24.冒険者と兵士
訓練所を出たルクスたちは顔を腫らした兵士に連れられ迎えに来た冒険者の下へと向かう。
基地にはドゥカスが迎えに来ていた。
その横にはラートルが立っている。
「ルクス。ペトラ様。状況報告と明日の作戦会議をしたいのだが、ついて来てもらえるか?」
「ああ」
再びドゥカスの宿へと向かう。
今回はラートルと先程の兵士たちがペトラの護衛としてついて来ている。
「なぜ兵士統括司令官であるラートル殿がついて来ているのですかな?」
「戦況の把握はこちらもしておいた方が良かろう?それに公爵令嬢であられるペトラ様を貴様ら冒険者がお守りできているか確かめる必要があろう」
「ふん。今まで戦況など全く興味もなく、一度も会議に参加せん…かった……。──公爵令嬢⁉」
ドゥカスは驚きのあまり大声を上げて立ち止まると確認するようにルクスを見る。
目の合ったルクスは表情で肯定する。
ドゥカスの発言を聞き、近くにいた町民たちがざわざわと集まりだす。
青ざめた表情のドゥカスは、失態に気付き泳いだ目のまま何とかその場を取り繕う。
「あ~、いや…公爵様とご令嬢様のためにも何としてでもこの戦い勝たねばなりませんな!」
「ほう、冒険者でも公爵様に報いようという気概はあるのだな!」
「当然!我々冒険者の本部は公爵様のお膝元であるウル・ドゥニージャにあるのでな!貴様ら兵士と違って!」
「冒険者どもが猿のように噛み付いてくるから、ぺルディアに移転したんだろ!大人な対応をしたこちらに誠意を見せたらどうだ?」
「んだと⁉」
「文句あんのか⁉」
ドゥカスとラートルは決して手は出さないが、いがみ合いながら会議の場となる宿に到着する。
罵り合っている2人に呆れながらルクスが扉に手を掛けようとすると、ドゥカスが大慌てで止める。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれルクス!ほんのちっとばかし待っててくれ!」
そう言うと中を隠すようにしながら素早い動きで宿に入っていく。
ドゥカスが宿に入ると冒険者のトックと部隊長全員が既に揃っていた。
「遅いぞ!…って魔道士様たちは?」
その発言を一旦無視して宿の主に来賓があるため即座に準備するように指示する。
「来賓?どういうことだ?」
「非常に重要なことがある」
「この会議よりも重要なことですか?」
「そうだ!驚いてもでかい声は出すなよ!ペトラ様についてだ」
「ペトラってあの女の子の魔道士よね?」
「勿体ぶってないで早く言ってちょうだい」
「実はな……ペトラ様はな、公爵様のご令嬢だ」
「「⁉」」
声を失う者、手で口を押え声が漏れるのを我慢する者、反応はそれぞれであるが全員が驚愕していた。
「それ間違いないんだな?」
「ほら!やっぱり公爵令嬢様のお名前、ペトラ様じゃない!」
「ご病気に伏せっていらしたのでは……完治されたの⁉」
「ウル・ドゥニージャの一大事にご病気をおしてってことも……」
「とにかくだ!わかっていると思うが決して失礼のないように頼む。それと、ペトラ様を公爵様のご令嬢とどこで嗅ぎつけたのか知らんが、兵士統括司令官のラートルとその部下が来ている。ここで我々がペトラ様をご令嬢と認識していなかったとバレれば冒険者全体の沽券にかかわる。その辺も頼むぞ」
全員が戦場よりも真面目な顔をしながら深く頷く。
ペトラが公爵令嬢であると周知させ、ドゥカスは宿の扉を開く。
ルクスたちが宿に入ると冒険者たちが全員平伏している。
魔道士嫌いから前日、散々悪態をついていたファトゥスさえ跪いている。
「お待ちしておりました。ペトラ様」
「ぬ」
魔力の帯纏を続けているペトラは不愛想な返事になってしまう。
その反応を見て、冒険者たちはさらに頭を下げる。
ルクスはその状況にため息をつく。
「戦況報告に関してはオレに一任されている。つまり堅苦しいのは不要だ。」
ルクスの声にトックが顔を上げる。
「ルクス⁉」
「おお!トックか⁉久しぶりだな」
「急に任務達成だってゲミニ辺境伯から伝えられた時はびっくりしたぞ!……って、え~っと驚きました?」
「以前のままでいいよ。オレは何も変わってない」
「そうか?そうだよな!」
ラートルはトックの態度をペトラに確認する。
「冒険者がペトラ様の従者に向かってあのような態度よろしいのですか?」
「ルクスがよいならワシは気にせん」
「構わないよ。ラートルさんも気安く接してくれて構わない」
「畏まりました」
