フィグメントの空2
俺の名前は大和武蔵。どこにでもいる、平凡な男子高校生だ。
「ぜえ、ぜえっ、おろろ」
俺は今、指定された学校まで走ることを強要されていた。
それは本来ならば公共交通機関を必須とするような通学距離であった。しかし俺は幼馴染みの時雨に命令されて、懸命に地面を駆けているのである。
普段からランニングを欠かさない、それこそ陸上部ほどのスタミナを持つ俺。
だが、この距離を遅刻しないように駆けるのは難儀であった。
頭の上を追い越していく空中バス。民生チヌークのローター音に恨み節を吐きつつ、一路普段とは違う通学路を走る。
「あんにゃろ、こんにゃろ、恨んでやるっ」
特に意味があるとも思えない、俺一人でのランニング。
これがただの嫌がらせなら、まっこといい根性していると言える。
曲がり角を抜けたところで、俺はふと立ち止まった。
「――――――っ」
その先には、一人の人物が屈んで待っていた。
手を地面に着き、尻を上げるような前傾姿勢。
クラウチングスタートにて待ち受けていたのは、俺の幼馴染みである白露時雨に違いなかった。
時雨は俺を見やるとニヤリと笑い、叫ぶ。
「ちこくっ、遅刻ううぅぅぅっ!」
それからトーストを齧り、闘牛のように猛然ダッシュしてきた。
その突撃はまさにファイティングブル。
武蔵は回れ右して逃げようとするも、背後ではワニワニパニックを始める鋼輪空部員達。
憐れ武蔵、時雨に猛烈なタックルをされて吹っ飛ぶ。
「いったーい! ちょっと、なにぼうっとしてるのよ!」
「……帰って引きこもりたい」
武蔵の心は、家から出て30分で挫けそうになっていた。
こんなノリに1日付き合わされるなど、苦境以外の何物でもない。
時雨は武蔵の口に落ちたトーストを突っ込み、「ちこくちこくー!」と叫んで走り去った。
時雨が走り去った先から、強烈な風圧が押し寄せる。
ヘリコプターのダウンウォッシュ。市街地から突如として現れたS−70が、上空へと飛び上がる。
S―70から垂らされたファストロープに捕まるのは時雨。彼女が撤退の為に予めヘリを待機させていたのは明らかだった。
ちなみに、S―70は結構な大型ヘリコプターである。そのダウンウォッシュも凄まじく、干された洗濯物やご婦人のパンティー、そして武蔵と時雨の「私達結婚しました年賀状」が吹雪のように舞う。
「俺も連れてけよ」
武蔵はもうどうでもよくなった。歩いての登校である。
目的地は鋼輪工業高等学校。
武蔵がいつの間にか転校手続きを終えていた学校だ。
武蔵はなぜか転校したことになっていた。
驚くべき事態であった。時雨は夜中にサインを得て、早朝までに手続きを終えたのだ。
そう、自らのホームグラウンドに武蔵を引きずり込む為だけに。
「転校早々に遅刻とはいいご身分じゃないか」
「あははは」
「なんだこいつ、目が死んでやがる」
武蔵の臨時担任だと名乗る顔見知りの男に連れられ、彼らは見慣れぬ教室へ向かう。
1時限目が終わった後だが、遅ればせながら武蔵はクラスメイトと対面することとなった。
「あー、諸君。今日から君達のクラスメイトになる大和武蔵くんだ。よろしくやってやれ。ちなみに俺は君達の担任が産休ということで臨時教員として呼ばれた伊勢日向だ。ついでによろしく頼むぞ」
武蔵は当然として、この臨時教員もまたクラスメイトと初対面だった。
伊勢日向。武蔵とも知り合いの自衛官がなぜここにいるのか、武蔵は深く考えない。
「公務員が公務員を兼業とか」
「色々あるんだ、大人の世界にはな」
「そう言っとけばなんでも通用すると思うなよ」
とりあえず困ったらこの人が出てきている気がしなくもない武蔵であった。
おかげで、伊勢日向という人物像が意味不明になっている。
しかし武蔵は気にしない。自衛隊もまた軍事組織、色々あるはずなのである。
「はじめまして。私は芙蓉 早苗、よろしくね」
着席すると、隣の席の女装男子が話しかけてきた。
