30.襲撃
ウル・ドゥニージャからカエダム国の王都ミセルガリアまではそれなりに距離がある。
そのため途中で町に寄りルクスたちは一泊する。
当然、宿の予約などできていないため、ファーナが走り回ってなんとか宿を見つけてきた。
「す、すみません。2部屋しか空いてないそうでして……」
「我々が1部屋、魔道士様が1部屋しかないだろうな」
「マジかー」
「手際が悪くて申し訳ございません、魔道士様。何かご希望とかございますでしょうか?」
「いや、別に。気にしないでください」
「そう言っていただけますと助かります」
コンコはペコペコとルクスに頭を下げる。
「では、不寝番は我々が担当いたしますので、魔道士様はごゆっくりお休みください」
「ああ。ありがとうございます」
ルクスが部屋に入り暫くすると薄着になったファーナがルクスの泊まる部屋に入ってくる。
「し、失礼いたします」
「ファーナさん……でしたっけ?何か用ですか?」
ルクスが質問するとファーナがシュルシュルと服を脱ぐ。
背丈のほとんど変わらないペトラと違い、ファーナの身体はスタイルの良い大人の女性を縮小したような凹凸のはっきりとした美しい体である。
ルクスはため息を吐く。
「コンコさんの指示ですか?」
ファーナは恥ずかしそうに体を手で隠しながら答える。
その目にはうっすらと涙を浮かべ、その声は震えている。
「い、いえ、わたしが所属する団の団長からルクス様をきちんともてなすように言われておりまして……だから…その……」
ルクスは掛け布団を震えるファーナの頭から被せる。
「申し訳ないがその誘いは受けられません」
「す、すみません……そうですよね……魅力ないですし……」
「そいうわけじゃない。あー、いいや」
ルクスは「魅力的ですよ」とフォローしようとしたが客観的に見て気持ち悪いのでその言葉を飲み込んだ。
ルクスに対して奉仕をしなくてよくなったファーナであるが、自身の部屋に戻るでなく途方に暮れてオロオロとしている。
そんなファーナの様子を察してルクスはベットを譲る。
「(おめおめ戻るわけにはいかない事情がありそうだな?)とりあえず座って落ち着いたらどうですか?」
ルクスにエスコートされてファーナはベットに座る。
しかし、ルクスを立たせ自分だけ座っている光景に気付き、ファーナは慌ててルクスにもベットに座るように勧める。
「あ、あのっ!やっぱりルクス様も!」
「いや、だから……。まぁいいか」
ここで断ったら変な空気になると思ったルクスは素直に座る。
そしてファーナをリラックスさせるために他愛もない話をし始める。
「宿ありがとうございました」
「い、いえっ。わたしの仕事ですから!こちらこそすみません、ちゃんと宿も取れてなくて」
「大丈夫ですよ。オレなんてお恥ずかしいことに自分で宿を取ったこともないですから」
「き、貴族様ですものね!」
「いや、オレは貴族じゃないですよ。ただの居候なので。ですから敬称とかも不要で構いませんよ」
「へっ?あ、いや、その~さすがにそういうわけには……。むしろわたしに対してこそ敬語の必要すらないというか……」
「ならお互い徐々に崩していきましょ」
「はい」
「そう言えば、昼にカエダム国でダークエルフはダメなんだ~って話を聞きましたけど、今度はいい所を聞かせてまらえませんか?」
「いい所ですか?」
ファーナは目をパチクリさせる。
「ああ。こんなことが得意とかこういうところは長所とか」
「いい所……あるんでしょうか?」
「あるはずですよ。そうだな~……エルフとダークエルフってどう違うんです。例えば身体的違いとしては、まずは肌…あと髪の色も違うんですかね?」
「そうですね。エルフの方々は白い肌で基本ブロンドの髪ですね。ダークエルフの肌は白じゃないです。ただ、髪がブロンドのダークエルフもいるんですよ」
「ほ~。他には?」
「えっと…身体つきが違うでしょうか。エルフの方々は背が高く細身でスラッと美しい身体をしてます。ダークエルフは背は低くはないですけどエルフの方々より高くはないですし、男性はごつめで女性は胸やお尻には肉がついてます。肉を食べてるからだそうです」
「そこは人に似てるのか。魔法は?エルフは精霊魔法とかいうのを使うと言ってましたけど」
「ダークエルフは昼にもありました通り精霊魔法は使えません。ただ、火とか水とかの魔法が使えます」
「やっぱり人と近いんですね。ちなみにファーナさんは魔法が使えるんですか?」
