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フィグメントの空4




『2045年7月4日』







「おっはー! 元カノにして未来カノの時雨ちゃんよー!」


 新しい朝が来た。

 もう何度目の朝か。

 『今日』がループしていると気付いてどれほど経ったか。武蔵は様々な手段を講じて、今日からの脱出を図った。

 まず、武蔵は物理的に遠くまで逃げようとした。

 時間に対して物理的距離がどれほど意味があるのか判らないものの、やれることはやってみることにしたのだ。

 結果、今日は終わらなかった。

 宇宙コロニー セルフ・アーク内はだいたいどこでも行けるのだが、外に出ようとするとどうしてもタイムリミットが来てしまう。

 夜中の0時となり、新しい希望の朝に戻ってしまうのだ。

 5時半に起床するとして、活動時間は18時間と30分。

 最速でコロニーから脱出する手段は、ハカセが持つ凰花の強奪。

 寝起きから飯も食わずに家を飛び出し、ハカセの工場を襲撃して凰花で宇宙空間に飛び出るまで、法律を無視しておよそ2時間。

 そこから地球まで直行すれば3時間……なのだが、『今日』はヴァン・アレン帯が荒れていて迂回するしかない。

 こうなると、地球の今日中に降りることは絶望的。

 武蔵は宇宙コロニー セルフ・アークから出られないのだ。







『2045年7月4日』







 次に武蔵がとった行動は、時雨の身柄の拘束であった。

 時雨を誘拐し、手足を縛った状態で1日監視したのだ。

 当初こそモゾモゾいやんいやんしていた時雨であったが、武蔵が動物実験を観察する目をしていたのでやがて無気力に放心してしまった。


「黙ってりゃ美少女だな、普通に」


「ぼえーっ」


 変な声を漏らしつつ半分眠っている時雨を前に、武蔵は彼女をそう評する。

 扱いの雑さが見受けられるが、元カノというだけあって時雨は割と武蔵の好みなのだ。

 身体の起伏については妙子に次ぐほどの豊満さであるし、容姿もやや冷たい印象を与える怜悧さがあるが美しい。

 やはり、普通に武蔵からしても美人なのだ。


「ふへへへっ、えんどれす、武蔵とえんどれすぱらだいす……」


「こいつが時間をループさせている犯人であることは間違いなさそうだけど」


 時計の秒針が進み、11時59分が終わる。

 その瞬間、武蔵はやはりベッドの上で目覚し時計の音を聞いた。







『2045年7月4日』







 新しい朝が来た。

 体感的には眠っていないので、少し休みたい心境だ。


『昨日、神田川の動物園でボノボがうさぎ小屋に入って出られなくなる、という珍事が起こりました』


「ぴこーん!」


 うつらうつらと船を漕いでいたアリアが瞬時に目を醒まし、慌てて家を出ていく。

 毎回コイツは何をやっているのだろうか、一度くらい追跡してみるかと思いつつ武蔵は次の手について考察する。

 物理的に逃げても駄目、犯人を拘束しても駄目。


「死んだ人間は生き返るのかな」


「ループもので精神を苛むのはよくある展開だよね、お兄ちゃん」


「言ってみただけだ、やらんっての」


 人を殺して様子を見るのも1つの手ではあるが、しかし簡単に取れる手段ではない。

 ループの種類が判らないのだ。もし脱出の際にそのまま次の日に進むパターンだったら、完全にやっちまった状態だ。


「そもそも、時間のループはどこまで発生してるんだ。宇宙全体がループしてるのか」


 可能か不可能かはともかくとして、そんな超技術を手にしながら色恋沙汰の為に活用しているのならば、武蔵は時雨をいっそ尊敬する自信があった。

 少なくとも、ループを自覚しているのは武蔵と時雨だけと考えられる。

 他にも自覚している者はいるかもしれないが、「あなたはループしてますか?」と聞いて回るわけにはいかないのでそのあたりは曖昧でよく判っていない。

 アリアについてはループしていないと考えられた。毎朝毎朝、ニュースを見て家を飛び出る様子はとても学習した上での行動とは思えない。


「でも、実際どうするの? もう今日という日を一生過ごしちゃう?」


 事情を聞いた信濃は、あっけからんと提案する。


「この事態を引き起こした犯人の気分次第で、今晩は普通に明日になるかもしれないからな。まさか永久に今日が続くということはないだろうさ」


