表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大罪人もう一度  作者: 御神大河
はじまりの村・一つ目の楔
2/36

1.ここから

「ルクス?ルクス!」


 10歳前後から5歳くらいの子もいるだろうか、少年少女たちが心配といぶかしさが混ざった表情でルクスの顔を覗き込んでいる。

 ぼやけていた意識がはっきりすると同時に、ルクスは周囲を見渡す。

 辺り一面に緑と茶色が広がり、透明で底までくっきりと見える川が流れている。天をさえぎる灰色の建物群は一切なく、遠目に瓦屋根の木造の家がそこそこの間隔を開けて並んでおり、どれも2階程度の高さである。どこまでも続く広大な空と対照的に周囲は山と森で囲まれており、どことなく閉塞感へいそくかんも感じられる。

 しかし、のどかな田舎というには活気がある。小さな商店街のように様々な店が点在し、荷馬車も1台であるが走っている。また、住宅の中央付近にかなり小さめの教会のような建物が建っている。どことなく安心感のある実に平和的な光景である。

 そんな村を一望できる小高い丘にルクスは立っていた。


「なんだ!?なんだっけ?」


 そんな平和的な光景を前にルクスは困惑していた。必死に記憶を呼び起こそうと顎を指でさすりながら考え込む。


「どうしたの?」

「おいおい、大丈夫かよ?」


 子どもたちは心配そうにルクスに問いかける。

 そんな心配そうな表情を見てルクスはスーっと冷静さを取り戻す。


「すまん。記憶が曖昧になってるみたいだ」

「は!?ルクス、お前マジで大丈夫かよ?」

「あ──」


「キャアアアアアアアア!!」

「うわああああああああ!!」


 のどかな雰囲気を引き裂くように森の方から悲鳴が響く。

 一同が一斉に悲鳴のあった方に目線を飛ばす。

 森の木が一本の線を引くように薙ぎ倒されとんでもない量の土煙が舞い上がっている。


「魔獣だ……」


 さっきまでルクスに対し強きに発言していた男の子が絶望の表情を浮かべながらポツリと呟いた。


(魔獣?)


 魔獣とは何かと聞こうとしたルクスであったが、少女とそれに続いた子どもたちの発言で質問を聞くことを後回しにする。


「どうしよう……お家が…お父さんとお母さんが!!」

「僕の家も……」

「私も……」


 子どもたちが絶望で茫然と突っ立ている中、ルクスは事件が起こった場所、これから悲劇が起こるであろう場所に向かって走り出していた。記憶が蘇ったわけではない、明確な解決策を持っているわけでもない。ただ、何かしなければ、行動しなければ必ず後悔する。それだけは何故か確信していた。

 ルクスは時速60キロメートル近い速度で、混乱の中魔獣から逃げる村人を縫いながら住宅地を逆走する。

 逃げ惑う村人の最後尾を抜けた瞬間、騒ぎの元凶である魔獣を目の先に捉える。

 ルクスは己の目を疑った。聞き馴染みのない魔獣と言う単語だが、だからこそ記憶を呼び起こすきっかけになり得るのではないかと少しばかり期待していた。しかし、目の前にいる魔獣は記憶にかすりもしない。それどころか出会ったこともないと確信できてしまった。


「でかい…。というか何なんだ…」


 全長10メートルはあろう四足歩行の薄汚れた白い巨体、シュッとした超毛犬ちょうもうけんのような見た目でありながら猫背である。しかも、手の形が獣のそれではない。毛に覆われた皮膚と鋭く長い爪を有してはいるが、まるで物を握るように進化した人やサルのような手。見た目も放つ空気も見たものに恐怖心を与える異質な姿である。

 だが、ルクスは魔獣に向かってさらに加速する。

 魔獣の前をフードの付いた深緑色のぼろ布を被った子どもが今にも追いつかれそうな速度で走っていたのだ。

 横目で捉えた1メートル近い骨切包丁を肉屋から拝借し、建物を利用し三段跳びの要領で上空へ跳躍。落下の勢いそのままに魔獣の脳天へ骨切包丁を一切の躊躇ちゅうちょなく振り下ろす。


「おおぉぉらっ!」


 ガギッ!


