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11 何で笑うんだよぉ

2ヶ月掛けて厳選した専門家達をメンバーとする公正化特務部隊、通称“公特“が発足した。

俺の副官は役人の人事を扱う総務殿官吏部係長から移動となったアウトマン大隊長。

総務殿官吏部からは他に6人、財務殿監査部から6人、法務殿から法律の専門家5人、監察殿諜報部から11人、王国軍から小隊長や分隊長を務める下士官16名という全員平民出身の45人。

他に王家直属の諜報部隊長であるコードネームKさんが幹部スタッフとして参加している。

公特の目的が貴族の不正防止、いわば貴族に公然の喧嘩を吹っ掛ける職場なので本人は勿論家族、親族にも命の危険が及ぶ。

諜報部は貴族の不正に関する情報を数多く握っているし、公特メンバーや家族の安全確保には陰で見守る人員が必要不可欠というアウトマンの助言があって陛下に頼んだ。

Kさん配下の諜報部隊が動員出来る事で、メンバーの安心感も増した。

人数の少ない3殿出身部隊には各1名、人数の多い諜報部は2名、軍は3名の中隊長を任命して5~6人編成の8中隊編成とする。

軍隊ならば5~6人編成なら分隊だが、権威付けの為に中隊と命名し、中隊長の給与も正規軍の中隊長に準ずるものとした。出身官庁の殿なら課長クラスに相当する給与である。

平隊員も殿なら係長相当、軍なら小隊長か参謀相当の地位と給与が保証された。



「アウ~。」

「・・・・」

「ねえ、アウ~。」

「・・・・」

「アウ~、アウったら~。」

「ダメです。」

「まだ何も言ってないよ。」

「どうせ“王都の外で訓練したい”、でしょ?」

「何で判ったの?」

「朝から4回目です。それにアウアウって私はオットセイではありません。アウトマンです、ア・ウ・ト・マ・ン。」

この世界にもオットセイがいるんだ。

ってそうじゃない。

「ねえ、トマン。」

「何でトマンなのですか?」

「アウはさっき言ったから。」

「変な所で帳尻だけ合わせないで下さい。私はアウトマンです、ア・ウ・ト・マ・ン。」

「何で外に行ってはダメなの?」

「隊員が皆必死になって訓練に励んでいるのです。閣下だけ遊びに行くのはなりません。」

「ぶうっ、遊びじゃなくて訓練なのに。みんなは何の訓練?」

「閣下が命じられた“報連相”の訓練です。」

報連相に訓練がいるの?

「そうなの?」

「実際にやってみないと身に付きません。会った人間の名前、場所、会話内容を閣下がお作りになった報告用紙に書いて提出させています。私が提出された報告を精査して怪しい人物の情報を全員に流しています。隊員で判断出来ない所は私が相談に乗っています。これは閣下から教えて頂いた“おひたし“の訓練でもあります。」

そう言えば、怒らない、否定しない、助ける、指示するの“おひたし“も教えた気がする。

“おひたし“なんて”報連相“にかこつけて作られた完全なこじつけだけど、毎日各部隊で想定されるトラブル対応の指導ばかりでイライラしていたからある事無い事しゃべりまくったときに言ったような気がする。

「ま、まあ熱心なのは良い事だね。」

「閣下に指摘されて、隊員達も漸く貴族に喧嘩を売るという事がどういうことかを理解したようです。」

貴族に喧嘩を売るのだから当然貴族側からの接近がある。

貴族本人からよりも家族や友人、元同僚、諜報員からの接触、ハニートラップも有り得る。報告を上げていれば問題無いが報告せずに問題が発覚した場合は即処分すると宣言したような気がする。