完全に委縮していた冒険者たちもルクスとトックのやり取りを見て普段通りに戻る。
「では、戦況報告を始めようか!」
前日同様、机の上に周辺地図を広げその周りを取り囲む。
ペトラはルクスの後ろに用意してもらった椅子に座り、バレないように魔力の修行をしている。
会議は陣頭指揮者であるドゥカスが仕切る。
「まず、我々が担当しているトラン道だが、恥ずかしながら苦戦している。こちらの戦力が増えたのを察知したのかホブどもの数が増えており押し切れなかった」
「ちょっと待て!クオダム高原にもかなりの数のホブがいたんだぞ!ホブの数今どうなってんだ⁉」
「ゴブリンの繁殖量が上がったせいでホブの発生率が多いのかもしれないわ。早く方を付けないと本格的にまずいわよ」
「ルクス、プロウム草原はどうなった?」
ルクスに対し、期待と不安のこもった視線が注がれる。
「こっちの殲滅は完了したぞ」
「本当か⁉」「バカな⁉」「さすがだな!」
ドゥカスとファトゥス、それにトックの声が被る。
ドゥカスがファトゥスを睨むがファトゥスは止まらない。
「たった2人で百を超えるゴブリンども倒し切った⁉しかも1日でか⁉できる訳ねぇ!見栄を張るんじゃねーよ!」
「ファ──」
ドゥカスがファトゥスの態度を注意する前に、ファトゥスがラートルによって殴り飛ばされる。
「貴様!公爵令嬢様が偽証されたと言っているのか⁉」
「痛ってーな!何すんだよ!ていうか、町に引き籠もってた兵士が今になって何しに来たんだよ⁉」
「町を守れと進言してきたのはそちらだろ?にもかかわらず、いつまでも貴様ら冒険者がゴブリンごときに苦戦しておるからわざわざ出てきてやったのだろうが⁉」
「てめーらがトラン道先の村の状況を把握してねーからこうなったんだろ!」
「我々の職務はぺルディアの防衛と治安維持だ!そもそも魔物退治は貴様らの仕事だろ⁉まぁ、ゴブリンですら冒険者風情には荷が重いようだがな」
「冒険者風情?その言葉は聞き捨てなりませんね?」
ラートルの煽りに他の冒険者も青筋を浮かべる。
剣呑な雰囲気が漂い始めているにもかかわらず、ラートルの口は止まらない。
「そう言われたくないのならゴブリンどもを退けてみたらどうかね?自分たちは碌な成果もあげられないくせに、あろうことか公爵令嬢様の成果を疑うとは!所詮は冒険者、野良犬のごとき品性だな!」
「んだとコラ!」
ファトゥスが剣を抜いたことにより、ギリギリ出た持っていたその場の理性が決壊した。
ラートルを守るために兵士たちが剣を抜き、それに反応した冒険者も武器を取る。
ほぼ同時に動き出し、互いの剣が交わった瞬間
「やめんか!!」
ペトラの発により冒険者も兵士も宿の従業員すらも跪く。
跪いたのはペトラが公爵令嬢だからではなかった。ペトラから発せられる魔力により反射的に跪いたのである。
誰も顔を上げることができずに床を見つめている。従業員にいたってはカタカタと怯えてしまっている。
「魔力抑えろ」
ペトラの頭をルクスが軽く小突く。
ルクスに注意されてペトラは魔力を抑制する。
「顔を上げるのじゃ」
「「はっ!」」
「お互いが自らの役目に誇りを持っているのは理解できる。本音や意見のぶつかり合いも大いに結構じゃ。じゃが、今はドゥニージャ領延いてはこの国の危機じゃ。一線は弁えよ、ワシらは知性無き獣でないじゃろ?刃を向ける相手を間違えるでない」
「「はっ!」」
自分よりも一回りも二回りも年齢の高い者を堂々と従わせる様はまさに上位者の姿であった。
そんなペトラにルクスは感心する。
それはルクス以外も皆同じであった。
「申し訳ございません。ラートル殿に言われた通り、ゴブリンに苦戦している自分が悔しくて……情けないことをいたしました」
「ワシは気にしていないのじゃ。それより、剣抜きあまつさえ斬りかかったこと謝罪するのだ」
ペトラに言われファトゥスは兵士たちにも謝罪する。
「刃を向けるのはやり過ぎだった、すまん」
ファトゥスに続くように剣を抜いた冒険者たち全員が頭を下げる。
兵士たちも冒険者たちに頭を下げるが、ラートルの態度はでかいものだった。
「公爵令嬢様がお優しい方でよかったな!」
「ラートル!おぬしもよき大人じゃろ?」
「おほん!私の方にも不要な発言があったことを謝罪しよう」
ペトラの圧に負けてラートルも頭を下げる。
場が治まったことで会議が再開される。
「それで…もう一度聞くが本当にプロウム草原の方は制圧したのか?」
「貴様らまだ──」
「念のための確認だ。他意はない」