 金属同士を擦り合わせたような鈍い音が響く。

 ルクスは驚愕していた。

 間違いなく頭骨を左右に真っ二つにするつもりで振り下ろした。真っ二つとはいかずとも確実に命を絶つ程度の陥没はすると考えていた。

 しかし結果は、陥没はおろか刃先は骨どころか皮にも到達していない。鋼鉄のような毛に阻まれ、渾身の骨切包丁は弾き返されてしまっていた。


「クッソ」


 弾き返された骨切包丁をガッチリ握りしめ、ルクスは空中で着地体勢をとる。着地と同時に、魔獣の手が迫る。ルクスは即座に後方に飛び退き魔獣の手は宙を切る。


「ぐっ!」


 ルクスは間違いなくかわしていた。

 魔獣の一部が触れた感覚もなかった。

 だが、腹部周辺の服が裂け、腹が火傷のように炎症し無数の熱した針を押し込まれたような痛みが襲う。


「座り込んでないで走れ!邪魔だ!」


 決して魔獣から目を離すことはない。それでも、目の前にいる化け物と自身との圧倒的な力の差を自覚したルクスは、苛立ちを発散するように、傍で腰を抜かしているぼろ布を被った子に対して荒い言葉を殴り捨てる。

 ルクスに怒鳴られた子は慌てて這ってその場を離れようとする。


「チッ」


 再度ルクスは魔獣に突っ込んでいく。

 魔獣が大きく手を振り上げた瞬間、ルクスは急加速し魔獣の懐へ飛び込む。


(まずは機動力を殺す)


 そのまま魔獣の後方に回り、魔獣の右脚、アキレス腱に目掛けて骨切包丁を振り下ろす。


(刃が欠けた訳じゃない。だったら通るはず。叩き付けるんじゃなく、今度は切り裂く!)


 骨切包丁の刃が魔獣の体に触れた瞬間、刃を万力で押し当てながら火花が散る勢いで滑らせる。魔獣と刃が触れていたのは数瞬、1秒にも満たない。しかし、体ごと弾き返されそうな強力な摩擦により、刃が完全に潰れ、斧型をしていた骨切包丁は持ち手から先端にかけて鋭く尖った細い剣のように形を変えていた。


「ぐぅっ!?」


 直後、ルクスの顔が歪む。骨切包丁を握る両手の皮膚が摩擦の衝撃に耐えた反動で焼けただれ、柄が赤黒く染まっていく。

 対して、魔獣の体への被害は毛を削ぎ落し、皮膚を一部露出させたのみ。たったそれだけに止まっている。

 だが、痛みに悶絶している余裕はない。ルクスは魔獣の振り返る動作を瞬時に感じ取り、露出した皮膚に一撃を突き立てるべく、再度魔獣の背後へと加速する。背後をとると同時に骨切包丁を逆手に持ち替え、魔獣のアキレス腱へ振り下ろすため頭上へ掲げる。

 そのまま刃が魔獣の脚にねじ込まれる、ことはなかった。

 振り被った直後、魔獣が体を捻じるのをルクスは見逃さなかった。右脚に回り込んだルクスを追いかけるように魔獣の右手が地面を抉るように突っ込んできていた。

 ルクスは自身の攻撃を中断して、即座に防御に切り替える。たとえ、ここで一撃入れることができても魔獣にとっては大したダメージにならず、片やルクスはこの一撃で致命傷、最悪の場合即死も考えられたからだ。

 人間離れした反応速度で魔獣から気持ち広めに距離を取り、腹部にもらった先ほどの謎の攻撃を警戒し体の前に骨切包丁を抜かりなく構える。

 魔獣の右手は間違いなく躱した。だが、その後に骨切包丁に見えない力が押し込まれ、ルクスの体が後方にフワッと浮く。


「なるほど……」


 軽やかに着地したルクスは目の前の敵を仕留める覚悟を更に深め、左手の拳に息を吹き込む。

 が、その覚悟は一瞬で焦りに変わる。腰を抜かし這っていたぼろ布の子どもが未だに直ぐ傍を這っている。

 一呼吸も気を抜くことの許されない圧縮された時間の中での戦闘。ルクスにとってはそれなりの時間であっても、傍から見たら僅かな時間である。腰を抜かしている人間が遠くへ逃げきれているわけがない。その事実と現状に気を取られ、戦闘中に決してやってはならない相手から目を切るという愚行をルクスは犯してしまう。


