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シュヴァリエの追憶3




『2045年7月15日』







「《この日がやってまいりました。第43回全国高校航空体育大会、レジェンドクラス地区予選、第三試合》」


 翌日、レジェンドクラス第三試合。

 この日の試合の盛り上がりは、一種異様な雰囲気を纏っていた。


「《旅客機、爆撃機、偵察機―――多くの目的に沿って作られた航空機の中において、もっとも異質な存在。それこそが戦闘機です》」


 今日の解説者の口上は、人に言い聞かせるような声色だった。

 これまでの熱狂的な言葉とは裏腹に、染み入るように始まった言葉は観客達にも自然と静寂を促す。


「異質ってなんだ?」


「さあ、小さい飛行機だからか?」


 戦闘機は異質。そんな言葉に、首を傾げる観客。

 むしろ、戦闘機こそが最も飛行機らしい飛行機だと思う者も多かった。

 しかしそれは間違いだ。戦闘機というのは、その目的からして異質なのだ。


「《ほとんどの飛行機の仕事は何かを運ぶこと。それは人であったり、貨物であったり、観測機器であったり、そして爆弾であったり。しかし、戦闘機だけは違うのです。果敢に機敏に空を飛び回り、敵の背後に回り銃弾を叩き込む―――多種多様な航空機がその運用目的を果たすべく、空を守ることを目的に作られた唯一の飛行機!》」


 司会者の声色に熱が籠もり始める。


「《戦闘機の真骨頂はただ1つ、『敵に打ち勝つこと』! その時代の最高の技術を惜しげもなく投じられ、1人で動かす兵器としては類稀な戦闘力を発揮する人造の神として戦場に翼は舞い降りたのです!》」


 タイミングぴったりに、上空をフライパスする戦闘機。

 零戦からF―86セイバー、F―4JSファントムと続きF―15イーグル、F2バイパーゼロ。そして最後には第八世代領域制圧戦闘機F―51ストレイキャットが空を駆け抜けた。

 完全無欠に場違いな最新鋭機だが、わざわざ自衛隊に協力を仰いでの出演である。


「《者共よ、刮目せよ! 熱狂せよ!》」


 大きく声を溜め、司会者は絶叫のように宣言する。


「《今日、セルフ・アーク最強のパイロットが決まります!》」


 間違えてはならない。これはあくまで第三試合であり、決勝でもなんでもない。

 まだ試合が何度か続くというのに、その場のノリで司会者はあたかもこの試合こそを決勝戦であるかのように煽ってみせた。

 間違ってはいないのだ。中学時代最強のエアレーサーだった武蔵の所属する、雷間高校空部インペリアルアライアンズと、これまで圧倒的な戦果を見せてきた、鋼輪工業空部アヴェンジャーズの決戦。