そう、女装である。男の娘である。
由良に見慣れた武蔵は、彼女が彼であることを一瞬で見抜いた。
「ああ、よろしく」
「この間は大変だったね。あ、私、空部の整備員なんだ」
「なるほど、じゃあこれまでもちょくちょく会ってたのかな」
男の娘で整備員。
なんとも五十鈴 由良とキャラ被りしている人物である。まるで由良という登場人物のボツ案を今更になって再利用したかのようだ。
男の娘は機械に強い因果関係でもあるのだろうかと推測していると、早苗は由良よりずっとフレンドリーに物怖じせず話しかけてくる。
「武蔵くんって、好きな人いるの?」
「いきなりだな」
「女の子達の好感度は今のところ、こんな感じだよ」
そう言って、早苗はパネルを提示した。
空部女子部員達の名前が並び、好感度が棒グラフとして提示されている。
「この学園での1日は『昼休み』と『放課後』に分かれているから、計画的に行動を選んでね」
「授業どこ行った」
「自宅では女の子達に電話して好感度を上げることも出来るよ。でも相手の都合も考えないと、かえって嫌われちゃうから気を付けて」
「こいつ等の電話番号、時雨以外知らないんだけど」
「そうなの? じゃあ私から送るから、アドレスくれる?」
個人情報の扱いが酷かった。
とりあえずアドレスは貰い、三笠に電話をかけてみる。
「もしもし、三笠か? 俺オレ、俺だよ」
『豚め』
「大和武蔵くんだよ、やっほー」
『豚め』
「ちょっと今、話せる時間あるか?」
『豚め』
ノンプレイヤーキャラみたいな対応を一貫された。
電話はあまりに適当にぷっつんと切られる。
びっくりするほどの塩対応である。
「三笠ちゃんとはもうちょっと好感度を上げる必要がありそうだね」
そういう早苗の掲げるパネルを再度確認する。
三笠の棒グラフは『豚』の範疇を示していた。
「うーっす、授業はじめっぞー」
ふらふらとやってきた教員によって、授業が始まった。
なお教員はやはり伊勢日向だった。
転校生がいるからか、授業内容は本題から外れて雑談混じりの緩い雰囲気で推移していた。
「いつの時代だって今後必要とされる技術を予想するのは難しいもんだ。多額の予算を費やして開発した新技術が主流にならずに途方に暮れる、なんてことは珍しくない。そのノウハウが他に活用されるならまだしも、完全に無駄に終わった技術だって多く存在する」
飛行機ならば前進翼や可変翼などが一例であろう。航空機用の大出力レシプロエンジンもまたそうかもしれない。
まったく無駄とは言わないが、技術の系譜としては袋小路に迷い込んでしまった。
将来的な技術の主流を予測するのは、まこと困難なのである。
「例えばスマートフォン。液晶もタッチパネルもそれ以前から存在していたが、これを組み合わせて本体そのものが画面になった携帯電話なんて誰も思い付かなかった。いや、思い付いたヤツはいたが、主流になるとは予測しきれなかった。後出しジャンケンならどうとでも言えるがな」
何が言いたいのだろうかと生徒達が首を傾げていると、伊勢はその雰囲気に気付いたのかやや進路修正を試みた。
「人類の歴史が宇宙開拓時代に突入したことで、我々はとある技術を切羽詰まって求められている。これがなければ人類そのものが袋小路に迷い込むだろうってレベルの技術がな。……ほれ転校生の大和、答えてみろ」
「転校初日にそんなこと聞かんで下さい」
技術的な予測だけならまだしも、伊勢の考えの傾向や、現在習っている範囲もよく判っていないのだ。
こうなっては、武蔵の知識から独断と偏見で答えるしかない。
「安価な大気圏脱出は可能になったし、放射線シールドも完成の域に達している。宇宙コロニーに使う原材料小惑星なコンクリートだって出来た。この先となると」
宇宙開発で今後求められる技術なんて幾らでも存在するが、程度の差はあれその雛形はおおよそ実用化している。
SFで登場する、未だ存在しない技術。