「……は、はい」
少し躊躇って返答したとファーナであったが、自らの魔法を披露しようと張り切って立ち上がる。服を脱ぎ、掛け布団を羽織っているだけの状態であることを忘れて。
ハラリとファーナ体から掛け布団が滑り落ちる。
ありのままの姿であることに気が付いたファーナは数瞬フリーズし、赤面しながら慌てて掛け布団を拾い上げる。
掛け布団を羽織り直したファーナがチラリとルクスの方を見ると、ルクスは指で目頭を押さえて下を向いている。
「す、すみません。お見苦しい所を……」
「いえいえ。服を着たら?後ろ向いてますんで」
「あっはい。じゃ、じゃあ」
ルクスが後ろを向くとファーナが着替え始める。
ルクスは背後で着替えるファーナの衣擦れの音が気になり、途中で耳も塞いだ。
着替え終わるとファーナがルクスの肩をちょんちょんと触り、着替え終わったことを知らせる。そして改めて魔法を披露する。
ファーナの魔法を見たルクスは目を見開いた。
ファーナが手をかざすと空間が歪む。
その歪んだ空間にファーナが手を入れる。そして、中からパンを取り出した。パンからは焼き立てのようにほんのり湯気が立っている。
再びファーナが空間に手を入れると今度は大きなクッションを取り出す。空間出入口は出し入れするものの大きさに合わせて自在に変化している。
「えっとこれが私の魔法でして……」
「おおー!おもしろい!いい魔法ですね」
「あ、ありがとうございます……そんな反応になるとは……」
「ん?どういう意味?」
「その~……わたしの魔法は異空間に収納したり取り出したりできるだけの魔法でして荷運び以外あまり役に立たないものだと……ですから実は誰にも言ってなくて……」
説明の途中であったが疲労による眠気に襲われ、ファーナは大きな欠伸をする。
「す、すみません!」
ファーナは90度に腰を折り謝罪する。その体は今から飛んでくるであろう怒声を覚悟して、強張っている。
だが、ファーナの予想とは異なり怒声は飛んでこなかった。
ルクスは気にした様子がないどころか、遅くまで話に付き合わせてしまい申し訳なさそうにしている。
「いや、こちらこそ。もう遅いですもんね、そろそろ寝ましょうか」
ルクスはベットから立つ。
「あの、どちらに?」
「オレがベットにいたら寝れないでしょ?」
「……。いやいや、ルクス様がベットをお使いください。わたしは床で、なんだったら外で寝ますから!」
ファーナは慌てて立ち上がる。
「いや、別にいいですよ。色々やっていただいて疲れてるでしょうし」
「そういうわけには参りません。ルクス様はご要人なのですから。それに宿もまともに取れず、おもてなしもちゃんとできなかったわたしが、ルクス様をベットから降ろしたとバレたら怒られます」
「ベットで寝てた方がおもてなししたように偽装できるしいいんじゃ?」
「と、とにかく、わたしは床で大丈夫ですので、ルクス様は気を遣わずにベットで休んでください!」
ファーナに押し切られルクスはベットで眠る。
翌日、ルクスたちは国境を抜けてカエダム国へと入る。
「そういえば昨晩気になったのですが、ルクス様は武器とかは持たなくてよいのですか?」
「問題ないですよ」
「横から失礼」
ルクスとファーナの会話にコンコも混ざる。
「先日アンデットを見たことないとおしゃっていましたが、本当ですか?」
「ないですね。メジャーなものなんですか?」
「そうですね。戦場に出ていたら目にする機会は多いかと……。失礼ですが今まで出会ってきた中で一番強かったのは?」
「一番強かったのはオレの先生ですね。命の取り合いなら……ペトラという名前の……魔獣です」
「魔獣……。先生のお名前を伺っても?」
「ヴァコレラ。ヴァコレラ・ルスヴァンだ」
「ヴァコレラ……。どこかで聞いたような……」
コンコが思い出そうとしていると馬の嘶きとともに馬車が急停車する。
「どうした⁉」
ダリウスの返事がない。
外に出たコンコが辺りを見て言葉を失う。
馬車は完全に顔を隠した盗賊によって囲まれている。
ダリウスは全身を矢によって射抜かれ、声を上げることもできず死んでいる。矢には毒が塗られておりダリウスの体は腫れ上がり紫色に変色している。
「毒……」
「どうしました?」
ファーナが馬車から不用心に顔を覗かせると同時に、森の陰から矢が射かけられファーナに向かって奔る。
キンッ
矢が刺さる直前、赤黒い傘がファーナに傾けられ矢が弾かれる。
「バカな!なぜ⁉」
「ど、どうしましょう⁉」