 何かトリックがあるはずなのだ。時雨という女子高生に可能な範疇での、魔法でもなんでもないトリックが。

 犯人である時雨本人は、神でもなんでもない。万能ではない彼女には、幾らでも隙がある。







『2045年7月4日』







「生徒会の横暴は許せないわ。武蔵、一緒に同好会を立ち上げて戦うわよ!」


「生徒会長がいつぞやのイケメンだったんだが、キャラの使いまわしやめようぜ」


 今日は謎の同好会を作って生徒会と戦う趣向らしく、時雨は当然の如く廃部寸前の文芸部を乗っ取って部室と部員を確保するのであった。


「あはは、びっくりしたよ。いきなりうちの部室に来て『今日からここが私達の部室よ!』って宣言だもん」


 芙蓉早苗がくすくす笑う。彼女、ないし彼は時雨が突撃した文芸部唯一の部員であった。


「またお前か親友キャラ。っていうかお前は空部の整備員じゃなかったか、前そんなこと言ってたろ」


「この前? 私達って今日が初対面だよね、変な武蔵くん」


 くすくす笑う早苗。

 彼はループのたびに、武蔵に初見から親友ヅラをしてくるのである。

 個人的に隔意があるわけでもないし可愛いので、武蔵も好意的に接してはいるのだが―――


「お前、実はループしてるだろ」


「え、どこを?」


 毎回微妙に反応が違う主要キャラなので、割と容疑者であった。


「というか、本好きって一定数いるから図書部が廃部寸前ってありえないよな。あと文芸部の部室って図書室じゃないのか。どうして都合よく個室与えられてるんだ」


「私と武蔵、そして早苗がいるから最低人数の3人で同窓会登録はできるようになったわ」


「要件満たしてりゃ承認してくれるなら、割と仕事をきっちり果たす良心的な生徒会なんじゃねーかな」


「アイドル部を認めさせるには、とりあえず練習場所が必要ね」


「俺達ってそんな理由で集まってたのか」


 時雨は今日も楽しそうであった。

 そりゃあもう、うっきうきの絶好調状態であった。

 武蔵は察する。こいつ、このループする世界で腑抜け切っている。


「とことんポンコツな奴め。いつまでもこんな状況が続くわけがないだろうに」


「うん? 武蔵、なにか言った?」


「難聴スキルまで会得しやがった」


 このままでは時雨は駄目人間になる。このループ世界で引きこもりっ子化してしまう。

 そう危惧した武蔵は、彼女を自制させる方法を考える。


「……ちょっと出てくる」


「どうしたの?」


「トイレだ。大きいほうだ。かなりキテるから、長期戦になると思ってくれ」


「手伝おっか?」


「遠慮しとく。これは自分自身との戦いだからな」


 時雨は軍隊式の敬礼をする。


「武運長久をお祈りしております」


 武蔵もまた敬礼にて返した。


「行ってくる」


 武蔵は部室を飛び出し、空部を目指した。

 チーム内において時雨は隊長。配下のチームメイトの前では、少しは毅然とした心意気を思い出すはずである。

 そう希望的観測の元、武蔵は空母加賀へと突入した。


「おおう」


 しかし、武蔵の前に現れた現実は想定外の光景であった。


「……なるほど、そう来たか」


 がらんどうだった。

 加賀の中身は、何も、構造体すら入っていない文字通りのガランドウであった。

 全長260メートルの船は、その外見のみを再現し、中身が空洞となっていたのである。


「内部の情報、空部の内情は流石に晒さないというわけか」


 時雨の空回りっぷりは、不器用ともいえるし律儀ともいえる。

 暴走しがちなようで手順を踏むことは忘れないし、油断しているようでまったく気を緩めてなどいない。

 例えそれが戦争に並ぶ無法の代名詞たる恋路の為であっても、自身が所属する空部の内部情報は武蔵に見せられなかった。

 だからこその空っぽの加賀。しかしこれは、当然ながら想定外の状況への備えであり、露見することは想定されていない。

 これほどあからさまであれば、武蔵も気付くのだ。


「っつーことは、ふん。鋼輪工業というこの学校自体が」


 このループする世界において、わざわざ現実の鋼輪工業高校を再現したとは思えない。

 何か適当なフォーマットを流用したのだ。古典的な高校校舎のデータくらいあったって不思議ではない。

 そう考えれば、いつぞや時雨が学校内で道に迷っていたのも納得できる。彼女にとってもまた、この学校は慣れ親しんだものではなかったのだ。


「それじゃあなんだ、この電話番号はどうなる?」


