29.アンデット討伐依頼
ギエールの真剣な表情と声色からルクスは面倒ごとであると察する。
「なんだ?またペトラの護衛か?」
「いや、違うよ。君が参加したらペトラの試験にならんだろう」
アンキーナはスッと扉を閉めると、話し合いの内容が聞こえないようにさりげなくペトラを書斎から離してゆく。
「ルクス君、君に国からの依頼がきている。その依頼を受けてもらえないだろうか?」
「国からの依頼?」
「そうだ。以前行ったマーガス鉱山地帯の山脈を超えたところにマーガス丘陵という丘陵地帯がある。そこでアンデットの大群が発生したそうだ。そのアンデットから友好国であるカエダム国を守護するというものなのだが……」
「なんでオレに?」
「ゴブリン掃討戦の件、魔道学院から飛び級入学の誘いがきたペトラと同様…いや、それ以上に君の存在が王宮で物議を呼んでいるそうだ」
「物議?」
ルクスの蟀谷がピクリと跳ねる。
「そうだ。魔道士の中にはその力だけで一般からなる軍を容易く壊滅できるだけの力を持っている者もいる。一般人が何人束になって挑もうが万に一つの可能性もない以上、国にとっては魔道士こそが最大戦力となる。その可能性を秘めているルクス君は国にとっても見過ごせる存在ではない。国としてはルクス君の実力をさり気なく確認したいのだろう」
「だったら国お抱えの魔道士とやらと直接やり合わせればいい。そっちの方がわかりやすいし、手っ取り早いだろ?」
「ははは。そういう訳にはいかないよ。将来的に国の大切な戦力となるかもしれない人物にあなたの力を疑っているので、実力を見せて下さいと素直に言ったら不快感を持たれかねない。それなら、あなたの実力を信用していますので、依頼を受けていただけないでしょうかと言った方が無難だろう。
それに、万が一宮廷魔道士が野良の魔道士でもない存在に負けたとなったら一大事どころじゃすまないからね」
「そういう手間も大切ってことか」
ギエールはルクスの強気な発言に感心しつつも笑う。
だが、すぐに真剣な表情に戻る。
「今回の依頼、細心の注意を払ってほしい」
「どういうことだ?」
「ミラリアム王国も一枚岩という訳ではない。貴族間には派閥のようなものが存在していて、一カ所に力が集まりすぎないように互いに睨みを利かせている。
特に我がドゥニージャ家は妻のドゥニージャ・モナとその母の力によって公爵地位まで上り詰めた新参者だ。快く思っていない者も多い。力を削げないかと画策している者もいるかもしれない。
ペトラの功績も相まって今は尚更ね」
「国からの依頼なんだよな?ってことは王族もグルの可能性があるのか?」
「いや、それはないだろう。王国としては友好国であるカエダム国に恩を売ることができる上に、優秀な人材の発掘に繋がる今回の件はメリットしかない。それに、仮に王国がルクスのことを排除したいと思うのであれば、こんな回りくどいやり方はせずにもっとわかりやすい方法をとるだろうね」
「なるほど、そいつは恐ろしいな。……じゃあ問題はドゥニージャ家をよく思ってない貴族たちってことか。どこまで仕掛けてくる可能性があるんだ?暗殺とかあるのか?」
ルクスの発言にギエールは驚いた表情をする。
「随分と過激な発想だね。少し驚いたよ。絶対ではないが、特に何もしてこないはずだよ。王族が判を押した国からの依頼に茶々を入れたのがバレたら、それこそ首が飛ぶでは済まないからね」
「なら何をそんなに警戒してるんだ?」
「依頼そのものだ。友好国といっても他国の手を借りるというのは、できる限り避けたい最後の手段。そんなことを言っている余裕がないほど、戦況が芳しくないということだ。
エルフはその多くが魔力を保有し、精霊と契約することで精霊魔法を扱うことができる種族であり、国民全員が戦士として戦闘に参加できるとの噂もある。そんな種族が多くを占めるカエダム国で苦戦する内容はかなり危険なもののはずだ。
ペトラは君を甚く気に入っている。君に何かあればきっと悲しむ。……それに私も君を失いたくない……」
「そいうことか。ただ、受けないとギエール公の立場的にはまずいんだろ?じゃないとオレに相談しない。どうなるか予想できんが気を付けておくよ」