「しまっ……」


(突っ込んできた魔獣の姿がでかい。)

(余裕をもって回避できる距離じゃない。)

(仮に回避できたとしても隣のガキは間違いなくただでは済まない。)


 様々な思考がルクスの脳内を駆け巡る。頭では色々考えているルクスではあるが、行動は既に起こしていた。

 隣にいる子どもをかかとで蹴り飛ばし、魔獣の間合いから外す。その後魔獣に向き直り振り抜かれる魔獣の手と同じ方へ回避のために体を捻じり、骨切包丁を体と魔獣の手の間に滑り込ませる。

 間を置かず、ルクスの体は空中で魔獣の手に飲み込まれ弾丸のように水平に弾き飛ばされる。


 ドンガラガッシャン


 大量に積んであった薪用の丸太にものすごい勢いで突っ込み、丸太が音を立てて崩れ落ちる。

 ルクスを弾き飛ばし邪魔者を排除できた魔獣はダラーっと涎を垂らしながらゆっくりとぼろ布の子に向き直る。


「ぇ……うぇ……ひー……ふー……」


 襲われていた子はルクスの蹴りのダメージと魔獣への恐怖からその場に固まってしまっている。

 魔獣は舌なめずりをした後、ゆっくりと鋭い牙が並んだ大きな口を開く。そのまま、待ちに待った餌を平らげようと子どもに襲い掛かった。


「キィヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤヤャャャャャャャャャャャ!!!」


 人の女性の声に似た大気をつんざくような甲高い悲鳴が鳴り響き、魔獣が体を起こし悶絶するように巨体を揺する。


「まだ……終わってねぇぞ……」


 崩れた丸太によって舞い上がった煙の中から目を血走らせたルクスが現れる。

 頭からは血を流し、左腕は曲がってはいけない方を向き、全身ボロボロである。口元から血があふれ落ち、息も完全に上がっている。

 それでも、小さな体からでは考えられない闘志を放ち、巨大な魔獣を見据えている。

 魔獣は目に深く刺さった骨切包丁を抜くと苛立ちをぶつけるように乱雑に投げ捨てる。そして、頭を低くして今までは見せてこなかった戦闘体勢を取る。


「ようやく……一発……。やっと敵として……認めたかよ……」

「グルルルルルルルルルルルルルルルル」


 鼻の上にしわを寄せ、牙を剥き出し、全身の毛を逆立てて低い唸り声をあげる。目の前にいる憎き敵を仕留めるためにバネが効くように重心を後方へ下げる。回避する気の一切ない攻撃に全力を傾けた体勢。瞬刻の静止から魔獣の鋭爪えいそうがルクスに迫る。

 ルクスも魔獣の呼吸に合わせて動き出す。が、グラッと姿勢が崩れ落ちる。


「は?」


 ルクスの右足が踏み込もうとしたタイミングですねのあたりからひしゃげて曲がった。

 一撃もらっただけで、全身がボロ雑巾のようになり、息も上がる始末。故に、ここまで徹底的に攻撃を回避し何とか戦えていた。


 完全に機動力を失ったルクスでは勝負ありである。それでもルクスは近くに転がっている角材を掴み、諦めることなく抵抗をしようとする。

 突如、目の前に深紅しんくの壁が現れ、魔獣の爪が弾き返され、砕ける。


「まったく。木の棒で挑もうなど蛮勇が過ぎるぞ、少年」


 声の方へ振り向いたルクスの目の前に女が涼しい顔で立っていた。

 180センチ前後であろう長身、光が透過しそうなほどの白い肌、腰より長い淡い紫のサラサラ髪は毛先に進むにつれ深い夜空のような色に変わっている。宝石のような鮮やかな血紅色けっこうしょくの目、深紅の四芒星形しぼうせいけいが首を一周している。その姿を着丈きたけの短いフリルの付いたセーラー服のような白いシャツと杜若色かきつばたいろのロングスカートが覆っている。