 早苗に貰ったものの、今までかける機会のなかった空部部員の電話番号。

 試しに三笠へかけてみる。


『豚め』


「もうちょっと会話パターン用意しとこうぜ」


 おおよそトリックを理解した武蔵。

 しかしこの考えが正しいならば、やはりループを終えられるのは時雨以外にはいない。


「……仕方がない。もう少し、強く揺さぶりをかけるとするか」


 次の方針を定めた武蔵は、さっさと時雨の元へ戻るのであった。







『2045年7月4日』







 新しい朝が来た。

 今度こそ希望の朝であってほしいと武蔵は思う。


「ケチャップと食紅……コーヒーで黒っぽくするのか。へー知らなんだ、覚えとこ」


 ネット検索して、寝起き早々に食用血糊を作る。

 時雨に揺さぶりをかける。現実に行動を起こす必要はない、時雨という不完全な神を騙せれればいい。

 とりあえず、武蔵は結局人を殺してみることにした。


「父の仇ー!」


「のわーっ」


 信濃に手品ナイフを刺す。押したら引っ込むアレだ。

 そして血糊をぶちまけようとすると、信濃が逃げた。


「汚れを落とすの大変だから、もう着ない服に着替えてくるね」


「ああすまん。そうだな、刺されるのに適した服装になってくれ」


 信濃が着替えてきたのは、真っ白なワンピースであった。


「それが刺されるのに相応しい格好なのか?」


「白いワンピースが赤い鮮血で染まるっていうのが、鮮烈な演出になるんだよ」


「くらえ」


「ぶぶっぅ」


 武蔵は血糊を信濃の顔面にぶっかけた。

 服関係なかった。


「ううっ、お兄ちゃんにどろどろした濃厚なものを顔にかけられちゃったよう……」


「血糊だとエロくもなんともないぜ」


「というか顔面から大量出血する殺人って、お兄ちゃんどんな設定にする気?」


 武蔵は少しだけ悩み、


「まあ、顔面めった刺しだな」


「怖いよ」


 とりあえず信濃にはうつ伏せに倒れてもらうことにした。これなら顔中血まみれでもある程度誤魔化せる。


「次は犯行動機だな」


「まずそれから考えるべきだったんじゃないかな」


「男女の殺人となれば、やっぱり痴情のもつれだろう。浮気とか」


「私、お兄ちゃんのハーレム願望許容してるよ」


 この兄妹、なんだかんだ言って肉体関係まであるくらいの仲良しである。


「それじゃあお兄ちゃんが私を捨てようとしたとか。……むっ、普通に嫌っ。時雨ちゃんからしたらこんな気分なのかなー」


 珍しい信濃の素直な嫉妬に、武蔵はたじろいだ。


「ま、まあなんだ。それじゃあそれを動機に組み込もう」


「酸いも甘いも積極的に取り込む姿勢、嫌いじゃないわ」


「俺が時雨の愛を受け入れるから、他の女を全員捨てるという決断をした、ってことにしよう。それで怒り狂った信濃ともみ合いになり、ついサクっと刺しちゃった、ってな」


「それ、時雨ちゃん相当ショック受けるんじゃないかな。時雨ちゃん結構女の子だよ?」


「だからこそやる価値がある」


「お兄ちゃんって割と人でなしだよね」


 信濃としては時雨が不憫であったが、効果的には思えたので止めはしなかった。


「ああ、そうだ。一応言っておこう」


「なーに、お兄ちゃん」


「ループを抜け出したら、何か信濃にお礼をしたい。明日の約束だ」


 うきゅうぅぅぅっ、と信濃は悶えた。


「お兄ちゃん」


「なんだ」


「好き」


「…………俺もだよ信濃」


 妙な間があったことを、信濃はツッコまないでおいた。

 武蔵としては、信濃がループの仕掛け人である可能性を考慮しての保険であった。

 明日に餌があれば、信濃はループの終焉に同意してくれるかもしれない。彼女が犯人であれば、だが。

 そんな打算は信濃も読み切っていたが、虚しいので指摘しないでおいたのだ。


「大好き」


「ほんとに礼はするよ、いつもありがとう」


「うん」


 それ以降、信濃は沈黙した。

 死体に成り切っているらしかった。

 武蔵はそれをしばし観察し、せっかくなのでワンピースの裾をめくってみる。


「パンツはピンクか。今日はかわいい系だな」


「死姦でもする気?」


 信濃はケチャップを指に付けて、床に字を書く。

 ただ一言、『愛して』と。

 リアルにちょっと怖い、と武蔵は思った。


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