「うん、明日からはいよいよ本番だから頑張らなくちゃね。」

「その通りです。」

「だから今日のうちに王都の外に出て、魔法の訓練をした方が良いと思わない?」

「それよりも宰相にお渡しする会議用のシナチクとやらは出来たのですか?」

「シナチク? ってラーメンがあるの?」

「ラーメンとは何でしょうか。会議で使う手順を書いた書類です。」

「ああシナリオね。うん、出来上が・るよ、多分。」

「多分って、まだ出来ていない?」

アウの顔が一瞬で嶮しくなった。

ヤバい、アウトマンが怒ると書類が増える。

「もうちょっと、もうちょっとで出来るから邪魔しないで。」

「本当に急いで下さいよ。」

「うん。」



夕方、会議室に集められた全公特メンバーに過去20年と最近5年の貴族と平民の入学者数や卒業者数などを比較し易いように並べた資料を配布した。

「陛下御入場。」

アウトマンの声に、全員が座っていた椅子から立ち上がり、椅子の横に跪いて最高礼で陛下を迎える。

陛下が会議室に入り、奥に設けられた席に着いた。

「直れ。」

全員が立ち上がって直立不動になる。

「全員着席。」

公特メンバーが着席した。

宰相が前に立って学院の現状と公特の使命を隊員達に説明する。

さらに明日の学院関係者を集めた会議の流れと今後の行動予定を告げる。

要するに明日開かれる学院会議のリハーサル兼隊員達の激励がこの会の目的。

宰相は1時間ほど前に渡したレジュメやシナリオを必死になって覚えてくれた。

隊員は平時であれば職務で陛下の顔を見る機会など一生無い下級官吏。

全員がガチガチに緊張しているが、間近で陛下に会えたという感動の方が大きいようだ。

「王国の未来は諸君の働きに掛っておる。存分に力を発揮して貰いたい。」

説明の最後に宰相が拳を振り上げて隊員を鼓舞する。

宰相を務めるだけあってなかなかの名演技。

役者やの~。

「陛下の御言葉。」

アウトマンの声に、全員が、椅子の横に跪いて頭を下げる。

陛下が立ち上がった。

「励め。」

ハゲメ?

ケナシたのかと思って思わず宰相の頭を見る。

「違います。」

アルに小声で怒られた。

うん、宰相の頭はケガ無い安全頭。



翌日、学院の全理事と学院長、副学院長、全学科長を集めた学院会議が開かれた。

王立学院は陛下直属の独立組織で陛下が任じた5人の理事が人事や設備、入学、卒業など全ての決定権を持っている。形式上は陛下が任じるが、実質は有力な5つの東部貴族派閥から1名ずつ推薦される利権ポスト。

理事会に出す議題や資料の決定権を持つ学院長と副学院長、4人の学科長も理事会の推薦者を陛下がそのまま承認する形。

形式的には陛下直属の組織だが、陛下が学院会議に臨席する事は無かったし、進行役は学院長というのが慣例。

今回は異例ともいえる陛下臨席の御前会議で会議の進行役も宰相。

その割に理事達はリラックスモード。

「能力有る平民達の間で王立学院進学よりも貴族領の高等学院進学を目指す者が増えている。理由は王立学院における身分差別。入学試験はもとより学院生活、定期試験、卒業認定においても身分差別が横行しているので平民は王立学院へは行かない方が良いという情報が中等部の平民学生の間に広がっている。配布した志願者数の資料を見て頂きたい。最近の平民志願者数が激減しているのは明らかである。次に定期考査成績の一覧表を見て頂きたい。最近5年間に雇用された教授は勤続10年以上の教授と比べて明らかに平民生徒の平均点が低い。これについて理事たちの意見を聞きたい。」