すると一人の兵士が口を挿む。
「横からの発言、失礼いたします。私はレジンと言います。プロウム草原に関してですが、ルクス様のご要望もあり、こちらで斥候を派遣いたしました」
「結果は?」
「草は焼け落ち土地はハゲ、無数の魔物の死体が辺り一面転がっている凄まじい光景であった。人知を超えた惨状であったと。それと周囲にはゴブリンどころか生物の姿も視認できなかったと報告が上がっております」
「「おお!」」
「魔物?ゴブリン以外の魔物も混じっていたのか?それとホブの数は?そちらも増えていたのか?」
「それが……丸焦げなった死体が数多く存在しており、それらはどういった生物かも判別できなかったそうです。ですのでホブの数も残念ながら……。ただ、斥候の見解ではあの惨状ではゴブリンどももプロウム草原からの進行は躊躇するのではないかとのことです」
レガスの報告でようやく翌日の作戦会議が始まる。
「なら、明日2人にはトラン道の方に参加してもらうってことでいいか?」
「ちょっと待って!さっきも言ったけどホブの数が明らかに増えてるし時間がないのよ!2人にはトラン道とクオダム高原を分担してもらった方がよくない?」
「ルクスさんはペトラ様の護衛でもあるのでしょ?そういう訳にはいかないんじゃない?」
「そもそも、どちらかを今日のようにお2人にお任せして、もう片方は全員で耐える。その後、余った片方を再びお2人に潰してもらう方が安全かつ確実では?」
「それじゃあ完全にお2人におんぶにだっこだろ」
「ルクスはどうだ?」
ドゥカスの発言に皆がルクスに注目する。
「その前にホブってホブゴブリンのことだよな?そいつが増えるとまずいのか?悪いがでかめのゴブリンってことぐらいしか知らないんだ」
「ホブゴブリンはゴブリンの上位種で、ゴブリンの中から稀に生まれてくるとされている。大きさは1メートルに達しないゴブリンに対して成人男性と同等かそれ以上で、それ以外の見た目に大きな変化はない。ただ通常のゴブリンより攻撃力と耐久力が高く、それ以上に繁殖力と生まれてくるゴブリンたちが厄介だ。ホブから生まれてくるゴブリンはホブの確率が上がっていて、ホブじゃないゴブリンも通常の奴より強いらしい。だからホブが大量に生まれると辺り一面ゴブリンだらけになるって伝承があるんだ」
「俺はホブが周囲のゴブリンにバフしてるって聞いたぞ。実際、ゴブリンどもが以上に強い気がする」
「いずれにしても、こっちとしてはあまり悠長にしている余裕はないわ」
「なるほど……」
ルクスは顎を擦りながら考え込む。
その場にいた全員が黙ってルクスの発言を待っていると、ペトラが不意に口を開く。
「ルクスの考えてる姿おじいさんみたいじゃな」
「は?」
「──プッ」
その発言にトックが吹き出し、釣られるように笑いが起こる。
「確かに髭も生えてなさそうな子どもがする動きじゃねーわな!」
「いいじゃない、かわいらしくて!私は好きよ!」
ルクスは急いで手を顎から離すと恥ずかしそうにペトラを睨む。
張り詰めた空気が一気に和やかになった。
「と、とりあえず!何があるかわからん以上、オレがペトラから離れるわけにはいかない!それと、オレたちに頼りっぱなしになるとかは考えなくていい!この国の危機なんだろ⁉つうわけで、オレたち2人でトラン道を担当する!クオダム高原の方は任せるからな⁉」
「りょーかい!…くく、あははははっ」
ルクスは恥ずかしさを誤魔化すように捲し立てるように話す。
緊迫していた反動もあって笑いはまだ収まらない。
「魔法に巻き込まれても文句言うなよ!」
「悪い悪い。では配置についてだが、魔道士の2人にはトラン道を担当してもらう。見晴らしがよい方が魔法は効果的だろうし、プロウム草原に近い方がいいだろう。プロウム草原を無警戒という訳にはいかないからな」
「ちょっと待ってくれ!ということはプロウム草原の方にも誰かしら派遣するってことだろ?俺らは勘弁だぜ!敵が来なかったら討伐数が稼げないし、ほぼタダ働きだろ」
この発言に冒険者たちは見合ってしまう。
冒険者は複数チームが派遣される大規模戦闘においては戦果によって報酬が支払われる。そして何よりも、今後の査定や依頼にも直結する「見栄え」が冒険者にとって最も重要である。ただ突っ立て見張りをしていましたでは、他の冒険者に侮られてしまう。故に戦闘に参加しないはあり得ないのである。
ただ、立場や関係性もあり反感を買わないためにも、他のチームに強引に貧乏くじを押し付ける訳にはいかない。それは陣頭指揮者であるドゥカスも同様である。
