19 戦闘準備と言えない事も無い
会議が終わると“ヘイタクシー”。
ドナ姉とナイ姉以外の参加者を領地に送った。
ドナ姉、ナイ姉、俺の3人は、ウスラ公国の攻撃が迫っているドナ伯爵領担当なので、皆を送った後で3人一緒にドナ姉の領館に転移した。
直ぐに戦場となる砦に向かう。
領館から砦迄は飛行魔法。
ナイ姉を背負い、ドナ姉をお姫様抱っこして国境の砦に飛んだ。
姉さん達は皆飛行魔法が出来るのに俺と一緒に飛びたがる。
母さん達が父さんに御姫様抱っこされて飛ぶのが好きなように、姉さん達も俺のお姫様抱っこが好き。
今回は父さん秘伝のじゃんけんで、ドナ姉がお姫様抱っこになった。
砦に着いて西側を眺めると、砦から少し離れた所にウスラ軍が大規模な陣を構築している。
ドナ姉が森を開墾して大きな広場にしたので、大軍でも陣が張れるようになった。
背後の街道からは続々と兵が峠道を降りて来るのが見えている。
「かなり集まって来たわね。」
ナイ姉は首をコキコキと動かしながら戦闘意欲満々。
「攻城兵器が無いと砦の攻撃は出来ないから、もう少し時間が掛かるわよ。」
ドナ姉が、今すぐにでも攻撃開始しそうなナイ姉を宥めた。
敵軍がどんどんと増えているのでドナ姉が嬉しそうに笑っている。
西部地区の砦に配備されている国軍はパンプスを旗頭とする帝国軍の侵攻を聞いて王家を見限り、全てが西部貴族連合の指揮下に入っている。
ドナ姉の砦を守備している元国軍の砦兵1500は敵軍を牽制する為の200程を屋上に残して、殆どが砦裏の広場で応援に駆け付けた周辺貴族の領兵や、周辺の村から駆け付けた農民達の世話をする為に走り回っている。
味方はドナ伯爵軍800、ドナ家寄り子の貴族軍400,周辺の西部貴族軍300。
そして近隣の村から駆け付けたおっちゃん達やおばちゃん達500の総勢3500。
砦裏の広場もドナ姉が広げたのでまだまだゆとりは有る。
3500ならかなりの大軍勢だが、砦の前にいるウスラ兵3万に比べればめっちゃ少ない。
集まっている味方は、捕虜を縛り上げる為の縄と捕虜輸送用の荷車を用意して待機中。
おっちゃん達やおばちゃん達は兵士達に捕虜の縛り方を教わっている。
広い砦裏の広場が荷車で埋まっている。
荷車には捕縛用の縄が沢山乗せられて、準備は万端。
とはいえ、誰も武器を手にしていない。
これって戦闘の準備と言って良いのだろうか。
まあ今回戦うのはドナ姉とナイ姉だけ。
俺はウスラ兵が退却出来ないように峠道を塞ぐ役目。
集まった味方には投降して来たウスラ兵に防具を外させ、縛り上げて荷車に乗せるという重要な軍務が待っている。
一応戦闘準備と言えない事も無い。
味方の状況を確認して、ウスラ公国軍の偵察に飛んだ。
バリスタや投石器などの攻城兵器を運ぶ兵が峠に差し掛かっている。
西部貴族連合には攻城兵器が少ないので持って来てくれるのは有り難い筈。
あれ? 姉さん達の魔法の方が攻城兵器よりも破壊力が大きい?
まあ西部貴族達が欲しがりそうなので攻城兵器が砦前に着いて、峠道を運ぶために分解していた攻城兵器を組み立て終わった頃が攻め時かも知れない。
ウスラ側の砦を見ると、砦には兵站を積んだ馬車が一杯並んでいる。
戦闘の行方を見定めてから出発するらしく、今の所は動く様子は無い。
今峠を登っているのが、最後の戦闘部隊らしい。
砦に戻って指揮所に入る。
姉さん達や砦軍の幹部、駆け付けた貴族達に状況説明をして、攻撃開始は明後日の朝と決まった。
最低限の見張りを残して兵達は休憩に入った。
2日後の朝、ウスラ軍は予想よりも早く攻城兵器の組み立てを終わり、攻城兵器が敵陣の前面に設置されている。
設置された位置から考えると、ウスラ公国の攻城兵器の射程は60m程?