「誰だあんた?」

「ルスヴァン。ヴァコレラ・ルスヴァンじゃ。別に覚えなくてもいいぞ」


 数刻前まで全神経を魔獣の一挙手一投足に集中していたルクスであったが、ルスヴァンが現れて以降、完全に意識をルスヴァンに持ってかれていた。激しい戦闘によって研ぎ澄まされた感覚が牙向く獣よりも目の前の女に注意しろとルクスに告げていた。


「さっきのあれ、あんたがやったのか?どうなってんだ?」


 目の前で起きた状況と突如現れた魔獣とはまた別の異質な存在が理解できず、警戒と困惑から立ち上がろうとするルクスにルスヴァンは静かに、しかし確実に従わせるように言いつける。


「怪我してるんじゃろ?じっとしておれ。すぐ終わる」


 そして、ゆったりと魔獣に向き直る。ルクス同様に警戒から様子を窺っていた魔獣もルスヴァンと目が合うや否や即座に己が敵と判断し、一気に緊張感を高める。


「安らかに眠れ」


 ルスヴァンが静かに囁くと同時に、魔獣の爪がルスヴァンに迫る。

 ルクスは瞬きなどしていなかった。

 しかし、ルスヴァンはルクスの視界から消え、魔獣の胸元で優雅に立っていた。ルスヴァンの手が魔獣の胸に触れた次の瞬間、魔獣の背中から深紅の棘がハリネズミのように飛び出す。

