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ハムえっぐ短編集

黄金バッテリー! 異世界を救え!

作者: ハムえっぐ

 甲子園の出場権をかけた戦いが終わろうとしている。

 

 地方大会決勝戦。

 僕、椎名は4番キャッチャーとして、あと一球で甲子園行きが決まるという局面に挑もうとしていた。

 マウンドにいるのは、梨原。

 ボーイズリーグの時から、ずっとバッテリーを組んでいる幼馴染だ。


 得点は1対0で、こっちがリード。

 9回裏2アウト2ストライクまできた。

 ただ不運なポテンヒット2連発と、外野から内野への送球の乱れでランナーは2塁3塁だ。


(さあ来い梨原! 最高の球を投げてくれ)


 振りかぶる梨原の白球が、僕の構えたミットめがけて投げられる。


(要求通り最高のフォークボールだぜ)


 バットが空を斬るのが見えた。


 ん? 真っ白に……?


 ボールはバシィ! と重い音を立てて、グローブにボールが収まる。

 ……はずだった。


(あれ? バットに当たった音もしなかった……ボール……どこへ行った?)


「椎名! 後ろだ!」


 監督の……声?


「…………え?」


 ホームベースにランナー2人が還ってくる。


 抱きあって喜びあう敵チームの選手たち。


「嘘……パスボール……した……のか」


 僕は呆然として、その場にへたり込んだ。


 ***


「あ~あ。どっかの誰かさんがパスボールしなければ、今頃甲子園に立ってたのによお」


 3年生が引退し、秋季大会へ向けた練習の日々。

 新チームのキャプテンが、僕に聞こえるように大声で叫んでいた。


「ホントそうだぜ。ったく、1年のクセに調子こきやがって! 俺が正捕手なら、あんな惨めなパスボールしなかったのによお」


 僕が入部して早々、レギュラーを僕に奪われたキャッチャーの先輩も同調し、周りも同調する。


「椎名の兄貴は凄かったのにな!」


 兄貴は関係ないだろ……

 兄貴は名門高校で甲子園優勝したスター選手だった。

 昔から比較され、嫌な思いをしたのだ。


「弟はてんで駄目だな!」


 ギリッと奥歯を噛んで堪える。


「うちみたいな高校に来たのも、俺たち相手なら即レギュラー獲れると思ってたんだろうよ!」


 部員全員が僕に対して、悪意をぶつけていた。


 たった1人以外は。


「梨原! お前もそう思うよな!」


 黙々とランニングしている梨原へ、キャプテンがお前もこっち側に来いよと言わんばかりに声をかける。

 しかし梨原は、それに答えず無言で走り続ける。

 無視されたキャプテンは、怒り狂ってさらに叫ぶ。


「おい! 1年が先輩無視すんじゃねえよ!」

 

 梨原は、その声すら聞こえないかのように、ただ走り続ける。


「ちっ! この野郎! ざけやがって!」


 キャプテンの鉄拳が梨原の顔面を抉った。


 嘘だろ! そこまでするかよ!


「キャプテン! 俺が殴られるのは理解できます! ですが……梨原は何も悪くないじゃないですか!」


 倒れた梨原に駆け寄った僕は、キャプテンに食ってかかる。

 だが……


 バシィ! 僕の頬にも、容赦ない鉄拳が飛んできた。

 口の中が切れて、血の味がする。

 そしてキャプテンは吐き捨てるように言った。

 最悪な一言を。


「お前らさあ、野球辞めろや。浮いてるんだよ。入部して即レギュラー? ざっけんな! 俺たち2年はずっとお前らが大っきらいだったんだよ!」


 本当に最悪だ。

 引退した3年生は優しかった。

 初の地方大会決勝戦まで進んだのは、僕と梨原のお陰だったと言ってくれたのに……


「退部届、明日までに用意しておけよ」


 キャプテンの高笑いに、他の2年生も笑い始める。

 だけど……僕には何も言えなかった。

 だって僕の罪なのは間違いなかったから……

  

「僕……辞めるよ。ごめん、梨原……」


 悔しくて涙がポロポロ頬を伝って落ちる。

 梨原は無言で立ち上がり、不思議そうに僕を見た。


「何故だ?」

「何故って……ここではもう、野球……できそうにないし……」

 

「ここじゃなければできるのか?」


 梨原がまっすぐ僕の目を見つめる。

 その目は、早く言えと促していた。

 なんだろう? 一緒に転校しようと、僕が言うのを待ってるのかな?

