6.天性の才
ユーリスは村に現れた謎の集団、そしてルクスの言った「自分たち以外にも魔力を持つ者がこの村に生まれたかもしれない」という言葉が引っ掛かり続けていた。
ルクスが紅黒城の口に再挑戦したその日、ユーリスはその真偽を確かめるべく、魔力感知を極限まで高め村を隅から隅まで探索した。
その結果、魔力や魔法の残滓は発見できなかった。
しかし、残滓が人為的に消されたような通常の状態と異なる地点がチラホラ確認できていた。その地点の一ヶ所が村から魔獣が現れた森の中へと点々と続いていた。
その事実はユーリスに他の魔力持ちがいるというこれ以上ない回答を提供していた。と同時に、敵かはわからないが少なくとも味方ではないとユーリスは考えていた。
ルクスという味方を失った今、ユーリスは目標の明確化を急いでいた。
・魔力を持つ何者かはルクスと自分の修行を監視していた。
・その上で現状、恐らく何者かの方が強い可能性がある。
・わざわざ格下を監視するということは、目的は不明だが今すぐ正体を明かすことが出来ない何らかの理由が存在し、場合によっては自分たちが障害になり得ると考えている可能性がある。
・敵と決まったわけではないが場合によっては、相手より強くなる必要がある。
・どの程度強くなったか相手に把握されるわけにはいかない。
・いざという時、村の人を助けることが、最悪相手を殺すことが出来るのであろうか?
・ルクスやルクスが先生と慕う人は当てになるのであろうか?
そんなことをグルグルと考えていた。そして、兎にも角にも強くなることこそが最大の備えになるとの結論に達した。
「ここなら全開で修行が出来る。……それに、何者かに監視される可能性も低くなるだろう」
ユーリスは修行場として紅黒城の口を選択した。
紅黒城の口の中についてはルクスから話を聞いていた。
気を抜くと押し潰されそうな魔力の奔流が全身を飲み込み、ありとあらゆる感覚が機能不全を起こすと。にもかかわらず、森までの距離2メートル程度に近づいても、足を踏み入れることに嫌悪感がある程度の警告性しか有していないのである。
つまり、何らかの影響で森の中の魔力が外に漏れないということである。そのことが正しいのであれば、自分の修行を部外者に気取られる可能性が低いのではないか?とユーリスは考えていた。
「一刻も早く強くなる。安全圏での修業は終わり、そう覚悟したろ、ユーリス」
一つ気合を入れ、ユーリスは紅黒城の口へと足を踏み入れる。
入ってすぐ後ろ向きにすっ飛び、森から慌てて出る。
「この中に3日もいたのか……ルクス……キミは……っ」
汗が頬を伝って滴り落ちる。喉が渇き唾を飲み込む。
これからの修行風景が想像できず、ユーリスは森を見上げる。
それでも、覚悟で恐怖を武者震いに変えると紅黒城の口へ再び足を踏み入れた。
ユーリスの修行は単純なものであった。
魔力を練ったり、魔力を全身に送り体を動かし肉体強化を図ったり、魔法をコントロールしたりする。普段から欠かさず行っている基礎的なことを紅黒城の口でやる、ただそれだけである。
ただそれだけではあるが、まるで別物であった。
森の中では一切気を抜くことが許されない。気を抜こうものなら感覚機能が麻痺し、森を這って出ることになる。最初のうちは1時間も持たずに泥と吐瀉物でグチョグチョになり、寝込むこととなった。
ユーリスは、まだ日も登り切っていない朝の薄暗いうちから村に新たな魔力の残滓や異変の種になり得るものがないかを見て回り、紅黒城の口へ修行のため入る。
修行の負荷で心身ボロボロになりながら、なんとかベットに辿り着き、気絶するように眠る。この行動を雨の日も風の日も、怪我をしようが体調不良であろうが目が覚めたら、ひたすらに繰り返す。
時には唐突に気絶し、倒れざまに頭を打ち付けた反動で意識が戻り、時には自分の吐瀉物で溺死しそうになる。
それでも、何があってもユーリスはこの修行を続けた。
元々魔力や魔法を扱うポテンシャルの高かったユーリスは、覚悟と弛まぬ努力によって瞬く間に子猫から猛獣へと進化と遂げた。
最初の1時間が3時間に、3時間が半日に、半日が1日に、1日が3日に、3日が1週間に。ユーリスは確実に紅黒城の口に滞在できる時間を伸ばしていった。
最初の頃はなかなか喉を通らず、無理矢理押し込んで摂っていた三食の食事も味わって食べられるようになっていた。
1年後、ユーリスはか弱い子どもからまだ見た目には幼さが残るものの、戦闘力は立派な強者へと成長した。
時間がある時は紅黒城の口で過ごすようにしていた結果、紅黒城の口の中でもあらゆる感覚を保てており、寝食することも苦にならなくなっていた。