「どうもこうも、向こうさんはやる気満々みたいですし、やるしかないでしょ」
ルクスはファーナを避けながら馬車から降りる。
「ルクス様?」
「丁度よかった。どうもオレの実力を疑われていたようですし、実力を見せるとしますよ」
ルクスはダリウスの状態をチラリと確認する。
「(毒矢か……護りながら戦うとなると少し厄介だな)コンコさん、馬車全体を護ることってできます?」
「魔法障壁である程度の攻撃であれば……」
「魔法障壁?が何かはわかりませんが…まあいいや、それ全開にしといてください」
そう言うとルクスはゆっくりと歩きながら馬車から距離を取る。
ファーナはルクスのことを心配しながらも周囲を警戒している。
「大丈夫でしょうか?」
「さあな?なにをするか見せてもらおう」
コンコはルクスに指示された通り、精霊魔法により魔法障壁を張る。
馬車全体がファーナたちも含め透明な青緑の膜の内側にすっぽりと納まる。
覆面をした盗賊たちは森の陰に隠れている者も含め、余裕の表情を浮かべて歩くルクスを警戒して、ルクスを取り囲むように徐々に動く。
(先制攻撃はなし、よっぽど姿を晒したくないのか)
ルクスは馬車の方を確認すると、足を止め地面を強く踏み込む。
ファーナたちは世界が数センチ沈んだような感覚に襲われる。
ルクスに叩き付けられた地面は、砕けると同時に岩の塊となり浮き上がる。
「当たらないよう伏して祈れ」
ファーナと何人かがルクスの発言に慌てて頭を下げる。
次の瞬間、浮き上がった岩が横方向へと高速で飛散する。
「「ぐああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
辺りに悲鳴が響き渡る。
ルクスから放たれた血液に押し出され高速まで加速した岩が周囲の木や体を屈ませなかった盗賊の体を無差別に貫通する。
「すごい……」
「感心している場合か⁉障壁を張ってなかったら我々も蜂の巣だったかもしれんのだぞ」
飛散した岩が木をなぎ倒したことによりルクスの周囲には開けた空間ができている。
「思ったよりも残ったな」
ルクスの初撃により数名の死傷者が出ていたが、多くの者が魔力や魔法によって防御するなり屈むなりして致命傷を免れていた。
それでも身を隠していた者が暴き出された。
その数10名あまり。
盗賊たちは腹を括り、攻撃に出る。
もともと馬車を止めるために姿を晒していたメンバーがルクスに向かって走り、隠れていたメンバーが魔法を構える。
盗賊たちがルクスの間合いに入る直前、ルクス目がけて3本の螺旋回転している水槍が奔る。
「精霊魔法⁉」
ファーナの驚きの声が森にこだまする。
放たれた精霊魔法をルクスは焦ることなく回避する。
が、後方へ抜けた水槍が鋭角に方向転換しルクスの体を後方から貫く。
「ルクス様⁉」
ファーナは思わず声を上げる。
ファーナの目には1本の水槍が完全にルクスの頭を貫通したように見えた。
いや、誰の目にも貫通したように見えていた。
「いっっってぇ~油断した~。気を引き締めねーと」
しかし、ルクスは何事もなかったかのようにその場に立っている。その頭には傷一つない。
敵味方問わずその場にいる全員が自らの目を疑った。
だが、盗賊にそんな余裕はなかった。
ルクスは間合いに入っていた盗賊をうめき声すら上げる余裕を与えずに意識を刈り取ると、精霊魔法使いへと距離を詰め拳を叩き込み気絶させる。
残こされた2人の盗賊が我に返り、その場から離脱しようと一目散に走りだす。
ルクスは足元の小石を拾い、逃げ出した2人を盗賊の腹部を貫く。
「捕縛完了だな」
立っている盗賊はおらず、無力化が完了した──と思われた。
ウヲンウヲンウヲンウヲンウヲンウヲン
空気の振動とともに不協和音が鳴り響く。
「なんだこの音?」
「なっ⁉」
コンコが動揺の声を上げる。
直後、魔法障壁が大きく揺らぐと保つことができず消滅する。
「なんで──」
魔法障壁が消えると同時に、森の中から矢が奔る。
矢はコンコの頬を掠め、ファーナの首元に刺さる。
「くっそっ!」
ルクスは即座にファーナの下へ寄ると、地面を殴って岩盤を隆起させ盾にする。
ファーナの容体は一刻を争う。
首元から毒が進行し、上手く呼吸ができていない。血も異常な速度で流れ出しており、すぐにでも血が足りなくなりそうである。
(毒の進行が速い⁉トロトロしてられないな)
「がっ⁉」
ルクスにむりやり矢を引っこ抜かれたファーナは弱弱しく悲鳴を上げる。