 

 でも……もう野球をするのも怖くなったよ。


「ごめん……一緒に甲子園優勝しようって夢……叶えられなくって」


 振り絞って出した僕の回答。


 ガアアアアアアアアアアアアアアアアン。


 という、めちゃくちゃショックを受けてる梨原の顔。


 すると、さっきまで雲一つなかった空が急速に曇り始めた。


 雷鳴が鳴り響き大嵐となって、僕たちは避難する機会すら与えて貰えず、雷に撃たれてしまった。


 ***


「うん……ここは? 雲の上?」


 僕、死んだのかな?


「ちっ! どこだよここは!」


 キャプテンの声?


「なんだあ? 俺ら2年と梨原と椎名? 一体どうなってやがんだよ!」


 他の先輩たちもいる……のか。

 2年のクソッタレな先輩7人……か。

 僕も先輩たちも、ユニフォーム姿だ。

 ん? 梨原も⁉


「梨原!」


 キョロキョロすると、遠くで梨原が倒れていた。

 僕は慌てて、梨原に駆け寄る。


「おい! 大丈夫か⁉」


 心配して抱きかかえたが、背中から衝撃を受ける。


「っぐわ」


 痛い⁉……蹴られた⁉


「椎名よお。どうだあ? 痛いのかあ?」


 振り向いて見たのは、歪んだキャプテンの顔。

 

 くっそう……なんて奴だよ。

 よくある、夢かどうかを確認する痛みを感じるかの作業。

 それを、俺を思いきり蹴ることによって確認するなんて!

 てか……無茶苦茶痛いはずだ。

 スパイクで蹴りやがって……


「めっちゃ痛えみてえだな。ハッハッハ、てえ事はこれは夢じゃねえって事だ! これはアレだ! 異世界転移の準備段階! 神だか女神だかが現れて、チート能力を授ける場面よ!」


「おお! キャプテンさすがだぜ! 俺もそうだと思ってたんだ!」

「クックック、じゃあ俺たち7人で良くね?」


「そうだなあ。チート能力なんて、こいつらには要らないよなあ」


 キャプテンが懐から、ナイフを取り出す。


 なんでユニフォームにナイフ隠してるんだよ!


「知ってるかあ椎名? 人の身体ってのはなあ、筋肉の筋を1本ちょん切ると、自由に動かせなくなるんだぜ!」


 キャプテンが……僕の肩にナイフをあてる。


「嘘……ですよね……や、やめてください」


「ハッハ! 良い顔するなあ椎名! じゃあよお……このナイフで、梨原を斬れ。斬ったら俺たちの仲間にしてやるよお!」


 人間誰だって、自分の身が一番可愛いのだ。

 どれだけずっと一緒にいた、親友だろうが恋人だろうが……自分だけは助かる条件を出されたら、飛び付いてしまうもの。


 結局みんな、自分が一番大事なんだ。

 だから、僕もこう答えるんだ。


「断る! 斬るなら僕を斬れ! だが、梨原には傷一つ付けさせやしない!」


 だって僕は、僕の命よりも、野球で大スターになる梨原の未来のほうが大事だから。

 梨原の投げた球をミットで受け取ってみろ。

 絶対、忘れるなんてできやしない、最高のボールなんだ。


 先輩たちは全員キョトンとした。


「ギャハハハ! バカかよこいつ! じゃあな椎名! 死んでくれや!」


 キャプテンのナイフが、僕の胸を貫いたのであった。


 ***


「…………な!」


 ん? なんだ?


「……いな!」


 この……声?


