33 隙があれば攻め込むのが常識
上の子達4人がキラで冒険者生活を始めたので、奥様達がキラに行く事が多くなった。
ルナが妹達と一緒に冒険者活動する時間を作れるように領主の仕事を手伝う為。
代官達が頑張っているお陰で領地は順調に回復しているが、前の代官達が出鱈目すぎたのでまだまだ手を入れなければならない事が多いらしい。
王都で雇った土属性の魔法使い達の頑張りで灌漑用水路の補修はかなり進んだらしいが、元々の用水路が少ないためあちこちに新しい用水路を作らなければならない。
幹線となる街道の整備は進んだが、領地が広すぎるので脇街道の整備までは手が回らない。
領主の仕事が山積みで、冒険者活動する時間が少ないので奥様達が手伝いに行っている。
送って行くのは俺だけど、娘達の顔を見られるので“ヘイタクシー”も楽しい。
引き継いだ時は代官達に補助金をせびられた赤字垂れ流しの領地も、代官を入れ替えて6年で収穫量が増加し、商取引も活発になったので税収が増えて領地整備の資金を領地収入で賄えるようになった、とルナが言っていた。
下の子達が5歳になった。
体が大きくなって受け入れられる魔力量が増えたし、魔法をバンバン撃てるようになったので多すぎる魔力を自分で排出出来るようになった。
魔力過多症の心配が無くなって俺も奥様達も一安心。
12人の子供達全員が死亡率の高い魔力過多症になったが、一人も失われる事無く成長出来たのは親として最高の喜び。
奥様達が一生懸命頑張ってくれたお陰。
素晴らしい奥様達と結婚させて貰った事を創造神様に感謝した。
真ん中の子供達は来年からの冒険者生活に備えて訓練場で魔法を撃ち捲っている。
攻撃魔法には全く興味の無いハリーは別として、下の女の子3人が攻撃魔法の練習に加わったので訓練場を使うのは奥様達を含めて11人。
万が一の魔力干渉による魔力暴走備えてレイナがローテーション表を作り、3人ずつの交代制で訓練場を使っている。
そのせいで、訓練場からは朝から晩まで派手な音が響いて来る。
屋敷が広くて良かった。
狭い屋敷なら騒音公害で近所から苦情が来そう。
魔力量が1番多いハリーには転移の練習をさせている。
転移魔法の練度が上がれば長距離転移が可能になってルナの送り迎えも出来る筈。
魔法成形の練習もさせている。
魔法成形で面白いのは初めての物を作る時だけで、同じ物を沢山作るのは嫌い。
ハリーを褒め倒して農具や武器製造の練度を上げさせている。
ルナの領地では農具や武器が不足しているので、ハリーがどんどん農具や武器を作れるようになれば俺が奥様達に膝枕して貰える時間が増える。
下の娘達3人も魔力量が多いので“ナイフを作ってみるか“と声を掛けたら乗って来た。
娘達も魔法成形で農具や武器を作ってくれれば俺が好きな魔法研究をする時間が増える。魔法成形を教える為に小さなナイフを作らせたが、ナイフ1本で娘達は魔法成形に飽きてしまった。
攻撃魔法をバンバン撃つ方が楽しいらしい。
娘達にも俺の仕事を割り振って楽をしようと思ったが世の中はそう甘くは無かった。
子供達が喜んでくれるのが俺の幸せ、嫌がる事を押し付けるのは安全に係わる事だけ。
俺の仕事を減らして膝枕の時間を増やすのはハリーに頼るしかなさそうだった。
「父さん、気弾と光弾を教えて。」
テンが魔法のおねだりをした。
シャリーとチャーが訓練場で使っているのを見て羨ましくなったらしい。
チャーは冒険者登録が近いので森の中でも火事にならない気弾を撃ち捲って練度上げをしている。
気弾と光弾は奥様達やチャーも使えるが、難しい魔法なので教えられるのは俺だけ。
テンの火魔法では森の中で使うと火事になるので気弾と光弾を覚えたくなったらしい。
防御魔法は身を守る為に必ず覚えさせるが、それ以外の魔法は本人から言ってこない限り俺が押し付ける事は無い。