「助かる。カエダム国へはカエダム国の使者が迎えに来るそうだ。それまでに準備をしといてくれ」
「ああ」
ルクスはペトラに国からの依頼のことを話すことなく、ミラリアム魔道学院の試験に向かうペトラを見送る。
学院の紋章が入った豪勢な馬車と学院から派遣された護衛の魔道士が迎えに来ており、ウル・ドゥニージャ中の注目を集めていた。
堅苦しいのは嫌だとアンキーナにごねていたペトラもあまりの荘厳さに文句の一つも言えなくなってしまった。
「ペトラ様、お気を付けくださいね。お風邪を召されませんように」
「わかっておるのじゃ」
「ペトラ、少し話がある」
「なんじゃ?」
別れ際、ギエールはいつになく真剣な表情をしている。
釣られてペトラの顔も引き締まる。
「ルクス君の事なんだが……外ではあまり話さないように」
「なんでじゃ?」
「ちょっと王都でルクス君のことが議題として挙がっている。下手なことを言うとルクス君の不利益になるかもしれないんだ」
「わかったのじゃ」
厳かにウル・ドゥニージャを出発したペトラとは対照的に、『白妙の光』は一悶着起こしていた。
『白妙の光』はペトラの護衛依頼の話を聞きつけると、冒険者ギルドのマスターであるアーギンに対して「学院の魔道士だか何だか知らないが、絶対自分たちの方が護衛としては優れているから自分たちに護衛をさせろ!」とごねにごねて困らせていた。それだけに留まらずこの発言が魔道士の耳に入り一触即発になった挙句、発言は王都にまで届き王都の冒険者ギルドで活きのいいのがいると話題になり、王都の冒険者ギルド経由で指名依頼が『白妙の光』に舞い込んだ。
これを事態を鎮静化させるチャンスと見たアーギンは『白妙の光』に指名依頼を受領させ強制的に王都へ派遣。
結果として、『白妙の光』は王都デビューすることとなった。
同じ頃、第三王箭騎士団一行はウル・ミヤブスの玉座の間にてカルギーナとの面会を終えていた。
「くそっ!ふざけやがって!!プラクトーリ・メルクトスもダメ、オルクトゥス・プリンシアもダメ、挙句の果てには東方にいる依頼を受ける可能性のある奴に連絡するから迎えに行けだと!!緊急だと言ってるのに足元見やがって!灰眼の劣等種どもが!!」
「声をお落とし下さい、シーナ様!聞かれたらまずいですよ」
「この仕打ちを黙ってろと⁉」
「お怒りはごもっともかと……ですが王命である以上未達は……行くしかないかと……」
シーナの怒声に近くにいた通行人の何人が心配して覗き込む。
見られてはまずいとファーナが対応する。
「どうしたの?大声出してたみたいだけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です!お気遣いなく!(どうしよう、どうしよう……誤魔化さないと)」
「そう?イライラした時にはおいしいものを食べるといいわよ!これ、うちの商品なんだけどよかったらほらっ!」
「い、いえ、その……」
「遠慮しないの!ほら!」
ファーナは断り切れず、謎の串焼きを手渡される。
「あ、ありがとうございます(断れずに受け取ってしまった……これ何の肉なんだろ?)」
虫の居所が悪いシーナは人間に頭を下げ、感謝を伝えているファーナに憤る。
人気がなくなったところでファーナは怒鳴りつけられる。
「今の状況がわかっていないのか貴様!国の危機を灰眼どもにコケにされたというのにペコペコと頭を下げ、あまつさえ食べ物を施されるとはカエダム国の戦士としての誇りがないのか⁉」
「す、すみません」
「それに貴様、出発してすぐ馬車の護衛を他の者に押し付けて呑気に着替えをしてたよな?」
「そ、それは──」
「言い訳は要らん!貴様、ウル・ドゥニージャとかいう場所に行って話に上がった魔道士とやらを連れて来い!サボってた分働くのは当然だろ⁉」
「へ?え、えっと、シーナ様たちは?」
「国が危機的状況なんだぞ!いつまでもこんな国でのんびりしていられるか!!我々は先に帰国する。ミラリアム王家への顔見せは済んだんだ。こっからはお前一人でも問題あるまい」
シーナの発言に第三王箭騎士団の団員は啞然とする。
ファーナに着替えることを促してしたコンコがシーナを諫めようと口を挿む。
