11 俺の道は俺が切り開く
寮に戻って、運動用の服に着替える。
父さんに貰った強い糸を使ってメリアス編みで作った厚手の服。
古代語で”ジャージ“と呼ばれる服は丈夫な上に伸縮性があって動き易いから俺のお気に入り。
少し細い糸を使って薄めに編んだものは部屋着兼寝間着として使っている。
準備を整えて寮を出る。
目の前には石畳の道と全く知らない林や川、遠くには何だか判らない建物。
いつも先を歩いてくれていた姉さん達も今は居ない。
俺の知らない強い魔獣が現れたらどうしよう。
いつも通り“バリア服“を纏い、探知魔法で周囲を警戒しながら重力魔法を発動して体に負荷を掛けると真っ直ぐ北に向かって走り始めた。
“ハリーは思った通りに真っ直ぐ進みなさい”、姉さん達にいつも言われている。
曲がりくねった石畳の道は俺の道では無い。
俺の道は俺が切り開く。
100m程先に林が見える。
俺の行く手を遮るとは不届き千万。
”氷槍“ ”氷槍“ ”氷槍“ ”氷槍“ ”氷槍“ ”氷槍“ ”氷槍“
魔法を連発して遥か先にある木を爆散させて道を作る。
バリア服を纏っているから爆散させた木片が落ちて来ても問題は無い。
俺はもう12歳、自分で道を切り開かなければならない年齢だ。
そんな事を考えただけでテンションが上がる。
木を爆散させ、堕ちて来る木片を蹴散らしながら林の中を真っ直ぐに突き進む。
林を抜けると小さな湖。
まだ走り始めたばかりなので走るのを止める訳にはいかない。
走っている姿勢のまま飛行魔法を発動、湖面すれすれを走る。
足を動かし続けているので時々水しぶきが上がって水面を走っている気分。
“右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出せば水の上でも歩ける“と父さんは言っていたが俺には出来なかったので”なんちゃって水上歩行”、飛行魔法だけど。
対岸にいた数人の学生があんぐりと口を開けて俺を見ているが、小さな事は気にしない。
湖を抜け、芝生を真っ直ぐ北に向かって走る。
またしても林が行く手を阻む。
「じゃかぁしい!」
“氷槍” “氷槍” “氷槍” “氷槍” “氷槍” “氷槍”
“氷槍”を連発して木を爆散させながら真っ直ぐ北に突き進む。
俺は思った通りに真っ直ぐ突き進む12歳。
俺の道を阻むものには容赦などしない。
林を抜けると槍を構えた大勢の警備員に囲まれた。
「何者だ!」
指揮官らしい男に声を掛けられる。
指揮官の後ろには槍を構えた大勢の警備員。
見ると警備員の向こうには見覚えのある建物。
確か王立学院の正門と警備員の詰め所。
「えっと、貴族科1年1組のハリ―?」
いきなり囲まれて驚いたから疑問形になってしまった。
「学生カードを見せろ。」
アイテムボックスから学生カードを出しす。
声を掛けて来た指揮官らしい警備員が俺のカードを確認して他の警備員に頷いた。
3人を残して警備員達は正門の方に戻って行った。
「大きな音がしたので非常警戒態勢を執ったのだが、それは君がやったのか?」
指揮官が俺の後ろを指し示す。
振り返って指揮官が指差した所をみると林の中央に真っ直ぐな道が出来ている。
「はい。」
俺が切り開いた俺だけの道を見つめながら、ちょっと胸を張った。
「学院内では勝手に木を切る事は禁止されている。事情を聞かせて貰おうか。」
そうなの?
