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シュヴァリエの追憶1



『2045年7月14日』







「うーむ」


 昼休み。武蔵は自席に座り、真剣な面持ちでノートに向かっていた。


「うむむむっ」


 人には三大欲求というものがある。食欲、睡眠欲、そして性欲だ。

 この考え方には、実のところ異論も存在する。食欲と睡眠欲がない人間はいないが、性欲が薄い人間はいる。食欲と睡眠欲は命に直結するが、性欲は我慢出来る。

 よって三大欲求という定義はナンセンスではないか―――という主張だ。

 とはいえ生物としての究極的な目標は、結局は自分の遺伝子を残すこと。よって、根底的な欲求に性欲を含めることはさして間違いでもないのであろう。

 そんなシンプルな真理。シンプルすぎて、それをかえって穿った解釈をしてしまった男が1人いた。


「ハーレム男爵に、俺はなる!」


 ハーレム王ではなく男爵に控えとくあたり、微妙に分を弁えているといえなくもない狡い加減であった。

 かつては「空を目指すぜ(キラッ)俺に女なんて不要キリリッ」なんてカッコつけていた彼だが、交際中の女性を怪我させてしまったことをきっかけに自身を見つめ直した。

 本当に自分がしたいこと。誰もが1度が悩む命題ではあるが、これほどまでに直球な答えを得た奴はそういういまい。

 男として生まれたからには、ハーレムを築きたい。美女を両手両足に侍らせたい。

 その為に、武蔵は行動を開始した。

 そういう行動はとにかく迅速な奴なのである。


「まずは出来ることをしよう」


 元より航空機分野で生きていただけあって、武蔵の学業成績はかなり優秀だ。

 ハーレムの為には深い度量と愛情も必要であろうが、そもそも甲斐性が必須となる。高収入な職業に就くのは必須であった。

 色々と考えて、結局彼は当初からの目標のまま進路を定めることにした。

 星間飛行士。他の惑星や小惑星を探索する、現代の冒険家。

 空に浮かぶ伝説の島を探す、古い冒険アニメ。空の果てにはどんな景色が広がっているのか、そんな疑問が燻り続けた結果。

 例え未知の惑星が荒廃した死の世界であったとしても、人が肉眼でそれを見ることに、意味は必ずあるはずだ。

 そこに誰かがいるのか、それは問題ではない。否定か肯定か、それすらも確認出来ないのが悔しかった。

 夜空を見上げれば、8000以上の星が広がっているというのに―――人は、その中で僅か片手の指に満たない数の星にしか足跡を残してはいない。

 まるで、目の前の机に置かれた裏返しのトランプだ。表の数字など知ったところで意味はない、しかしそれを捲れないことが酷くもどかしい。

 そもそも彼が空を旅する権利、パイロットライセンスを取得したのもそれが理由だ。

 目の前に浮かぶ雲の向こうに行きたくなった。

 そして雲の向こうに行けるようになれば、次は宇宙の向こうに行きたくなったのだ。

 とはいえ、星間飛行士の任務はハーレムと相性が悪い。

 星間飛行士となれば大航海時代のように、一度出港すれば長期間戻ってこれない。通常の単身赴任ならともかく、まさか妻達を連れて未知の宇宙を旅するわけにはいかないのだ。

 遠隔通信とて距離がありすぎて、リアルタイムの通信など出来ない。ビデオメールが精々だ。

 単純接触効果という心理学用語がある。単純にいつも接触してた方が親密になりやすいっしょ? という頭の悪そうな理論だが、シンプル故にかなり認められている理論だ。

 遠距離恋愛というものを、武蔵はあまり信用していなかった。

 時と時間を隔てれば、人の心は離れてしまう。

 地球から冥王星にメールを送れば5時間後に到着する。

 一番近い太陽系外恒星プロキシマ・ケンタウリまでは4年。

 100光年先なぞに旅経てば、手紙1つ送るのに単純に100年。

 宇宙とはそういう時間感覚の世界だ。

 100年間待ち続けてくれる女性なんて、いるはずがない。


「ワープ技術とかあればいいんだけど」


 武蔵はノートの片隅に、『ワープ技術の確立(重要)』と書き加える。

 書き加えたところで、彼の持つ整備員レベルの工学技術では何も出来ないのだが。


「まあその辺はハカセ辺りをせっつくとして、現状のハーレム計画の推移はこんなものか」


 ここ数十年で一気に発達した宇宙技術は、元を正せばハカセが発明したもの。

 その中で気になるのは、やはり浮遊機関であろう。

 飛空艇の浮遊機関は、世間的に反重力装置などと呼ばれている。

 世界的に普及している装置だが、動作原理はブラックボックスになっている。

 実は反重力という言葉は科学には存在しない。完全なSFの架空の言葉だ。

 この装置が仮に重力を制御出来るとして、完全に無効化しているわけではない。

 重力を完全に無効化しているのならば、飛空艇はバラストを失った気球のように成層圏まで飛んでいってしまう。 何かしら緻密な制御が行われているはずであり、武蔵はそのあたりを根拠に浮遊機関について胡散臭さを感じている。

