4 ブレスを吐く女学生
いつも読んで頂いてありがとうございます。
少し長い作品となりそうですが、頑張って書きますので見捨てずに読んで頂けたら嬉しいです。
王都屋敷に戻ると、家族全員が集まって入学祝いの食事会。
王都屋敷の食事はいつも賑やか。
広い食堂でみんなが楽しく話しながら食事を摂る。
当番以外の使用人達も近くのテーブルで楽しそうに食事をしている。
キラ家では仕事の空いている使用人が家族と一緒に食事をするのは当たり前。
「キラ家に恨みを持っている貴族は多いから学院では気を付けるのよ。」
ブロン姉は俺の事が心配らしい。
「貴族子弟は弱いけど、暗殺者を雇って襲わせる事があるからね。」
「暗殺者は思ってもいない方向から攻撃して来るの、絶対に油断しちゃだめよ。」
「熟練の暗殺者は私達でも知らない武器や攻撃法を使うの。暗殺者に気付いたらすぐに全力で反撃しなさい。」
歳が近い中の姉さん達が学院での過ごし方を色々と教えてくれる。
学院には暗殺者という怖い人がいるらしい。
「暗殺者より恐ろしいのは女よ。」
暗殺者より恐ろしいって何なんだ?
「そうよ。暗殺者とは違って殺気を出さないから反応が遅れて危険なの。」
ドナ姉達も心配してくれている。
殺気を出さずに襲い掛かれるって凄い。
危険かどうかをどうやって見極めれば良いのか全然思いつかない。
上の姉さん達が入学式の日に貴族子弟に迫られたのは入学式から帰って来た時に聞いた。
父さんに作って貰ったばかりの家宝の武器で追い払ったと言っていた。
4人の武器は俺の身長の倍以上ある巨大なもの。
父さんが作る所をずっと見ていたから良く知ってる。
武器を担いだ姉さん達に迫る常識知らずの学生が大勢いたと聞いて驚いた覚えがある。
そんな命知らずの男子学生よりも女性は怖いらしい。
俺は母さん達や姉さん達を見ているから常識を十分に知っている。
姉さん達に笑顔で生き埋めにされたり氷漬けにされたのは1度や2度では無い。
お陰で防御魔法の練度はめっちゃ上がったけど、大事な所がヒュンとなる恐怖感は体の奥底に染み付いている。
姉さん達に逆らうなどという非常識な事は絶対にしない。
その姉さん達が学院の女性は怖いと言っている。
学院は高位魔獣の巣窟か?
「学院の女は私達みたいに正攻法で来ないから危ないの。」
「私達との模擬戦と同じ様に考えたらダメよ。」
学院の女性は姉さん達よりも危険?
姉さんより危険という事はひょっとしてSランク?
ブレスを吐いたり魔法を無効化するのかも知れない。
ブレスを吐く女学生。
想像しただけであそこがヒュンとなった。
「女はしつこいから一度撃退しても気を抜いちゃダメよ。」
「引いたと見せかけて、手を変えて迫って来るからね。」
「女はみんな狼だから、笑顔で寄って来ても絶対に油断しない事。」
ブロン姉達がきつい口調で俺に注意する。
「今までみたいに私達が傍で守っているのとは違うんだからね。」
同い歳のナイ姉も心配らしい。
「学院は毒棘の生えた木が襲い掛かって来る危険な森だと思いなさい。いつも“バリア服”を纏って、女が抱き着いて来たら弾き飛ばすのよ。」
年長のドナ姉が学院での過ごし方を教えてくれた。
確かに体にフィットした“バリア服”を纏っておけば多少は安全だとは思うけど、Sランクに襲われたら“バリア服”も破られる。
学院がそれほど危険な所だとは思っていなかった。
でも、何年も学院で過ごして来た姉さん達が言うのだから本当に危険なのだろう。
学院を甘く見ていた。
「はい。」
学院では絶対に気を抜かない様にしようと心に誓った。
女が近づいて来たら逃げる、俺は常識を弁えた12歳だ。
「ハリーは可愛いから心配だわ。」
「そうね、ハリーは可愛いだけじゃなくて優しいからね。」
