1 小さいのと早いのはダメ
体調不良で第1部の後半が不出来になってしまい済みませんでした。
第2部からは展開を急がない様に注意しながら丁寧に進めていきたいと思っています。
下手な文章ですが、”免独斎だからしょうがないか”と温かい目で読んで頂けたら幸いです。
当面の間毎日11時に投稿する予定なので、見捨てずにお付き合い下さる様宜しくお願いします。
「・・・・学院の名を汚さぬよう誠心努力致します。新入生代表ハリー。」
何度も練習したけど大勢の前で話すのは初めて、めっちゃ緊張した。
大勢の前どころか家族以外と話した事なんて殆ど無い。
大抵の事は母さん達や姉さん達が全部してくれるし、冒険者活動中も領主やギルド職員と話すのは姉さん達の役目。
魔法は得意だけど人と話すのは超苦手。
代表挨拶は覚えた原稿を声にするだけなのに、演台の前に立った時から終わるまでずっと足が震えっぱなしだった。
1ヶ月程前を思い出す。
「代表挨拶は演壇の前で、演壇の学院長を見ながらするのよ。」
俺が代表挨拶をすると決まった時、2年前に代表挨拶をしたレード姉が挨拶の作法を教えてくれた。
レード姉の言葉を聞いて驚きの余り一瞬俺の意識が飛んだ。
「・・・えっと、立ったまま?」
「そうよ。」
「膝枕は無いの?」
「無いに決まっているでしょ。」
決まっているって言う事は王立学院の学則に書かれているのだろう。
学則なら仕方ないけど、膝枕無しでは無理。
「えっと、・」
俺が声を出そうとしたら、膝枕で頭を撫ぜてくれていたレード姉の手が止まる。
「12歳になったんだから、たたなくちゃダメよ。」
問答無用で宣言された。
姉さんが俺を撫ぜる手を止めた時は逆らったら駄目な時。
返事は“はい”か“よろこんで”の2者択1。
「はい。」
レード姉が満足そうに頷いた。
俺が話をするのは居間でみんなが寛いでいる時くらい。
いつも姉さん達の誰かが膝枕してくれている。
父さんも母さんの膝枕だから、男が話すのは膝枕して貰っている時だけと思っていた。
突然の“たって挨拶“宣言で頭の中が真っ白になった。
姉さん達が代表挨拶の特訓をしてくれる事になった。
幸い合格発表から入学式までは1ヶ月近くある。
最初は膝枕で挨拶を声に出す練習。
スラスラ言えるようになったら立って言う練習。
立った途端に挨拶が思い出せなくなる。
「止まると緊張するみたいだから、最初は歩きながらでいいわよ。」
歩きながら声に出す練習になった。
部屋の中を歩き回りながら大きな声で挨拶の練習。
「慣れたら立ち止まって挨拶よ。」
止まると声が出なくなる。
「小さく足踏みしながら声に出しなさい。」
足踏みをしたら挨拶が思い出せた。
足踏みを止めるとまた挨拶を思い出せなくなる。
「靴の中で足の指を動かしながら挨拶してみなさい。」
足の指を交互に動かすだけで挨拶を思い出せるようになった。
”足指ゴニョゴニョ“のスキルを獲得したらしい。
成る程、立って話す人はこのスキルを使っているんだと理解した。
新しいスキルを覚えられて俺は大満足。
スキルを見る事は出来ないので、そんなスキルがあるのかは知らんけど。
「次は大勢の前で練習よ。」
使用人達に観衆役をお願いして何度も練習した。
”足指ゴニョゴニョ“スキルのお陰で何とか立ったまま挨拶出来るようになって今日を迎えられた。
「ブラボ~!」
挨拶が無事に終わってホッとしていたら大きな声が聞こえた。
大講堂に響き渡る大声に驚いて2階を見上げると、立ち上がって両手を掲げ、頭の上で力一杯拍手する父さんの姿が見えた。