 重力を緻密に制御する技術があるのなら、それに付随する様々な応用技術があったっていいはずなのだから。

 よって、なにかトリックがあるのだろうと武蔵は睨んでいる。

 ハカセのことだ。しょうもない小細工をしていても不思議ではなかった。

 とかく、現状いきなりワープ技術なんて新発明が飛び出てくる可能性は低い。

 低いのだが、それでもハカセならワンチャンある気がするので丸投げする武蔵である。

 ノートの片隅から中央に戻り、本来の思案案件に戻る。







アリア 結婚の言質→不明瞭     関係性→友人 ハーレムについて→国柄的に許容 全体推移率→ 35%

妙子  結婚の言質→ほぼ了承    関係性→恋人 ハーレムについて→許容     全体推移率→ 90%

信濃  結婚の言質→快諾      関係性→夫婦 ハーレムについて→むしろ推進派 全体推移率→120%

由良  結婚の言質→了承      関係性→恋人 ハーレムについて→許容     全体推移率→100%

花純  結婚の言質→了承      関係性→婚約 ハーレムについて→許容     全体推移率→120%

時雨  結婚の言質→了承      関係性→復縁 ハーレムについて→一応許容   全体推移率→999%







「まあ、こんな感じかな」


 まとめ直した女性関係の推移表を眺める武蔵。

 周囲の女性は、ほぼハーレムを了承したといっていい。あとは大家族を養える職種に就職すれば、彼の計画は達成されるであろう。


「実家に6人の女性と、将来産まれるであろう子供を住まわせるのは難しい。大きな家、いや屋敷って呼べるくらいの規模の棲家が必要になる」


 今は武蔵と信濃の二人暮しだが、そのうち単身赴任している両親は戻ってくる。ハーレム全員で住むにはあまりに手狭だ。

 その前に妹の信濃をちゃっかりハーレムに加えている点について両親に説明もせねばならないのだが、勢いで誤魔化す所存の武蔵である。


「武蔵、急に不敬罪したりしてどうしたのです」


 貴族の国出身であるアリアは、ハーレム男爵という発言が気になったらしい。

 彼女の祖国においては王族貴族を侮辱したところでよほど酷くなければ逮捕されることはない。というか王族を罵倒したところでただの名誉毀損であり、不敬罪はもう廃止されている。

 だからどうしたと言われれば、この場ではまさにどうでもいいのだが。

 武蔵の書くノートを覗き込んで、アリアが顔を引きつらせる。


「私の名前があるのですが」


「見ての通り、ハーレムの現状を再確認してる。アリア、お前ちょっと出遅れてるぞ。もっと頑張れ」


「クソ喰らえです」


 武蔵は考える。ハーレムといえば聞こえはいいが、現実的に考えればこのくらいの人数がある種の限度であろう。

 例として、イスラム教においての一夫多妻の上限は4人。その他、少数派の宗教や文化においてもっと沢山の妻を娶る地域も存在するが、一概に多ければいいというものではないのは判りきっている。

