雪のこと
突然のゴザッという音とあまりの寒さに目を覚ました。
光が漏れるカーテンへ目をやる。
体がこおってしまいそうだ…
なけなしのお金で借りた家は古い家のためエアコンはついておらず、リビングの暖炉とストーブで寒さを凌がなくてはならない。
私は今、北の国へ来ている。
関東では雪なんて珍しいものだった。私は雪が好きだ。真っ白で、キラキラした雪が降るなんて、ひどく素敵なことに思えた。
だからやってきたというのだ。美しい景色を追うように。わずらわしい人間関係から逃げるように。
体を起こすと凍りついた空気が布団の隙間を縫うようにして体にはいりこんでくる。
ひぃひぃ言いながらなんとか毛布から抜け出し、カーテンを開ける。
「わぉ…」
外は一面に広がる銀世界だった。
あまりのまぶしさに目がくらむ。
どうやらあの音は屋根の雪が落ちた音であったようだ。
雪だ…雪がふった…!
なんて静かで、清らかで、落ち着くのだろう。
雪が降ったのだ。この寒さにも納得がいく。
急いで居間へ行き、暖炉に火をおこす。ストーブもつけ、お湯を沸かす。
なんとか暖かくなってきた。
庭へ目をむけると雪が一晩で思っていた以上に積もっていて、今もなお降り続けていた。
これは、雪かきをするべきなのだろうか…
そう考えても、こたえは、でるのだろうか…
そのまましんしんと降りつもる雪をただぼうっと眺めていた。
どのくらいたっただろう。暖炉の火の勢いがだいぶ弱まっている。
人がいる気配がして、ふと、視線を庭の奥の道路へと移す。
体に衝撃がはしる。
あいつだ。
目の前の清らかな雪とのあまりのギャップに悲鳴をあげてしまいそうだ。
もう顔もみたくない。
どうしてここに?
えらそうに立つな。
その下品な声で笑うな。
見下したような目で私をみるな!!
窓をあける。
あいつに向かって走る。
足が雪にうもれる。
「きえろ!お前のせいで…お前らのせいで!!」
足がもつれた。
その勢いで前に倒れる。
次に顔を上げたときにはあいつはどこにもいなかった。
またなのか?
私はまた、どこか、逃げなくてはいけないのか?
そのまま雪に身をなげる。
寝巻きのままであった。
袖口から、首元から雪が入りこむ。
私はこれ以上どこへ逃げればいいのだろう。
もういいじゃないか
雪が私に言った。
「なにもよくない。」
どうして?
「だって、私は全く幸せではなかった!今の私はあいつに騙されたただのマヌケ!
なぜここまで苦しまなければならない?そのぶんの幸せが返ってきてもいいじゃないか?!
本当の私は、こんなんじゃない!」
じゃあ本当のあなたは?私たちを好きで、綺麗だと言ってくれたあなたは、本当のあなたではなかったの?
……
幸せじゃなかったんじゃなくて、苦しかったことしかみてないんじゃない?
…もういい。
また、やり直そう。
君の中に埋もれていたい。
優しい言葉がほしい。かけてほしい。
さみしい
「おはよう。ユキコさん。」
精神科医になって一年目の僕はカルテを持って病室に入る。前まで伽藍堂だった401号室には可愛らしい中学生のユキコちゃんに相応しい、花や、ぬいぐるみや、ゲームで賑やかになっている。
そんな部屋に孤立しているかのようにポツンと、重たい空気をまとった少女はベットに横になっていた。
(地方の学校でのいじめ、家庭内の孤立。いじめの主犯格の生徒への暴行で親は学校に呼び出され、初めて娘の状態に気づく…)
おまけに入院しても両親は全くといっていいほど病室に顔を見せず。
(あの様子からしてユキコちゃんのお兄さんのことしか頭にないようだった。)
「先生…おはようございます。」
今起きたのだろう。眠そうな目をこすりながら彼女は体を起こした。
「ユキコちゃん、昨日はよく眠れた?」
彼女はどこか遠くを見ているようだった。何もない白い壁に向かって言った。
「私はユキコじゃありません。」
寝ぼけているのだろうか。
「そうだったのか。じゃあ、なんと呼べばいいかな?」
少し間が空いて、彼女は壁に目を向けたまま答えた。
「ユキっていうの。」
そう言った少女の目は珍しく輝いたような気がした。
「わかった。ユキちゃん、今日は食欲あるかな?」
ぶんっとこちらを振り返って、こう言った。
「あったかくて優しい、シチューが食べたい!」
病室をでて、次の仕事へと向かう。それにしても、顔色が昨日よりずっとよかった…話し方だって、まるで…
コートを着込んだ老夫婦が廊下で「寒い寒い。」と話し込んでいた。
「何年ぶりの雪じゃろうか。一晩でこの街を覆うように降り積もったわい。」