「ワープ……とかですか?」
なんて頭の悪そうな回答だと思いつつ武蔵が答えると、意外にも伊勢は首肯してみせた。
「そうだ。正しくいえば慣性制御なども含めた、『空間に作用する技術』だな。現状どれだけ推進器が発展しても、人体が強力なGを耐え続けられない以上は宝の持ち腐れだ。飛行機がそうだったように、宇宙船でもパワーマキシマム思想が限界に来てしまったんだ」
戦闘機はかつて、エンジンが強力ならそれでいいという時代があった。
新型機設計において、とにかくパワーを最大化して構わない。それがパワーマキシマム思想である。
しかしやがて飛行機の機動に人体が耐えられなくなると、エンジンの性能は頭打ちとなり、それ以外の要素で相手に勝利する方向に発展していくこととなる。
……このあたりはもちろんこれほど簡単にまとめられる話ではない。かなり語弊を覚悟した内容だ。
とにかく、宇宙用ロケットエンジンの技術発展によって、宇宙船は推力の向上以外の方向での発展を求められるようになった。
「人間が直接その場に出向かない手段にしたって無理がある。電波による通信は理論上最速の通信手段だが、これすらも現在かなり限界に来ている」
地球と火星の通信はおおよそ4分から20分かかる。片道で、だ。
それが相対性理論における限界であり、人類の火星への移住が限定的となっている理由。
未だ、火星という星は人にとって遠すぎるのである。
「空間跳躍か超光速航行か、どのような技術が主流となるかはわからない。だが、何かしら空間に直接作用する手法がなければこれ以上の技術発展は困難と考えられている。まあ、最悪でも超光速通信があればいいんだが」
この時代、ほぼ完全な現実を再現するバーチャルリアリティー技術がある。
更にいえば、人体とまったく同じ動きが出来るアンドロイドも存在する。
あとは超高速通信さえあれば、地球から遠い星に派遣したアンドロイドを操作し、開拓や研究を行える。
空間に干渉する技術は必須であり、その最低ラインが超光速通信なのだ。
「物理的にワープしなくてもいいってことですか?」
クラスメイトが訊ねると、教員は伊勢した。
「太陽系内ではまだ、今の通信方法でも大丈夫だろう。遠隔操作でアンドロイドを操作するくらいは今だって出来るんだ。通信の時差さえ解消すれば、冥王星に無人船を送り込んで地球からアンドロイドを操作して作業するという案が出てくる」
だが、情報だけのワープでもすぐに問題が生じる。
冥王星程度ならともかく、更に遠い宇宙となるとアンドロイドを送り届けることすら難しくなってくる。
当然ながら宇宙船を冥王星にまで送るのも相当面倒だが、それでも人間を送り込むよりずっと簡単だ。
「だが仮にタキオン粒子なんてものが存在するとして、超光速通信が実現したとしよう。それは逆説的に相対性理論の破綻を意味し、既存の物理法則を覆しかねない可能性が出てきてしまうものだ」
興が乗ってきたのか、命題が暴走してきたことを話し出す伊勢。
内容に半ば生徒が置いてきぼりにされていたが、割と優等生な武蔵は理解した。
「ようするに、タイムトラベルの可能性まで出てきてしまうと?」
「そういうことだ」
伊勢の話を理解する武蔵だが、同時に穿ち過ぎだとも考えていた。
超光速通信技術とタイムトラベルは関わりがないわけではないが、しかし同一視していいほど近しい理論でもない。
ライト兄弟が動力飛行を成功させたからといって、その時点で「人は月に行けるんだ」と歓喜するようなものだ。
いくらなんでも、理論が飛躍しすぎているのである。
「タイムマシンか。ロマンだぜ」
「はあ」
「俺は実はそっち系の学部を出ててな。わざわざ防衛大に入り直して自衛隊員になったのも、実のところ……いやこれは言っちゃ駄目なやつか」
伊勢はそう言って話を逸らす。
自衛隊がタイムマシンを研究しているのだろうか、と武蔵は訝しんだ。
彼は遂に教科書を閉じた。本格的に授業をやる気がない。