 これを実質的な決勝戦と認識するものも多い、セルフ・アーク地区予選における注目の勝負だった。

 ヒートアップする観客の熱量そのままに、地区予選第三試合が始まろうとしている。

 そんな熱い夏の会場の片隅で、死体のように転がったまま、微動だにしない男がいた。







「なんだこれ、ナマコ?」


 ハカセはコーチという立場である。

 割とサボりまくっているが、流石に今日という大一番においてストライキをかますほど面倒見に欠ける人物でもなかった。

 そんなハカセは試合会場の浜辺にて、漂着物のように打ち捨てられている物体を見つけた。

 武蔵であった。

 ナマコと形容されてしまったが、この作品の主人公であった。

 ナマコ系主人公である。


「死にたい」


 死に体であった武蔵が呟く。


「死ぬのはいいが、見えないところで死んでくれ。最年長の俺に責任が及ぶ」


「不謹慎にならない程度にソフトに死にたい」


「半死半生って冷静に考えたら日本語として間違ってると思わんか?」


 夏らしく熱砂と化しているはずの浜辺に、顔面を直接伏せてのうつぶせ。

 ハカセはしゃがみこみ、武蔵の背中を指でつつく。


「なあ、それ熱くないの?」


「超熱い。たい焼きになった気分です。嫌になっちゃうよ」


「最後はおじさんに食べられちゃうのか」


「歳バレますよ」


 結論からいえば、武蔵のプロポーズ大作戦は失敗した。

 由良には朝1番で徹夜気味に考えた愛の言葉を演劇のように語ってみせたのだが、由良は釈然としない顔だった。


「気持ちが……こもってません」


「それ言い出したらキリがないやつだから」


 誠意とは、不器用な人間はどんなに真摯に訴えたところで通じないし、演技派の人間は中身がスカスカであろうと通じてしまうのだ。

 まして第三者による客観的な判定でもない限り、誠意の有無など議論すべきではない。

 泥沼化するだけである。


「もーいっかい、もーいっかい……」


 そう主張しつつ手拍子する由良。

 男の娘として人生の最高潮にある彼は、ちょっと調子こいていた。


「こうなったら近代プロポーズの切り札、フラッシュモブをするしかない」


「それやったら本気で婚約破棄します」


 由良の発言としてはおそらくはじめての、終始つっかえることのない断言であった。

 そんなこんなで、一同色々と思うところを抱えたままに始まったエアレース レジェンドクラス大会。

 前座のサイレンが鳴り響き、海がガソリンで燃える。

 遂には航空自衛隊が模擬戦を始め、なぜか陸上自衛隊のプチ総火演(演習)まで始まる始末。

 相も変わらずの無法じみた派手っぷりだが、試合開始が昼からである武蔵達にはあまり関係ない。


「やっほー遊びに来たわよー。……なにこれ、焼鉄板プレイ?」


 ふらりと現れた時雨が変なことを言い出す。

 血の気の多いエアレーサーにとって試合前の前哨戦などよくあることだが、普通に遊びに来る奴など滅多にいない。

 試合前にどざえもんになっている奴もそうそういないが。


「泳ぎ疲れたタイヤキくんだ」


 武蔵の周囲の砂に、妙に可愛らしくデフォルメされたタイヤキ屋のイラストを描くハカセ。

 彼に絵心があることが今更ながら判明した。


「若いお兄さんが見知らぬ汚いおじさん釣られてに食べられちゃう……えへへっ」


 何やら妄想して喜んでいる由良はさておいて、時雨に気付いた武蔵は仰向けになって両手両足をバタバタさせた。







「もういやー、大会さぼるー!」


「幼児退行ね」


 時雨が武蔵をむぎゅっと踏みつける。

 武蔵は時雨の足首を掴んだ。


「ちょ、やめなさいっ! みえ、パンツ見えちゃう!」


「やれやれ、もう高校生なのだから少しは色っぽい下着を付けたらどうだ?」


「変態! ド変態! 武蔵!」


 実のところ武蔵の角度から時雨の制服のスカートは覗けないのだが、どうせお子様パンツだろうと辺りをつけてからかう武蔵である。

 時雨は武蔵の顔を蹴り飛ばそうとしたが、それではパンツが本格的に御開帳してしまう。

 よって、妥協として股間の蹴り上げることにした。