まあ想定内の時間だし、攻城兵器を撃つ隙は与えないので問題は無い。
ウスラ公国軍の指揮所から派手な飾りを付けた騎士達が出て来た。
いよいよウスラ軍が攻撃を開始するらしい。
「攻撃するわ。 ハリー、街道を塞いで。」
「うん。」
砦を飛び立って峠に向かう。
峠から少しドナ姉の領地寄りの所に収納に用意していた大岩を落とす、落とす、落とす。
幾つかは坂道を転げ落ちてウスラ兵を押しつぶしているがまあ誤差の範囲。
砦の前には3万近いウスラ兵がいるのだから捕虜としては充分な筈。
捕虜が100人や200人減った所でどうという事は無い筈、たぶん。
ドナ姉に“勿体ない“と言われる未来がちょっと頭をかすめたけど。
「ウスラ兵に告げる。」
ドナ姉の声が聞こえた。
伯爵になって使う機会が増えたからだろう、拡声魔法がめっちゃ上手くなっている。
峠にいた俺にもはっきりと聞こえる。
「峠道は塞がれた。もはや逃げ場はない。抵抗する者や逃げる者は魔法で撃ち殺す。」
ウスラ兵の周囲の森にドナ姉の風刃とナイ姉の石弾が撃ち込まれた。
ドド~ン!
ダガ~ン!
姉さん達は父さんがウスラ戦役で使った戦法をそのまま使っている。
賠償金を払って帰還した士官達から戦いの様子が伝えられている筈なので、同じ戦法の方がウスラ兵の恐怖も大きく短時間で決着が着くだろうという読み。
さらに、捕虜の始末も楽になるというドナ姉の作戦。
確かに気絶している兵よりも自分で歩いてくれる兵の方が運びやすい。
大音響と共に、周囲の森にある大木が木っ端となって宙を舞い、森のあちこちで大木が倒れて行く。
「怯むな、只のお・」
槍を振り上げて叫んだ指揮官が馬上でナイ姉の石弾を受けて爆散する。
「下がるな、こちらの・」
声を上げた指揮官がまた爆散した。
「抵抗する者は指揮官のようになる。ミンチになりたくなければ武器を捨てて降伏しろ。」
ドン! ドン! ドドン!
森の中で爆発音がする。
「森に逃げても無駄だ。探知魔法ですぐに発見出来る。逃げた者は問答無用で殺す。10数える。数え終わっても武器を持っている者は殺す。1・2・3・。」
ウスラ兵が次々と武器を足元に落とす。
「8・9・10.」
ドン! ドン! ドドン! ドドン!
まだ武器を持っていた者が次々と爆散する。
ウスラ兵が慌てて武器を捨てる。
ドン! ドン! ドン! ドン! ドン! ドン!
まだ武器を捨てていなかった者達が次々と爆散した。
可哀そうなのは武器を持っていた兵の周囲にいた者達。
頭から爆散した血肉を浴びて泣き出した兵もいる。
数分で爆音が収まった。
「武器を捨てた者は5列に並び、両手を頭に上に組んでゆっくりと砦の方に歩け。 砦に着いたら、砦兵の指示に従え。 砦兵の指示に従わない者は殺す。」
砦の兵達が投降したウスラ兵に防具を外させ、大きく開いた砦の門から中庭へと誘導する。
中庭では投降した捕虜を次々と縛り上げ、兵卒と士官の振り分けが行われている。
士官は尋問の為に士官用テントへ入れられる。
兵卒は荷車に押し込められ、応援に駆け付けた西部貴族連合の領兵達によって次々とドナの街や近隣の街へと輸送されて行く。
投降した兵士は3万人位?
ぐずぐずしていると食事や寝る場所の手配をしなければならないので迅速な輸送が必要。
辺境伯の寄り子達が大勢の兵士と荷車を送ってくれたので助かっている。
途中で5列を10列に増やしたが、縛り上げるだけで大変な作業となった。
爆散させた方が楽だったけど、ドナ姉の笑顔を見ると口には出せなかった。
領主であるドナ姉にとって敵軍の捕虜は貴重な人材が武器を手土産にわざわざ来てくれることらしい。
父さんが古代語では“鴨葱”と教えてくれた。極上の肉である“鴨”が一緒に煮ると美味しい“葱“を背負ってやってくることらしい。
兵士が鴨で武器や防具が葱らしいが、兵士は食えん。
戦うのは楽だけど、後始末が面倒だと初めて知った。




