10 モテる男は辛い
「緊急の家族会議を開くから、ハリーはすぐにお祖父さん達を呼んで来て。」
ルナ姉は学院で魔王と呼ばれていただけあって、姉さん達の中でも一番俺遣いが荒い。
領館に着いた途端に”ヘイ、タクシー“を命じられた。
「はい。」
姉達の頂点に立つ魔王へのお返事はいつでも“はい“。
俺は賢い17歳。
うん、つい先日17歳になった。
お祖父さん達の領館に”転移“して、お祖父さんをキラへと運ぶ。
久しぶりに会ったので、お祖父さん達が俺を抱きしめてくれる。
キラ家唯一の男子なので、生まれた時からお祖父さん達にはめっちゃ可愛がられている。
会議が嫌いな父さんは、今週の父さん当番に当たっているシャリー母さんとリーナ母さんに付き添われ、いつも通りエルフ自治国にある“小さな薬屋?”でのんびりしている。
元来が怠け者なので、父さんの力が本当に必要な時以外は呼び出すと機嫌が悪くなる。
子供の頃からの夢だった“田舎でのんびり生活”を満喫している父さんの事を家族みんなが大好きなので、父さんには余程の事が無い限り自由に過ごして貰っている。
久しぶりにいつものメンバーが集まって、キラ家の領都館にあるいつものリビングで現状把握の家族会議が始まった。
司会進行はいつも通りアシュリーお祖父さん。
「まずは王都の状況についてだ。」
アシュリーお祖父さんが皆を見渡した。
「儂はレイナの7日後に王都を出た。 西域街道を使ったが、王家の騎士団は街道警備には全く出ていないようで、魔獣は多いし野営場も崩れていてミュール大橋までの西域街道は酷い有り様であった。」
西域街道を使わなくて良かった。
俺達は問題無いが、野営場が崩れていたら、大勢の王都民を守るのは難しそう。
「ミュール大橋からはミトン侯爵軍が街道の警備をしているので、街道の通行に支障はなかった。 高位貴族の半数は既に王都屋敷を引き払った。 残っている貴族も役職を持たない者は王都を出る準備をしている様子だ。」
「西部貴族達はどうだ?」
西部貴族連合の元盟主だった辺境伯は、王都に居る西部貴族達の事が心配らしい。
「元々王都に屋敷を持って居る西部貴族は少なかったし、役職に就いている西部貴族は殆どいないので、今現在も王都に残っている西部貴族家の当主は1人も居ない。 西部貴族関係で王都に残っているのは各殿に勤務している2男・3男くらいだな。」
「街の様子はどうだ?」
「店や工房の閉鎖が増えているようだ。 そのせいもあって失業者が増えて治安が悪化している。 警備隊の予算が削られたので見回りの人数や頻度が減ったから、昼間でも強盗や殺人が起こっていると聞いた。」
「それほどまでに王都は酷くなっているのか。」
ステルン伯爵は新王になってから1度も王都にはいかなかったので驚いている。
「王都民達も次々に王都を出ているから王家の財政が急速に悪化している。 今では王都からの収益よりも維持費の方が遥かに多くなっている筈だ。 儂の所には王家が遷都を考えているという情報が幾つも寄せられている。」
アシュリー公爵が王都の現状を説明してくれた。
「遷都するとしたらどこに移ると思われますか?」
魔王が公爵に聞いた。
「王家の財政は火の車、新しく王都を造る余裕は無い。 儂の予想では南にあるクーラー公爵の領都か、南東部の要衝であるアイス侯爵の領都をそのまま王都にすると思われる。」
「西部地域への影響は有りますか?」
「間違いなく遷都費用の負担を押し付けて来る。」
「金額的にはどれくらいですか?」
「恐らく白金貨500万枚。」
「500万枚!」
魔王が驚いている。
白金貨なんて見た事無いからどれくらいの金額なのかさっぱり判らない。
自慢じゃないが、俺は白金貨どころか銅貨すら使った事は無い。
必要な物は使用人や姉さん達が用意してくれたし、移動は殆どが転移だったので、街を歩いたのはキラの領館から冒険者ギルドに通っていた学院入学前の冒険者時代だけ。
買い物をする必要は無かった。
