シュヴァリエの追憶2
武蔵はバイト先の工場に到着し次第、第一声でサボりを宣言した。
「ちわーっすハカセー、ちょっと私的に機械使うぜー」
「仕事しろー」
航空機の修理を専門とする小さな工場。
ハカセの工場に作業服姿で入った武蔵は、さっそくサボタージュに勤しむ。
「何か……作るんですか?」
「おおう、由良ちゃんもう来てたのか」
由良になるべく見られまいと先回りしたつもりであったが、彼は既に普通にいた。
作業着こそ着て、台車でダンボールを運ぶ由良。彼は在庫整理中であった。
咄嗟に誤魔化そうと、武蔵はそのねずみ色の脳細胞を回転させる。
武蔵は目の前の鉄塊に飛び付いた。
「いや、そのな、防弾スマホカバーでも作ろうかなって」
「この大きなインゴットで……?」
「男なら戦車砲くらい防げないとな!」
この工場にある鋼材で戦車砲弾を防げる装甲板を作ろうと思えば、厚さは1メートルを超える。
最早、鉄塊に携帯電話がくっついている状態である。
「婚約指輪でも作ってみようかと」
言い訳が苦しかったので、武蔵は素直に白状することにする。
彼はハーレム達成を記念して、全員に婚約指輪を贈ろうと思いついたのである。
「結婚指輪じゃなくて……婚約指輪、ですか」
「おう。確かプロポーズの時に送る高価な指輪が婚約指輪、結婚の時に用意するシンプルな指輪が結婚指輪、だったよな」
「そう、豪華な方……あまりチープな物は送れない、です」
婚約指輪は給料3ヶ月分、などといったりするが、そもそも武蔵は学生。
専門知識を要するアルバイトをしているだけあって割と高給取りだが、だからこそ6人分、1年半分の給料額の出費は痛い。
だからこその、自作という発想であった。
「ここで作れば材料費もタダだし」
「おい待てコラ」
ハカセは武蔵に軽くチョップした。
無粋な話だが、婚約指輪といえど貴金属や宝石の原価は製品そのものより遥かに安い。
金属製品は加工代がかなりのウェイトを占める傾向がある。宝飾品となれば尚更だ。
ハカセは武蔵の手元を見て、カレンダーを確認し、ワニワニパニックと反復横飛びをしてから渋々と告げた。
「……まあ、いい。今日はそれに専念してろ」
「あれ、いいんですか?」
「ただし今日だけだ、明日試合だろ。それまでに仕上げろ。あと材料費は給料から差っ引く」
「ひどいスケジュールだ」
武蔵は当初は手作業で造るつもりだったが、こうなっては工作機械に頼らねばならない。
最近の工作機械は職人技を完全再現してしまうので、データさえ打ち込めばあとは寝てるだけで終了なのだ。
しかし、それを手作りと強弁するのはやはり苦しいであろう。
「……手伝います」
「由良ちゃん」
そっと由良が寄り添ってきた。
男なのにいい匂いがしてくる謎。武蔵は由良の手を取り、さすさすと擦る。
「そうだな、送る相手に手伝ってもらうのはどうかと思うけど、今日だけとなると俺一人じゃ無理か」
「旋盤は手作りに入りますか……?」
「入ることにしよう、完全に手工業となると時間がかかり過ぎる」
手作りを謳う製品でも、当然ながら機械は使用されている。
ミシンやオーブンなしに、衣服やパンは作れないのである。
否、作ろうと思えば作れるが、あまりに原始的で時間がかかる。
手作りの定義とは、まっこと曖昧で難しいものなのである。
「それじゃあまずは素材だ。指輪っぽい素材はこの工場にもプラチナ、チタン、タンタルと色々揃っているが」
「さっきの鉄のインゴットはいったい……」
鉄製の指輪も不可能ではないのだが、時間の経過でくすんだり、金属アレルギーが10人に1人発病したりとあまり指輪に適していない。
「タンタルは使うなよー」
ハカセが愛機を整備しつつ注意する。タンタルは色々と使い道の多いレアメタルなので高価なのだ。
「触媒用のサンプルとしてプラチナはあるけど、あんま量がないんだよな」
「飛行機の排気ガスは、あまり気にされないですから……」
ジェットエンジンの噴射口にマフラーを付けるわけにはいかない。基本、飛行機の排気は垂れ流しである。
セスナなどといった小型レシプロ機ならばまだマフラーを取り付ける余地もあるが、今どき小型プロペラ機はだいたい電動化されている。排気ガスなど出ない。
そもそも空の上、騒音は広く薄く広がるので、問題になりにくい。
戦闘機に至っては排気抵抗となるマフラーなんて付ける意味がない。
「消去法で、候補がチタンだけになったぞ」
「チタンの指輪は普通にあるから……無難じゃないかと」
チタンは腐食や疲労、そしてなにより高温に強いので航空機の重要な素材として重要なポジションを占めている。
その加工の難しさから強化プラスチックなどに切り替えが進んでいるものの、未だに航空機には欠かせない素材だ。
よって、在庫もたっぷりとあった。
「デザインは俺の方で考えてきたが、受け取る側の意見も聞いておきたい」
「これは、うーん……ちょっと、玄人向け過ぎると、思います」