宰相が会議の趣旨説明をした。

「噂は噂にすぎませぬ。」

「確たる証拠もなく学院を批判するのは如何かと思いますぞ。」

「学院は独立した組織、陛下であってもその点は尊重すべきかと存じます。」

「成績評価は教授の権限。学院が口出しすべきでは有りません。」

宰相の言葉に理事達が反論する。

要するに口出し無用という事らしい。

「そうか。キラ将軍は過去の試験について調査するには時間と費用が掛かるから過去は不問にして将来に向かった改革をする方が良いと申しておったが、全く不正は無かったという事であればやむを得ない。過去5年間の入学試験及び卒業試験に関する全資料の提出を命じる。法令で5年間の資料保管が決められているので直ちに提出できる筈だ。もしも紛失していれば管理担当者全員の身柄を拘束して王宮審問官による事情聴取を行なう。」

王宮審問官は所謂拷問の専門家。

宰相の言葉に理事たちの顔が青くなった。

「暫し、暫しお待ち下さい。そんなことをすれば学院は大混乱となりそれこそ王立学院の評判は地に落ちます。」

「その通りです。王立学院の名誉を守る事こそが志願者の増加に繋がり・・。」

理事達の抗弁を宰相が遮る。

「お黙りなさい、このままでは王立学院は貴族子弟が不正のやり方を学ぶ場となる。キラ将軍の方針通りに学院内における監督不行き届きを公表して次年度からの学院正常化を優先するか、昨年度迄の資料を提出させて過去の不正摘発を優先するか、この二者択一である。どちらにすべきかについて諸君の意見を聞きたい。現状維持は無い。」

「過去にこだわって現状を放置するなど言語道断。未来に向けて進むべきである。」

「資料を見れば不適切な評価があったのは明らか。適正な評価をするように指導するのが先であろう。」

「在学生の不利益を放置したまま過去の調査などに時間を取るべきではない。」

理事たちの意見がコロッと変わった。

見事なまでの掌返し。

理事達は全員貴族、貴族は変わり身が早い。

想定通りすぎる進行にシナリオを作った俺ですらビックリ。

プランBやプランCの出番も無く、学院内における監督不行き届きの公表が決定した。



宰相が配布した原案を基に王立学院正常化宣言の内容が決まった。

“過去の入学試験を精査した所、遺憾ながら不正の痕跡が発見された。また学院内に於いて一部貴族子弟に対する監督不行き届きで平民生徒が迷惑を被った事も確認された。陛下はドラゴンスレイヤーであるキラ将軍に王剣を与え、陛下直属の特務部隊を率いて学院発展に取り組むよう命じられた。キラ将軍率いる特務部隊は陛下自らが設立した平民のみによって構成される特別組織である。来年度入学試験においては不正が行われぬよう特務部隊指揮の下で万全の措置をとると同時に得点と答案の開示を行う。今後学院内で迷惑行為を受けた学生は特務部隊申し出る事が出来る。学院も全職員が総力を挙げて身分差別の排除と試験の公正化に取り組むことを決定した”