「椎名!」


 あれ? 僕死んだんじゃ……?


「良かった。目が覚めたか椎名」


「なし……はら? ……はっ⁉ ここは⁉」


 森だ。なんで森?

 何かぴょんぴょん飛び跳ねて近づいてくる。

 ウサギ、か?


 いや違う! デカい! 口を大きく開けて、僕と梨原を丸呑みする勢いだ!


「うわああああああああああああ」


 叫び声しか出ない。

 なんだよこれ……わけがわかんないよ!


「大丈夫だ椎名!」


 梨原が何故かバットを構えてた。

 豪快なスイングが、ウサギモドキの顔面を粉砕したのであった。


「な、なんじゃこりゃあああああああ」

「狼狽えるな椎名。お前らしくないぞ」

「僕らしくないってなんだよ! いいから何か知ってるなら教えてくれよ!」


 慌てふためく僕に、梨原はコクンと頷いて説明を開始した。


「椎名がキャプテンに刺し殺された直後、俺も刺し殺されそうになったが、女神っていう名の女が欠伸しながら現れてな。なんだかチート能力くれるっていうから、じゃあ椎名を生き返らせる能力くれって言ったんだ」


 ……マジか。キャプテンの言ってた、異世界転移前の準備段階前ってマジだったのか。


「椎名、見てみろ。さっきでかいウサギ倒して曲がったバットだ。曲がってるだろ? でも俺の生き返らせる能力で……ほら、元通りだ」

 

「おお……凄い」


 凄いけど、だからなんだって感じもしなくもない。


「ごめん。チート能力なんて貰う機会なんて、滅多にないのに。……生き返らせる能力って凄いけど、もっと凄い能力貰えただろうに。僕が死んじゃってたから……選択肢も無くてごめんな」


 申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 だが梨原は、そんな僕を不思議そうに見た。


「キャプテンや他の先輩たちは? てゆーかここどこ⁉ 僕もちょっとは異世界物の物語に詳しいけど、こういうのってチート能力与えるのは、滅茶苦茶ゲキヤバな状況で、しかもそのチート能力には使い道があるのがお約束なのに」

 

 そう。何の脈絡もなく、自分たちにチート能力を与えてくれるなんて、この世界が魔王とか極悪非道な連中に、蹂躙されてるのが定番なのだ。


「先輩たちは、全員魅了を貰ってたな。女を抱きまくるとか言ってたっけ」


 魅了⁉


 あんな先輩たちにそんな危険な能力渡すなんて、女神は一体何を考えてるんだよ!


「あはは、じゃあ僕だけがチート能力貰えなかったんだ。残念。でも梨原が一緒で助かったよ。さて、と。じゃあ街へ向かおうか? 物まで生き返らせる梨原の能力は、確かにチートだ。でも攻撃力が僕たちに無さすぎる。街で仲間を募集して、旅の安全面を確保しようよ」


 笑顔で提案する僕に、梨原は首を傾げて思い出したかのようにポンっと手を打つ。


「悪い椎名。お前の分、女神にお願いして貰ってるんだ。攻撃力は大丈夫だ」

 

「え? マジ⁉ どんな能力! 攻撃力ってどんな? あっ! 魔法とか? それとも剣が使えてめっちゃ強くなってるとか?」

 

 僕は期待に胸膨らませて、梨原に聞いた。


「椎名、今襲ってきたデカいウサギを生き返らせるから触ってみろ」


「え? え? どういう事?」


「いいから! さあ」


 梨原がデカいウサギを復活させた。

 すると、敵意剥き出しで再び襲いかかってくる。


「うわあああああああああ」


 叫ぶ僕……だったのだが、僕の手に触れた敵は……野球ボールになったのであった。


「は?」

 

「椎名のチート能力は、触れた敵をバットかボールに変える力だ」


 ⁉


「本当は帰りたかったんだが、女神って名乗るクソ女、こう言いやがったんだ」

 

『世界を救ったらだし! キャハハ』


「って笑うからムカついてな。その能力を椎名に願って、椎名の手でクソ女をバットに変えてやったのさ。そしたらこんな森に落とされたんだよ」


 は、話についていけん。


「さすが恋女房の椎名。生き返ったばかりの気を失った状態でも、俺と以心伝心だな。クソ女を敵認定して、バットに変えたのは見事だったぞ」

 

『きゃあああああああ、ふざけんなああああああ』


「って叫んだクソ女、今思い出しても笑いが込み上げてくる」


 ……梨原? それ……人としてやっちゃいけないこと……だぞ?


