21 伝説の”着払い“
2回目の槍術。
「ハリー、模擬戦だ。今日はこの間のようには行かないぞ。」
第1王子がいきなり模擬戦を挑んで来た。
「まずは準備運動をしてからだ。」
教授が慌てて止める。
教授の指示で全員が屈伸したり肩を回して体を解し始めた。
教授が俺の所にやって来て囁いた。
「1撃で吹き飛ばすのは控えて、少し長引かせてくれ。」
どうやら王子は技を隠していた訳では無いらしい。
「はあ。」
教授は相手が王族なので気を遣っているらしい。
準備運動が終わって第1王子と向き合った。
「お手柔らかにお願いします。」
「出来るだけ手加減してやるから安心して掛かって来い。」
「はあ。」
1週間前に1撃で弾き飛ばされたのに、何でそんなに自信満々なんだ?
誰かに必殺技でも教わって来たのか?
判らん。
槍を構えた。
王子が槍を突き出す。
相変わらず遅い。
余裕で槍を流す。
突き出す。
流す。
突き出す。
流す。
前回と全く同じ。
「どうした、流すばかりでは相手を倒せないぞ。」
王子のセリフも前回と同じ。
わざと前回と同じにして必殺技に引き込むと言う高度な戦術?
判らん。
「では攻撃させて貰います。」
「どこからでも攻撃して来い。」
槍を突きだす。
教授から1撃で吹き飛ばすのは控えてくれと言われているので、寸止めにした。
前回教授と模擬戦したおかげで何となく寸止めの間合いが取れるようになった。
寸止めにした槍をすぐに引くと王子の槍が動いて俺の槍を払う仕草をした。
槍を引いた後なので王子の槍が空振る。
突いて寸止め、槍を引く。
槍を引いた後で王子が槍を払う仕草。
突いて寸止め、槍を引く。
王子が槍を払う仕草。
槍を引いた後に槍を振るって何か意味があるのか?
判らん。
「貴様の間合いは既に見切った。俺に槍を当てるのは不可能だ。」
王子が周囲の学生達を見回しながら大声で宣言する。
いや、俺が寸止めしているから当たっていないだけなんだけど。
訳が判らないので教授を見る。
俺が目を逸らしたのを隙と見て王子の突きが来るが、遅いので余裕で流す。
教授が頷いているのでこのままで良いらしい。
突いて寸止め、槍を引く。
王子の槍が空振る。
突いて寸止め、槍を引く。
王子の槍が空振る。
突きと寸止めと引きの練習にはなるのでまあ良いか。
「そこまで。」
王子の息が上がって来た所で教授が止めてくれた。
「はあ、はあ。へ、平民風情の・槍など・か、掠りもせぬ。はあ、はあ。」
必殺技も策もなかった。
タダのバカ?
「・・・・。」
どうしたら良いかわからなくて教授を見る。
「流石は王子殿下、お見事です。」
教授が俺から目をそらし、王子殿下を褒める。
お見事なの?
「槍が引かれた後に振る技は伝説の”着払い“で御座いましょう。恐れ入りました。」
そうか、”着払い“っていう技があるんだ。
全然知らなかった。
「はあ、はあ。さすがは王立・学院の・教授で・ある。はあ、はあ、よくわ、かったな。わた・しに・・とっては、たやすい、はあ、はあ、こと・よ。はあ、はあ。」
立っているのが辛いのか、王子が座り込む。
「戦いの場においても悠然と腰を下ろす、これぞ王者の余裕。さすがは殿下で御座います。」
「お、おう。はあ、はあ。」
戦いが苦手な俺にはただ単なる体力不足にしか見えないが、武術の専門家の目には違って見えるのだろう。
まだまだ俺が知らない事は多そうだ。
翌日の朝は古代語の研究実習。
新しく古代語の研究室に加わった5人は教授の前で古文書の朗読。
古代語のレベルによって担当する研究内容が変わるらしい。
先輩達はたどたどしいものの何とか読めている。
1年生や2年生で古代語を学んでこの研究室に入ったらしい。
俺?
うちには古代語の本が山盛りある。
殆どが魔法や魔道具についての本だけど、魔法好きの俺は6歳から古代語の本を読んでいる。
ルナ姉の領地で冒険者をしていた時も父さんに借りた大量の本を読み捲ったので、王国語の本よりも古代語の本の方が読みやすい程馴染んでる。
「ハリーはどこで古代語を習った?」
「父さんに教えて貰いました。一応古代語で魔法陣も描けます。」
「家には古代語の辞書があったのか?」
「はい、沢山ありました。」
父さんが陛下に許可を貰ってコピーした禁書庫所蔵の辞書が何種類も有った。
古代語は崩し文字で書かれる事も多いので、時代や地域によって微妙に違う。
「そうか、なかなか教育熱心な家のようだな。」
「・・はい。」
教育熱心とはちょっと違うような気もするけどまあいいか。
父さんは同じことをするのが嫌い。
家族から頼まれた通信や冷蔵庫の魔導具に使う魔法陣や回路を画くのがめんどくさかったので俺にも描けるようにと古代語を教え込んだ。
文字の意味を教えるのが面倒だから禁書庫の辞書をコピーして来ただけ。
他の学生は1冊だけだったのに、俺だけは何冊か朗読させられた。
「ハリーの古代語は凄いな。儂の助手として文字のチェック役をやれ。」
「文字のチェック役って何ですか?」
「学生達が古代語の本から見た事の無い文字を探して、研究室所蔵の辞書に載っていない事を確認したなら儂の所へ報告に来る。その文字が本当に未確認の文字かどうかを判定するのが儂の仕事だ。ハリーは儂と一緒に文字を見て見た事が無いかを確認しろ。」
「はい。」
良く判らないけど教授のお手伝い役になったらしい。
学生が文字の確認に来るまでは研究室の蔵書を自由に見ていて良いらしい。
勿論知らない文字を見付けたら教授に報告する為ではあるけど、魔法関係の本は学生達が調べたがるので、俺は植物学や歴史学、伝記や戦史といった様々な本を担当する事になった。
教授の研究室には古文書に限って言えば図書館以上の数の本が並んでいた。
本が好きな俺にとっては宝の山。
古代王国の事が様々な角度から書かれた本が有るので研究が楽しみになった。