「これでよろしいな。」

「「「適切と存じます。」」」

王国内の全中等学校、主な都市の中央広場、勿論王立学院の各門にもこの文書が掲示される事が決まった。

「以後キラ将軍の言葉は余の言葉と心得よ。無礼を働いた場合には王剣の雫となるであろう。」

陛下の言葉で会議が終わった。

ストンに帰ってのんびりするのは当分先になりそうだ。



王城広場に急遽設営された将軍幕舎は超大型テント7張りの戦地仕様。

その横では新しい特務部隊本部を建設中で多くの職人達が忙しそうに働いている。

いよいよ公正化特務部隊が本格的稼働に入った。

総務殿官吏部出身者6人は来年の入学試験に動員出来る人材の選定。

財務殿監査部6人は学院の財務調査。    

法務殿出身者5人は特務部隊員に対して暴言を吐いた貴族や生徒に対する侮辱罪や反逆罪適用の可否や手続き書類の整備。

監察殿諜報部の11人には不正が疑われる学院関係者の調査。

王国軍下士官の16名は公正化特務部隊の腕章を巻いて二人一組で学院内の巡回と学院警備員の指導。

Kさん率いる王家直属諜報部隊は不正を疑われる教授や関係する貴族の動静調査。

それぞれの部隊ごとに職務を開始した。

俺は過去10年分の入試問題の精査。

問題漏洩をどう防ぐかも入学試験公正化には重要。

過去の不正については問わないと明言したが、過去の不正に関する調査は水面下で行われている。

過去に不正をした者は来年の入試でも不正をする可能性が高い。

要注意人物を絞っておけば来年入試時の混乱を軽減出来る。



「おい、待て。」

声に振り向くと見覚えのある4人組。

カリナさんに連れて行って貰った甘味店で順番を守らず割り込んで来た学生達だった。

「やっぱりあの時のガキだ。」

「今日こそは逃がさんぞ。」

4人組が俺を取り巻いて剣を抜いた。

剣を振りながら襲い掛かって来る4人を次々に張った軽いバリアで受け流す。

「お兄ちゃん達が切り掛かって来たよ~。こわいよ~。」

大声で叫んだ。

王立学院の中庭なので校舎から丸見え。

放課後になったばかりなので学内には数多くの学生がいる。

校舎の窓からは何事が起ったのかと大勢の学生が顔を出した。

バリアで剣を受け流しながら時々弱い気弾で足元を掬って転ばせる。

弱い気弾は目に見えないので、傍目には切り損なって勝手に転んだように見える?

4人いるので一人が転んでも次々と誰かが襲い掛かって来る。

「助けて~、切られるよ~。」

大声で叫びながら逃げ回り、バリアで剣を流し、時々気弾で転ばせる。

甘味店の時と全く同じ受け方なのに4人の学生は前回同様に剣を振り回すばかり。

やっぱり4人はバカのようだ。

中庭の中央にある小さな池の縁に飛び上がった。

「もう逃げられねえぞ。」

4人が俺の前に立ち、一人が剣を振り被る。

「キャー怖いよ~。」

叫びながらヒョイと剣を避け、瞬足を使って後ろに回り軽い気弾を撃つ。

バシャ~ン!

大きな水音を立てて切り掛かって来た学生が池に落ちた。

「くそっ、ふざけた真似を!」

浅い池のようですぐに立ち上がって池の縁に上がって来る、所に軽い気弾を撃つ。

バシャ~ン!

学生が仰向けになって池に逆戻り。

傍目には池の底で足を滑らせたように見える?

「気を付けろ。こいつは身が軽いぞ。」

池を背にしている俺にもう一人の学生が切り掛かって来る。

学生の足首に気弾を撃つ。

バシャ~ン!

つんのめる様にして学生が頭から池に飛び込んだ。

「お前ら、馬鹿か。」

「「先輩!」」

校舎の方から大柄な男2人が走って来た。

中庭なので周りを囲む校舎の窓には鈴なりの見物人。

先輩と呼ばれた2人も校舎の窓から俺達を見ていたらしい。

「そのガキは瞬足が使えるんだ。」

「お前らじゃ力不足だ。俺達が相手をしてやる、良く見ていろ。」

後から来た2人も剣を抜いた。

2人が両手を大きく開き、瞬足で逃げられないように逃げ道を塞ぎながら近寄って来る。

後ろは池、前には二人の学生。

”バリア“

バリアを斜めにして2人の足元に押し込むと二人が躓いたようにバリアの上に倒れる。

その瞬間に俺が屈みこむ。

2人を乗せたままのバリアを池の上に移動させながら足側を更に持ち上げる。

一連の動作が一瞬なので、見ている者達には二人が屈んだ俺を跳び越え、勢い余って空中で1回転して池に落ちたように見える、かな?

バシャ~ン!!