勿論、可愛い子供達に頼まれたら断る事など有り得ない。
子供達の手を握りながら魔法を教えると、心が通い合う感じがして嬉しくなるので魔法を教えるのは大歓迎。
早速テンの手を取って気弾を教える。
テンの体に俺の魔力を流し込んでテンの魔力循環速度を上げる。
循環速度の上がったテンの魔力を掌に集める。
「魔力の流れに意識を集中するんだよ。」
「うん。」
「行くぞ、気弾!」
ポン。
小さな気弾が出て2m程先で弾けた。
「もう一回。」
「気弾は感覚で撃つ魔法だから、発動する瞬間の感覚を覚えるんだよ。」
「うん。」
もう一度テンの手を取る。
テンの魔力循環速度を上げる。
「意識を集中して。」
「うん。」
「行くぞ、気弾!」
ボン。
小さな気弾が出て3m程先で弾けた。
「自分でやってみる。」
4度手本を見せたら、イメージが出来たらしい。
「おう。」
「行くよ。気弾!」
ボン。
小さな気弾が出て2m程先で弾けた。
僅か4回で発動出来たのは新記録。
一番下の4人は総じて魔法のセンスが良いが、テンは特に攻撃魔法のセンスが良いらしい。
「凄い凄い。その感覚を忘れないうちにどんどん撃ってみろ。」
「うん。気弾、気弾、気弾、気弾、気弾、気弾、気弾。」
「いいぞ、その感じだ。」
「うん、気弾、気弾、気弾、気弾、気弾、気弾、気弾。」
「その感じで1ヶ月気弾を撃ち捲るんだよ。30発同時発射で全弾コントロール出来るようになったら光弾を教えてあげるからね。」
光弾には高い魔力操作練度が必要。
気弾を30発同時にコントロールする練習は魔力操作の練度上げ効果が高い。
「うん、頑張る。」
テンはセンスが良いだけでなく、集中力があるので20日程で30発をコントロール出来るようになった。
「テンが頑張ったからちょっと早いけど光弾を教えてあげるね。」
「ありがとう。父さん大好き。」
娘に大好きと言われると頬が緩む。
テンの両手を取って、テンの魔力を掌に集める。
基本は気弾と同じ。
使うのが光属性の魔力になるのと距離のイメージが加える違いだけ。
「光弾!」
発射のイメージが掴みやすい様に声に出す。
小さな光の弾が1m程飛んだ。
「もう1回。」
「光弾!」
「もう1回。」
「光弾!」
「何となく判った。自分でやってみる。」
「光弾!」
発動しなかった。
「てへっ。」
テンが舌を出す。
テンが失敗した時にいつもする仕草。
めっちゃ可愛い。
「もう1回自分でやる。」
「良いよ。掌に集めてから“ん”って1呼吸置いて発動してごらん。」
発動時の溜めが足らなかったのが失敗の原因。
魔力の見える俺ならではの指導法。
「うん。えっと、集めて“ん”だね。」
「そう、集めて“ん”だ。」
「集めて“ん”、集めて“ん”。行くよ。」
「おう。」
「光弾!」
小さな光の弾がチョロッと出た。
「出来たね、その調子でもう1回やってみよう。」
「うん。集めて“ん”、集めて“ん”。行くよ。」
「光弾!」
小さな光の弾が50㎝程飛んだ。
「凄い凄い。母さん達でもこんなに早くは出来なかったよ。」
「テン偉い?」
「偉い偉い。」
「えへへ。」
頭を撫ぜてやるとテンが嬉しそうに笑う。
うん、可愛い。
娘の笑顔は最高のプレゼント。
俺の頬が緩む。
「後はどれくらい飛ばすかをイメージしながら練習だよ。最初は50㎝ね。何度も撃って光の弾が大きくなるまで練習してごらん。」
「うん。」
練度の低いうちは光弾の消費魔力が大きい。
魔力量が多いとはいえ、テンは10発で少しふら付いた。
テンだから10発?
そんな筈ないか。
「今日はここまでだよ。魔力がだいぶ減っているから、魔法を撃つのは明日まで我慢するんだよ。」
「うん。明日も教えてくれる?」
「おう、いつでも教えてやるぞ。」
「お父さんがいつも暇で良かった。」
「お、おう。」
それって褒めているのか?