また、常に膨大な魔力が体の隅々へ循環させてはいるが、普段は毛ほども体外へ漏らさないレベルまで魔力操作を極めており、一見すると魔力の無い普通の人に感じる程である。
魔法の技術も飛躍的に向上しており、汗一つかくことなく複数の魔法を瞬時に切り替えたり、同時に発動したりできるようになっていた。
「ユーリス!こっちを手伝ってもらえんか?」
「すまんがこっちも頼む!」
「キャーーーこっち向いてーーーー!」
ユーリスは当初、ルクス以外とは碌に関わらず、村や村の人には我関せずという態度であった。
村の人から異物扱いされ距離を取られていたが、それと同時に自分が異物であると認め、ユーリス自身も歩み寄ることを諦めていた。対等に接してくれるルクスと当たりは強いが接点を持ってくれるクエル、2人さえいてくれればそれで構わないと。
しかし、ルクスはルスヴァンの下へ修行へ去りいつ帰ってくるかわからない、クエルはルクスがこの村を去って以降から見かけることがない現状、もう今まで通り2人に頼りっぱなしというわけにはいかない。
村が再びの脅威に晒された場合に村の皆が自分を信頼し、指示に従ってくれるように魔法だけでなく人間関係も積極的に努力してきた。
初めのうちはやはり村の人たちは魔法が使えるユーリスのことを信用することに憶病になり敬遠していた。
それでもユーリスは自身の魔法を使い、木を伐り採取や狩猟をする。道や水路を整備し、新たな建物を建て古くなった物は建て替える。そうして地道に村を発展させ、村人からの信頼を築いていった。
その甲斐もあり、今のユーリスはこの村だけでなく近隣の村々からも引っ張りだこな存在となっていた。
ユーリスには笑顔が増え、結果甘いマスクに拍車がかかり近隣の村を巻き込んでのファンクラブのようなものまで作られていた。
「いや~悪いねぇ。若いのにあっちこっち引っ張り回しちまって」
「いえ、好きでやってますから」
「遊び盛りの年頃だし本当は遊びたいだろ?男女問わずキャーキャー言われてんだ、若いもんが遠慮して本心隠すもんじゃないよ!」
「……そうですね……」
「それにしても魔法ってのは便利だの~。ユーリス、お前がいてくれて良かったよ!最初は煙たがっちまっててすまんな」
「気にしてませんから。むしろ警戒心があることは良いことですよ!いつ魔獣事件みたいなことが起こるかわかりませんから」
「魔獣事件か……まぁもうないといいんだが……もしもの時は頼りにさせてもらうよ!」
「はい!」
「ユーリスさーーーん!」
「はーい」
最近のユーリスは村での仕事に忙殺されていた。
村々の発展のための助言や手伝い、孤児院の子たちとの遊びや修行、若い子たちからの遊びの誘い、周囲で異変が起こっていないか村人とのコミュニケーションを通しての情報収集と、常に誰かと会話をしている状態となっていた。
また、魔力を持つ者への警戒も怠っていなかった。
毎日の見回り範囲は近隣の村まで広げることにした。
魔力が高まったことにより魔力の残滓や隠蔽痕を、より広範囲により速くより正確に探知することが出来るようになったため、探索範囲が広がったことは苦にならない。
修行を始めた当初はチラホラ確認できていた魔力の隠蔽痕であったが、暫くして犯人が止めたのか拠点を他所に移したのか全く確認できなくなっており、これに関しては危険性が減ったと少し安堵していた。
周辺の村も含めパトリア村の中心人物となったユーリスは、姿が見えないと村人たちが心配して捜索隊を出す勢いの存在となっており、そのせいで紅黒城の口に入るどころか近頃は魔法の修行さえままならないほど、多くの村人から慕われるようになっていた。
ルクスが紅黒城の口に入って以降、ユーリスの村での生活は非常に充実したものに見えた。
だが、ユーリスは修行に行き詰っていている現実に歯がゆさを感じていた。
紅黒城の口の謎の魔力は既に負荷にすらならなくなっており、成長曲線も伸び悩み始めていた。魔法の発動速度も精密操作も可能な限り極め、今後どのように修行しどのように強くなればいいか将来のビジョンが見えない。
年々大切な人が増える。なのに、本当に大切な人を守ることが出来るのか、その不安がユーリスの心の奥底に沈殿していた。
強くなればなるほど、ユーリスはルクスが側にいてくれたら思うようになっていった。
ルクスがいれば競い合うことで気付いてないモノに気付けるかもしれない、新しい刺激を得られるかもしれない、それどころか模擬戦などによって今の自分の力がどの程度まで実戦で通用するのか知ることが出来るかもしれない。
何よりも魔法の練度が上がれば上がるほど強くなる、自分は普通の人と違うんだという孤独感が和らぐかもしれない、そう考えていた。
