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終電

作者: 執行 太樹

今という時間は、永遠には続かない。変わりゆく現実に、思ったことがあります。

 


 揺れる最終電車の車窓から、光る街並みを眺めていた。私は、両手に紙袋を提げながら、電車の扉に持たれかけていた。少し、飲み過ぎたようだ。

 さっきまで、私は会社の送別会に参加していた。気の置けない同僚と、よく行く飲み屋さんで飲んだ。楽しいお酒だったので、よく進んでしまった。


 先月、転勤が決まった。転勤先は、今の職場からだいぶ離れた所だった。転勤になることは予想できていた。しかし、いざ転勤となると、心が動揺した。この職場で長く働かせてもらった分、この場所を離れるとなると寂しくなった。

 職場では、いろんな人に送別を祝ってもらった。贈り物も、たくさんもらった。別れの言葉を交わす度に、この場所から離れてしまうという実感が湧いてきた。もの寂しさが込み上げてきた。

 出勤の最終日、職場の受付の方々にお世話になりましたと挨拶をし、職場を後にした。出入口を通り過ぎ、正門に差し掛かろうとしたとき、1本の桜の木を見つけた。今年は寒さが続いているため、桜の花はまだ咲いていなかった。最後に桜を見たかったので、少し残念だった。人生は、そう都合よく行かないものだなと思った。

 私は心の中で、今までの思い出を整理した。色々あったが、この職場で働くことができて、良かった。そして、楽しかった。

 その日の夜、仲の良い同僚たちに送別会に誘われ、いつもの飲み屋へ行った。美味しい食事と、美味しいお酒で、心が満たされた。幸せな時間だった。この時間がいつまでも続いてほしいと思った。

 飲み屋を出て別れるとき、みんなが私に声をかけた。

「じゃあ、また」

私も、言葉を返した。

「じゃあ、また」

そうして、わたし達は別れた。

 最終電車に乗り込み、扉に持たれかかった。車窓を流れていく夜景を、私はぼーっと眺めた。光る街並みが、目の前を流れ過ぎていった。

 じゃあ、また・・・・・・。いつも何気なく交わしている言葉だった。しかし、今日は何故か寂しく耳に残った。胸が少し熱くなった。


 もし時間を巻き戻せるのなら、入社した時の自分にこう伝えたい。お前のやり方は、決して間違っていない、と。お前は、これからいろんな経験をする。楽しいこと、辛いこと、嬉しいこと、悲しいこと。感動することも、投げ出したくなることもある。でも、安心してほしい。お前のやり方は、間違っていない。

 そして、安心してほしい。今お前がいる職場には、お前のことを思ってくれる仲間がいる。今はまだ、それに気付いていないかもしれない。でも、お前が挫けそうになったときに、必ず助けてくれる仲間がいる。

 そして最後に、これからお前が過ごす時間は、大切なものになる。お前にとって、これ以 上ないほど幸せだと思うときが、きっと来るから・・・・・・。


 少し離れた所に、ふらふらになりながら吊り輪を頼りにかろうじて立っている青年がい た。仕立て上げられたスーツの様子を見ると、おそらく新入社員だろう。夢見心地で、気持ち良さそうに電車に揺られている。彼も、職場の歓送迎会だったのだろう。

 青年を横目にし、少し心が温かくなった。車窓から見慣れた街が見えた時、車内アナウンスが最寄り駅への到着を知らせた。




お読みくださり、ありがとうございました。


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