笑顔が可愛いから褒められたことにしておこう。
テンは1ヶ月で50m飛ばす事が出来るようになった。
奥様達よりも光属性魔法との相性が良いようだ。
「父さん、レーザービームを教えて。」
「おう。」
奥様達に光弾の上位魔法にレーザービームがあると聞いたらしい。
どうやら光弾で光魔法に自信を持ったらしい。
1秒発動を続ければ魔獣の大軍でも殲滅できる強力な魔法。
奥様達は魔力量不足で無理だったが、魔力量が多くて光魔法との相性が良いテンなら出来るかも知れない。
「最初はテンの魔法を使って撃つよ。難しい魔法だから体の中の魔力に神経を集中して魔力がどう動くかを感じるんだよ。まだ撃つ事は考えなくて良いからね。」
「うん。」
「この魔法は光弾と同じで何メートルの長さにするかを先に決めておくことが大切なんだ。最初は50㎝の短いビームからやってみるからね。」
「うん。」
テンの後ろに回り、テンの右手を俺の両手で優しく包んで前に向けさせる。
「掌を開いて。」
グーになっていた掌を開かせてパーにさせる。
「始めるよ。」
「うん。」
「体の中で魔力循環の速さが上がっているのが判るかな?」
「うん、すっごく早くなってる。」
「レーザービームで大切なのは濃い魔力を出し続ける事なんだ。光弾のような一瞬ではなくて、0.1秒でも良いから続けること。最初は50㎝のレーザービームを0.1秒続けるから魔力の動きに集中してね。」
「うん。」
「発動させるから集中して。3・2・1、レーザー。」
50㎝程の光の剣が現れたと思ったら消える。
「ピカッと光ったのが見えたよね。今ので0.1秒だよ。」
「うん。」
「魔力の循環速度はどうなった?」
「光った時に落ちた。」
「判ったんだ。テンは光魔法のセンスがあるぞ。最初は魔力の循環速度を上げる練習だ。循環速度が上がると他の魔法でも発動速度が速くなるから、レーザービームにならなくても役に立つからね。父さんは思いついてから使えるようになるまで何年も練習したんだぞ。」
「うん、頑張る。」
「そうだ、その意気だ。もう一度やるから今度が頑張って循環速度を出来るだけ上げたままにしてごらん。」
「うん。」
俺が手を添えていたのもあるが、5回目で1秒維持出来るようになった。
テンがちょっとふら付く。
「1日でこれだけ出来たら凄いよ。今日はゆっくり休んで、明日からはテンだけで発動する練習をするから今日の感じを何度も思い出して感覚を覚えておくんだよ。」
「うん。」
「最初の1回は昨日と同じように父さんが発動させるから、魔力の動きに集中してね。」
「うん。」
「じゃあ始めるよ。3・2・1、行くよ。」
50㎝程の光の剣が現れ、0.5秒で消える。
「今の感じをしっかり覚えてね。」
「うん。」
テンが記憶を確かめるように目を閉じる。
暫くして目を開いた。
「やる。」
「うん、頑張れ。」
「いく。・・・レーザー!」
30㎝程の光の剣が現れ、0.5秒で消える。
「凄い凄い!」
「テン、凄い?」
「うん凄いよ。」
頭を撫ぜてやると満面の笑み。
俺にとっては最高の御褒美。
「えへへ。」
「少し休んでからもう1度やってみようね。」
「うん。」
「はい、果実水。」
テンに水筒を渡した。
魔力を使った後は甘い果実水が脳の回復に効果がある。
個人の感想です。
「ありがと。」
半日で50㎝のレーザービームを3秒維持出来るようになった。
「これからはビームの距離を延ばす練習だ。目標は100mの長さで1秒。1秒維持出来れば横に薙ぎ払えるから、魔獣の群れでも倒せるよ。」
「うん、頑張る。」
テンは僅か3か月後に100mの長さを1秒維持出来るようになった。