 大は小を兼ねるというが、大きなものを小さくするのは困難なのだ。

 家庭にしても、携帯端末にしても。


「現状計画通りなら、とりあえずこの辺が限度だろう。もっと多くの嫁を囲うのなら、起業するとかそういうレベルの資本が必要だ」


「お金さえあればもっと増やすなのですね」


「嫁さんが6人なら、夜も一週間でローテーション出来るしな。日替わり定食だ」


「色々最低な話ですが、それ以前に6人目に私を加えないでください」


「いや、日曜日は全員まとめてって手もあるか」


「あの、聞いてます? 武蔵の乳首は前方後円墳って大声で叫びますよ?」


 将来を夢見てにへらにへらと笑う武蔵。

 アリアは思う。自分が彼と結婚する将来は、やはり思い浮かばない。

 アリアにとって武蔵は友人であっても、男ではなかった。一夫多妻を目指すことに反感を抱いているわけでもないが、どうにもそういう気は起きないのだ。


「私と武蔵がくっつくのは、世界が滅亡してもありえなさそうですね」


「おっ、フラグか?」


「世界を滅ぼしてでも私が欲しいのですか?」


「両方守るのが男ってもんだぜ」


 天変地異。

 この地は宇宙コロニーなわけであって、天が変わり地に異が起こるような事態もありえなくもない。

 巨大ロボットの戦争アニメのように、宇宙コロニー セルフ・アークを地球に落とすことも技術的には可能だ。

 だがそんなことが発生する可能性は現実的とは言い難く、おそらく明日も明後日も日常は続いていくのであろう。

 そんなことを考え、アリアは明日というワードで思い出した。


「あ、そうです武蔵! 明日は遂に鋼輪工業との決戦なのですよ! もうちょっと気を引き締めるべきなのです」


 デレデレと鼻の下を伸ばす武蔵に、アリアは叱責するように声を荒げる。


「うーん、あっちの娘達も魅力的だけど。まずは地盤固めをしたいんだ」


「明日の試合結果が左右するのは、武蔵のデート権利じゃないのです! 空部の未来なのですよ!」


 おお、と驚く武蔵。

 空部の合併云々の話を彼は完全に忘れていた。


「武蔵くん、お昼ご飯食べよー!」


 廊下からの声に目を向ければ、妙子が手を振り、花純が恭しく頭を下げていた。

 教室中の男子の視線が武蔵に突き刺さる。


「この教室でお弁当にしませんか? お2人にとってはアウェーですから居心地が悪いかもしれませんが」


「居心地が悪い理由はそこではないんだけど。武蔵くん、こんな修羅場の空間でお弁当できるの?」


「山では新鮮な空気が、海では打ち寄せるさざなみの音が最高のおかずになります。そしてこの教室においては男子達の嫉妬の視線こそ、俺にとって最高の優越感を感じさせるオードブルなのです」


「うわぁ……」


「さすがですご主人様」


 ドン引きする妙子と、とりあえず武蔵をヨイショする花純。


「あら、これなぁに?」


 妙子はノートを見て、武蔵の後ろからのしかかるように覗き込む。


「当たってるんですけど」


「え、何が?」


 色々と無防備な人である。

 妙子はノートをふむふむと読み進め、武蔵からペンをひったくって自分の全体推移率を100%に書き直した。


「もうっ、私だけのけ者にしないでよ」


 拗ねたように唇を尖らせる妙子。


「これで本格的に5人目ですね。一同、良妻となれるよう精進致します」


 にっこりと笑みを浮かべる花純。教室にいた男子が数名、何か凶器がないか探し始めた。


「いいんですか? 釣った魚は逃しませんよ?」


「貴方がいらないって言わない限り、私もずっと武蔵くんの側にいるわ」


「う、はい、お願いします」


 何気なく告げられる求愛に、武蔵はウブみたいにドキドキしてしまった。


「んー? 武蔵くん、照れてる?」


「恋してます」


「そ、そっか」


 赤面する妙子。

 直球には直球で返す主義な武蔵であった。







 さすがに教室で食べるのは命の危険があるということで、部室(秋津洲)に移動する5人。

 5人である。

 ハーレム加入を拒否しておきながら、アリアはちゃっかりと着いてきていた。


「なんでお前いるの? 俺の嫁になるの? それとも妙子先輩狙いなの? 寝取るの?」


「は? 1人私だけ教室で食べていろと? いじめですかいじめですね本当貴方という人は」


「さびしんぼめ」


 いつものやり取りをしつつ弁当を広げると、たわしが詰まっていた。

 たわしである。たわしの代名詞たる、亀の子たわしである。


「なにこれ」


「もう、見ての通りコロッケだよ!」


 弁当の製作者たる信濃が、快活に答えた。


「え、ネタが古いっていうか、怒ってるのか?」


 たわしコロッケは太古より伝わる浮気糾弾の作法である。

 浮気していないかと問われれば、申し開きしようのない武蔵としては反応に困るのであった。


「申し訳ございません、私の方から信濃さんにはお弁当を用意しないようにと頼んだのです」


 おずおずと頭を下げる花純。

 武蔵は感銘を受けた。これは言わば修羅場ではないか。リア充の特権ではないか。


「遂に俺も修羅場れるほどの男になったのか……」


「お兄ちゃんには不相応だね」


「そうだな、分相応だな」


「日本語って難しいのです」


 花純は風呂敷を解く。

 そこには、見事な重箱が収まっていた。


「今日は私がお昼の準備をさせて頂きました。不出来ですが、どうぞご賞味下さい」


「うむ」


 蓋を開くと、中身はおせちというよりは運動会のお弁当っぽいラインナップだった。

 武蔵はウインナーを取り、一口食べる。


「悪くない。苦しゅうないぞ」


「恐縮です」


 一礼する花純。

 他の女性達は、変なものを見る目で武蔵を見やる。


「勘違いしないでくれ、花純はこういう態度をした方が喜ぶんだ。別に俺に亭主関白の毛があるわけじゃない」


「それは知っているけど」


 武蔵の弁明に、一番花純と付き合いの長い妙子が首肯する。

 アリアはマイフォークでタコさんウインナーをぶっ刺し、子供のようにタコの頭から咥えた。

 口から覗くタコ足が妙にグロテスクである。


「っていうか、ウインナーを下手に調理出来る人っていないと思いますが」


「タスケテー」


「シニタクナイー」


「ヒンニュー」


「ウインナー破裂サセタ私ニタイスル嫌味カー」


「…………。」


「タコの断末魔の代弁やめい」


 由良に至っては断末魔すらなく、もくもくとロールキャベツを剥いて赤面していた。






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