新入生も先生方も皆2階の観覧席を見上げている。
「ブラボ~! ブラボ~! ブラボ~!」
“ブラボ~”は父さんが俺達を褒める時に使う“よくやった”と言う意味の古代語。
父さん以外の人が使っているのは聞いた事が無いけど。
はぁ。
父さんはやっぱり“父さん”だった。
周りの保護者達が感情を爆発させている父さんに呆れた顔を向けている。
貴族社会では感情を表に出すのは宜しくないと姉さん達が言っていた。
保護者席に居る殆どが高そうな服を着ているから多分貴族なのだろう。
父さんに褒められるのは嬉しいけど、注目されるのはちょっと恥ずかしい。
そう思ったら隣にいた姉さん達が父さんの服を掴んで無理座らせ、父さんの口を手で塞いでくれた。
静かになったのは有り難いけど、姉さん達に両側から押さえつけられて口を塞がれてバタバタしている父さんの姿はちょっと、いやかなり恥ずかしい。
“周りを気にしたら負けよ”と母さん達や姉さん達に言われているけど、一人でちまちまと魔法をいじるのが好きな俺は目立つのが苦手。
後ろに座っている母さん達がめっちゃ笑っている。
母さん達は父さんが大好きなので、父さんさえ喜んでいれば機嫌が良い。
母さん達は”貴族を気にしちゃダメ。父さんの事を白い目で見るのはキラ家の事を知らない無能貴族だけよ“と言っている。
“手を出して来たら叩き潰せば良い”が母さん達の考え。
父さんと子供達を守るのが母さん達のお仕事と聞いた事がある
潰し方は教えてくれなかったけど、怒った母さん達はめっちゃ怖い。
いつもは豪快に笑う母さん達が、“オホホホ”と扇で口元を隠して笑うだけであそこがキュンと縮こまる。
“父さんとハリーは好きな事を楽しめばいいの”
“男を守るのは女の仕事よ”
“細かい事を気にしたら小さな男に成ってしまうわ。小さい男はダメ”
“結果を出そうと焦らないの。早いのはダメ、腰を据えてゆっくり楽しむの”
“そうそう、小さいのと早いのはダメ”
幼い時から言われているけど、最近はちょっとだけ周りが気になって恥ずかしい気持ちになる事がある。
家族は勿論使用人達にも好かれている父さんだけど、大勢の前に出すのはちょっと恥ずかしく思ってしまう。
これが“小さい男”なのだろう。
父さんの様に周りを気にしない大きな男になろう、自分に気合を入れた。
入学式が終わるとテン姉と一緒に貴族科1組の教室に入った。
9女のナイ姉と11女のレブン姉は魔法科なので建物が違う。
ナイ姉は攻撃魔法1筋なので大丈夫だったけど、レブン姉は入試成績も俺と僅差。
辛うじて俺が新入生代表になれたけど危うい所だった。
何をやっても姉達には敵わないので、せめて入学試験位はと思ってこっそり勉強したおかげで何とか首席を取れた。
俺の攻撃魔法が弱いので、姉さん達の様に実技試験で使えるレベルに攻撃魔法の威力を抑える練習が要らなかった分勉強時間を増やせたのが勝因。
姉さん達が攻撃魔法の練習をしている隙に隠れて猛勉強した。
姉さん達みたいな試験場を破壊するレベルの魔法練度で無くて良かったと思った。
ちょっと卑怯なやり方だったけど、生れて初めて姉さん達に勝てたので俺は大満足。
成績発表の場で姉さん達が“”“ハ・リ・イ!!”“”って低い声で唸りながら睨んできた時は背筋が寒くなったけど、今となっては良い思い出。
要領の良い姉さん達と普通に競ったらとても敵わないので1位を取れるのは入学試験だけ。
前期試験で総合4位に落とされるのは必至だけどそれはそれ、敵わない相手でも頭を使って油断を突けば勝てると言う事が判ったのは大きな成果だった。