だが、気を使ってる暇はない。
ルクスがファーナに触れると見る見るうちに傷が塞がり、変色していた肌の色が戻る。
ファーナは気を失い静かに眠りにつく。
「逃げられたか……」
ファーナの治療が終わったルクスは辺りを見渡す。
今はもう不協和音も鳴っていない。
(あの音も矢を射かけたのも逃げ果せるためか)
「あの…ファーナは……」
コンコが寄ってくる。
「気を失ってるだけです。問題ない。それより、なぜ障壁を解いた?」
「解くつもりなんてなかった。ただ、あの空気振動のせいで維持できなかったんです」
「維持できなかった?今までこういうことは?」
「なかった……と思います」
ルクスは倒れている盗賊の覆面を摘まむ。
摘ままれた盗賊の体は力なくだらんと垂れている。
「徹底してるな。岩の盾で視界を遮ったのは悪手だったか?」
ルクスが倒した盗賊は何者かによって全員殺されている。
ルクスとコンコはとりあえず盗賊全員の覆面を剝ぐ。
覆面の下は人とエルフであった。
エルフの方には服にカエダム国の王紋とは違う模様のバッチが付いている。
「こいつらに見覚えは?」
「恐らくですが、反女王派の奴らかと」
「反女王派?」
「前にお話しした通り、エルフは神によって森の護り手の命を授かっております。しかし、現在の王は森を伐採・開拓し、石と鉄の街を作り上げました。そのことが許せないという者たちが一定数存在しているのです」
「ふーん、その反女王派とやらには人も参加してるのか?」
「それは……最近耳にするようになった人攫いではないかと……」
「つまり、人攫いとか言うのと反女王派とか言うのが手を組んで襲ってきたということか……」
「そう言うことになりますね」
そこまで話すとコンコはルクスへ頭を下げる。
「本当に申し訳ない」
「気にしないでください。どこにでもこういう輩はいるもんです。それに、盗賊の襲撃は慣れてますから」
「いえ、そうではなく……私は魔道士様のお力を疑っておりました」
「それこそ気にしないでください。見た通り子どもですから、疑って当然です。もともとどこかで力を披露する必要があると思っていましたし、そのタイミングが来たというだけです。それに被害も出てしまってますし」
「いえ、私こそ案内役兼護衛でありながら自分のことで精一杯で何も……ですから、何卒挽回させていただければと!」
「では、ここから先の御者をお願いできますか?オレには難しいので」
「かしこまりました。足を引っ張ったと知られると上官の目が厳しくなるもので」
コンコは感謝を示すと御者席に乗り込みカエダム国王都へ向けて馬車を出発させる。
馬車が動き出すと振動でファーナは目を覚ます。
「気が付いたか。気分は?」
「大丈──ぐっ」
体を起こしたファーナは痛みに顔を歪ませ、矢が刺さっていた場所を押える。
「あれ?わたし矢に刺されたはずじゃ……?」
「無理しない方がいいですよ。傷は塞がってても痛みは残ってますから」
「ルクス様が?……ありがとうございます!」
ファーナは深々と頭を下げる。
「どういたしまして」
ルクスは素直に感謝を受け取る。
「あ、あの~、さっき攻撃が体を貫通していたように見えたのですが……」
「ああ。オレの力は少し特殊でしてあれくらいであれば何の問題もないんですよ」
「あの血液を操る魔法とは別の力なんですか?」
「いや、んー…言い方が難しいんですが、血結魔法の方が紛い物なんですよ実は、別の力の応用というか……」
ルクスのその発言にファーナの瞳に希望の光が宿る。
「わ、わたしは落ちこぼれで魔法は昨晩見せた1種類しか使えないんです……そんなわたしにも…わたしも努力すればルクス様のように強くなれるでしょうか⁉」
「オレのようと言われても……魔法には一定以上の才能が求められるみたいですから、絶対なれるとは言えません」
「……そうですよね」
ファーナの視線が残念そうに落ちる。
「ただ、叶えたいものがあるんだったら、努力しない理由はないとオレは思います」
「才能がなくてもですか?」
「才能がないことは努力をしなくていい理由にはならないですからね」
ファーナは両手をギュッと握る。その目にはやる気がみなぎっている。
「どうしたらいいでしょう?」
「まずは基礎である魔力のコントロールからですかね──」
ファーナは自分の質問を否定せず、真摯に答えてもらえることが嬉しくて、馬車に乗っている間甘えるようにルクスに話しかけ続けていた。