2人が背中から池に落ちたのでひと際大きな水音と共に派手な水しぶきが上がる。

残った2人の学生が唖然としている。

俺が片手を上げると校舎の陰にいた公特の制服を着た隊員が学院警備員達に声を掛けた。

待機していた6人の警備員が駆け寄って来て学生達に縄を掛ける。

大分訓練したようで縄捌きも手際が良い。

「ふざけるな、俺は伯爵家の嫡男だぞ。」

「俺は公爵家だ。父上に言って貴様など牢に放り込んでやる。」

「こんなことをして只で済むと思うな。」

喚いている学生達を学院警備員達が有無を言わせず詰め所に連行して行った。

色々な状況をシミュレーションして訓練をしていた成果があったようだ。

甘味店の馬鹿4人組が現れたのは想定外だがお陰で良い訓練が出来た。

メモを取っていた警備員が居たので窓から眺めているだけで何もしなかった教授達の名前も確認した筈。

捕縛に当たった6人の警備員だけでなく校舎の窓から目立たぬように研修を見学していた警備員達もそれぞれがきちんと役割を果たしていた。

喚いている学生に皆の注意が向いている隙に俺は手近な入り口から校舎に入って隠れる。

付いて行くのは目立ちすぎるし、あの場に残るのは恥ずかしい。

こんな時は36計。



学院内で貴族子弟による暴行や恐喝が横行していたのは警備兵の貴族子弟に対する対応の甘さにも原因があった。

事実、事務長の書類保管庫にあった警備関係の書類を精査した所、貴族子弟による恐喝現場に踏み込んで現行犯逮捕した警備員が解雇され恐喝していた生徒は咎め無しというような件が幾つも見つかった。

学内の綱紀粛正の為、事務長の持つ警備員任免権は公特警備部の許可があった場合のみ有効とし、100名ほどいる学院の警備員を公特警備部の指揮下に置いた。

公特警備部は学院内で実際に起こった事件を基に俺が作った対応マニュアルに基づいて、問題を起こした貴族子弟への対応、証拠の保全、目撃者の確認、保護者からの抗議への対応法などを学院警備員に講習している。

今日はシミュレーション演習として学院内に迷い込んだ金持ち平民の子供と貴族子弟とのトラブルについての研修だったが、貴族子弟役の隊員が出る前にバカ4人組が俺に突っ掛かって来てくれたのでリアリティーのある良い演習が出来た。

俺は学院長達に今後の指示を出して公正化特務部隊の幕舎に帰った。



4日後の昼過ぎ、学院長と事務長が10人程の貴族と共に面会に来た。

午前中に学院長から事実関係の報告がされていたので内容は知っている。

警備員から連絡を受けた逮捕された学生の保護者貴族達がその日のうちに学院に乗り込んで来たらしい。

対応したのは学院長と事務長。

事前に俺が作ったマニュアル通りに、これまで平民の生徒に課せられた処罰と同等の処罰で家柄などは一切斟酌出来ないと答えた。

今回の学生達は何度も事件を起こしているので親達は前回同様の措置、即ち処分の撤回と貴族子弟に大勢の前で縄を掛けて恥を掻かせた警備員達の解雇を要求した。

学院長の答えは、“貴族の子弟だからという理由での特別な取り扱いは禁止されております。過去の平民学生に課した処分と同等の処分をします”。

事務長の返答は“公正化特務部隊が作成したマニュアル通りに対処した警備員は公正化特務将軍からお褒めの言葉を戴きました。処罰するという事は公正化特務将軍、ひいては国王陛下をないがしろにすることとなります”という俺が作った想定マニュアル通り。

その後は学院長と事務長が保護者達と3日間同じ内容で押し問答になり、処分の決まらない学生達は警備隊の留置場に入れられたままらしい。

その結果が俺の判断を仰ぐという事になった、ってそれ位学院長が何とかしろ。



「問題は本当にそんな事件があったかどうかだ。学院長は被害少年の名は明かせないの1点張りだし、息子は剣を抜いた覚えはないと言っておる。これは警備員によるでっちあげだ。」