「って! 女神様なんだよね! 戻す! バット貸して!」

「馬鹿言うな椎名! 野球できなくなるぞ!」

 

「いやいや、いいから! 僕のことを恋女房って呼ぶんなら、サイン通りに投げて!」

「ぐっ……サインか。そう言われたら聞かざるを得ないな」


 僕はホッと一息ついてバットを受け取る。

 すると、シクシクシクって女の子の泣き声が微かに聞こえてきたんですけどお⁉


「どうすれば戻せるんだ⁉……はっ⁉そうだ! 敵じゃない! この人は敵じゃないんだよおおおおおお!」


 目一杯叫んでみた。


 するとバットが淡い光に包まれ、女神様が復活したのであった。


 おわっ! ちょ、超美少女じゃん!

 金髪でポニテ、透き通るような白い肌。

 真っ白い清楚な服で、白い羽根が背中に生えてる!

 そしてなにより……胸が、乳がああ! おっきいいいいいいい!


「この人間共がああああああああ! っざっけんなあああああああああああ」


 復活した女神様は、超ブチギレた。


「こんなの前代未聞だし! なんなのこいつ! なんなのあんた! 敵をバットかボールに変える⁉ 意味がわかんないんだし⁉」

 

「わかるだろ! 野球やる為だ!」


 まだ叫び足りなそうな女神様の怒りを、梨原が一刀両断で斬り捨てる。

 

 女神様の顔がみるみる真っ赤になった。


「あのね! 野球って何⁉ そんなの知らないし! そもそも私はこの世界を救ってもらいたくって、あんたたちを呼んだんだし! な! の! に! 世界を救う前に、あんたたちに私がバットにされてどうすんのだし! …………ゼエゼエゼエ」


「ホント、なんかごめんなさい」


 僕は心の底から謝った。


「フン! とっとと帰らせてもらうし! じゃあねクソ共! さっさと殺されてほしいし!」

 

 飛び立つ女神様。


 ガチギレしてんなあ。

 まあ、しょうがないよね。

 僕たちが悪いんだし。

 ハア……女神に嫌われた状態で、異世界を救う旅に出なくちゃいけないのか。


 梨原が振りかぶった。

 いつ見ても、惚れ惚れとするフォームだった。


 ビュン! ガツン! ドタン!


 ⁉


「デカいウサギをボールに変えておいて良かった。椎名のミットに吸い込まれなかったのは残念だが、今のは良いストライクだっただろ?」


 僕たちの足元に落ちて、頭にデカいたんこぶ作って気を失ってる女神様。


「って! ストライクじゃねええええええええ! デッドボールだろおおおおおおおお。危険球退場だろおおおおおおおおおお」

 

「しまった! そういえばそうだな。さすが椎名だ。いや、ちょっと待て。ランナーに当てただけだ。退場にはならん!」

 

「振りかぶってランナーにぶつけたらボークだろおおおおおおおおおおおお」

 

「……そうか。次からは振りかぶらずにクソ女に当てるか」


 突如起こった異世界転移。


 僕の隣には野球しか頭の中に存在しない梨原。

 僕たちの真下には女神様。


 この先……マジでどうなるの?