その様子を見てラートルがにやりと笑う。
「ではプロウム草原は我々兵士が対応いたしましょう!冒険者にはしがらみがありそうですし」
「本当か⁉恩に着るぞラートル殿!」
「いえいえ。お気になさらず(これでこちらは安全に公爵様のお役に立ったという実績と兵士もぺルディアの町民の案じているというアピールができる……さらに戦闘バカどもにも貸しも作れるとは、一石二鳥いや一石三鳥だ!)」
その後はスムーズに話が進んだ。
ルクスが担当するトラン道はペトラと連絡用に最低限の冒険者が配置されることとなり、クオダム高原はその他の冒険者が総力挙げて押し潰すことに決まった。
トックはルクスと一緒に戦いたがったが、冒険者における最大戦力チームとして却下された。
会議が終わるとトックがルクスの下にやって来た。
「ルクス」
ペトラも振り返ったため、トックは慌てて姿勢を正す。
「お初にお目にかかります、ペトラ様。私、冒険者チーム『白妙の光』のリーダーをしておりますトックと申します。ルクスとは友人関係でして、お話のため少々お時間を頂けないでしょうか?」
「ペトラ、少し待っていてくれ」
「わかったのじゃ」
ペトラが側にいることにより緊張しているトックへルクスから話しかける。
「みんなも元気か?」
「おう。俺もアルメールも後遺症なくピンピンしてるぜ」
「悪かったな、危険な目に合わせちまって」
「いいんだって!あの任務のおかげで俺たちは更に強くなれたんだから。それよりも見ろ、この証!1年経たずにレギュラー級冒険者になっちまったぜ!」
そう言いながらトックは首にかかっているネックレス型の証を自慢する。
「ヘースゴイナ」
「もうちょい感情込めろよ。てか、わかってねーだろ。無理に褒めなくてもいいから」
「前アネルにわからなくても褒めろって言われたぞ」
「その言葉アネルが聞いたら喜ぶぞ!」
アネルという言葉にペトラが会話に入ってくる。
「アネルってのは誰じゃ?」
「えっ⁉あ、はい!アネルっていうのは『白妙の光』の仲間でして……俺…私もアネルも以前ルクスに命を救われたことがありまして…はい……」
「もっと詳しく教えて欲しいのじゃ!それともっと気楽に話してよいのじゃ」
ペトラとトックが会話し始めると、会議に参加していた女冒険者がルクスに話しかけに来る。
「ルクス様、少しよろしいですか?」
「ん?なに?それと敬称はいらない」
「そう?じゃあルクス君って呼ばせてもらうわ。私はレギュラー級冒険者チーム『レプスペンナ』のリーダー、エミーナよ。よろしくね」
「よろしく。それで?」
エミーナはルクスを引き寄せると自慢の胸を押し当てる。
「ルクス君のこと知りたいなーと思ってね?どう?今夜お姉さんの部屋に来ない?」
「悪いがそういう訳にはいかない。オレはペトラの従者なんでな」
「またまた。あなた本当はペトラ様の従者じゃないでしょ?」
「何を根拠に?」
「普通、従者が主人を呼び捨てにしたり小突いたりしないもの。戦場という極限の環境では種を残そうとしたいってなるのが人間の本能でしょ?種の保存本能って言うだったかしら?ただ、いくら気安い関係と言っても、公爵令嬢であるペトラ様とそういうことはできないじゃない?ペトラ様にバレたくないってことなら安心していいわよ。お姉さん口の堅さには自信があるから。ああ、口が堅いって他言しないってことよ、口の中はほら溶けるくらいに柔らかいんだから……」
エミーナは体を摺り寄せながら妖艶に口を開くと舌を出す。
「魅力的なお誘いだが、お断りさせてもらう」
「あら残念。でも、魅力的感じてくれたってことは脈なしってわけでもないのかしら?」
「……相手がゴブリンじゃなきゃ一考の余地はあったかもな」
体に巻きつくエミーナをいなすとルクスはペトラの方へと戻る。
ペトラはむすっとした態度である。
「何の話をしてたんじゃ!」
「くだらん話だよ。明日も早いんだ帰ろうぜ!」
「言えんことなんじゃな⁉」
「帯纏切れてるけどいいのか?」
「あっ⁉」
宿に帰った後もペトラは帯纏の修行をしている。
魔力を抑制するために体が震え、食事をその辺に散らかしながら食べている。
「飯ぐらい普通に食えよ。行儀悪いぞ」
「ルクスしか見てないからセーフなのじゃ!」
「ったく!風呂に入るときはダメだからな」
「宿の風呂を貸切るからセーフなのじゃ!」
こんな調子でペトラは疲れて寝るまでずっと修行をしていた。