「お待ちください、シーナ様!いくらなんでもそれは……」
「だったらお前もついて行け、コンコ。馬車を1台貸してやる。おい、ダリウス御者をしてやれ!お前たち、必ず目的を果たせよ」
「そんな……」
「色仕掛けでもなんでもすればいいだろ。人では珍しい男の魔道士だそうだしな。こんな時にしか役に立たないその無駄な肉を有効活用してこい!」
シーナはファーナに言い放つとカエダム国へと団を動かす。
他の団員もシーナに逆らうことができず帰国する。
置いてかれた3名はその場に立ち尽くし放心していた。
「まずいな……」
「なんで俺がこんな……」
「す、すみません。わたしのせいで……(また、副団長を巻き込んでしまった……申し訳ないな……)」
申し訳なさそうにしているファーナと焦るコンコ、意気消沈のダリウスであったが、いつまでもそうしているわけにはいかずウル・ドゥニージャへと出発する。
シーナはカエダム国女王の妹であると同時に、カエダム国戦士長兼カエダム国最強の戦士である。
その強さはカエダム国の歴代戦士の中でも有数であり、その名は近隣諸国にまで轟いていた。故に、どんなに理不尽な命令であったとしても従うしかなかった。
ウル・ドゥニージャへと向かう一行の足取りは重く、会話一つない。
そのまま数日かけてウル・ドゥニージャに到着した。
「着きました……」
「そうか。目当ての人物がすぐに見つかるといいんだが……」
「わ、わたし情報収集に行ってきます(わたしのせいで迷惑かけてるんだし、少しくらいは役に立たないと!)」
ファーナはパタパタと走り出すと何度も頭を下げながら道行く人にルクスの情報を聞いて回る。
その間、コンコとダリウスは近くの喫茶店で待つ。
「おっ!戻ってきたみたいですよ」
「どうだった?」
「は、はい。聞き込みをおこなった人全員がドゥニージャ公爵家にいるとおしゃっていたので間違いないかと」
「貴族か……行くしかないな」
一行がドゥニージャ公爵家に到着するとアンキーナが出迎える。
「カエダム国の使者の方でいらしゃいますね?お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
ファーナたちは貴賓室に通される。
緊張した面持ちで立って待ているとギエールとルクスが部屋へと入ってくる。
(わ!後ろの子わたしと同じくらいの年齢かも!)
ルクスが貴賓室に足を踏み入れた瞬間、コンコとダリウスは蒼い顔をしながら飛び退く。
(へ?なに⁉)
「どうかなさいましたか?」
ギエールが眉を顰めながら質問する。
ファーナは何が起きたのかわからずオロオロとしている。
コンコとダリウスの額には冷や汗が吹き出している。
コンコが返答する。
「……その方は?」
「あなた方が救援依頼をしている人物でルクスという者ですが?」
(え?この子が魔道士様⁉)
「そうですか……。いや、失礼。その精霊が強い警戒信号を発したもので……」
「ほう。そういうのがあるのですね」
ルクスとギエールが興味深くコンコの周りに目を凝らす。
しかし、精霊を目で捉えることはできなかった。
「どうぞお座りください」
「はっ、はい!では失礼いたします!(落ち着いて、落ち着いてわたし……失敗しないように頑張らないと……)」
交渉役のファーナが座り、コンコとダリウスは足を開いて後ろで腕を組み休めの体勢をとる。
それを見たアンキーナは飲み物と2人が座る椅子を用意する。
場が整ったことで話し合いが始まる。
「私はミラリアム王国ドゥニージャ公爵領領主、ドゥニージャ・ギエールと申します。こちらは先ほども紹介しました、我が娘の魔法の講師をお願いしておりますルクスです。よろしくお願いいたします」
「は、はい!わ、わたしはカエダム国第三王箭騎士団ファーナ・フロントールと申します。こっちが副団長のコンコ・プラティオ、こっちはダリウス・ティーローです。こ、こちらこそ、よろしくお願いいたします!(いっぱい吃音ってしまったー……どうしよう……印象悪いかな?悪いよね?)」
「来訪の理由は伺っておりますが、貴国の詳しい状況をお聞かせ願いますか?」
「それは私から」
(助かった!)