「それにしても……いよいよ、この日が来たわね」


「ええ。鋼輪工業と雷間高校、どっちの空部が主体となるのか決まるわ」


「後悔しないように、精一杯戦いましょ」


「よろしくね、妙子部長」


 握手する妙子と時雨。

 後ろで股間を押さえて悶える婚約者のことなど誰も気にしちゃいない。


「ところで、もう1人のそっちの選手は?」


 時雨は周囲を見渡し、アリアがいないことを訝しむ。

 それもまた、雷間高校の面子に覇気がない理由の1つであった。


「ハカセが電話を受けたらしいけど、熱で来れないらしい」


「えっ、この土壇場で? この大勝負でそれやっちゃったの?」


「夏風邪はなんとやらだ」


 思い返せば、武蔵がエアレースに復帰したのは他でもないアリアの影響である。

 その影響元が肝心な時に風邪で棄権。


「アホかと」


 もうやる気もへったくれもない武蔵であった。


「でもお兄ちゃん、ここで頑張れば鋼輪工業の子たちとデート出来るんでしょ? 頑張らなくていいの?」


「口説きたい、口説きたいけどっ!」


 ハーレムには金が必要だ。

 大企業の主になるような展望が立つのなら、今からでも口説くのを再開したい。

 しかし残念ながらそんなネタを持ち合わせていないので、これ以上女の子を口説くのは難しいと言わざるを得ないのだ。


「―――女性に対してそういう不誠実なことなんて―――ッ! 俺にはっ、出来ない……!」


 股間と心の痛みに苦悶しつつ、武蔵は言い切った。


「はあ?」


 時雨が未だ地面に寝そべっている武蔵の腹の上に乗った。

 色っぽく騎乗のように跨るのではなく、腹の上に膝立ちである。


「おま、やめろ、膝に体重がかかって重い! クソ重い! 胸部デブ!」


「ああん?」


 時雨のメンチは完全にチンピラのそれであった。


「男性の女性に対する脂肪の要求はシビア過ぎると思うのです」


「武蔵さん、私達には何もないのでしょうか?」


 遠慮気味に、しかし物欲しそうに訊ねる花純。

 由良に指輪を渡しておいて他にはなし、というわけには当然いかない。


「それじゃあ、婚約指輪配るから1列に並んでー」


「お前それはないわ」


 ハカセドン引きである。


「「「「「はーい」」」」」


 冗談半分で指輪を配布すると言ったのだが、少女達は本当に1列に並んでしまった。

 武蔵は焦る。俺にどうしろというのか、と。


「武蔵くんが私達に並べって言ったんじゃない」


「きっとお兄ちゃんの情熱的な口説き文句を聞けるんだよ」


「期待させていただきます、ご主人様」


 これからどうするのかと時雨がにやにや笑う。

 しばし悩んだ武蔵は、全員の背中を押して部室船に連れ込むことにした。


「ちょっ、武蔵くん!?」


「試合まで3時間もあるんだ、大丈夫だろう」


 愕然とするハカセを放置して、女性達を自室に連れ込む武蔵。







「全員にプロポーズしました」


「プロポーズするだけにしては時間がかかりましたね武蔵さん」


「敬語やめて下さい」


 報告を受けたハカセは、武蔵をウデムシを見る目で見ていた。


「4人まとめてというのは大変だな」


「わかる。俺も異世界ハーレム主人公してた頃は大変だった」


「あっ、そうっすね」


 男同士のエロ談義など実際こんな空気になってしまうのである。


「お前、あの子には用意しなかったのか指輪?」


「あの子って?」


「アリアちゃんだよ、アリアちゃん」


 この人が色恋沙汰に興味を示すとか珍しい、と武蔵はハカセをジロジロ見てしまう。


「まあ、用意はしましたよ。首輪」


「……チョーカーか?」


「ほら、あいつ俺の性奴隷なんで」


「何それ俺は通報すべき案件?」


 ハカセはとりあえず武蔵の足首と適当なパイプ管を首輪で繋いだ。


「ちょ、おま、これ大学の粒子コンピュータが必要なレベルで面倒な電子ロックされてるんですがっ」


「そんなのを女の子に付けようとしたのかお前……」


 「コーチ料だ」と武蔵の財布から小銭を強奪し、自販機へ向かうハカセ。


「どこのヤンキーですか」


