25 節操が無さ過ぎだろ
「川を渡って下さい。渡ったら、帝国兵の武装を剥がして縛り上げて下さい。」
拡声魔法を使って待機していたソランダ軍や西部貴族連合軍に声を掛けた。
ソランダ兵達がバシャバシャと音を立てて一斉に浅瀬を渡り、俺があちこちに積み上げた縄を持って倒れた敵兵の所に走る。
ソランダ兵達が敵兵の鎧を引き剥がしては次々と縄を掛けて行く。
「あんた達もボケッと見ていないで手伝いなさい。敵は10万、こっちは1万ちょっとしかいないんだからね。ハリー、睡眠魔法はどれくらいで切れる?」
魔王が一息ついていた姉さん達の尻を叩く。
うん、魔王は俺達遣いが荒い。
「えっと、3時間位?」
「3時間位で睡眠魔法が切れるから縛り終わったら武器や防具を空いてる所に積み上げなさい。 ハリー、集めた武器を”魔法袋“に入れて頂戴。 一杯になったらソランダに置きに行って。」
魔王が拡声魔法で俺が収納量特大の魔法袋を持っているがごとく宣伝してくれた。
何度かソランダ方面に飛ぶ振りをした方が良いらしい。
アイテムボックスである“収納“は秘密だ。
倒れている敵兵はおよそ10万。
ソランダ伯爵軍を主力とする1万数千の兵は敵兵の捕獲にてんてこ舞い。
目が覚めた者から身分を聞いて選別する。
貴族は身代金交渉の材料、兵士は国軍の候補、農民兵は領主たちに分配するそうだが辺り一面、人・人・人。
身分ごとに捕虜を分け、次々と仮収容先である近隣の領地に送りだして行く。
魔王が近隣の領主達に迎えの領兵を送る様に伝令を出していたので、応援の兵士が大勢駆けつけてくれたのは助かった。
暗くなって来たので、俺はあちこちに照明用の光球を浮かべて作業中の兵士達を照らす。
捕虜達は歩いて目的地に向かうので、食料を積んだ荷車も同行させる。
勿論食糧は帝国軍の兵站部隊から頂いたもの。
父さん流に言えば、“鴨が葱をしょってやって来てくれた”のだ。
美味しく頂くのが礼儀というもの。
最後の捕虜を送り出したのは戦闘から4日後の事だった。
「1度に10万は多すぎるわね。」
リヌ姉が疲れ切った顔でぼやいた。
「本当ね。ハリー、次からは2~3万ずつで攻めて来るように言って来て。」
でも、帝国にはもう攻めて来る兵士が殆ど残っていないよ。
って、俺が言いに行くのか?
何でやねん。
敵兵護送の目途が立ったのを確認したら、俺は偵察のお仕事に戻された。
帝国軍との戦い?から4日、速度の速い魔鳥を使っている周辺国や東部の高位貴族ならそろそろ帝国軍敗北の速報を聞いた頃。
キラの領館に転移してドウデル国境に飛んだ。
ミュール国境にいたドウデル軍の半数以上がコマール国境に移動している。
コマールを見ると国境砦に少数の兵がいるだけでおよそ15万がファンに、5万がフロズンに向かって進軍している。
最初に侵攻した10万を合わせると、30万。
大国とは言えないコマールが精鋭30万をミュールに送って大丈夫なのかと心配になった。
フロズンは門を閉めて籠城戦の構え。
どうやらコマールと戦う事に決めたらしい。
北上してコマール軍が籠城しているアイスを見ると、コマールに殺害されたステファン王の宰相だったクーラー公爵の旗と第2王子パンプスを立てている帝国の旗、帝国軍主力と共に進軍したストーブ公爵の旗がアイスを囲んでいる。
昨日の敵は今日の友?
今日の友は明日の敵?
敵の敵は味方?