 ***

 

 森の中で、女神様にタンコブを作ってしまった僕たち。

 とりあえず、森を抜けて街を目指していく。


「椎名、何故クソ女をおんぶしてるんだ? バットに変えれば、楽だぞ?」

 

「いやいや! これ女神様だから! さすがに危険がいっぱいな森の中に放置はマズいでしょ!」


 そう言いつつも、背中におっぱいが当たる感触に、僕はドキドキだ。


「デカい壁が見えるな」


 森を抜けて街へ続く街道に出ると、梨原が急に立ち止まって呟いた。

 

 目を凝らすと、確かに城壁が見えた。

 大きな門があって、そこに鎧姿の兵士が立ってる。

 門番兵? しかも……カッコイイなああ! 中世ヨーロッパみたいな格好だ。

 本物の鎧を着た人なんて初めて見たよ。


「止まれ。通行証を見せよ」

「え? 通行証」


 槍をクロスさせ、僕たちを通せんぼする門番兵。

 僕は通行証なんて持ってないし……困ったなあ。


 すると梨原が、ポンと前にいる僕を押した。


「は? え? ちょっ⁉」

「貴様! 無理矢理通るつもりか! たたっ斬る!」


 嘘だろ?


 冒険の旅に出ました

 ↓

 街に着きました

 ↓

 門番兵に斬られて完⁉


「わわっ! 槍を向けないでえええええええ」


「椎名! 忘れたのか⁉ 敵に触るんだ!」

「て、敵って⁉」


 そりゃ攻撃されてて、敵って単語聞いちゃったら……


 カランコロン


 槍が二本、地に転がっていく。

 ……バットとボールも。


「見事だ椎名! さあ! 街に入って野球するぞ!」

「うわあああああ、やってしまったあああああ」


「何言ってる? 敵を屠ってバットとボールを手に入れた。……大収穫だろ!」

「敵じゃないって! この人たち、職務でやってたの! 元に戻すからバットとボール……」


「あっちにドーム球場あるぞ! 行ってみよう!」

「人の話を聞けえええええええ! ってドーム球場⁉」


 ホントだ。大きくて白い外見で、たまご型の建物がある。

 なんで異世界に?

 梨原が走って向かう中、僕も女神様を背負って球場へ入ったのであった。


 建物の中は宗教施設のような、どこか神聖さを感じさせるデザインだ。

 天井が高くてドーム型になっているだけみたい。

 梨原は露骨にガッカリしたが、僕は何かが気になって奥の部屋へと向かったのである。


「なんだ椎名? ここを出ないのか? そんな事より早く大きな広場を探し、占拠すべきだろう」

 

「そんな部活中に、ミーティングより早く野球やろうぜ的に言わないでよ。……ちょっと僕の勘なんだけど、この教会っぽいところおかしくない? 女の子が1人も居ないのに、おっさんたちが一生懸命働いてる」

 

「そういう職場なんじゃないのか?」

 

「いや……多分、神父っぽい人たちは洗脳されてるよ。ずっと同じところをひたすら掃除してるし」

 

 そう、お約束である清楚なシスターさんが1人もいないのだ。

 こんなの、絶対おかしい。何かが起こってる証拠じゃないか。


 僕は恐る恐る、奥の部屋を開けた。

 そして……人がたくさんいた。


「おお? 梨原と椎名じゃねえか?」

「う……あっ」


 僕を刺し殺したキャプテンや、取り巻きの2年の上級生たち計7人。

 それと……


「これかあ? 美女美少女は全員俺たち『チャーム』の能力で、魅了しといたぜ。どうだ梨原? 美少女ばっかで羨ましいだろ?」


 百人以上の女の子たちに囲まれて、美味しそうな料理や飲み物を両手に抱えて酒池肉林状態のキャプテンたち。

 こいつら……異世界で美女美少女ハーレム作ってるのかよ⁉ しかも魅了して好き勝手してるとか!