「何を言う、指導をしたんだから対価を払え」


「あんたの懐は傷んでないじゃないっすか」


「形のないものに価値を定めるのが資本主義だろ」


「なら愛に首輪という物的価値を定めたっていいでしょう」


「有能が無能から一方的に利益を享受するのもまた資本主義だ」


「くっそ、普段は搾取する側ばっかりにいたせいか、こうなるとハカセの立場が超ウザイぜ」


「俺はお前の上位互換だからな、仕方がない」


「この人遂にぶっちゃけやがった」


 普段からたまに考えていたことだが、武蔵に出来てハカセに出来ないことというのはあまりない。

 このいい加減大魔王なハカセを目標になどしたくはない。

 したくはないものの、ハカセはある意味、武蔵の延長線上にいる男なのである。


「タマ、タマかもーん!」


「おまたせにゃあ!」


 ぱたぱたとやってきた小型アンドロイドのタマが、武蔵の足首に取り付いて首輪の解析を初める。

 タマの纏うメイド服のスカートから、ケーブルを伸ばして首輪のコネクタに差し込む。

 ぴぴぴぽぴぱぽ、ぴーぴーぴー、ががが……と通信音を鳴らして、軍事レベルの暗号は数秒で解除された。


「取れたにゃ!」


「ああ、助かったよ」


 手の平に乗るサイズで、船を動かす電力を供給し、スパコンに匹敵する暗号解読能力を有するメイドロボ。

 なんだかんだで、一番のチートキャラはこいつである。


「なんだこのコーヒー、砂糖水かよ」


 自販機で買ってきた缶コーヒーをちびちび飲むハカセ。


「日本の文化ですよ缶コーヒーは」


 武蔵は適当に相槌を打った。


「オッサンでもタバコと缶コーヒーを嗜めば渋いって評価を得られるんです。中身がクソ甘コーヒーでも。それがダンディズムってやつです」


「ここまでくるとコーヒー牛乳だ。身体にいいとは思えない」


「歳食うとちょっとした不摂生でも気になっちゃいますよね解ります」


「いや俺まだまだヤングだし」


 しばし缶コーヒーを睨んでいたハカセは、ちょっとベスに会いに行ってくる、と立ち去ってしまった。

 ベスって誰だっけ、と思い、エリザベスの略称であることを武蔵は思い出す。三笠の本名と思われる名前である。


「え、あの2人って知り合いなのか?」


 なぞの組み合わせに首を傾げつつも、のっそりと立ち上がる武蔵。


「あー腰が痛い。いや試合前に腰痛めちゃ駄目だろ。っていうかほんとに俺1人で試合に挑むのか。5人相手に」


 ポケットから残りの指輪を取り出し、大きく溜め息を吐く。


「ままならないもんだ」


 どうにも、おちゃらけた雰囲気に逃げてしまうのは自分の悪癖だと武蔵は自覚している。

 真摯に言葉にすれば、何か変わるのだろうか。

 そう思いつつも、「明日からにしよう」とダイエット出来ない人みたいな逃げに徹する武蔵であった。







 飛行前点検を終えた武蔵は、何百回も繰り返した手順で主翼によじ登ってコックピットに身体を落とした。

 クレーンのワイヤーが零戦を、搭乗する武蔵ごと持ち上げる。

 世界で唯一秋津洲のみが持つ艤装、35トンクレーンに釣り上げられた零戦がカタパルトへと固定される。

 作業着姿の由良がラジオ体操のように両手を振り、それに合わせて武蔵が機体を操作、零戦の各部チェックを行う。

 エルロン、フラップ、エレベーター、ラダー。

 言葉にすればたった4つだが、精密機器である戦闘機の可動部は数多い。

 それを丹念に確認し、感覚的なぎこちなささえも操縦桿から感じ取る。

 やがて全ての確認を終え、エンジンに火を灯す時が来た。

 船側のコンプレッサーから圧縮空気が送り込まれ、小さなジェットエンジンが冷たいままに回転を開始する。

 燃料供給、回転数、圧力をチェック。


「―――Ignition(点火)」」


 JFSスイッチ1つ。

 それだけで、全長9メートルの鋼鷲に命の炎が宿った。

 船側から供給されていた電力が内部電源へと切り替わってゆき、零戦は独立した生物へと変化してゆく。

 ターボシャフトエンジンの高熱が笛のように鳴り響く。

 血液が全身を巡るように油圧が駆け抜け、センサーがあらゆる情報をグラスコックピットに表示させる。