 魔獣は喉が潰れたようなか細い呻き声を上げ、2歩後ろに下がった後、ゆっくりとその身を横へ倒す。

 ルクスは驚愕した。

 自分が強者ではないことは理解していたし、魔獣との攻防でその事実はより明確になった。

 それにしてもだ。この差は想像していなかった。

 自分が血反吐にまみれながら不意打ちでようやく一撃を入れることが叶った圧倒的格上が、フラっと現れた女の軽く触れた一撃で動かぬむくろと成り果てている。


「やはり、魔素の異常超過か……」


 ルスヴァンは動かなくなった魔獣に近寄るとその死体を調べ、ポツリと呟く。

 ルクスはそんなルスヴァンに近づいていき、申し出をする。


「なぁ、あんたのその強さ、オレに教えてくれ!」

「この力にはな、才能が必要なんじゃ。というか、怪我しとるのだから安静にせんと──」


 今度はそう言いながら振り向いたルスヴァンが驚愕した。

 折れ曲がっていた腕も拉げた足も、全身に無数に存在していた全ての怪我がまるで何事もなかったかのように完治している。


「少年、その力は……」


 驚いた顔で疑問をぶつけるルスヴァンにルクスは首を傾げる。


「ん?」

「全身に負った怪我はどうした?少年」

「……あれ?ほんとだ」

「そうか……はぁー……なるほど……才覚は問題ないようじゃな」


 自身の状態を把握しておらず全身をチェックし始めたルクスに、ルスヴァンは呆れながら一息吐く。

 その言葉を聞き、目を輝かせながらルクスはルスヴァンに詰め寄る。


「オレ才能あんだろ?だったらあんたの弟子にしてくれ!」

「待て待て。そういうわけにはいかん!」

「なんで?努力は怠らねぇし、文句も言わねぇぞ!」

「そういう問題じゃなくてじゃの」

「頼むよルスヴン!!」

「気安く名前を呼ぶんじゃない!」

「じゃあ、先生!」


 ルクスとルスヴァンが師弟交渉をしている間に、村民や丘で一緒にいた子どもたちが魔獣の脅威が去ったことで剣や斧、くわなどを携え様子を見に集まってきていた。


「怪我人はいないかー?」

「家がダメになった奴は報告しろ!」


 協力して安全確認をしていく。


「あー!うちの自慢の包丁がーーっ!新品同然だったのに!」


 肉屋の店主は自慢の包丁の無残な姿に絶叫している。

 そうした声が飛び交う中、一人の男がポツリと疑問を口にする。


「何で急に魔獣が…」


 その疑問に反応して女が指をさし別の疑問を口にする。


「あんな子この村に居たっけ?」


 指をさされた先には先程まで魔獣に追いかけられていたぼろ布を被った子どもが立っている。


「お前どこのガキだ!よく顔を見せろ!」


 そう言って村人の一人が細い腕を掴み乱暴に被っているフードを払い除ける。


「「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」

「「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」


 フードの下の顔が村民の眼下に晒された瞬間、悲鳴が起きる。

 フードの下からは桃色の毛先と一筋のメッシュが特徴的なブロンドの髪に露草つゆくさのような青い瞳、健康そうな薄っすらと日焼けしたような肌を持つルクスと同年代くらいの少女の顔が現れた。幼さが残るものの容易に他を魅了できる美形である。

 しかし、頭から生える白く輝く二本のアモン角と長く尖った両の耳が人ではないと語っていた。


「魔物だー!!」

「こいつが魔獣をこの村に呼び込んだんだ!」

「油断すんな!何をしてくるかわからんぞ!」


 近くにいた人が取り乱し少女に対し武器を構えたことで辺りに一気に緊張が走る。大人たちが子どもたちを守るように背に隠す。

 周囲から突発的な敵意を向けられた少女はどうしたらいいかわからずオロオロとしている。


「まずいの」


 先刻まで師弟交渉をしていたルクスとルスヴァンも異様な空気に反応し、交渉を中断する。

 ルスヴァンが張り詰めた空気を緩めようと声を掛けようとした直前、緊張が頂点に達した男が魔人の少女に剣を振り下ろした。


 ガシャャャン!!


 目にの止まらぬ速さでルクスが少女と男の間に入り、振り下ろされた剣を弾き飛ばす。

 ルスヴァンも救われた少女も含めその場にいた全員が目を見開いた。


「どういうつもりだルクス!」

「あ?どういうつもりだはこっちのセリフだ!大の大人が揃いも揃ってガキにンなもん向けて恥ずかしくねぇーのか!」

「ガキ?そいつは魔物だぞ!魔族なんだぞ!人類の敵だ!!今回は皆無事だったが、今のうちに狩っておかんと今後もっと大きな被害になるかもしれんのだぞ!」

「ンなこと知るか!」

「なっ!?」

「だいたい。あんたらはただ逃げてただけだろ。こいつをどうするか決められんのは、戦ったオレか魔獣を倒した先生だろうが。何もしてねぇのに勝手なことすんな!」

「じゃあ、どうするっつんだ!」


 ルクスと男がヒートアップし辺りに剣呑けんのんな雰囲気が漂い始める。

 その状況を気まずく感じた大人たちが言い合っている両者を落ち着かせるために言い聞かせるように話し始める。


「まぁまぁ、まだ魔族についてよくわかっていない歳だろうし」

「今のうちに魔族の恐ろしさについて理解していた方がいいだろう」

「魔物のガキに洗脳されている可能性は?」

「さすがにそれは………ないとは言わんが……」


 話しの流れが魔人の少女の糾弾きゅうだんに向かいそうな空気を察して、ルスヴァンが割って入る。


「この子はワシが責任持って然るべき場所に返そう。おぬしらに迷惑は掛けん」


 村人はその言葉に何も言い返すことはしない。だが、納得したわけではない。ただ、ルスヴァンの存在を目すら合わせずに無視している。


「では、ゆくぞ」


 重い空気が流れる中、ルスヴァンは魔人の少女を優しく促す。


「ちょっと待てよ!」


 村から去ろうとするルスヴァンに対しルクスが呼び止める。


「オレの修行は?」

「おぬし空気が読めんと言われんか?」

「?」

「まぁ良い。ワシはこの森の中にある泉の側で暮らしておる。どうしてもと言うなら訪ねてこい。ただ、オススメはせんがな」


 正面にある深い森を指差し、ルスヴァンは渋々といった様子で返答する。

 その返答を聞いたルクスは笑顔を見せる。

 その目は修行への期待と必ず強くなるという決意で爛々(らんらん)としている。

 その表情に呆れながらルスヴァンと少女は森の中に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