31.悪魔強襲
ルクスはファーナとコンコに連れられてカエダム国の王都ミセルガリアへと到着する。
ミセルガリアは大森林の中に建国されたカエダム国で唯一の鉄やコンクリートで作られた建物が目立つ街である。
街全体が超巨大な魔法障壁で覆われており、王都へ入場するための要所を戦士たちが代わる代わる一刻の時も開けずに厳重に見張りをしている。
その安全性からカエダム国の人口の実に4割以上がこの街に定住しており、人材・流通・金銭・文化すべてがミセルガリアに集中している。
ルクスがミセルガリアへ近づくと見張りをしているエルフたちが警戒した様子で次から次へと集まってくる。
「そこの馬車止まれー!──ってコンコさん⁉」
エルフたちは御者をしているコンコに驚く。
「警備ご苦労!ミラリアム王国より魔道士様をお連れした。これよりドゥルケ陛下にご挨拶させていただく。王都防壁の一時解除を頼む」
「かしこまりました」
エルフの1人が小屋へと戻ってゆく。
「それよりなんだこの人数は?見世物ではないぞ」
「精霊たちが強烈な警戒信号を発しましたので」
「魔道士様はあまり精霊と相性がよくないようなのだ。さあ、不快に思われる前に散った散った、持ち場に戻れ!」
「「はっ!」」
コンコと警備が問答している間に街全体を覆っていた王都防壁の一部が解除される。
王都へと入れるようになったところで、コンコが1人の警備兵を捕まえて命令する。
「すまんが王城まで御者を替わってくれ」
「私がですが⁉」
「そうだ。実はここに来るまでの間に野盗に襲われてな。早急にそちらの調査をしなくてはならない。警備の何人かも貸してくれ」
「それでは警備が……ちゃんと招集した方が──」
「今は時間も人手も余裕がない。わかるな?」
「かしこまりました」
戦士と話を付けるとコンコは馬車の中にいるルクスとファーナに事情を説明する。
「そういうわけですのでルクス様、私はここで失礼いたします。ファーナ、魔道士様を頼む」
「か、かしこまりました。気を付けてください(だ、大丈夫でしょうか?失礼のないようにしないと……!)」
御者を替えルクスたちは王城へと到着する。
馬車から降りたルクスを王城に勤めるエルフのみならず町ゆくエルフや使用人であるエルフまでもが、恐怖と警戒に満ちた目で見る。
その視線はさすがのルクスも気になる。
「この国では人って珍しいのか?」
「すみません。私のせいだと思います……(どうしよ~わたしのせいでルクス様に嫌な思いを……)」
「いや、ファーナ殿のせいではないですよ」
(え?)
「ん?」
「精霊を認識できないファーナ殿にはわからないと思いますが、魔道士様はどうも精霊と相性がよくないようです。周囲の精霊が魔道士様を警戒するからその忠告を受けた我々も魔道士様を警戒せざるを得ないのです」
「なるほど……」
鬼胎の目に晒されながらルクスは玉座の間へと通される。
扉が開いた瞬間、玉座の間にいたエルフたちがルクスに向かって一斉に抜剣する。
レイピアを向けられたことによりファーナと御者のエルフは身構える。
「ドゥルケ陛下お下がりください!!」
「子ども⁉」
「いや、しかし、この禍々しい気配。悪魔では⁉」
「悪魔なんてレベルではあるまい」
「なんであろうとこれは──」
(どうしよう、どうしよう……ルクス様をお護り、は無理だし……というかわたしが前にいたらいざという時邪魔に…でも、盾にはなれるのでしょうか?……そうじゃなくて、何とかして誤解を解かないと)
精霊たちの強烈な警戒信号によりエルフたちは取り乱す。
ファーナもパニック状態である。
シーナもドゥルケを守れる位置に立ち、鋭い眼光でルクスの一挙手一投足を見逃すまいと睨み付けている。
「静かに。ミラリアム王国よりご足労いただいた魔道士様に失礼ですよ。それに、この程度で動揺し浮足立っているようでは、カエダム国の戦士は臆病者であると笑われてしまいますよ」
ドゥルケの決して大きくはないが通る声で全員が冷静さを取り戻す。
ファーナはドゥルケの前まで歩み出ると跪く。
「カエダム国第三王箭騎士団ファーナ・フロントール、ミラリアム王国より魔道士ルクス様をお連れいたしました」
「ご苦労様。下がって結構で──」
「お待ちを!」
ドゥルケの言葉を遮ってシーナが口を挿む。
「コンコはどうした?」