そうなると俄然やる気が増したのがナイとレブン。
下の3人はいつも一緒なのでライバル意識が強いらしい。
半年掛かったものの、ナイとレブンも100mのレーザービームを使えるようになった。
我関せずという様子で、ハリーは1人で転移魔法の練習をしていた。
ハリーは奥様達や娘達とは違って、攻撃魔法にはまるで興味がない。
上の子供達4人の冒険者登録から2年が経った。
ルナが領地に入ってから5年。
得意の土魔法を生かして街道や用水路の整備を進めたので収穫量が増え商人の往来も活発になっている。
少しずつだが人口も増加している、とレイナが言っていた。
王都で雇用した土属性の魔法使い達も予想以上に良い働きをしてくれているらしい。
公特の警備担当達が代官の領軍を再編成してキラ伯爵軍を創設。元王国軍の下士官なだけあって10人小隊、100人中隊、千人大隊と命令系統もきちんと作ってくれた。
さらにペーストさんを騎士団長に迎えてから兵の練度も急速に上がっているらしい。
今では騎士10騎、兵3000の領軍と各街の警備隊が日夜訓練に励んでいる。
人数は少ないが、腐りきっている国軍1個師団以上の戦力だとルナが胸を張っていた。
母親のレイナは交代の時以外にも用水路整備の手伝いに行っている。
灌漑用水の整備が伯爵領の最優先事項らしい。
ルナの領主館には転移ポイントを設置してあるのですぐに行ける。
と言っても運ぶのは俺だけど。
通信の魔道具があるのでルナから迎えに来て欲しいと呼ばれる時もある。
運送業も繁盛してSSランク冒険者は大忙し。
上の子達は冒険者登録をして2年だが、冒険者ランクも順調に上がって全員がBランク。
森の奥の強い魔獣を狩り捲っているらしい。
子供達も元気だしルナの領地経営も順調、俺はのんびり膝枕をして貰えている。
アシュリー義父さんが来た。
アシュリー義父さんは王都常駐なので気軽にやって来る。
「ドウデル王国のコウスル侯爵が兵を集めた。」
アシュリー義父さんが苦い顔で教えてくれた。
コウスル侯爵領は国境の森を挟んでキラ領と向かい合っている。
「ドウデルは友好国じゃ無いの?」
「仲が悪いわけでは無いが、この大陸では隙があれば攻め込むのが常識だ。」
どういう常識だよ。
異世界怖っ。
「隙?」
「キラ領は荒地が多く、攻めとっても価値が少なかった。ところが前の代官達を処刑してからの8年で耕地や道が整備されて収穫量が上がり交通の便も良くなった。つまり、大金を掛けてでも攻め取る価値が出来たという事だ。しかも領主は僅か10歳の女の子、今こそ侵攻のチャンスと見たのだろう。」
「はぁ。」
両国間には何の問題も無いのにわざわざ攻めるってどうなんだ?
「コウスル侯爵はミュール国軍に顔の効く東部貴族のクーラー公爵にドウデル王国の狙いはファン侯爵領という偽情報を流した。」
ファンはドウデル王国と整備された街道で繋がっているので大軍で攻められ易い。
当然の事としてファンには堅固な城塞が築かれ、大軍も常駐している。
防御力では王都に次ぐ堅固な都市、簡単に落とせる街では無い。
しかも、今軍を動かしているコウスル侯爵領はファン侯爵領とは接していない。
コウスル軍が攻め込めるのは領地を接するキラ伯爵領だけ。
「ファンは城塞都市ですから落とすのは難しいでしょう?」
常識有る軍人ならファンを攻める事は無い、ファンはそれ程堅固な要塞都市なのだ。
「ファン侯爵はクーラー公爵派の重鎮。しかもドウデルがファン近くの砦に見せかけの部隊を増員したのでクーラー公爵はまんまと偽情報に踊らされて陛下に国軍の増援を要請した。陛下は第3師団と第6師団にファンの防衛を命じ、現在ファンに向けて急行中だ。」
軍部も陛下も馬鹿?
