく逆らわない方が良いと姉さんに言われたから。
”何とか”位なら会話が苦手な俺にも言える。
「貴様、貴族を愚弄するのか!」
“ぐろう”ってなんだ?
聞いた事の無い言葉なので意味が判らない。
言われたとおりに”何とか”と言ったのに学生が怒りだした。
貴族のする事は良く判らん。
「・・・・。」
「平民の分際で王子殿下よりも良い成績を取るなど、不敬だとは思わないのか?」
そうなの?
そんな事姉さん達にも聞いてないんだけど。
「・・・・。」
「だいたい貴様は・・・」
何かごちゃごちゃ言っているけど、鬱陶しい。
そもそも俺は食事中だ。
食事中に話してはいけないと礼儀作法の先生が言ってたぞ。
王都屋敷ではみんなお話しながら食べるけど、それはそれ。
絡まれたら排除しろと姉さん達も言っていた。
えっと、座っている時に絡まれた時はどうするんだったかな。
まさか座っている時に絡まれるとは思っていなかったので戸惑ってしまう。
椅子に座っているので歩き続けると言う今までの対処法は無理。
姉さん達が教えて貰った事を思い出そうとしたが、座っている時の対処法は教えて貰って無かった事に気が付いた。
困った。
「おい、聞いているのか?」
“バリア服”は有るけど体に密着しているから、すぐ傍に立たれると気になって食事が楽しめない。
「貴様、何とか言ったらどうだ。」
さっき“何とか“って言ったら怒ったじゃん。
めっちゃ鬱陶しい。
そうだ、結界を張れば良いんだ。
“結界”
“バリア服”の外側にもう1枚結界を張り、少しずつ結界を大きくして近くで取り囲んでいた学生達を押しのける。
1m位押し戻したら窮屈感が無くなった。
学生達を見ると3人が床に倒れ、2人がバリアに手を突いて押し戻そうとしている。
「貴様何をした。」
「俺は侯爵家の3男だぞ。」
「俺達は王子殿下の側近だ、無礼であろう。」
う~ん、結界だけだと煩いか。
“遮音”
父さんに教えて貰った“遮音”を使うと音が消えた。
使い道のない魔法と思っていたけど、こういう時に使うのか。
父さんの言っていた“備えあれば売れ残り“の意味が判った。
目の端でチラッと見ると取り囲んでいた学生達が結界に取りついて口をパクパクさせて何かを喚いている。
今大切なのは食事。
食べ物を残すのは勿体ないからダメ。
”食べ物を残すとバチが当たる“と父さんが言っていた。
“バチ”が何かは知らないけど、出された食べ物は全部食べるのがキラ家の決まり。
嫌いなニンジンでも小さく切って美味しそうに飲み込むのがキラ家の作法。
俺はニンジンでも残さず食べる賢い12歳だ。
残っている日替わりランチを口に運んだ。
うん、完食。
「ごちそうさまでした。」
創造神様と水神様に感謝を奉げて席を立つ。
トレーを持って振り向くと4人の学生がまだ結界の周りに張り付いて口をパクパクさせている。
まあいいか。
立ち上がって歩き始めたら進行方向にいた学生が結界に押されて倒れた。
普通に歩くと、囲んでいた学生達が倒れたまま結界に押されて横にズルズルと押しのけられて道が開く。
うん、これなら歩く邪魔にはならない。
バリア服とは違って当たっても飛んで行かないから人が多い場所では結構便利かも。
結界で絡んでいた学生達を押しのけながら、トレーを持って返却カウンターに行った。
「ごちそうさまでした。」
挨拶は大事。
あれ?
いつもは食堂のおばちゃんが挨拶を返してくれるのに、今日は挨拶が聞こえない。
しまった、“遮音”を使ったままだ。
俺の声は聞こえた筈だからまあいいか。
細かい事を気にしてはいけないと姉さん達に言われている。
キラ家ではのびのびと好きな事をするのが男の役割り。
父さんを手本に俺も毎日を楽しむことにしている。
今日は結界を少しずつ広げる魔法の操作と“遮音”が使えたので満足。
ちょっと嬉しい気持ちで食堂を後にした。
植物学の授業で少し変化があった。
薬草栽培用の魔力水はリラ姉とクーロ姉が作っていたのだが、リラ姉が婚約してから忙しくなったので魔力水作りのアルバイトがクーロ姉と俺になった。
とはいえ、俺は水属性だし魔力操作が得意で魔力量が多いからすぐに沢山の甕を満タンに出来る。
魔力水は1ヶ月以上効力に変化が無いので、授業の帰りに薬草園に寄ってちゃちゃっと魔力水を作る。
「私はハリーが作りに行けない時だけ作るね。」
クーロ姉は何かの用事で俺が作れない時だけ手伝ってくれる事になった。
クーロ姉が後ろに控えていてくれるので、安心して魔力水の補充係を務められる。
アルバイト料とかいうものもあるらしいけど、お金には興味が無いから知らん。
クーロ姉と教授が喜んでいるからそれでいい。