「帰還途中に野盗に襲われまして、その調査に」
「野盗?きちんと仕留めたのか?何者だ?」
「はい。野盗はここにいるルクス様が、正体ですがコンコさんの見解では最近行動が過激になっている反体制派ではないかと」
「コンコの見解?お前はなんだと思ってるんだ?」
「わたしも反体制派ではないかと……」
「だったら、コンコの名前を出して自分の意見をうやむやにするな!違った時コンコのせいにしようと思ってるからそう言う発言になるんじゃないのか、あぁ?」
「──っそんな……申し訳ございません」
「そんな?そんななんだ⁉」
「シーナ。お客人の前ですよ」
ファーナの発言を詰めようとするシーナをドゥルケが窘める。
「チッ!もういい下がれ!」
「はい……」
(あのシーナとか呼ばれてる女めちゃくちゃだな。オレ一応要人扱いだよね?そんな人間の挨拶差し置いて部下に説教かますかね?というか、空気悪くなるから、そういうのは別でやってくんないかな~)
ルクスはシーナの行動に呆れながらしょぼくれてしまったファーナを横目で追う。
ファーナは腰を落としながら小走りで最後尾に整列する。
ファーナの報告が終わったことを確認してルクスが大きく一歩前に出ると一礼する。
「ミラリアム王国ドゥニージャ公爵領領主ドゥニージャ・ギエール公爵の要請により参上いたしました、ルクスと申します」
「私はカエダム国国王ドゥルケ・カウサです。先ほどは部下が大変失礼いたしました。座ったままで恐縮ですが、謝罪申し上げます。それと、我々の要請を受け、遠方よりの来訪感謝いたします。何か必要なものがございましら遠慮なく仰ってください。可能な限り対応させますので」
「では早速。現在戦況は?」
「シーナ」
「はっ!」
ドゥルケに名前を呼ばれたシーナが一歩前に出る。
「現在、マーガス丘陵に大量のアンデットが発生している。その数は増え続け、万を超えているとの報告を受けている。今のところ我が国の戦士がマーガス丘陵内で止めてはいるが、残念ながら限界が近い。そこで貴殿にはマーガス丘陵に出向き、発生したアンデットの討伐とアンデット発生の原因究明、可能であれば原因の対処を依頼したい……がっ!その前に、本当に実力があるのかテストさせてもらう」
「「⁉」」
(はぁ?救援要請しといてマジか⁉)
「マーガス丘陵の件、あまり猶予がないのでは?」
ドゥルケも含めその場にいた数名が不可解という表情を浮かべる。
当然、ルクスも顔には出さないが心の中で突っ込む。
しかし、シーナは得意気な表情で返答する。
「はい、その通りです。しかし、万を超えるアンデットです、リッチがいることは必至でしょう。であるならば力の足りない者を連れていってもアンデットが1人増えるだけです。実力を測るのが最善だと考えます」
「お待ちください!野盗を討伐するなどでルクス様はお力はすでに我々が確認しております!」
シーナの意見にファーナが反対意見を述べる。
ファーナの行為にエルフたちは口を半開きにして驚く。
「あ゛あ゛。貴様の目がどれほどだと言うんだ!わかるか⁉我々に見せろと言っているんだ!それとも、万が一ミラリアム王国の魔道士が死んだら貴様が責任持ってミラリアム王国に説明に行くのか⁉貴様ごときの言でミラリアム王国が納得すると思ってるのか⁉もう少し頭を使って発言しろ!!」
「シーナ、ファーナ!お客人の前ですよ。慎みなさい」
「失礼いたしました」
「申し訳ございません」
(ええ~⁉今のでファーナも怒られんのか……こりゃ女王もまともか怪しくなってきたな。大丈夫か、この国)
玉座の間で行われる謎のやり取りにルクスの突っ込みは止まらない。
ドゥルケの一喝で沈静化しているが、場には妙の空気が流れている。
シーナはファーナのこと睨み殺しそうなほど睨んでおり、誰一人として口を開かない。
(ほら!変な空気に──)
ゴオン
強烈な爆音とともに王城が揺れる。
少し遅れて戦士が1人が玉座の間に飛び込んでくる。
「報告します!何者かが王都内に悪魔を導き入れたようで、悪魔たちが王都内で暴れております!」
「王都防壁が突破されたのか⁉」
「いえ、王都防壁の一部が起動していなかったようでして──⁉」
「今すぐ防壁を起動させろ!私も出る!ついて来い!」
「「はっ!」」
「ったっく、警備は何をやってるんだ!」