「タイムトラベルを扱う作品は無数に存在する。それこそ神話や童話にだって、それらしい題材は見受けられる。浦島太郎だってタイムトラベル小説といえなくもない。だが、時間移動を扱うSFで欠かすことが出来ないのはやはり1895年に発刊された小説、タイム・マシンだ」
「完全に脱線モードだこれ」
「大和、タイム・マシンの著者は誰だ? 答えてみろ」
「ハーバード・ジョージ・ウェルズです」
「正解だ」
なんで即答出来るんだ、とクラスメイト達はギョッと武蔵を凝視した。
「原作から映画版までどれも素晴らしいが、俺が好きなのはやはり1960年の映画版でね。考察や描写は映像だけに薄めだが、最後に救いがあるのが気に入っている」
「……最後は恋人を助けに行くんでしたっけ」
付き合うのも億劫だったが、合いの手を打たないと話が進まない気がした武蔵はしぶしぶ訊ねた。
「その通りだ。この映画版はSFというよりラブロマンスを織り交ぜた冒険活劇としての側面が強く……」
いよいよ長くなりそうなので、武蔵は窓の外を見やる。
今日もいい天気であった。
「ただ一人の女性の為にタイムトラベルに挑む、なかなかにロマンチックではないか。世界を救うとか人類の未来とか、そんな大層な動機よりよほど潔い!」
武蔵は今は何の授業だったかと、壁に貼られた時間割を今更ながら確認した。
保健体育の時間であった。
タイムマシン談義を文学と解釈すれば、現国だったら言い逃れ出来なくもなかったかもしれない。
まあ保健の時間なのだが。
「タイムトラベルに関する仮説として、有名なのはパラレルワールド説と親殺しのパラドックスは起こり得ない説が存在する。では大和武蔵、それぞれについて説明してみせろ」
「くそ、目を付けられた」
この人教鞭をとる才能ねえな、と思いつつ武蔵は一応答える。
「パラレルワールド説は量子力学において語られる別の可能性の世界、箱の中の猫が死ななかった世界は実在するという仮定の元に語られる案ですね」
あくまで現国なので、多少の誤りは気にせずに一般的な解釈の延長線上で武蔵は語る。
「過去に行って親を殺せば、その時点で世界は分岐してしまう。よって、親が不在となったからといってタイムトラベラーが消失することはない」
「うむ。最近ではこちらを前提とした話が多いな。親を殺しても、別の歴史においては両親は生殖行為を行ってトラベラーを生んだという事実は残るわけだ」
「生殖行為とかぶちこんで保健の授業だって体裁無理矢理保とうとしてません?」
「続けたまえ大和くん」
無視されたので、武蔵は気を取り直して話を続ける。
「親殺しのパラドックスは起こり得ない説、ってのはあれですね。世界の修正力。仮に過去に渡って親を殺そうとしても、ありとあらゆる事情が妨害してくる。結果、親殺しは失敗する。だから矛盾は生じない。結果的には、タイムトラベラーの行動は歴史に織り込み済みだったというオチです」
「うむうむ! これだと過去改変は不可能となってしまうので、最近は滅多に見なくなった説だな。何かを変えたくて過去に行ったのに、無理でしたではつまらん」
「あとはあれですね、修正力は働くが、特定の条件を満たせばパラレルワールドに分岐する説。あるいは修正力を司る神らしき存在の目から隠れて、こそこそと歴史を変えればなんとかなる説」
後者はようするに、過去で死んだ人間を助けようと思った場合、過去に戻ってタイムマシンで未来に拉致してしまえばいいのである。
傍目から見れば死んだ人間=行方不明で死亡扱いとなるが、結果的に助かっている。
ようするに世界を騙せ、だ。
「主観的に観測されていない現実は未だ改変の余地がある、という解釈だ。これを量子論における射影公準においての収縮がどのタイミングで起きたのかがるのかが不明瞭とされてしまう違和感、即ちシュレディンガーの猫と結びつける作品も多いが、これは誤用と言っていい。観測しようがしまいが、猫は死んでいる時は死んでいるし生きている時は生きているのだ。卒業後にタイムマシンの開発に関わろうという奴は覚えておけ」
