28 殺されたら死ぬよ、たぶん。
黒い森の魔獣盗伐が1段落したので、俺は偵察任務に復帰する事になった。
東部に飛んでみると、魔獣の供給源であった黒い森がキラ家による討伐で沈静化したせいで、魔獣の数自体は幾分か減っているように見えるが、それでもまだ街道にも魔獣が散見出来る状態。
ヒートやストーブ、カイロという東北部の大きな街は未だに孤立したままだった。
あちこちにある森にはかなりの数の魔獣が住み着いている。
それぞれの街は、戦闘力の有る兵士達を領主と共に送り出していた為、残っている数少ない戦闘員では防御だけで手一杯という状態。
周辺にある小さな町や村は、殆どが魔獣によって壊滅していた。
ストーブ王国の王都となった旧コータツは、東部貴族軍の戦力を使って何とか周辺の街との交通路を確保して、徐々に復興の気配が見え始めている。
帝国軍の司令官が興したドッコイ王国の王都、旧クーラーは旧王都方面から帝国軍を追いかけて来た魔獣の大きな群れとの戦いの真っ最中。
南側にある街との交通路は確保できているようなので、今押し寄せている魔獣の群れを倒せば落ち着きそう。
コマールと改名した東南部の中心都市旧アイスにはコマールの精鋭軍がいるので、周辺の街に軍を派遣して支配領域を広めつつある。
只、街の大きさや支配領域に比べると兵力が大きすぎるので食糧や武器の調達に苦労しているようだ。
クーラー王国の王都となった旧フロズンは、南の大国であるドウデルと対峙している国境砦の兵を維持する為に、周辺地域から懸命に食糧を集めている模様。
兵力は多いが、大国ドウデルと精兵のいるコマールに挟まれているので戦力を維持出来るだけの経済力を作り出せるかが問題。
クーラー以上にドウデル国境の砦に駐屯する大軍の維持に苦しんでいるのが、まだ様子見をしているファン辺境伯。
軍事力があるし、何よりもファンの街自体が堅固な要塞なのが強みだが、王国からの資金援助無しでこのまま大軍を保持するのは大変そうな状況だった。
東部地域は長年に渡る腐敗貴族の統治が続いていた為、王家の資金に頼った軍事力強化ばかりで、領地開発の手抜くのが常態化していた。
結果として領地の産業が殆ど育っていないし穀物生産力も低下している。
王家の資金が切れた今は、増大する軍事費の確保に四苦八苦しているようだ。
大国となったドウデルは占領したコマールの掌握に注力しているようで、国境砦に配備されている兵力は少なくなっている。
国境を越えて侵攻して来る気配は無い。
西に飛んだ。
ポンチ王国の国境砦は破壊されたままで再建する動きは無い。
国軍の殆どを失った為に王家の求心力も落ちているのだろう。
ひょっとしたらポンチの西に位置する大陸西岸諸国が動くかもしれないので、そうなると偵察範囲が広がりそう。
北のウスラ公国の国境砦にも兵は少ない。
公都に飛んで見ると、公城の大門には槍に刺さった幾つもの首が掲げられていた。
遠視で立札を読むと“キラ王国への無謀な出兵を主導した反逆者”と書かれている。
治安は維持されているが、当分出兵は無さそう。
山を越えて北にある帝国の帝都を見ると、あちこちで新兵の訓練が行われている。
国軍の殆どを失ったので新たに徴兵したのだろうが、新兵の腰つきを見ていると、戦えるようになるにはまだまだ長い時間が掛かりそうだった。
転移で王都キラに戻った。
「ただいま。」
「おかえり。」
立ち上がって迎えてくれたイータを抱きしめる。
「寂しい思いをさせてごめんね。」
流石にここ暫くは忙しくて、“チョンの間“ばかりだった。
「判っているなら今晩は頑張るのよ。」
「はい。」
「はいはい、イチャイチャするのは後。周辺国の様子はどうだった?」
魔王に怒られた。
母さん達とアシュリーお祖父さん、ドランお祖父さんが笑っている。
見て来た事を報告した。
「成程。 ファン辺境伯の提案に乗るのも良いかもしれんな。」
アシュリーお祖父さんが呟いた。
提案?
