フィグメントの空3
あまりに盛大に脇道に逸れた挙げ句、最終的に工業高校らしいといえなくもない内容に帰化した授業も終わり、学生達は昼休みへと突入した。
「初日から積極的に発言してたね、武蔵くん」
「転校生だからと興味持たれて振られたんだろ、別に俺から発言してたわけじゃない」
早苗と駄弁りつつ鞄を漁り、信濃の作った弁当箱を探す武蔵。
しかし、それらしい物は見受けられなかった。
「あれ、忘れたか?」
「武蔵、お弁当忘れたの? 仕方がないわね、私の分を分けてあげるわよ」
間髪入れず、時雨が突撃してきて重箱を差し出してきた。
武蔵は直感した。こいつが弁当を回収したのだ。
「やれやれ、しょうがない子ね」みたいな穏やかな顔をする時雨はとても鬱陶しい。
「ちょっと購買行ってくる」
「今日は購買休みだよ」
早苗があっさりと武蔵の打開策を否定した。
「なんでも爆破予告があったから、今は爆発物処理班が購買周りを調べてるって」
武蔵は時雨を見た。
時雨は恥じらうように頬を染め、そっと視線を逸した。
「な、なによ……そんな目で見ないでよ」
「俺は今、犯罪者を見る目で貴女を見ています」
爆破予告とは完全無欠に穏やかではない。
そして、そんな状況でも購買を休みにするだけで授業を敢行するこの学校もイカれている。
「今日の昼はこれで済ませるか」
だが武蔵に死角はない。いざという時の為に、鞄に非常食を忍ばせておいたのだ。
緑の箱に収まった黎明期の宇宙食みたいなクッキー、通称「がんばれ食」の封を開ける。
航空機などに積み込まれている高性能非常食パック。一般的な市販の非常食と違い、実用性しか考えていない超高カロリー食品。
レンガのような包装の中身が、TNT爆薬に代わっていた。
「なんでやねん」
思わずツッコむ武蔵。
がんばれ食という呼び名の由来、がんばれ! の文字から始まる説明書を開く。
『ごちそうさま! オヤツとして頂きました! 代わりに爆薬積めとくぜ! byハカセ』
武蔵は天井を見上げた。
どうやら武蔵はここ数日、爆薬を持って日常生活を送っていたらしい
「ハカセって人は、どうしてTNT爆薬入れちゃったのかな?」
「緑の箱が、ちょうどそれっぽい感じだったんじゃね」
TNTの外装も、緑色といえば緑色だ。
なげやりに答えた武蔵は、ふと思い出した。
「爆薬って甘いんだよな、確か」
「TNTは甘くないし、別の種類でも大抵は毒性があるから駄目だよ」
早苗に制止された。
爆薬を机の上に載せ、座る椅子を後ろに傾けて、さてどうするかと思案する。
その時、ちょうど廊下を爆発物処理班が通りかかった。
『…………。』
「…………。」
全重量50キロに及ぶ対爆パワードスーツのバイザー越しに、処理班員と武蔵の目が合う。
相手は高度に訓練されたプロ。見事、武蔵の前に転がる固形物が爆薬だと看破した。
『犯人発見!』
『爆薬を確保しろ!』
『生徒が多い、信管にも留意せよ!』
武蔵に殺到する爆発物処理班。
「くそ、俺の人生こんなのばっかだ!」
武蔵は隊員の手を掻い潜り、教室の窓から飛び出した。
爆発物処理班から逃げるべく校舎側を駆けていると、武蔵は不自然さを感じた。
あっちこっちにバリケードが設置され、逃げるルートが限定されているのだ。
それでも気にせず走れば、やがてグラウンド横の体育倉庫に辿り着く。
「罠としか思えない」
訝しみながらも入ってみる武蔵。
薄暗い倉庫内。数歩進むと、背後でガチャリと鍵が閉まる音がした。
「やだっ、外から鍵を閉められちゃったみたい!」
鼻息を荒げた時雨が南京錠をロックしつつ、白々しく報告してきた。
武蔵は無言で時雨に飛びかかり、南京錠の鍵を奪おうとする。
「いやっ、やめてーっ! そんな駄目よ、初めてはもっとロマンチックにって決めてるのー!」
「うるさい鍵寄越せ! 鼻息荒く欲情しておいてロマンチックもクソもあるか!」
「ち、違うもん! ちょっと道に迷って、先回りがギリギリだったから息が上がってるだけだもん! 私エッチな娘じゃないもん! とりゃあぁ!!」
押し倒された時雨は、しかし器用に鍵を投げて鉄格子の窓から外に捨てた。
「閉じ込め……られちゃったね」
「ファック」