 つい先程まで半覚醒でしかなかった猛禽は、そうして目覚めるに至った。


『Runway is clear. cleared for take off.』


「《Tournament tower, raikan1 Roger.》」


『Good Luck. May goddess be with you.』


「《Wish me luck.》」


 技術的に不可能というわけではないが、火薬カードリッジによる加速は今回も使用しない。

 カタパルトのレールを短い滑走路として、船の側面方向に飛び立つ零戦。

 極限まで軽量化した零戦は不自然なまでにふわりと浮き上がり、遅ればせながら加速した。


「《さあ、可愛い女の子が俺を待っている―――!》」


「《お兄さん……》」


「《いや待て訂正。可愛い子が俺を待っている!》」


「《いえ女の子に限定したのが問題じゃなくて……この通信は放送されているので……》」


 零戦は高度を上げていき、競技空域へと侵入する。

 大きく旋回し、向かい合う両チームの編隊。

 武蔵は正面から迫る5機編隊を視認し、事前に立てた作戦を脳裏で再確認してゆく。

 ―――そこに、普段のおちゃらけた雰囲気は微塵もなかった。


「《ヒャッハー! 我慢できねえ、全機撃墜してハーレムデートじゃあー!》」


「《誠実とはなんだったのか》」


 そんなことはなかった。


「【武蔵】」


 時雨の声がスピーカーに入る。

 未だ距離があるとはいえ、有視界内の距離で雑談とはいい度胸だと武蔵は思った。


「《どした、おしっこならさっさと漏らすか携帯トイレに済ませろ。それくらいスポーツマンシップに則ってカリプソパス(背面飛行)で待機しててやる》」


「【なんでキャノピー越しに放尿露出プレイせにゃならんのよ】」


「《隊長(リード)、これコロニー中に中継されてるんですから、いつもの調子でイチャイチャしないで下さい》」


 武蔵と時雨、付き合いに長いだけあってやらかし方が同レベルであった。

 変態的な応酬を生中継してしまったことに気付いた時雨は、やや悩んだ後にチームメイトへ汚名を擦り付けることにした。


「【……そうよ三笠、隊長(リード)としての礼節を持ちなさい】」


「【声を変えて偽装するな。誰が隊長(リード)なのかは調べればすぐ露見するぞ、白露時雨隊長(リード)】」


「【謝るからフルネーム言わないで】」


 時雨は咄嗟に声色を変えて三笠が隊長(リード)であると誤魔化そうとしたが、三笠はそれを許すほど事なかれ主義ではなかった。


「《結局なんなんだ、もう試合開始のポジションに付いてしまうぞ》」


「【あー、うん、なんていうか―――】」


 時雨は楽しかった、と今更ながらも感じていた。

 この数カ月、久々に楽しく空を飛べていた気がした。

 かつてとは違い敵でこそあったものの、追い求めた翼が再び飛翔し、そしてこうして戦える。

 中学時代のように明確な目的意識を持てたことは、時雨にとって幸いだった。

 だから、武蔵にとって意味不明となろうと、礼を言おうと思い立った。





































「《―――敵味方全機! Break! Break!》」


「【【【【【《ッ!》】】】】】」


 武蔵の叫び声のような通信に、選手達の反応は迅速だった。







 武蔵という人間が試合を中断してでも指示してきた。その必要があると、彼が判断した。

 それが、その声の理由が重大な事柄であると選手達に信じさせた。

 結論からいえば、その判断はまこと正しかった。

 交差するはずだった1機と5機、その合流空域の下方から巨大な質量がせり昇る。

 植物の成長過程を早送りしたかのような、無数の触手の突き上げ。

 そして、触手の根本に鎮座する、黒い異形の巨体。


「《あれは、あの時の……!》」


 武蔵は見たことがあった。

 触手の根本の怪物については初見だ。当時は潜水艦の外殻を被っており、中身を窺い知る事はできなかった。

 だが、触手については見間違えようもない。