「ハリーばっかり。私達にアドバイスは無いの?」
ナイ姉が拗ねてる。
そう言えばナイ姉達も新入生だった。
「う~ん、ナイ達には無い。」
ブロン姉は時々父さん譲りの”シャレ“を言う。
父さん譲りなので一気に部屋が寒くなる。
夏場は歓迎されるけど、冬には”ハリセン“が飛んで来る。
「「「え~っ!」」」
今日は夏の終わりでも涼しいから、何事も無かったように流された。
「強いて言うなら、建物を壊さないように手加減するくらいかな。4年間冒険者生活をしたんだから素材を傷つけない倒し方は出来るようになったんでしょ?」
「まあ、そうだけど。」
「建物を壊すと、過剰防衛だって請求書が回って来る事があるのよ。」
「とんでもない金額になる事もあるから、絶対に建物を壊しちゃだめよ。」
「経験者だけにチャーの言葉は説得力があるわね。」
ブロン姉達が笑っている。
「チャー姉は建物を壊したの?」
ちょっと不安になって聞いてみた。
「訓練場だから大丈夫と思ったのよ。」
「学院の訓練場は父さんが作った訓練場とは違うの。あんな結界、チャーが思い切り撃ったら壊れるに決まっているじゃない。」
学院の訓練場は結界が弱いらしい。
まあ俺の攻撃魔法はヘロヘロだから問題無い。
「でもちゃんと馬鹿教授を外して撃ったわよ。」
口を尖らせてチャー姉が言い返す。
「まあ、そこは良かったけどね。」
姉さん達は学院で何をしてるんだ?
姉さん達の事も不安だけど、学院が危険な場所という事は判った。
姉さん達以上に危険な女性が沢山いるなら、森の深層以上に危険なのは間違いない。
1人で寮生活する事が少し不安に思えて来た。
夕食を終えると姉さん達と一緒に学院へと向かった。
明日から授業が始まるので今晩のうちに寮に入っておかなければいけない。
代表挨拶の特訓と並行してお着替えやベッドメイクも姉さん達が教えてくれたので1人暮らしもばっちり、の筈。多分。
学院正門で馬車を降り、照明の魔道具に照らされた曲がりくねった石畳の道を歩いて寮に向かった。
姉さん達が立ち止まる。
「私達はここまで、ここからは1人で行くのよ。」
「はい。」
「ハンカチは持った?」
「はい。」
姉さん達がみんなで刺してくれた刺繍入りのハンカチは大切なお守り。
父さんも戦いに向かった時には母さん達が刺してくれた刺繍入りのハンカチを持って行ったと聞いている。
学院はすっごく危険な場所らしいのでお守りは大事。
「非常食も大丈夫ね?」
基本的に朝と晩は寮の食堂、昼は学生食堂で食べるらしいが、口に合わない事もあるので非常食を用意しておくように言われた。
料理長と一緒に作った非常食をアイテムボックスに詰め込んである。
料理は結構好き。
料理長とあれこれ話しながら料理を作るのは楽しい。
姉さん達と冒険者活動していた時も調理や配膳は俺の役割だった。
アイテムボックスなら温かい物は温かいまま保存出来るので、出来立ての料理を沢山入れてある。
「枕も持った?」
「持った。」
「忘れ物は無い?」
「大丈夫、・・と思う。」
「まあ明日また会えるから、足りない物があったら言いなさい。」
「はい。」
「頑張ってね。」
「何かあったらすぐに言うのよ。」
「万が一に備えて、寝ている時でもバリアを張って置きなさい。」
姉さん達はめっちゃ優しいので俺を心配してくれる。
素直に嬉しい。
「はい。」
気合を入れて、大きな声で返事した。
姉さん達に見送られながら、指定された貴族科第5男子寮に向かった。
男子寮付近は女性の立ち入りは出来ないらしく、ここからは1人。
ちょっと不安だけど防御力と逃げ足には自信があるので大丈夫、たぶん。
何度か振り返ったが、道が曲がって見えなくなるまでずっと姉さん達が手を振ってくれていた。