実際、ユーリスは独学のみでとんでもないレベルの強さに到達していた。
その強さは魔獣事件の魔獣程度であれば複数同時に相手しても手傷一つ負うこと無く完勝できる程のものであった。
蓄えた内容を実践できる環境があればユーリスはその事実に気が付くことが出来たかもしれない。
しかし、ユーリスが日々の生活で魔法を行使するのは極僅かな、それも緊張感一切なく片手間でできるような作業のみであり、全力を出す機会は一度もなかった。
そのため、自分自身の実力を正確に測ることが出来ず、ユーリスの実力が既にミラリアム王国内でも有数のものとなっていることに気付いていなかった。
そんな日々を送っていたユーリスに思いもよらない出来事が起こる。
いつも通り、早朝の巡回を終え孤児院で皆の朝食の準備をしている最中の事であった。
ケンが大きな声でユーリスを呼びに走ってくる。
「ユーリス!ユーリス!!ユーリスに会いに誰か来てるぞ!!」
「どんな人?」
「わかんない!けどなんか偉い人っぽい!」
「偉い人?」
心当たりのないユーリスは訝しそうに孤児院の扉を開ける。
外には高級感溢れる馬車が2台と皺一つない黒のスーツを身に纏った男女2名、その後ろにしっかりと練兵された10名以上の護衛が周囲を警戒するように並んでいる。
ユーリスは余所者に興味津々の子どもたちを後方に下がらせて一歩前へ出る。
その様子を見て、スーツの女性の方がユーリスに話しかける。
「私はメリーディア、こちらはポストスと申します。ユーリス様でよろしいでしょうか?」
「そうですが、何の用ですか?」
その返答を聞いたメリーディアとポストスは右足を後ろにスッと下げて優雅に深々と一礼すると、腰を軽く折ったまま顔を上げ最大限の敬意を示しつつ本題に入る。
「ユーリス様が魔法の才をお持ちであると聞き及びまして、我々はミラリアム王国王都ウル・ミヤブスより参上させて頂きました」
王都から使者であるということが判明し、周囲には動揺が走る。
「王都の使者だって……」
「マジかよ……」
「ユーリスさん何かしちゃったのかしら?」
「まさか!ユーリスさんが問題起こすようなことするはずないでしょ!」
「ちょっと!みんな落ち着け!」
周囲の人間がお互いに顔を見合わせ様々な考察をする中、ユーリスは王都からの使者の次の言葉を待っていた。
使者もこういった状況には慣れており、気にすることなく周囲の声量が多少落ち着くのを待って話を続ける。
「単刀直入に、ユーリス様は魔道士にご興味はございますか?」
「魔道士?」
「ご存じございませんか?魔法を操りその道を歩む者。魔道士は魔法の才覚持つ選ばれた方のみが付くことを許される職業でございます。その頂点である宮廷魔道士ともなれば我がミラリアム王国では王族の次に尊い存在であり、様々な公的支援や免除を受けることが出来ます」
降って湧いた都合の良い誘い。
ユーリスが警戒しないはずがなかった。
「この国に置いてそれほど凄い存在であるならばかなり有名だと思うのですが、誰一人一度も耳にしたことがないのは何か理由があるのでしょうか?」
「魔法というモノを認知してすらいない国民もいるほど、魔法の才を持つ方は少ないのです。その中で更に魔法に秀でた方がなる職業が魔道士ですから、母数がかなり少なくお会いすることは滅多にないかと……。それに、この辺は魔族による被害が極端に低いですから、魔道士が派遣されることがなかったのでしょう」
「魔族の被害が少ない?1年程前に魔獣の被害がありましたが、魔道士などという存在は現れませんでしたが?」
「誠でございますか!大変申し訳ございません、その魔獣の被害に関してはこちらで把握が出来ておりませんでした。しかしながら、他の地域では頻繁に魔族の被害を受け魔道士の常駐が必至となっている場所もございます。失礼ながら、1年に1度魔獣被害があるかないかというのはかなり少ないのです。それでも魔道士の数が多ければ、対応できる可能性がより上がります!魔道士を目指しては頂けないでしょうか、ユーリス様!!」
「……」
ユーリスは迷っていた。
いずれは王都に出て魔法を活かして生計を立てようとは考えてはいた。
王都には魔道士という職業があり、待遇もかなり良い。飛びつかない理由は基本ない。それでも、魔道士というモノのイメージがついていないこと、そして唐突な申し出であることから足踏みをしていた。
「ユーリスはいずれ王都へ出るっていつも言ってたろ!何今更日和ってんだよ!」
「そうだぜ!最近、かっこよくなってきたんだから、だせー姿見せんなよ!」
「私たちが心配だから王都に行けないとか言い出したら承知しないからね!」