「イエス、カモン」
時雨は服を脱いだ。
これから風呂に入るのかとでも言いたくなるほどの潔い脱ぎっぷりだった。
武蔵は何かないかと鞄を漁り、赤いチューブを発見する。
直径数ミリのチューブ。見た目はコンプレッサーに繋ぐエアホースと大差ない。
「よしきた」
赤いチューブを切断し、束ね、南京錠にテープで固定して離れる。
そして伸ばしたチューブの先に着火すると、炎が走り南京錠が吹き飛んだ。
「何よそれ」
「導爆線」
導火線の過激バージョンである。
ドアを(無理矢理)開けるのに重宝する便利アイテムだ。
吹っ飛んだ扉を乗り越え、武蔵はエスケープを謀る。
「こんな学校いられるか! 俺は帰らせてもらう!」
「あ、待ってよ!」
武蔵は早退することにした。
何故か、時雨の追跡はなかった。
『2045年7月4日』
新しい朝が来た。
希望の朝だ。
「信濃、お兄ちゃんは今日とても健やかな気分だよ」
「そっかー」
武蔵は天に昇るかのような気分であった。
何故か予想外に時雨の追撃はなく、武蔵拘束権は有耶無耶のまま終焉した。
どうしてか、彼女はあっさりと諦めた。ただ1日だけの権利にあれだけ躍起となっていたというのに、早退した武蔵を追うことはなかったのだ。
だがどうであれ、武蔵は開放された。もうストーカーに怯えずとも良いのだ。
「朝メシだ! 今朝は塩鮭を頼む!」
「いきなり言われても困るよお兄ちゃん」
自由の尊さに胸を熱くさせていると、アリアが隣の椅子でもじもじとしていた。
「どうした? 切れ痔が悪化したか?」
「いえ、なんといいますか下半身に違和感があって」
大和家のリビングの壁には、依然として見事なアリアのパンツが飾られている。
「まあ不安なら後で診てやるから、さっさと飯食って学校に行こう」
「いつになくアグレッシブなのです。気持ち悪ぅ」
げろげろー、とよく解らない仕草をしつつ、アリアはテレビに目を向ける。
いつものアナウンサー、いつものスタジオ。
彼は定例業務のように、昨日の出来事を話し始めた。
『神田川の動物園でボノボがうさぎ小屋に入って出られなくなる、という珍事が起こりました』
「なんだ、続報か?」
「ボノボが薄い本みたいなことになってそうだね」
「―――!」
妙なニュースを聞いたアリアは、きゅぴんと即座に目を醒まして外出の準備を始めた。
「私はもう家を出るのです」
「ん、どうした。ボノボ見たいのか」
「私に触れたら火傷じゃすまないぜ……」
決め台詞を残し、そそくさと大和家を出ていくアリア。
彼女のことはさして気に求めず、兄妹はマイペースに朝食を続けるのであった。
時雨は、昨日と同じく自宅前で待っていた。
「おっはー! 幼馴染みのしぐちゃんだよー!」
武蔵は時雨を残念な人を見る目で見る。
「どういうつもりだ。俺を1日好きにしていいって契約は終わったはずだぞ」
「え? 何言ってるのよ。今日がその日よ?」
「なにを馬鹿な……」
呆れつつ、携帯端末を見やる武蔵。
確認すれば、確かに日付は約束の当日だった。
「夢でも見てたんじゃない?」
「マジかよ」
済ませたと思った事柄が夢オチだった、ということほど恐ろしいことはない。
それが楽しくないイベントであれば尚の事、だ。
勘弁してくれと思いつつ、武蔵は鋼輪工業高校へと登校するのであった。
「俺は伊勢 日向、臨時教員だ。よろしく頼む!」
「芙蓉 早苗よ。よろしくね、武蔵くん」
教師とクラスメイトの自己紹介を聞き流しつつ、武蔵は膨らみ続ける違和感にもやもやしていた。
夢であったはずの、昨日の流れと大差ない。伊勢は知り合いなので友情出演がたまたま現実に合致したとも解釈出来るが、芙蓉に関しては夢の中が初対面だったはずだ。
「たまたま似た役回りの夢キャラに、現実の名前を後付けで補完してしまったのか?」
そんなこじつけが通るのだろうかと訝しんでいると、伊勢教員が再びクラスへとやってきた。
「うぇーい。今日は転校生がいるぞ」
「まとめて連れてこいよ」
思わずツッコむ武蔵。
伊勢が連れてきたのはチラシのモデルとして出てきそうな、なんとも言い難いレベルのまあまあ美形な少年だった。
「はっはっは! はじめましてだ諸君、僕のような男と学友になれる栄誉を光栄に思うといい!」