工業高校といえど、タイムマシンを大真面目に開発しようとしている逸材がどれだけいようか。
そんなツッコミを誰もが抱いたが、面倒なので誰も指摘はしなかった。
「工業高校らしく真面目にタイムマシンについて語るとすれば、当然ながら多くの問題が生じる。そも、過去に戻るということはビデオテープのように宇宙を巻き戻すということだ。どれほどのエネルギーが必要かは多くの科学者が失笑とともに計算してきた」
「せんせー、ビデオテープってなんですかー?」
生徒の一人が訊ねた。
教員が驚愕のあまり絶句する。
「……ジェネレーションギャップか。まあともかく、ようするにタイムトラベル、特に過去への跳躍は過去のシミュレートと言い換えてもいい」
本来未来を観測するはずのシミュレートを過去に向けて行う、というのは奇妙な言い回しであった。
教員は「あくまで思考実験のような話だが」と前置きをして話す。
「例えば過去の世界を完全再現するVR世界を構築し、人間をその中に放り込んで一生を過ごさせるとする。客観的には時間は巻き戻ってなどいないが、当事者たるその人物からすれば過去の世界に迷い込んだという事実だけが残る。これは既に当人にとっての時間の逆行に等しい」
似たパターンで、人類が電池として過去のVR世界に囚われているSF映画があったな、と思いつつ武蔵は問う。
「それは、あまりにまやかしでは?」
「だが過去VRに囚われた人間からすればそれが全てだ、否定しようもない」
釈然としない武蔵に、教員は例題を修正する。
「今の例えだと実際の現実を知っている者が多数で騙されているのが1人だから胡散臭く感じるが、この割合が逆だったらどうだ」
「あー、どこぞの誰かが単独犯で人類全てを昏睡させて、人間全員にVRマシンを取り付けて過去世界に放り込んだら、って話ですか?」
「そうだ、これならその世界が偽りの過去だなんて誰も、首謀者以外は判断出来ない。ここまでくるとその架空世界は現実と成り代わる」
「結局まやかしじゃないですか」
「大和くん、今我々がいるこの世界が5分前に開始されたシミュレーターではないと、誰も証明出来ないのだよ」
武蔵は閉口した。
世界五分前仮説などを出されては、もう反論の余地などない。
「とはいえ、この広大な世界をシミュレートする演算装置というのがどれほどのものか想像も出来ないがね。地球程度ならなんとかなるかもしれないが、あまねく星々の海全てをシミュレートするなど、それこそ神の所業だ」
確かに、と武蔵も同意する。
それが例え機械仕掛けであったとしても、宇宙のシミュレートなど可能な存在がいるとすれば神以外の何物でもなかろう。
「それで、矮小な人間がそんな機械仕掛けの神様の計算にケチをつけるにはどうすればいいのです?」
「さてな。プラカードでも持って訴えるしかないのではないか、『ちょっと現状が気に食わないのでシミュレーターを巻き戻して下さい』と」
それは所謂『神頼み』ではなかろうか。
科学的手法ではなくオカルトチックな祈祷でタイムトラベルというのは、むしろ新しいかもしれない。
「当事者ごと巻き戻って結局同じ結果になりそうですね」
「それこそ交渉次第あろう。タイムトラベルとは、当事者を過去の時間軸に送り込むという解釈だけではない。逆に、当事者以外の世界を過去の風景に作り変えるとも解釈出来る。だが文字通り、宇宙全てを作り変えるというのも実用的ではあるまい。重複データの改変はスキップされるならば、それに便乗すればいいのだ」
そんな世界改変が生じたとすれば、これから始まるはずだった宇宙の果ての超新星爆発が一瞬で終わったあとに見えるかもしれない。
そんな不可思議な天体ショーが起こったという話を聞いたことがないことに、武蔵はなぜか安堵を覚えていた。