 ……本当にクズだな。


「おお⁉ なんか知んねえけど、この力をくれた女神様じゃねえか? おい椎名! その背中の女神様をこっちまで運べや!」


「…………」

 

「ヘヘ、足ガクブルさせて声も出ねえってか? ギャハッハッハ、いい事思いついたわ! チャームで、俺たちのスパイク舐め係にしてやるよお」


 キャプテンたちの眼が妖しく光る⁉


「ちょっと待ってくれキャプテン!」

「なんだあ梨原! 仲間になりてえかあ? 良いぜえ大歓迎だ!」


「いや、クソ女は要らないから椎名だけは許してくれ!」

「ちょっ⁉ それはあんまりだぞ梨原!」


 梨原、わかってんのか? 確かに女神様は我儘で自己中で、無理矢理僕たちを異世界転移させた張本人だ。

 でも……あんな奴らのオモチャになっていいはずはない!


「ハッハッハ! 良いぜえ。じゃあ椎名! 女神様置いて、何処にでも去りな!」

「俺たちは女を抱いて男共を働かせるのに忙しんだよ!」

「テメエら相手にしてる暇はねえの」

「この世界は俺たちが頂いたぜ」

「あ? なんだその顔?」

「俺たちの気が変わらねえうちに、とっとと女神様置いて去りやがれ!」


 キャプテン以外の他の先輩たちも、邪悪な顔で叫んできた。 


「……ッケンナ」

「あん? なんだあ⁉」


「ふざけんなっつったんだ! 女の子たちを無理矢理抱いたり、女神様をオモチャにするなんて許されるわけないだろ! 僕は、異世界を救いたいって思える程お人好しじゃないけど、チャームで好き勝手してる人を笑って許せるようなクズでもないんだ!」


「……ぷっ。アッハッハッハ! 椎名、テメエって面白い奴だったんだなあ。単なる野球バカナンバー2だと思ってたがよ。ギャハハハ! お前気付いてないだろ? 地方大会決勝戦。9回2アウトランナー2、3塁。お前のホームランで1点勝ってる状況。絶対お前は、フォークボールを要求すると思ってたぜ」


「何を……?」


 フラッシュバックする。

 僕がパスボールして甲子園を逃したあの瞬間を……


「椎名、気付いてなかったのか? あの時、お前の眼に光が当たってたぞ。マウンドから、はっきり見えた。今のキャプテンが、ベンチから手鏡で光をお前の眼に当ててたのさ」

 

「は? え…………? 何を言ってるんだ梨原?」


「ギャハハハ。気付いてたのに黙ってたのかよ! 梨原も人が悪いな! そういう事だよ椎名。俺たちはなあ、お前たちに連れてってもらうだけの甲子園に価値なんて、なああああああんも無かったんだよ!」


 僕は膝から崩れ落ちた。


 嘘……だろ?

 あんなに一生懸命練習した結果が……これって……

 自軍のベンチの……先輩に邪魔……されたのか……


「う、う〜ん? ここはどこ? 私はだあれ?」


 僕の背中から落ちて、女神様が目覚めてしまった。


「俺たちのマネージャーだ! 野球部のな!」


 断言して、梨原が叫んだ。


「野球部? マネージャー?」

「そうだ。俺たちを甲子園に連れていく、勝利の女神様なのだ!」


「って! 何言ってんだ梨原! おい! 女神様! 俺たちの瞳を見ろ!」


 梨原の言葉に慌ててキャプテンが口を挟み、7人の先輩たちの『魅了』が発動する。


 終わった……女神様も……あいつらクソ野郎に……


「は? 何? キモいし!」


 え?


「な、なんで……」


 動揺するキャプテンたち。


「俺と椎名……こいつの眼を見てくれマネージャー。どう思う?」

 

「うん? ……う〜ん? 澄んだ眼をしてるかな。椎名って人は、なんか凄く悲しそうだし」


 って! 顔……近い。


「マネージャーたる者。甲子園に導くために応援して勇気づけて、元気を与えるのだ! 椎名を応援してやってくれ! 敵である、あいつらを倒すためにな!」


「なんだかよくわからないけど、わかったし! フレーフレーし・い・な♥ガンバレガンバレし・い・な♥」


 うお! なんだこれ⁉

 とんでもなく力が溢れてくるぞ!