ギエールの質問に対しコンコが返答することになり、ファーナは胸を撫で下ろす。
「我が国がもともと獣人の国であるベスティア国とディアタナス魔王国に対し、二正面作戦を余儀なくされていることはご存じかとは思います。そこにきて今回我が国の南東にあるマーガス丘陵にてアンデットが大量発生いたしました。
アンデットが現れること自体は別に珍しいことではないのですが、今回の前兆のない大量発生は何者かが意図したものではないかと我々は考えております。そこで信頼のおける貴国に助力を請うた次第です。
そのため、魔道士様にご協力申し上げたいのはマーガス丘陵に発生したアンデットに対してのみであり、その他のことでお手をあずらわせることはないことをお約束いたします」
「それで?」
「アンデットの数は正直不明です。数があまりにも多く……また最悪のケースとして人的に発生させているとなると対象をどうにかしないと解決しない可能性も……」
「それだけのアンデットが一カ所に集まっているということはリッチがいる可能性も?」
「否定はできません」
ここでルクスが口を挿む。
「リッチって?そもそもアンデットってどんななんですか?」
「魔道士様はアンデットに遭遇されたことがないのですか⁉」
ルクスの発言にコンコは一瞬険しい顔になる。
「アンデットは生者を恨み襲う死した魔物です。種類としては骸骨、生屍、魔生屍、屍王などが有名でしょうか。スケルトンやゾンビは数さえいなければ恐るるに足らないのですが、リッチは強力な魔法を使う厄介な存在です。
精霊魔法であれば対抗も可能なのですが、我々が得意としている武器であるレイピアや弓矢などは刺突がメインのため効果が薄く、毒や痛みに耐性のある奴らには有効な足止めも限られ……精霊魔法も限度がないわけではないので結果苦戦を強いられております」
「リッチはどんな魔法を使うんですか?」
「リッチは非常に魔法に長けており様々な魔法が使えるのですが、特筆すべきは死霊魔法でしょうね」
「死霊魔法?」
「はい。死霊魔法は生命に作用する魔法であり、死体からアンデットを生み出したり生命を削り取ったりする魔法です。そのため、半端な実力の者を送り込むと反って相手の戦力を上げることになるのです。ですので数と押すという訳にもいかず」
「広範囲殲滅ならペトラの方が向いてそうだが……まぁいいか。行きましょ」
「へ?いいんですか⁉」
ルクスが簡単に救援要請を受けたことにより、ファーナは拍子抜けし変な声を出す。
コンコもダリウスも驚き目を見開いている。
「ああ。一刻を争ううんですよね?早く行きましょう」
ルクスが立ち上がると反射的にファーナたちも立ち上がる。
勢いそのままにルクスたちは馬車に乗り込み、カエダム国へと向かう。
「あ、あのっ!今回は要請を受けて下さりありがとうございます!!」
「ああ。気にしないでください。暇してたので」
「(暇……じゃなくて)その……すみません……」
「何がですか?」
「私みたいなダークエルフが案内役でして……」
ルクスはファーナの言っている意味がわからず首を傾げる。
「どういう意味ですか?」
ルクスの質問にファーナに代わってコンコが説明する。
「その~……我が国では肌の白くないファーナのようなエルフが生まれてくることがありまして、それらはダークエルフと呼ばれております。そしてダークエルフは忌避の対象となっております」
「なんで?」
コンコがダークエルフが忌避されていることを説明している間肩身が狭そうにしていたファーナであったがルクスの「なんで?」という言葉に顔を上げルクスの方を見る。
カエダム国ではファーナが生まれる以前からダークエルフはエルフによって迫害されていた。
そのため、ファーナを含めカエダム国に暮らすダークエルフたちはそういうものであると現状の待遇を受け入れてきた。
だが、今まで受け入れるしかないと思っていた価値観に対し、受け入れるのではなく疑問を提示したルクスへ、ファーナはこの人なら今の現状を変えてくれるのではないかというわずかな期待を持った。
「まずダークエルフは精霊魔法が使えません。精霊魔法は精霊と信頼関係を気付き契約することで行使が可能になります。精霊は神の遣いですから、精霊に嫌われているダークエルフはエルフよりも劣等なのです。それと、ゴブリンは神に逆らったエルフの姿であるとの言い伝えがあります。ゴブリンを見たことは?」
「ありますよ」
「ゴブリンの肌は薄汚い赤色です。対してエルフは穢れなき白です。ではダークエルフはどうかというと……。そういうわけで、ダークエルフはゴブリンに近い落ちこぼれという評価なのです。加えて──」
「まだあるのか⁉」
「はい。エルフは古来より森の護り手として神に仕えてきました。そのため、神に失礼のないよう体を清潔に保つ必要があり、穢れを体内に入れることはあってはなりません。我々エルフはその教えに則り、神が恵んでくださった穢れなき植物のみ口にし、穢れの象徴たる血液を摂取しません。
しかし、ダークエルフは肉を食さないと生きていけないのです。これはつまり神から森の護り手の任を降ろされたということに他なりません。以上3点からダークエルフは神に見放されたエルフなのです」
ルクスへの期待により顔を上げたファーナであったが、コンコの説明を聞き再び顔を落としてしまう。
ルクスはコンコの説明を聞き、呆れた顔をしている。
「神ね……(あくまで神の意思であり、自分たちは従ってるだけだってか?なんだかな……。それに今の説明だと多くの他種族も見下してるよな……)」
「どうかなさいましたか?」
「いや、別に」
今から救援に向かう国の思想に異議を唱えるわけにもいかずルクスは口を噤む。
その後、長い沈黙が続いた。