ファン辺境伯から何か提案があったのか?
判らん。
「そうね。ファンがクーラー王国と手を結んだら戦争が激しくなるわね。」
「クーラーとファンの経済力ではドウデル国境を守れるだけの軍は維持出来ないだろう。 このままでは、またしてもドウデルが漁夫の利を得る事になる。」
「ドウデルがコマール掌握で手一杯の今しかないな。」
「決まりね。」
「誰が行く?」
「第1夫人のレイナとハリーだな。」
アシュリーお祖父さんが即断した。
「そうね。2人なら、万が一の事態が起こって殺されても死なないわね。」
いやいや、殺されたら死ぬよ、たぶん。
「ハリーと2人でピクニックなんて嬉しいわ。イータごめんね。」
「ぷぅっ。」
イータが頬を膨らませる。
うん、可愛い。
思わず抱きしめる。
「はいはい、出発は明日の朝だから二人でお風呂に入ってらっしゃい。」
「「はい。」」
イータをお姫様抱っこして風呂に向かった。
「キラ王国国母ルアレイナ殿と、キラ王国子爵ハリー=ハリーである。 ルナ=キラ国王陛下の親書を持参した。 着陸の許可を得たい。」
ファン城塞の上空から指向性の拡声魔法で警備兵に呼びかけた。
警備兵が俺達を見上げ、慌ててどこかへと走った。
暫くホバリングして待つと、数人の上官らしい身なりの良い男達が城塞の屋上に現れた。
「ファン城塞副指令、ドッチ=ツカズである。 城塞への着陸を許可する。」
レイナ母さんをお姫様抱っこしたまま城塞の屋上に降り立った。
レイナ母さんを腕から降ろす。
「キラ王国国母ルアレイナです。 ルナ=キラ陛下よりファン辺境伯宛ての親書をお預かりして参りました。 ファン辺境伯の下に案内なさい。」
「畏まりました。」
ドッチ=ツカズのおっさんにファン辺境伯の執務室へと案内された。
「キラ王国国母ルアレイナです。 ルナ=キラ国王陛下よりファン辺境伯宛ての親書をお預かりして参りました。」
「ハンディー=ファンで御座います。」
ファン辺境伯が跪いて臣下の礼を取った。
あれ?
ファン辺境伯はキラ王国の貴族じゃないよね。
判らん。
「陛下よりの親書で御座います。」
レイナ母さんが立派な装丁の書状を渡す。
フアン辺境伯が恭しく受け取った。
「お役目ご苦労様です。 拝読させて頂きますので、あちらにて暫くお待ち下さい。」
部屋の中央のソファーに座って待つことになった。
メイドが淹れてくれたお茶を楽しみながらクッキーを齧った。
まあまあの味。
部屋の中の装飾を眺めるとさほど華美では無い。
東部貴族にしては珍しく贅沢はしていないようだ。
ファン辺境伯は執務机で返書をしたためている。
ふとペンを置いて、こちらに歩み寄った。
レイナ母さんと俺が辺境伯を見た。
「恐れ入ります。 新書には、明後日より輸送開始可能と親書に書かれておりましたが、陛下へのご報告は間に合うのでしょうか。」
「キラ家の秘伝ですが、魔鳥よりも早く情報を伝える、特別な魔法を使える者が何人もおります。 ファンに赴任予定のアウトマン伯爵領迄は飛行魔法ならファンから数時間で行けます。 明日からでも行動開始出来ますが、ファン殿の準備の都合もあるだろうと明後日となりました。」
「失礼致しました。さっそく返書をしたためます。」
ファン辺境伯が執務机に戻った。
特別な魔法じゃなくて通信機だけど、辺境伯が納得しているので余計な事は言わない。
俺は可愛い奥様がいる立派な男だ。
うん、昨晩も頑張ったぞ。
「陛下には宜しくお伝えください。」
「承りました。」
ファン辺境伯に見送られてファン城塞を飛び立った。
そのままアウトマン領に向かって高度を上げ、雲の中で王都キラに転移した。