 あの時、武蔵達を襲った生物兵器らしき存在であった。


「《……ざけんな、管理出来てるんじゃないのかよ!?》」


 船舶の大きさに匹敵する、異形の巨大生物。

 何度か多方面より調査を試みたものの、触らぬ神に祟りなしと気にしないことにした存在。

 それが、このコロニー中……否、世界中に放送される状況で露見してしまった。


「《武蔵っ》」


「《速度は航空機の方が圧倒的に上だ、低空に逃げろ!》」


 離脱を試みる一同。だが、参加機体は個々の性能が異なる為に、離脱速度には差がある。

 一番取り残されていたのは、鈴谷最上の搭乗する二式大艇、富嶽であった。

 散開した6機を追う触手。その速度は明らかに航空機に優越している。

 速い。航空機を充分に追撃しうる速度の触手は、競技用機でしかない彼らにとってあまりに脅威だった。


「【ちょっと! 速度で負けてるですけどっ! ヒコーキの方が速いって嘘じゃないですかぁ!】」


「【これだから童貞の言うことは信じらんないー! チョベリバー!】」


「《双子やかましい! 俺が言ったのは本体の速度だ! 触手の長さが有限な以上、逃げれば逃げ切れる! あと童貞じゃない!》」


 出遅れたのは、やはり鈍重な大型機であった。


「【ちょ、無理です、何か追ってきますよっ!?】」


 二式大艇を追う触手。直径数メートルはある肉感的な蔦。

 あんなものに捕まれば、脆弱な航空機など一撃で潰されることは明確であった。


「《そのまま逃げろ! 変にシザース(蛇行)はするな、速度重視で飛べ!》」


「【こっ、こんのぉー!】」


 武蔵の零戦は素早く切り返し、二式大艇の援護へ向かっていた。

 怪物より伸ばされた触手は、他の戦闘機より一歩出遅れた二式大艇を明確な標的としている。


「【衝撃波に気を付けてくださいっ!】」


 忠告の後に、二式大艇側面の128ミリ砲が火を吹く。

 最上の技量があってこそか、放たれた砲弾は見事触手に直撃した。

 僅かに怯んだように揺れる触手だが、所詮は人体に直撃しても怪我1つしない安全設計の模擬弾。ダメージがあるはずがない。

 だが、武蔵が次の行動に移る猶予は確保された。


「《このっ―――》」


 時間稼ぎになるかすら怪しい、そう知りつつ武蔵は零戦を怪物と二式大艇の間に滑り込ませる。


「【ちょ、危ないですよ!?】」


「【武蔵! 私もすぐ行く!】」


「《来んなアホっ!》」


 零戦のギア、車輪を降ろして触手へ着地するように下面を体当たりさせる。

 飛行機はどこも柔らかい。体当たり攻撃など許されないが、数少ない例外が主脚だ。

 ここだけは、それなりに衝撃に耐えられるように作られている。

 操縦桿を押し込み、零戦を触手に押し付ける。

 ギシギシとジェラルミンのフレームが軋む。モノコックボディーに過信出来るほどの強度はない、限度を超えればあっと言う間に零戦は分解する。

 その恐怖を押し殺し、更に武蔵は触手を押した。

 ふらり、と触手が離れる。


「《よし―――》」


 触手が、二式大艇を狙うルートから外れる。


「【武蔵、逃げて!】」


 凌いだ、そう思った瞬間に終わりは来た。

 別の触手が零戦を捕まえた。

 紙飛行機のように、呆気なく砕け散る零戦。







 後の詳細を語るべきは、今ではない。

 どの道、武蔵の主観からすれば知りようのない後日談なのだから。













 結論のみを記すとすれば―――およそ2ヶ月後、地球は滅亡した。






読者の皆様、黎明世界の白銀騎士 Unlimitedsky を読んで頂きありがとうございます。

以上が当作品のプロローグとなります。

ここまで読んでくださった皆さんは、もうしっかりガッツリどっぷりと武蔵くんに感情移入してしまいましたよね。

ここからが本当の地獄です。


では続きは下のURLからどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n8641ij/

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