武蔵画伯の指輪デザイン画を見せると、由良は僅かに眉を寄せて意見する。
「それは『癖が強すぎる』ってのをオブラートに包んだ表現?」
「そうじゃなくて……ここ、スポット溶接で上手く処理したいみたいですけど、素人はこんなの判りません……ただ地味で味気ないだけです」
「もっと判りやすさも必要と」
「装飾の職人技は、イコール見栄えではありませんから……」
「なるほど、最新鋭戦闘機だってステルス性を意識して外見はノッペリしてるもんな。エアショーでは栄えるレシプロ機の方が人気が出るわけか」
「だいぶ、違う話です……」
問題はそれをチタンで作れるかという点だ。
チタンは弾性回復も強く、かなり加工が難しい部類の金属。
錬金術の時代から知られており有用な金属だと理解されていたにも関わらず、第二次世界大戦では結局使用されなかった、といえばその加工難易度も理解出来るであろう。
だが、武蔵は自分のこれまでの研鑽を信じることにした。
「ここは俺に任せてくれ」
「はい……お兄さんなら、きっと出来ます」
「由良ちゃんは工業用ダイヤモンドをブリリアントカットしといてくれ」
「さらっと要求がえげつない……」
別に由良の仕事が楽というわけでもなかった。
ブリリアントカットとは、誰もが思い浮かべるであろう円錐形のダイヤモンドの形である。
見るからに複雑そうな多面体だが、実際やはり鬼のように複雑で、最低57面の超精密加工を必要とされる。
「ぬおおおおおおっっっ!!!」
「うるさいです……」
武蔵と由良がそれぞれ作業を開始していると、ハカセは台車にパーツを載せて通りかかった。
「おおおっ、お、そういえばハカセ、零戦と疾風の修理どうもですぅぅぅ!!!」
「おう」
練習試合によって大破した武蔵の零戦と時雨の疾風。
これはまともな方法では試合に間に合わないと判断して、武蔵は2機の修理を専門家に丸投げした。
つまり、この工場に修繕を依頼したのである。
「1日で修理とか……ハカセは出鱈目」
「今更ながら、どうしてこの小さな工場に需要があるか判るなぁぁぁ!!!」
「テンション……下げて」
中小企業がその小回りの良さを活かして特殊な仕事を受けることはよくある話だが、当然それは相応の技術を求められる。
炎上した戦闘機を2機同時に1晩で修理するなど、世界最高峰の航空機技術者集団であるスカンクワークスでも不可能だろう。
「そんで、ハカセは今日何やってるんです?」
「んー、色々な」
そう言って、ハカセは再び自らの愛機へと向かった。
「またそれの整備ですか。ずっと昔からありますけど、動いてるところ見たことないですが」
ハカセが整備していたのは、真っ白な小型機であった。
ピンと張った主翼は機首側、つまり前方へと伸びており、安定性の高そうな大きな垂直尾翼が悠然と起立している。
エンジンは単発。機体を走る赤と黒のラインが美しい。
「X―29……どこでそんなの手に入れたんです」
「確かに、ずっと……気になってた」
ハカセが弄っている飛行機、その名はX―29。前進翼を持つ、コアでニッチな知名度を持つ実験機であった。
武蔵の知る限り、この機体は2機しか存在しない。そして、そのどちらもが博物館で展示されているはず。
こんな小さな工場のガレージに眠っていていいはずがない機体なのである。
「気にするな」
「気にするな、と言われても」
ハカセはこの機に触られることを嫌う。そして、どうにもオリジナルとは違いよくわからないパーツが多く搭載されている。
元が特殊な実験機ということもあり、なんとも中二病心を刺激される一機であった。
「いいから指輪を作ってろ。コイツは俺の機体だ」
武蔵と由良は顔を見合わせて、肩を竦めた。
やはり、あの機体のこととなるとハカセは奇妙になるらしい。
「それじゃあ、とりあえず1つ試作してみよう」
「……はい」
金属加工とはいえ慣れない細工作業ということで、指輪制作は難航した。
最初は武蔵と由良の2人での作業だったが、手間取った様子に見ていられなくなったのか、ハカセまで参戦。
背後であーしろこーしろどーしろと騒ぐ雇い主に、フラストレーションを溜めつつの作業となった。
なまじ、アドバイスが適切で勉強になるから手に負えず。
そうして、幾つか失敗しつつも……遂にリングを10個完成させる武蔵。
多めに作ってあるのは、紛失時予備とかネタ指輪とか追加人員用である。
「それじゃ俺は明日、この指輪をお前にあげるから。そりゃあもう情熱的に、熱烈に、情感的に。今世紀最大のプロポーズをするから、覚悟しといてくれ」
予告ホームランならぬ、予告プロポーズである。
しかもハードルを自ら全力で上げまくっている。
それを聞いた由良は感極まったように目を見開き、そして蕩けるような笑顔となった。
「心に響かなかったら……婚約破棄です」
「まさかの重要イベント!」
ただの思いつきじみた贈呈が、今後を左右する大事となってしまった。