一度買い物とかいう事をして見た方が良いかもしれないな、なんてのんびりと考えた。
「結界の構築には白金貨で150万から200万枚の費用が掛かる。 王宮と各殿の建設費用を考えれば総計で400万~500万枚。 その殆どを西部貴族に押し付けようとする筈だ。1000万枚を要求して、何らかの付帯条件を付けて500万枚に軽減する策に出るかも知れん。」
「無理、無理、無理ぃ~!」
魔王が叫んでいる。
余程の大金らしい。
「こういう時の為の西部貴族連合だ。 王都の衰退は冒険者ギルドと仲違いした王家の責任。 王家が王位を返上し、新王家を高位貴族の話し合いで選ぶべきと主張するのが筋だ。 まあ受け入れる筈は無いがな。」
公爵は前王の弟なので兄の暗殺に腹を立てているらしい。
「王家は怒り狂って反逆罪を適用して攻めて来ますよ。」
「その時は西部貴族連合で新王家を立てて独立すれば良い。」
公爵が珍しく過激になっている。
「そうなると東部貴族も団結しますから、国軍が攻めて来ます。」
ドラン侯爵は弱気。
ドラン侯爵領は国境に面した領地では無いので領軍が少ないのだろう。
「腐り切った国軍がキラ12姉弟に勝てると思うか? SSランク冒険者と奥様達もいるのだぞ。」
辺境伯はいつもながら強気。
魔王率いる姉さん軍団、少なくとも俺は絶対に戦いたくない。
あれ? 俺も魔王軍団の1員だった。
ならいいか。
「今は内乱などしている余裕は無い。 各地の国境砦で兵力が削減され、これを知った周辺国が進攻の機会を伺っている時だぞ。 SSランクのキラが追放された事でミュール王国の力は半減したというのが周辺国の見方だ。 少なくともウスラ公国とポンチ王国は兵を増強している。 ウスラ公国は前回同様に大石を峠道に落とせば兵を退くと思うがポンチ王国はどうなのだ?」
辺境伯がポンチ王国との国境を守るステルン伯爵に尋ねる。
「ポンチ王国も軍備を急速に増強している。 恐らく1年から2年で侵攻態勢が整うだろう。 ウスラ公国同様に狭い山道しか無いので、砦で食い止める事が出来ると考えている。しかし、ミュール王国最大の敵は北の帝国と南のドウデル王国。 そちらの様子はどうなのだ?」
ステルン伯爵が皆の顔を見た。
「ドウデル王国については多分大丈夫、よね?」
魔王が横に座っている兄ちゃんを見る。
今回は魔王の領配も家族会議に参加していた。
「ドウデル国王は前回の戦役において、4姉妹とレイナ義母さんの僅か5人でコウスル侯爵軍1万を壊滅させたキラ家の力を高く評価しております。 またドウデル国軍が2年間討伐出来なかったワイバーンの巣を、国王の依頼を受けたキラ閣下が一晩で殲滅した事でキラ閣下の実力も十分認識しております。 キラ閣下の愛娘の領地にドウデル軍が進攻すればキラ閣下が報復に出るのは必定、と私が父国王に進言致しました。 ドウデル軍が進攻するとすれば、狙いはミュール川の東にあるファン辺境伯領かフロズン伯爵領となるでしょう。」
どうやらこの兄ちゃんはドウデルの王子らしい。
魔王の領配になった勇者は王子だった。
「となると、問題は北の帝国だな。 誰か情報を持ってないか?」
皆が顔を見合わせるばかりで誰も声を上げない。
アシュリーお祖父さんが俺の顔を見る。
「ハリー、帝国の情報が欲しい。偵察に出てくれるか?」
「はい。」
「ついでに国境線の地図も作って。」
魔王が一言付け加える。
“ついで”で俺の仕事を増やすな!
「はい。」
笑顔でお返事。
俺が魔王に逆らえる筈が無い。
ぐぬぬ、俺のお仕事が増えた。
偵察中も”ヘイ、タクシー“のお仕事が無くなる訳では無い。
通信の魔道具を持たされているので偵察途中でも呼び出されるのだろう。
うん、モテる男は辛い。
折角イータとゆっくり過ごせると思ったのに。
とほほ。
いつも読んで頂き、有難う御座います。
この作品と並行して、新作の”ギルドの引き籠り回復師”も投稿しております。
ご一読頂けましたら幸いです。