「息子は剣を抜いたが、そもそも平民の子供に後れを取るような腕では無い。平民の子供を楽しませようと優しく剣を教えていたそうだ。」

「息子は友人と模擬戦をしていた時に足を滑らせて池に落ちただけと言っておる。」

「被害少年が出てこない以上、当事者の証言は息子達の証言だけ。警備員達は騒ぎを聞きつけて現場に駆け付けただけなので事件を見ていない筈だ。」

「いかに陛下の信用があるとはいえ、このような暴挙は陛下もお許しにならない筈です。」

「学院はそもそも中立。平民だけによって構成された公特とやらが学院内で大きな顔をしてのさばるのは如何なものかと思う。保護者会としても今回の事は見過ごせない。」

加害者の父親達が保護者会に働きかけたようで保護者会の代表も一緒に抗議に来ていた。

貴族達の言いたい放題を聞いているうちにだんだん腹が立って来た。

「殺人未遂の刑罰はどうなっている?」

同席させていた特務部隊法務部の隊員に聞く。

「王国法によれば、被害者が重体であれば終身鉱山奴隷、軽傷・無傷の場合には年限を限った鉱山奴隷となります。」

「学院内は特例が許されているぞ。」

「黙りなさい、今は俺が話している。例えば相手が陛下であった場合はどうだ?」

「身分を知っていたかどうかに関わらず家族も死罪となります。」

「俺の場合は?」

「将軍は陛下の代理、王国法によれば処罰は陛下の場合と同じになります。」

「そうか。」

抗議に来た貴族達を見回した。

「学院内に於ける身分差別の根絶が我が公正化特務部隊の任務。今は学院内の秩序を回復する為に、警備員が身分に拘わりなく適切な措置を執れるよう特務部隊員の指導の下で警備員達の訓練をしている。」

言葉を切って貴族達をもう一度見回す。

「今回は学院に迷い込んだ平民少年に貴族子弟が絡んだという設定で訓練していた。ところが、学生役の隊員が少年に絡む前にバカな貴族子弟4人が迷子役の平民少年に絡んで切り付けた。さらに、よせばいいのに2人の先輩学生が剣を抜いて加勢した。警備員の訓練なので周囲の校舎には大勢の警備員と指導役の特務部隊員達が目立たぬように見学していた。合図があるまでは姿を見せてはならないと命じていたので気付かなかった者も多いが、それこそ最初から最後までの一部始終を30人近い警備員と特務隊員達が校舎の窓から見ていた。」

「な、なんだと。」

「学院長に被害者少年の名を明かさぬように指示したのは俺だ。」

言葉を切って貴族達をもう一度見回す。

「はて、騎士科でも剣の成績が優秀と聞く6人の学生が必死になって剣を振り回しても掠り傷一つ負わす事が出来ない”平民少年“って誰だろうな。王国法の専門家によると、俺に切り掛かったら“身分を知っていたかどうかに関わらず家族も死罪“だそうだ。」

今度は目に力を込めて貴族達を睨みまわした。

アウトマンの肩が震えている。

何で俺が睨むとうちの隊員は笑うんだ?

今は良い所なんだから笑うな。

2人は意味が判っていない様だが、他の貴族達の顔が青ざめた。

「どうしてもというなら少年の名を伝えても良いぞ。」

「どうしてもだ。嘘つき少・・・」

叫び出した貴族の口を後ろの貴族が両手で塞いだ。

「不要である。キラ閣下の説明で納得出来た。今回の処分については学院に一任する。皆さんもそれで宜しいな。」

一番高位らしいおっさんが慌てて返答した。

キョトンとしている2名を除いて貴族達が頷いた。

「後で説明する。」

キョトンとしている2名に隣の貴族が小声で囁いたのが聞こえる。

「学院長、皆様ご納得頂けた様なので後はお任せします。」

最後は学院長に任せた。

「承知致しました。」

学院長と押し掛けて来た貴族達が部屋を出て行った。

「何で笑うんだよぉ。」

俺が頬を膨らませる。

「だって、ブファ、ファハハハ。閣下が睨むと可愛くって、プァハハハ。」

アウトマンだけでなく法務部の隊員迄笑っている。

精一杯睨みつけたのに、・・・。

ぶうぅ!