シーナはイライラしながら客人であるルクスも無視して玉座の間を出る。
シーナが団長を務める第三王箭騎士団のメンバーであるファーナは、ルクスを置いて行く方がまずいのかシーナについて行かない方がまずいのかわからずオロオロしている。
するとルクスが口を開く。
「もしよろしければ、オレも行きましょうか?人手は多いに越したことはないでしょう?それに、実力を見せて欲しいとのご要望もあるようですし」
「よろしいのですか?」
「もちろん。それと、挨拶はこれにて完了ということでよろしいですかね。正直、こういう場は得意ではなくて……(というか、あんな地獄みたいな空気になる会議は御免だ)」
「わかりました。今後は第三王箭騎士団の団長であるシーナ及び団員のファーナに従ってください」
「どうも(うわぁ、あのシーナとかいうのの指示で動くのか~キツイな~)」
ドゥルケの許可を得たルクスは玉座の間を去る。
付添人であるファーナもドゥルケへ一礼するとルクスの後を追う。
王都ではすでにエルフの戦士と悪魔による戦闘が繰り広げられていた。
「数に対して被害は少ないな」
「王都に入り込んだ悪魔はインプやデーモンなどの低級の悪魔のようです」
「なるほど……」
ルクスは悪魔の戦い方に違和感を覚えていた。
インプやデーモンは最初、戦士も非戦闘員も満遍なく無差別に攻撃していた。完全に相手との実力差を考慮していなかった。
しかし、徐々に変化が現れる。
悪魔へ反撃した戦士たちや勇敢な民間人への攻撃は一度のみなのに対し、逃げ回っている民間人へは執拗に攻撃を繰り返している。
ただ、単に弱い者を集中狙いしているわけでもない。どういう訳か、すでに悪魔を処理しているルクスに対しても攻撃がやむことはなかった。
「なんか…悪魔の動き変ですね」
「ああ。何かしらの法則性に則って動いているんだろな」
「どういたします?」
「向かってきてくれるのは都合がいい。ただ、もう少し見晴らしのいい場所に陣取りたい、この辺でどこかないか?」
「でしたらこちらへ」
ファーナはルクスの手を引き、王城の入り口付近にある広場へと走る。
ルクスが広場に向かっていると王都の上空に薄い膜が展開される。
「どうやら王都防壁の開いていた一部が展開されたようです。これで王都に悪魔が増えることはないと思います」
「なら、悪魔を追い出せばいいってことか?」
「いえ、王都防壁がある以上外から入ることはもちろん、中からでることもできません」
「じゃあ、全滅させたら勝ちか」
広場には悪魔が跋扈し、さまざまな屋台が放置されている。
ルクスに気付いた悪魔たちが一斉にルクスに襲い掛かる。
ルクスは魔法を使うことなく、ファーナを護りながら悪魔を倒していく。
「ルクス様⁉」
「問題ない」
「ですが、数がどんどん増えてきております。このままでは──」
王都に放たれた悪魔たちはついに戦士も非戦闘員も無視してルクスに向かい始めた。
数百の悪魔が一斉に広場に向かって走り出す。
王都内に生き残っている全ての悪魔が広場の周りに集まった瞬間、広範囲が眩しく光る。
「伏せてください!!」
ファーナがルクスに叫ぶと同時に、目が眩むほどの無数の光線により広場が包み込まれる。
ファーナが目を開けると広場にいた悪魔も放置された屋台もその全てが消失し、広場からは湯気が立っている。
だが、ファーナが最も驚いたのはルクスである。
広場の悪魔が一瞬の中に全て消滅するほどの魔法を受けたにもかかわらず、ルクスは涼しい顔で傷一つなくその場に立っている。
(どうやったのでしょう?……それにまた助けられたしまいました)
「あれで無傷とは何をした?」
「シーナ様⁉どういうことですか⁉広場にはルクス様がいらっしゃったんですよ⁉もし何かあったら──」
「黙れ!悪魔ども一掃する好機をたった1人のために逃せというのか⁉救われる命の数計算もできんのか⁉それに、何もなかったのだから問題ないだろ?」
「っ──⁉」
ファーナが反論しようとした時、広場に魔法陣が出現する。
ルクスはファーナを抱え上げるとシーナと共に魔法陣上から飛び退く。
「これは⁉」
魔法陣からは10メートル以上はある巨大な悪魔が召喚される。
シーナの身を案じ戦士たちが走ってくる。
「シーナ様!」
「私は魔力を回復する。時間を稼げ、それくらいはできるだろ?」
「「はっ!」」
