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冬童話2025

山笑う

作者: 壊れた靴

 今の季節、山は笑うみたいだ。お母さんが電話の相手にそう言っていた。それをたしかめるため、ぼくは朝から学校のうら山に向かっている。

 うら山には何度も登ったことがある。だけど、ぼくは山が笑ったところを、見たことも聞いたこともない。

 お父さんもお母さんもいつも通り、やんちゃな弟にかかりきりだ。ぼくが家を出たことにも気づいていないだろう。

 だれに会うこともなく、山のふもとに着いた。散歩をする人くらいはいるだろうと思っていたけれど。

 どこに行けばたしかめられるだろう。とりあえず、ちょうじょうを目指す。一人で歩くのもわるくない。

 小さな山なので、すぐにちょうじょうに着いてしまった。まだ、山の笑うところは見られていない。

 広場のベンチにすわる。けっきょく、ここに来るまで、だれにも会わなかった。世界にぼくだけがいるみたいだ。

 なんだか泣きそうになってしまって、空を見上げる。

「一人でここに来たのかい?」

 どれだけ空をながめていたのか、ぼくの前におじいさんが立っていた。つばの広いぼうしとスーツで、映画に出てきそうなおしゃれなおじいさんだ。

 ぼくはうなずいた。知らない人だったけれど、やさしそうにほほえんでいるからか、ぜんぜんこわくなかった。

「となりにすわってもいいかい?」

 ぼくは、またうなずいた。

「ありがとう」

 おじいさんはぼうしをぬぐと軽く頭を下げて、ぼくのとなりにすわった。

「君みたいな子が、この山に一人で何をしに来たんだい?」

 ぼくみたいなとは、どういう意味だろう。ちょっとふゆかいだ。

「ごめん。言い方がわるかったね」

 顔に出てしまったのか、おじいさんは頭を下げた。おじいさんのていねいさにおどろきながら、ぼくは首をふる。じっさい、ふだんならこの山に一人で来るようなことはないのだし。

「山が笑うっていうことをたしかめに来たんです」

「そうかい」

 おじいさんはうれしそうに笑った。

「どうして君は、山が笑うと思ったんだい?」

「お母さんが言っていたんです。お母さんはじょうだんがきらいだから、本当に笑うのかなって」

「笑ったところは見られたかな?」

 ぼくは首をふった。

「おじいさんは、この山が笑ったところを見たことがありますか?」

 おじいさんはゆっくりとうなずいた。

「どうしたら見ることができますか?」

「ここに来るまでにも、見ているはずだよ」

 おじいさんはぼうしをかぶって立ち上がると、広場のはしのてすりまで歩いた。

 ぼくもおじいさんのとなりに立つ。

 ぼくの住む家が見えた。今もお母さんとお父さんは弟にかかりきりなんだろう。

「君は、山が笑うところを見るためだけに、ここに来たのかな?」

 ぼくは家を見つめたまま、首をふった。なんだか、おじいさんにはかくしごとができない気がした。

「もう少しだけ、顔を上げてごらん」

 言われた通りに、顔を上げる。遠くの山と空が見えた。

「ゆっくり深呼吸してごらん」

 言われた通りに、深呼吸する。

「もう一度」

 あたたかな日の光と、春のにおいを感じる。

 草木のそよぐ音や、鳥の鳴き声が聞こえる。

 遠くの山には、あざやかだったり、あわかったり、青空といっしょになって、たくさんの色が見える。

 少し前までは、色も音もなかった山に、ぜんぶがもどってきていた。

 さっきまでの不安は、やさしく消えていった。

 山が笑うことの意味が、分かった気がした。

 ぼくがおじいさんの方を見ようとしたとき、後ろからだれかの足音がした。

「やっぱり、ここにいた」

 ふりかえると、お母さんが息を切らして立っている。いつの間にか、広場にはぼくたちの他にも人がいた。

 おこられるかと思ったけど、お母さんは大きく息をはくと、笑顔でこちらに歩いてきた。

「ごめんなさい」

 ぼくとお母さんは同時に頭を下げると、同時に笑った。

「どうしてぼくがここにいることが分かったの?」

「なんとなく、そんな気がしたの」

 お母さんは、こまったように笑った。

「わたしも子どものころ、ここにはよく来てたの」

 お母さんはベンチにすわると、ぼくをてまねきして、となりにすわらせた。

「わたしのおじいさん、あなたのひいおじいさんが、よくつれてきてくれたの」

「どんな人だったの?」

「やさしい人。それと、おしゃれさんだったの」

 おしゃれなおじいさんで思い出した。ぼくは辺りを見回したけど、おじいさんはいなかった。

「さっき、ぼくのとなりにおじいさんがいなかった?」

 お母さんは首をふった。

「見なかったけれど。そのおじいさんがどうかしたの?」

「山笑うっていう言葉の意味を教えてもらったんだ」

 お母さんはいっしゅんおどろいたみたいだけど、すぐにほほえんだ。

「わたしも子どものころに、ここでその言葉の意味を教えてもらったの。どんなおじいさんだった?」

「おしゃれなぼうしとスーツのおじいさん」

 ぼくの言葉に、お母さんはとてもおどろいたみたいだ。

 気持ちの良い風がふいて、草のそよぐ音といっしょに、さくらの花びらがひらひらと飛んで行った。

 山が笑った。

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― 新着の感想 ―
山笑うをどんな風に表現されるのかな?と興味を持って読み始めて、ぼくの感情と山の風景で表しているところが素晴らしいなと思いました。 おじいちゃん、優しくて丁寧で、素敵な方ですね。 最後の一文も良かったで…
自然の声が聴こえる。 本当は誰もが持っていて、いつの間にか忘れてしまっている。そんな力なのかもしれませんね。
2025/01/19 19:16 退会済み
管理
最後の一文がすごく効果的で、印象に残りました!素敵な童話で憧れます!
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