 もしや、この女神様の固有能力なのか⁉


「椎名! バットとボールだ!」

「おう! 攻撃は任せてくれ! 守備は任せたからな梨原!」


 僕はバットでボールをかっ飛ばすと、次々と先輩たちをバットかボールに変えていく。


「ひえ⁉」

「ちょまっ⁉」

「ぎょえ⁉」

「グフッ⁉」

「なんてことだ⁉」

「グローブさえあれば⁉」


 キャプテン以外、バットかボールになった。


「お、おのれええええええええ椎名あああああああああ」


「キャプテン。僕は貴方を許すことは出来ない。犯した罪、バットかボールになって償ってください」


 心の中で、いつの日か僕と梨原が世界を救ったら一緒に帰ると約束します。と付け加えた。


「チャーム! チャーム! チャーム! ちくしょう! なんで効かねえんだよおおおおお」


「それが野球を愛した者と、そうでないかの違いだ!」


 断言する梨原だが多分違うと思うぞ?


 恐らく、同じチート能力を持った者に洗脳系の能力は効かないんだ。

 当然、能力を与えた女神様にもね。

 なんて、僕が説明出来るわけないんだけどね!


「嫌だあああああ、せめてバットに……」


 コロンとボールが転がってゆく。


 うん、このボールは無くさないようにしなくっちゃな。


「終わったの? それでこれからどうすんの? 椎名、梨原?」


 うお! 女神様、顔近いって!


 キョトンとする記憶無くした女神様。


「無論! 甲子園を目指すのだ!」

「甲子園?」

 

「そうだ!」

「わかったし!」


 い、いいのか?


「あはは、甲子園行くには世界救って元の世界に帰らないとね」

「なあに、俺と椎名とマネージャーなら容易く世界を救えるさ」


 簡単に言ってくれるねえ。

 でも、心強いよ梨原。


「世界を救う? 甲子園行くのってとんでもなくハードル高いのね! 燃えてきたし! 私もマネージャーとして協力するから絶対甲子園に行くんだし♪」

 

「あはは、そうだ……ね」


 ルンルン気分で歩きだす元女神様。


 ホント、いいのかな?


「な、なあ梨原? どうして女神様が記憶失ってると思ったんだ?」


 洗脳が解けたっぽい、神父やシスターたちの悲鳴が木霊する中、僕はそっと梨原へ訊ねた。


「いや、『ここはどこ? 私はだあれ? 』なんて言ってたからな。俺の祖父もああなって二度と記憶戻らなかったからな。試してみるものだな。あの旧クソ女の応援能力は使える。甲子園優勝も夢ではなくなる!」


 えっと……ごめん女神様。

 世界救っても記憶戻らなかったら、責任取って僕たちの世界で暮らせるようにするから。


「あのパスボールの時の光の件……どうして黙ってたのさ?」

「いやだって、気付いてないなんて思わなかったからな。さすが椎名、度量が広いと思ってた」

 

「クス……なんだよそれ〜」


 僕は久々に大笑いした。


 まったく、梨原は僕を買い被り過ぎだっての。


「なあに? あんたたち? ヒソヒソ話してて仲間ハズレにするつもり?」


 両手を腰に当てて、頰を膨らませる元女神様。

 なんて可愛らしい仕草なんだろう……って、今はそれどころじゃないぞ!

 ……さてと。世界救いますかね。 最初はどうなる事かと思ったけど、僕や梨原に女神様ならきっと出来るさ。

 だって僕たちは……異世界を救うために呼ばれたんだから。


「大変だあ! オークが街に攻め込んで来たぞおおお!」

「も、門番兵は何をやってたんだあああ」


 教会を出て、そんな声が聞こえてきて頷き合う僕たち。


「さてと。いっちょ世界を救いますか。この敵をバットとボールに変える力でね!」


 僕たちは駆け出した。


 この日がのちに、野球という競技がこの世界で初めて行われた記念で祝日となるのである。


 オークたちを野球で下した僕たちは、野球の素晴らしさを、この世界に伝えていく伝道師となるのであった。


お読みいただき感謝します。


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