切ってはいないけど爆散もダメなのかな。
首を傾げている俺を警備員が両側から腕を抱え、そのまま警備員詰所へと向かう。
入学式で父さんが姉さん達に運ばれた”ドナドナ“の連行法。
警備員詰所の椅子に座らされると直ぐ、部屋のドアが開いて立派な服を着た上役らしい人が部屋に入って来た。
「大きな音がしたが、何があった。」
部屋に入って来るなり椅子に座らされた俺と目が合った。
「なんだ、ハリーか。おうそうだ、昨日は立派な代表挨拶だったぞ。で、まだ入学2日目なのに何をやらかしたんだ?」
ひと目見ただけで、俺がやらかしたことは疑っていないらしい。
「隊長殿に申し上げます。この学生は魔法で正門前の林を爆散させました。」
俺を連れて来た指揮官らしい警備員が、入って来た上役らしい人に直立不動で説明する。
「人間の被害は?」
「ありません。」
「ハリー、どうして林を爆散させた?」
「俺の道を真っ直ぐに進む為です。」
「真っ直ぐに進む為?」
「“自分の道を真っ直ぐに進め”と姉さん達に言われました。」
胸を張って言い切った、どうだ。
隊長と呼ばれたおっさんが大笑いする。
「ハッハッハ、“真っ直ぐに”か。それでハリーは真っ直ぐに道を作ったんだな。」
「はい。俺の道を阻むものは倒さなければなりません。」
隊長のおっさんの目を見てきっぱり言うとまた大笑いされた。
判らん。
「キラ家の者はいつも想像の斜め上を行くな。警備隊に残っていて良かった、こんなに楽しい職場は無い。」
部屋にいた警備員達が首を傾げている。
「ハリーは俺の大恩人キラ閣下の息子だ。」
「キラ閣下と言われますと、伝説のSSランク冒険者であるキラ閣下でありますか?」
「そう、そのキラ閣下だ。」
「存じ上げず申し訳ありません。」
「学院のルールを破った者が誰であっても公平に対応するのが警備員の職務。良い対応であった。」
「恐れ入ります。」
「この際なので説明しておこう。キラ家が家臣を募集した時、俺も応募ようと思ったが警備隊の主力メンバー全員が辞めたら学院が心配だとアウトマン隊長に言われて、くじで外れた3人が警備員として残る事になった。外れくじを引いた時は目の前が真っ暗になった気がしたが、こうして閣下の御家族と触れ合う事が出来た事は神のお導きで有ろう。“相手が王族であろうと高位貴族の子弟であろうと同じように対応せよ“という警備員の規範を作ったのはキラ閣下だ。”警備隊長の同意なく警備員を解雇してはならない“と言う規則を作って権力を振りかざす貴族から警備隊を守ってくれたのもキラ閣下だ。お陰で俺達は相手が誰であろうと公平に対応できるようになった。これは相手がキラ家の家族であっても同様だ。」
「「「はい。」」」
「ただ、この規則は貴族達の反発招いたし、今でも忌々しく思っている貴族は多い。直接警備隊に苦情を言えない分キラ家の者に対する嫌がらせも多い。爵位を持っている4人の姉は仕方ないとして、平民として入学した3年生のブロン・チャー・レード・クーロの4人と新入生のナイ・テン・レブン、そして末弟ハリーの4人については情報通の貴族や学院幹部を除けばキラ閣下の子供達と知らない者の方が多い。」
難しい話で良く判らない。
こういう時は”馬の耳にネンネンコロリ“。
お祖父さん達が難しい話をしている時に父さんが発動していた話をスルーするスキル。
父さんを真似て俺も使えるようになったスキルを発動する。
「そのような事情があってキラ家の者はトラブルに巻き込まれ易い。新入生4人が加わって在学中のキラ家関係者は12人に増えた。我々警備隊としても情報の共有が必要と考えている。」
「「「はい!」」」
「そしてハリーはキラ家唯一の男子として“深窓の令嬢”のごとく大切に育てられて来た、キラ家の至宝とも言われる魔法の達人だ。」
“しんそう”とか“しほう“とかの言葉は古文書にも使われていなかったので全然判らない。
あっ、四方八方なら知ってる。
敵が襲って来る方向だと姉さんが言っていた。
「攻撃魔法は全くダメと聞いていたが、林を爆散させるとはさすがはキラ家の至宝だな。」
「隊長殿、あれ程強力な魔法でもキラ家では弱いのでしょうか?」
「姉達が本気で撃ったら地形が変わる。6女のチャーは1発で訓練場の結界を吹き飛ばして壁を崩壊させた。ハリーは攻撃魔法が苦手だからあの程度で済んだのだろう。キラ家の者を相手にする時はこの事をしかと心に刻んで対応を考えろ。」
「「「・・・・。」」」
警備員達が口を開けたまま固まっている。
「要するにキラ家の子弟が何かやらかした時は、力ずくで抑えようとしてはダメだと言う事だ。今回この程度で済んだのは諸君が迅速に適切な対応をした結果である。爆音が聞こえ始めてわずか数分でハリーを抑えたことは日頃のたゆまぬ訓練の成果だ。よくぞ学院の施設を守ってくれた、警備隊長として礼を言う。皆の者、ご苦労であった。」
「「「はっ。」」」