シーナの命令により戦士たちは悪魔と対峙する。
戦士たちが悪魔に突撃したことでルクスは獲物を譲ることとなった。
しかし、悪魔は戦士たちを物ともしない。
「硬過ぎて刃や貫通系の魔法は通らない!表面からダメージを蓄積させるか内部に直接ダメージのいく攻撃に優先しろ!」
「なんだこいつ、痛みを感じないのか⁉」
「阻害系も効いてないみたいです!」
「ただの悪魔じゃないぞ!時間を稼げ時間!!」
戦士たちの負傷者はみるみる増え、あっという間に窮地に立たされてゆく。
そんな戦士たちの体たらくにシーナは青筋を浮かべる。
そんな状態のシーナの傍に、一人の戦士が悪魔に殴り飛ばされ倒れ込む。
戦士は関節が本来曲がらない方を向いており、痛みに悶え立つことができない。
「なに寝てんだ!」
「すい…ませんっ……」
「言葉じゃなくて行動で示せ!」
戦士をシーナが蹴り飛ばす。
「おやめください!」
ファーナが反射的に止めに入る。
シーナはファーナの胸ぐらを掴むと持ち上げる。
「あ゛あ゛⁉お前はここで何やってんだ⁉とっとと悪魔に──」
「あの」
シーナの言葉にルクスが声を被せる。
発言を遮られたシーナはルクスを威圧するように睨み付ける。
だが、ルクスはシーナのそんな態度を気にも留めない。
「あれ、オレがやりましょうか?実力を見るためにテストがしたいって言ってましたよね?」
「ルクス様⁉」
「お前…何を言って──⁉」
「いいだろう!あれが倒せたら合格だ」
倒れている戦士の発言をシーナがかき消し、戦っている戦士たちに命令を飛ばす。
「各員下がれ!魔道士殿が実力とやらを見せてくれるそうだ!」
「ルクス様……」
ファーナが不安そうにルクスを呼ぶ。
ルクスはそんなファーナに皮肉で答える。
「心配してくれてるのはありがたいが、その態度は信用してないって言ってるようなもんだぞ。こういう時は信用して送り出すもんだ」
「すみません」
「まぁ、今から実力の証明だしそうなるのは当たり前か。きっちり勝つからよく見てろよ」
「はい!(あんな悪魔に全然怖がってない。やっぱりルクス様凄い!)」
「うしっ!やりますか!」
ルクスはストレッチすると悪魔の方へと歩みを進める。
戦士たちは負傷者を引き連れ、ルクスと入れ替わるように退却する。
「魔道士様お一人で大丈夫でしょうか?」
「さあな?お手並み拝見だ」
ルクスが間合いに踏み込むと悪魔が拳を振り下ろす。
が、悪魔の拳は右腕ごと二股に分かれる。
「「なっ⁉」」
「「剣⁉」」
腕を割かれた悪魔は欠片も怯む様子なく間髪入れずに左拳を振り下ろす。
(痛覚がないのか?)
戦士たちが驚いている間に、ルクスは振り下ろされた左腕を足場に悪魔の体を首元目がけて駆け上がる。
悪魔がルクスに対し2つに割かれた腕を鞭のように撓らせると、その動きにより足場がなくなりルクスの体勢が崩れる。
「「まずい!」」
戦士たちがそう思った瞬間、ルクスは空中を蹴り後方へ回避する。
そのまま、空中で体を反転させ体勢を整えると、地面を蹴って再度悪魔に向かって飛び込む。
真っ直ぐ向かってくるルクスに対し悪魔は右腕を振り下ろすが、ルクスはこれも難なく回避。
近寄ってくるルクスに対して悪魔は体を捻って全力で左腕を振り抜く。
「「消えた⁉」」
「上だ、バカども!!」
ルクスは回避すると血液の糸を振り抜かれた左腕に巻き付け、ワイヤーアクションの要領で悪魔の頭上へと移動していた。
見失い周囲をキョロキョロと見渡す悪魔に、ルクスは手を叩いて場所を知らせる。
悪魔が鳴らされた手の音で頭上を見上げると同時に、逆さまになったルクスが空を蹴り加速する。
脳天から一直線に再精製した剣が差し込まれ、悪魔を真っ二つに割る。
真っ二つになった悪魔はルクスを避けるように崩れ落ちる。
ルクスは埃を払いように手を叩く。
「「す、すごい……」」
ルクスの戦闘を目の当たりにした戦士たちは息を呑む。
「合格、ってことでいいですかね?」
「二言はない。うちの無能どもよりよっぱど役に立つ。マーガス丘陵の方よろしく頼む」
「好きに動いても?」
「さすがに何でもかんでも自由にされては困る。最低限こちらの指示には従ってもらうぞ。ファーナ、お前が付き添ってやれ」
「か、かしこまりました」
悪魔騒動に決着がつき、ルクスとファーナは広場を後にする。