「「そうだ!そうだ!」」
迷っているユーリスの背中を孤児院の子どもたちが押す。
その口の悪い鼓舞に押され、ユーリスは覚悟を決める。
「魔道士というのは、なると言えばなれるものなのですか?」
「おお!目指していただけますか!感謝いたします!我がミラリアム王国で魔道士になるにはミラリアム魔道学院を卒業していただく必要がございます。ですので、ユーリス様にはまずミラリアム魔道学院にご入学いただくことになります」
「ミラリアム魔道学院?」
「はい。我が国唯一の魔法専門の学院でございます。いくら魔道士の数が少ないとはいえ、実力のない者を魔道士と認めるわけには参りませんので……」
「なるほど、振るいという訳か」
魔道学院には自分と同じく魔法を使える者がいる。覚悟を決めたユーリスは魔道学院への期待感と高揚感に包まれていた。
そんなユーリスの様子にメリーディアとポストスの2人は安堵と達成感のある表情を浮かべていた。
「それではユーリス様、ご出立はいつになさいましょう?」
「必要なものはありますか?」
「いえ、特には。何か必要なものがございましたらこちらで準備させていただきますので」
「そうですか、ならすぐに行きましょう」
「よろしいのですか、別れのご挨拶などしなくて……見たところユーリス様は大変慕われているご様子ですが……」
「あなた方がこの村に来た段階でほとんどの人がここに集まってますから、それにそちらもそのつもりでこんな早朝に来たのでしょう?」
「いやはや、これはこれは……かしこまりました。ではすぐに出発の準備をしましょう」
そう言うとメリーディアは、御者と護衛に指示を出し、出立の準備を始める。
ユーリスと王都の使者の会話が落ち着いた途端、ユーリスは一斉に村の人に囲まれる。
「ユーリスさん寂しくなりますわ!」
「私たちの事覚えていたくださいね!」
「ユーリス頑張ってね!」
「ユーリス!お土産よろしくな!」
疎外感から早く一人前になりこの村を出たいと考えていた1年前では予想もできなかった、村の人達の暖かな声。
勇気を出し積極的に人付き合いをしてきて良かったとユーリスは今の喜びを噛みしめていた。と同時に、この村を発つことに後ろ髪を引かれていた。
「ユーリス、いつでも帰ってきて良いからな。笑顔だろうと泣き顔だろうとな。この村がある限り、お前の居場所がなくなることはないからな」
「……はい。……ありがとうございます!」
ユーリスは口をキュッと結び、深々と頭を下げる。
「行ってきます!」
ユーリスは寂しさを誤魔化すため満面の笑みで返すと、出立の準備が出来た馬車に乗り込む。
背中を押すように村人たちの声援が響き続ける。
村を出て、土を踏み固めただけの街道に入った所でユーリスは目を見開く。
「すいません!少し止まってください!」
街道を外れた林の中に、1年間顔を合わせることの無かったユーリスにとって特に大切な人の姿がそこにはあった。
「ク……クエル!?」
「ユーリス?久しぶりね」
「ここで何を?」
「別に、何でもいいでしょ」
1年ぶりの変わらない素っ気ない態度。
ユーリスは嬉しい気持ちでいっぱいに──ならなかった。
クエルからは極微量ではあるが魔力が感じられる。しかも、ずっと警戒していた魔力痕に極めて近い魔力。
脳内に嫌な予感がけたたましく鳴り響いている。
それでもユーリスはクエルに対し勇気を持って一歩踏み込むことが出来ない。嫌われたくない、その思いが強すぎて言葉を選びきれず黙ってしまう。
「あんたこそこんな所で何してんの?大人数引き連れて村でも出るの?ユーリス」
「へ?あ、うん。王都にあるミラリアム魔道学院って所に。……あのさ、クエル……もし良かったら……その……ボクと一緒に──」
「そう、あたしもいつか必ずルクスと王都に行くから」
「そ、そっか。……じゃあ……待ってるね」
「ええ」
ユーリスは静かに馬車へと戻る。決して下は向かない。
クエルは芯が強く、一度決めたことは必ず成し遂げる強い女の子である。そんな自分にはないモノを持っていたクエルにユーリスは憧れた。
「………………………………頑張りなさいよ」
小さく呟いたクエルの一言にユーリスは足を止める。今すぐ振り返り、抱きしめて想いを伝えたい、その感情をグッと堪え無言のまま強く一歩を踏み出す。
決して仲が良かったわけではない。常に一緒にいたわけでもない。ルクスがいなければ会話すらなかったかもしれない。それでも、2人の間にはそれで充分であった。
ユーリスは馬車の中から紅黒城の口がある方へと視線を送る。
(ボクは先に行く。必ず追いついてきてくれよ、ルクス。それと、どうかクエルを頼む)