「ファン付近だとミュール川の幅は2㎞以上ですよね。」
ミュール側の上流である王都付近になら川幅が狭いので橋があるが、下流は川幅が広い。
「ファン付近の渡船では軍勢を運べぬ。ファンに集まった軍勢がキラに向かうには一度王都付近まで戻らねばならぬ。」
「はぁ。」
「その隙を衝いてコウスル侯爵軍がキラに向かっている。あと数日で国境を超える勢いだ。」
王都からキラまで2000㎞、装備を背負った歩兵が主力の国軍だと2ヶ月掛かる。
「国軍はコウスル軍との戦いには間に合わないという事ですね。」
「コウスル侯爵軍の動きを知った王宮は、慌てて後詰の第4師団から1個大隊を出発させたがキラの防衛には到底間に合わないそうだ。儂がこの事を王宮が知らされたのは今朝。驚いてすぐにキラの所に来た。」
「・・・キラにはルナ・リヌ・ドナ・リラにレイナか。えっと、多分大丈夫?」
「キラ領にある2つの砦は軍部の不正摘発以後も増員されずにそれぞれ1500のままだぞ。コウスル侯爵の領軍は常備兵だけで5000、民兵を徴用すればすぐに10000を超える軍勢になる。」
「1万でもキラを落とすのは無理だと思うけどな。」
キラには領軍3000もいる。
「コウスル侯爵の腹づもりはキラ領のミュール川沿いから東砦を占領し、ドウスル王国軍の援軍と共にキラを押しつぶすつもりだ。川岸の占領が成功した場合にはすぐにドウデル国軍が出発出来るよう、国軍輸送用の船を川港に集め8万の精兵を待機させているらしい。王宮はいきなり正規兵を送ってウスラ戦役のように王都を壊滅させられたら拙いのでコウスル軍にキラの実力を見極めさせるようだ。」
そういえば王宮を潰した事もあった。
「はあ。」
「ただウスラ戦役から既に9年、キラの戦果は大げさに吹聴されたもので偶然が重なっただけとか、実際この9年間何の成果も上げていないのはキラの力が衰えた何よりの証拠と交戦派貴族が主張しているそうだ。たとえキラが強くとも冒険者1人の力などたかが知れているので今こそ侵攻する絶好の機会だと王家を説得したらしい。」
「確かに今の俺の力なんて全然たいしたことなくて、奥様達や娘達の方が強いのは事実ですから。」
最近の俺の仕事といえば下着の洗濯と運搬ばかり。
あっ、下着の制作もしてる。
時々北の森にも行くが、奥様達や子供達の付き添いで戦う事は少ない。
俺には加護が無いので大規模魔法を使えないが、奥様達や子供達は全員加護持ちなので属性の大規模攻撃魔法を使える上に、攻撃魔法が大好きでめちゃめちゃ練習しているから練度も高い。
人間の大軍相手なら奥様達や子供達の攻撃力は俺よりも遥かに上の筈。
うん、奥様達や娘達の方が強いのは間違いない。
「いやいや、キラの力は今でも大陸1だ。娘達や孫達も強いがキラには及ばないし、何よりも実戦経験が違う。今回はルナの初陣、万全を期して欲しい。」
「勿論出来る限りの事はしますが、夢中になると俺の言う事を聞いてくれない人達ばかりですから・・・。」
「孫達の模擬戦を見ているからそれは判る。だが、そこで上手く手綱を取るのがSSランク冒険者というものだ。」
娘達は全員がお馬さんごっこで俺の手綱を取った強者ばかり。
俺が手綱を取る?
絶対無理。
「本気で思っています?」
「・・まあ、そうであればいいなと思っただけだ。」
お義父さんも判っているようだ。
転移で領都キラに跳んだ俺はレイナに状況を説明した。
「キラ様は王都に戻って、捕虜を縛る縄と捕虜を運ぶ荷車を買って来て。」
「おう。」
お使いを頼まれた。
家族に何かを頼まれると自分が役に立っている感じがして嬉しい。
すぐに王都に転移して使用人達に縄と荷車を調達して貰った。
領都に戻ると今度はレイナをお姫様抱っこして飛行魔法で砦に運ぶ。
砦には転移ポイントを設置していないので飛ぶしかない。
レイナが嬉しそうにしがみ付いてくれるので幸せな気分になる。
柔らかい体の感触を味わいながらレイナの顔を見ると目が合ってレイナが微笑む。
うん、めっちゃ幸せ。
ふと思った。
レイナは自分で飛べるのに、何で俺にお姫様抱っこで運ばせるんだ?