学院の前期試験が行われた。

平民に対する差別的な扱いをしないよう試験直前に学院長から各教員に再通告させたが、そんな事で不正が無くなる筈は無い。

得点発表後すぐに全教員に答案用紙を提出させた。

定期試験の保存期間は3年間、間違って廃棄したり紛失したとして提出しなかった3人の教授は研究室を即刻閉鎖した上で即日懲戒解雇処分とした。

更に提出された答案用紙の得点と発表された得点に誤りがあり、貴族の得点だけを加点していた教授2名も懲戒解雇した。

解雇した教授の研究室からは色々と面白いものが見つかったとKさんが言っていた。

不足した教員は最近5年間に学院を去った教員に再雇用を打診。解雇した5人の後任として着任させた。



俺の執務室に侯爵閣下が乗り込んで来た。

抗議に来た貴族達が受付で追い返されたので保護者会代表としてやって来たらしい。

「たかが答案用紙の紛失で懲戒解雇とは厳しすぎるのではないか?」

「最初なので混乱を避ける為に俺の独断で教授の懲戒解雇だけにしました。教授に金品を贈って成績操作を依頼した貴族の名前も判明しています。もしも次の試験で同様な事が起こった場合には全てを公表し、関係した学生も退学にするので今回は教授達の懲戒解雇だけで許して頂きたい。」

「そう言う事でなく、懲戒解雇は如何なものかと言っておる。」

「ああ、本来であれば贈賄罪で金品を贈った貴族も処罰すべきというご意見ですね。それは判るのですが、現在の法令では慣例的な挨拶との兼ね合いがあって難しいのです。ただどうしてもご不満とあれば今からでも贈賄側の名前を公表する事は出来ます。その場合は、侯爵閣下の申し出により名前を公表したという1文を付け加えさせて頂きます。それでお許し願えますか?」

何故か腹が立てば立つほど口が回る。

「・・それは困る。」

「学院内の人事権を頂いているので懲戒解雇は俺の権限だけで出来ますが、収賄罪で処罰するのは手続きが面倒で人手が足りないのです。もっと徹底的に捜査する為に人手を増やすべきだと侯爵閣下から陛下に進言して頂ければ有難いです。」

「ふざけた事を言うな。」

「捜査する為に人手を増やすのがふざけた事ですか? 忙しいのに無理やり面会を求めて陛下直属である公正化特務部隊の仕事を止める馬鹿貴族が沢山いるから人手が足りなくなっているのです。その点についてはどうお考えですか?」

ムカついたので侯爵を睨みつけた。

「・・・・。」

貴族は俺の問いには何も答えず、苦々しそうな顔をして立ち上がると部屋を出て行った。

侯爵が帰るとすぐにアウトマンが吹き出した。

侯爵が部屋を出るまで懸命に笑いを堪えていたらしい。

俺が睨むといつも隊員が笑い出す。

今度こそはと思って、鏡の前で睨みつける練習したのに・・・。

ぐぬぬ。



バタバタしているうちに学年末試験。

試験の有る実技科目は冒険者ギルドや商業ギルドに専門家の派遣依頼を出し、試験に立ち合わせた。

答案用紙の提出も行った。数人に問題漏洩の疑いがあったものの、今回は提出拒否も点数の改ざんも無かった。

その代わり成績順位の変動が激しく、成績順で組分けされている各学年最上位である1組40人のうち来年も1組に留まれるのは各学年とも半数程だった。

定期試験を公正化すると事前に告知したのだからもう少し勉強しろ。


お星様とブクマありがとうございます。

エネルギーが切れかけていたので凄く力になりました。

もう暫く隔日投稿出来るように頑張ります。

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