節操が無さ過ぎだろ。
戦いまで時間が掛かりそうなので報告に帰った。
時々偵察に出るが、ファンもフロズンもアイスも籠城戦になって長期化している。
その間にキラ王国は国内体制を整えて行った。
貴族達には来年度からミュール王国時代と同じ国租を納めて貰い国軍の創設費用とすることになった。
寄り親には従来通りの爵位と叙任権を与え、領地も安堵した。
ミトンはソランダ伯爵軍で取り囲み、ブロン姉とナイ姉が空からの石弾で威嚇して無血開城させた。
街にいた帝国軍は全員捕虜となった。
ミトン領にある国境砦は、駐留していた帝国軍がミトン陥落を知って一斉に逃げ出したので無人。
ソランダ軍がそのまま確保した。
ミトン侯爵の家族は既に帝国に人質として連れ去られていたので、キラ王国に取っては余計な仕事をせずに済んだので都合が良かった。
キラ王国の体制整備と並行して、ドウデル王国、ウスラ公国、ポンチ王国とはキラ王国の承認と交易条約の締結交渉が進んでいる。
ソランダ伯爵は帝国軍を長期にわたって抑えた功績で侯爵に陞爵し、旧ミトン領を与えられた。
ソランダ新侯爵からすれば旧ミトン領は土壌も肥えているし前のソランダ領よりも遥かに広い。
領地が倍近くになった上での陞爵なので前伯爵共々喜んでいた。
ちなみにストンの代官を務めているチャール=ストン男爵は魔王の家臣となり、今迄通りにストンを任される事となった。
ストンで冒険者生活をスタートさせた父さんゆかりの地を守りたい、と申し出てくれたからと魔王が言っていた。
ソランダ新公爵にミトンへの領地替えを命じた魔王は、その代償に旧ソランダ領を王家の所有とし、ソランダをキラと改名して正式に王都とした。
王国の中心部にあるので飛行魔法を使えるキラ1族にとっては便利だし、多くの街道が集まる交通の要衝でも有るので王都として相応しいという理由だった。
旧王家の直轄地や直轄鉱山はそのままキラ王家の直轄地となったので財政的にも不安は無い。
というよりも、直轄地を支配していた金食い虫の東部貴族代官を罷免してキラ家の家臣達に入れ替えたので、前ミュール王の時代よりも財政的には豊かになっている。
西部地域に足りないのは人。
貴族達には灌漑水路の整備や農業指導を徹底させ、人口扶余力を強化した。
外交にも積極的に取り組んでいる。
南の大国ドウデル王国に使者を送り、キラ王国の承認と交易条約の締結を求めた。
西北のウスラ公国、西のポンチ王国とは戦役で捕らえた貴族の返還交渉が始まり、同時にキラ王国の承認と交易条約の締結交渉も始まった。
東部で戦況が動いた。
原因はドウデル王国。
主力軍の出兵で手薄になったコマール王国に侵攻した。
コマール王は近衛師団を率いて高位貴族達と共にミュールに脱出、アイスに入城した。
国王の入場で勢いづいたコマール軍が攻勢に出ると、協力していたクーラー公爵と帝国軍が仲間割れをしてクーラー公爵は自分の領地であったクーラーを追われ、クーラー公爵派の重鎮である南部のフロズン伯爵の領都フロズンに移った。
クーラーを支配した帝国軍に対して、今度はそれまで共に戦って来たストーブ公爵派がクーラーの支配権を要求して対立。
ストーブ公爵派が破れ、東北にある派閥の重鎮コータツ侯爵の領都コータツに退いた。
ストーブ公爵の領都であったストーブは溢れ出た魔獣に囲まれて孤立状態で戻る事が出来なかったらしい。
ミュール川の東側は混沌とした状況となった
北部は魔獣が跋扈して孤立した街が点々と残っている状態。
魔獣肉は手に入るが野菜は街に作った畑のみで穀物は採れない。
中央部の西はクーラーを拠点とする帝国軍、東はコータツを拠点とするストーブ派。
南部北寄りの旧アイスはコマール王国の王都コマールとなった。
最も南の地域は西にクーラー派の拠点であるファン。
その東には籠城戦を勝ち切った同じクーラー派のフロズン。
4つの勢力が鼎立? いや、4つだから机立?
ともかく訳の分からない状態になった。
どの勢力も今拠点としている地域は元々の領地では無いので、周辺領地の寄り子の掌握に奔走していて、あちこちで領地貴族や代官の取り込みを巡る争いが起きている。
どの勢力も30万㎢程度の肥沃な領地を持っているので、平和に暮らしていれば十分に共存出来る筈なんだけど。