レイナを抱いて飛ぶのは楽しいからまあいいか。
2つの砦の指揮官とレイナが話し合ってから、レイナをお姫様抱っこしてキラの街に戻る。
領館には転移ポイントを設置しているので帰りは転移が使える。
なのに、何故かレイナをお姫様抱っこしての飛行魔法で領館に戻らされた。
楽しかったからまあいいか。
俺が考えるのは魔法に関する事だけ、魔法以外は奥様達に任せれば旨く行く。
奥様達はややこしい事を考えるのが得意。
餅は餅屋だ。
そう言えばこの世界で米を見た事が無い。
大根おろしの絡み餅、黄な粉をまぶした安倍川餅、海苔を巻いた磯辺焼き、出汁に浮かべた雑煮、香ばしく焼いた餅が入ったぜんざい。
色々な餅を思い浮かべていたら領館に着いた。
今はレイナと4人の娘が作戦会議中。
俺は俯瞰魔法で敵軍の偵察。
「ドウデル側の様子はどう?」
「西街道に2千5百、これは西砦の足止めだな。ミュール川の河原と東街道に8千、攻城兵器を用意しているから東砦を落とすつもりだ。」
俯瞰で見たドウデル側の様子をレイナに伝える。
練度が上がったお陰でかなり遠い所でも俯瞰で見られるようになった。
「お父様の情報通りね。東砦を落としてミュール川沿いに拠点を築いてから援軍を待って本格的な侵攻という段取りね。」
レイナは嬉しそう。
どうして我が家の女性達は戦いの話になると嬉しそうになるんだ?
「ミュール川の水運を使えば一気に大軍勢を送れるからな。」
攻められたら全力で反撃するけど、俺としては平和が一番なので戦いは嫌い。
前世の平和ボケが治っていないのだろう。
「あたしは東。」
「東は私。」
「ドナは攻撃力が弱いんだから西にしなさいよ。」
「治癒魔法は私が一番よ。怪我人が多く出そうな東にいるべきよ。」
「私は総大将なんだから、絶対に東よ。」
4姉妹が言い合いになっている。
娘達が好戦的なのは奥様達の影響?
俺には娘達の争いに口を挟む勇気は無い。
「お黙り!」
「「「「・・・・。」」」」
レイナの一言で娘達が静かになった。
「砦の守備隊にはルナからの要請があるまでは守備に徹するように話を付けたわ。」
レイナを砦まで飛行魔法で運んだのは俺だから話し合いにも同席はした。
発言は一切しなかったけど。
話し合いというよりも、手を出すなという恫喝だった。
「兵が1500しかいないし、矢の備蓄も少ないから当然ね。」
王国の軍事費は譜代の高位貴族が多い東部を重点に振り向けられ、建国後に帰順した新興貴族の西部地区が軽視されているのは軍部の不正摘発後も変わっていない。
「お黙りと言った筈よ。」
3女のドナ?が首を竦める。確かドナだったよな、自信は無いけど。
偶にしか合わないと名前が怪しくなる。
娘達が静かになった。
「総大将はルナだから、配置はルナが決めなさい。」
「判ったわ。西は雷魔法と治癒魔法が得意なドナと母さん。ドナは敵さんを雷魔法で気絶させちゃって。母さんはドナの打ち漏らしを石弾で倒して。死なない様に怪我人の血止めも宜しくね。残りの3人は東。主力はミュール川の河原を進軍して来るから、まずは父さんの睡眠魔法で敵さんを寝かしつけて、リヌは気弾で起きている兵の足止め。川沿いの街道は森に近いからリラの氷弾で牽制しながら父さんを待って。父さんの睡眠魔法が発動してから漏れた兵士を氷弾で狙撃よ。父さんは兵士の血止めをして。私は空から指揮しながら逃走する敵の足止めをするわ。安全が第一だから敵兵が死んだら死んだでしょうがないけど、基本は敵を捕虜にする事。私の領地は人手不足なんだからね。」
屋敷に肉を食べに来た魔術師長が奥様達や娘達に雷魔法や睡眠魔法を教えてくれたが、リーナとドナ以外は未だに使いこなせていない。
敵を眠らせるのはつまらないらしい。
「「「は~い。」」」
3姉妹は不満そう。
殺さずに戦うのはストレスが溜まるからだろう。
盗賊の討伐をした時にも殺さずに捕らえるのはめんどくさいとぶつぶつ言っていた。
魔獣の討伐も俺が目を離すと嬉しそうに素材ごと爆散させていた。
なんでうちの娘達はそんなに好戦的なんだ?
「母さん、領民達の準備は大丈夫?」
「父さんに仕入れて貰ったから荷車と縄は準備出来ているわ。おばちゃん達が張り切っているから大丈夫でしょ。」
領主が女だからか、元々なのかは判らないがキラ領のおばちゃんは強い。
俺は笑いながら背中をバシバシ叩くおばちゃん達と話すのは苦手。
 