そう言って、スタイリッシュに上着を脱ぐ転校生。
脱いだ意図は不明である。
武蔵は内心安堵した。やはり夢は夢、現実とは別だ。
こんなイケメン? 転校生がやってくることは夢ではなかった。
「やっぱり夢は夢だな、うん」
頷いていると、イケメンは時雨に歩み寄り、彼女の顎に指を添えて顔を上げさせる。
「何よ」
「……美しい」
陶然と時雨を褒め称えるイケメン。
イケメンが時雨を口説き始めた。
「なんという美貌か。まさに俺の側にいるに相応しい。君、名前はなんと?」
「ふん、ナルシストに名乗る名なんてないわ」
武蔵はしばらく2人のやりとりを眺めていたが、無視を決め込むことにした。
コンビニで見つけた『美少女で学ぶ戦闘機教室』を開く。
初心者向けの本なのでほとんど知ってる内容だが、美少女に釣られて買ったのだ。
「ちらっ、ちらっ」
時雨は声に出して、武蔵を時折盗み見ていた。
「どうだい? 今晩、俺の屋敷でディナーでも」
「いらない」
「君の瞳は深淵たる海のようだ」
「はい」
「この夜景より、君の方がずっと美しい」
「朝よ」
めげずに口説き続けるイケメン。
時雨は適当に流しつつ、ひたすら武蔵にアイコンタクトを送り続けている。
武蔵は察した。彼女は颯爽と武蔵に助け出して欲しいのだ、と。
「こいつは俺の女だぜ、触るんじゃねえよイエーイ」とでも言えば彼女は狂喜乱舞するのだろう。
当然そんな対応はしない。本気で時雨が対応しかねているならば助けるくらいする、だがどうしようもない茶番に付き合う気はなかった。
「どこに行くんだいマイハニー? 俺の側にいてくれよ」
「よーしよし、こいこーい」
のろのろと追走してくるイケメンを、時雨はちょいちょい立ち止まりながら武蔵の側まで誘導する。
2人は時々引っかかりつつも、露骨に武蔵の側に移動してきた。
トレインというゲーム用語を武蔵は連想した。
「きゃあっ! 助けて武蔵、私ぴんち!」
「なんだね君は? 俺達は今大切な話をしているんだ、割り込まないでくれたまえ」
「割り込んでねえよ。勝手にお前らが来たんだろ」
無視しようとなんだろうと、無理矢理参加させるつもりらしい。
これはほっといたらどこまでもついてくるなと観念した武蔵は、渋々ながらもイケメンに注意することにする。
「あーなんだ。嫌がってるだろ彼女は。やめたまえところてん」
棒読みで言ってみれば、イケメンはやれやれと肩を竦めた。
「はっはっは! どうやら俺様の愛情も長年育まれた真実の愛には敵わないようだね! それではお幸せに、お似合いのお2人さん」
そう言って教室から出ていくイケメン。
「ちょっと待てなんだ今の。なんで教室出てった。出番終わりなのかこれで」
あまりに呆気ない退場に、愕然とする武蔵であった。
「武蔵、そんなに私のことを真剣に思っててくれたなんて」
「なあ、さっきのイケメン仕込みだろ。適当なイケメン捕まえてやらせただけだろ」
「ええっと、次の予定は……」
手帳に何やら書き込む時雨。
マナー違反だが、武蔵は横から中身を覗き込む。
一緒に登校 済
手作りお弁当 失敗
体育館倉庫に閉じ込められる 済
イケメン転校生を撃退 済
「お前……」
「な、なに見てるのよっ!」
慌てて隠す時雨だが、もう遅い。
「やりたいことを羅列するのはいいが、問題は手作り弁当と体育倉庫事件だ。それ、『昨日』の出来事だったよな?」
「ば、ばか言わないでよ。武蔵を好きにしていい日は今日だけよ。昨日は昨日の風が吹いたじゃない」
白々しく、いやそれが当然であるはずだが、どうにも白々しく昨日が今日であったことを否定する時雨。
信じられないことだが―――どうやら時雨は、今日という日を繰り返させているらしかった。
武蔵は訝しむ。いつから彼女は、そんなファンタジーなことが出来るようになったのか。
しかしこうなっては異常事態以外の何物でもない。武蔵は学校を抜け、ループする今日という日を脱出すべく行動を開始した。
「あっ、ちょっと待―――」
「あー! あー! きこえなーい!」
なんでも言うことを聞くというルールに反してはいない。
命令は聞こえなければ無効なのである。




